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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
9 糞壺の姫君と遊ぼう
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人外言語使い達と遊ぼう 後編

 ジェフリー・アレンは環境保護テロリスト、『海チワワ』の武闘派幹部である。

 彼は魔術教団で正当に魔術を学んだ魔術師であり、その魔術の力をもってして、現在の地位へと登りつめた。


 ジェフリーにはもう一つの顔があった。彼は十代の少年ばかりを狙って殺害し、性器を切断して収集するという異常性癖を持つシリアルキラーでもある。しかしその犯罪は魔術の力を悪用し、警察には決して捕まることなく行われ続けている。


「おお……やっぱり取れたてのおペニペニは良い味と香が出る」


 ジェフリーの手に持つグラスの中には、鮮やかな水色の液体が湛えられている。ブルーハワイだ。グラスの底には、先程町中でいじめを行っていた中学生から切断してきた性器が沈んでいる。


「ミャーミャー」


 エリックがそんなジェフリーに、心配そうな顔で声をかける。

 二人は現在、薬仏市内にあるホテルの一室にいた。最近はこのホテルを完全に借りきって、海チワワの拠点として、薬仏市内で様々な仕事を行っている。


「ああ、いつもと違って黒コゲにしただけで放置して平気なのかって? ま、平気だろ。うん、平気平気」


 猫の鳴き声を模しただけの喋りでも、ジェフリーは理解したかのように喋る。彼は殺人を行った後、死体は酸で溶かすのが常であったが、今回は突発的な殺人であったので、魔術の火で焼いただけに留めていた。


「そもそも一人、殺さずに残しているしな。エリック、お前のお願いだから生かしてやったんだぞ。あの情け無いいじめられっ子も、そしてその子も――」


 言いつつジェフリーは、部屋の端へと視線を向けた。

 部屋の壁の隅に、一人の少女が体育座りで座っていた。わりと可愛らしい顔立ちをしているが、頭髪は癖っ毛だらけで、憮然とした表情でジェフリーを睨んでいる。どう見てもサイズのあっていない、ダブダブのポロシャツを着ていて、下はこれまたサイズが合ってないと思われる、ゆるゆるのハーフパンツを穿いている。


 少女の周囲の床には、五芒星と呪文が描かれたメモ用紙が三枚、等間隔で置かれている。さらに銀のゴブレットが二つ、手前のメモとメモの間の中心と、奥のメモの近くにそれぞれ置かれている。これらが支柱となり、少女を不可視の結界の中へと封じていた。


「殺そうとしたら、止めるしさー。何でお前は俺の楽しみをやたら邪魔してくれるかねー」

「ミャーミャー」


 文句を言うジェフリーに、エリックはいつも通り笑顔で鳴いて応じる。


「ていうかこいつも変わった子だよなあ。エキセントリックガールだよ。うん」


 少女を見つめて独りごちるジェフリー。彼女は今朝方、単身でこのホテルへと攻め込んできて、海チワワの構成員を何人も殺めた。ジェフリーが撃退したものの、エリックが何故か彼女をかばい、殺すのは思い留めている状態だ。

 それどころかエリックが随分と少女のことを気に入っている様子であり、しきりに話しかけている。


「ミャー」


 エリックが少女の側に行き、にっこりと笑って声をかける。


「くぅぅぅぅ……」


 喉の奥で空気を吐くような、声というよりは音を発する少女。エリックが猫の鳴き声しか発さないように、少女はこの音しか発することがない。


「ミャーミャッ」

「くぅうぅぁあぁぁぁぁ」


 しかし少女もエリックには心を開いているかのようで、ジェフリーには敵意たっぷりであるが、エリックに対してだけは笑顔を見せる。


「ミャーミャー」

「くぁぁ……」


 この人外めいた声の応酬が、果たして会話として成立しているのかどうか、ジェフリーにはわからなかった。エリックが自分に向けて声を発した際に限り、何を言わんとしているのか、大体わかるジェフリーであるが、そうでない時はわからない事が多い。


「ミャー」

「くぅぅうぅうぅ……」

「何だよお前等は。互いにお気に入りか? エリック、嫁にしたければ嫁にしてもいいが、うちの構成員を襲わないように躾けろよ。ていうか、こいつがどこの誰の差し金で襲ってきたのかも、これじゃあ聞きだせないなー」


 人外言語で楽しそうに会話する二人を見て、ちょっとした疎外感を覚えながら、ジェフリーがそう言ったその時、携帯電話が鳴る。


「どしたー?」

『また敵の襲撃です。また一名です。また銃弾が効きません』


 電話を取ると、部下がうろたえまくった声で報告してくる。


「なーにパニくってんだよ。銃が効かなければ、剣で攻撃すればいいじゃなーい」

『剣など有りません。それに敵は武器を携帯しておらず、素手で人間を引きちぎってくる化け物です』

「なーに真面目に答えてんだよ。冗談で言ってるのに真に受けやがって、馬鹿じゃねーの。ああ、もういいから、降参でも逃亡でも好きにしとけ。無能なお前等に代わって、有能な俺とエリックで片付け――」


 ジェフリーが喋っている途中に、部屋の扉が乱暴に開き、全身返り血みれの褐色の肌の長身の男が姿を現した。


「報告はもうちょっと早くにしろよ、このウスノロ野郎」


 へらへら笑いながら部下を罵ると、電話を切って懐に収めるジェフリー。


「お前知ってるぞ~? タブーのバイパーだろ。こりゃまたとんだ大物が来たもんだ」


 ジェフリーが声をかけるが、バイパーは無視して少女の方を見やる。


「繭、生きてたか。良かった」

「くうぅぅぅぅ」


 繭と呼ばれた少女が、バイパーに向かって嬉しそうな表情で、嬉しそうな声を漏らす。


「海チワワのジェフリー・アレンとエリック・テイラーか。本当に上は裸なんだな……」

 主にエリックの方を見て言うバイパー。


「ミャー」

 視線に気がつき、明るい笑顔で嬉しそうに挨拶するエリック。


「一応交渉から入ってやる。殺しもしてないし、エロいこともしてないようだから、そいつを黙って返せば、見逃してやる」

「うおおおおっ! 見逃してやるだってよおぉっ! 怖えぇえぇぇ超怖えぇぇぇっ! すげえ自信で怖すぎるうぅ!」


 威圧的な口調で言い放つバイパーに、ジェフリーは甲高い声をあげて喚く。


「交渉決裂でいいな」


 強烈な苛立ちを覚え、バイパーはぽつりと告げた。


「早ええぇえぇ! 交渉もう決裂!? つーか交渉した形跡どこよ!?」


 げらげらと笑いながらふざけるジェフリーの方に向かって、バイパーが一歩踏み出す。


「ミャッ」


 不穏な空気を感じ取り、エリックがバイパーの前へと進み出る。その両腕は肘から先が、猫の前足へと変化している。


「肉弾戦か。いいねえ。ていうか何だよ、その手は」

「何だよも何も無いだろー。エリックは見ての通り猫なんだからよ~」

「ミャー」


 不敵に笑うバイパーに、ジェフリーが言い、エリックも笑顔で頷いた。


「まあいいや……。いくぞ」


 釈然としないものがあったが、バイパーはそれ以上深く考えようとはせず、エリックめがけて一直線に一気に詰め寄る。


「ミャッ!」


 バイパーの速度に圧倒され、エリックの顔色が変わる。


 直線状に詰め寄ると見せかけ、互いのアタックレンジに入る少し手前で、バイパーは床を大きく蹴って、右斜め前方へと移動した。

 エリックから見て左側から、バイパーの左裏拳が唸る。エリックはこれを受けようとはせず、大きく身を捻ってかわした。

 バイパーは左足を軸にして体をエリックの側に向きなおすと同時に、エリックの左腕めがけて右足の回し蹴りを放つ。この追撃は避けきれなかった。

 反射的に猫手でのガードしたつもりであったが、強烈なダメージと衝撃を食らい、エリックは顔をしかめながら体勢を崩す。


「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう……」


 ジェフリーの呪文と、超常の力が働く確かな気配を感じて、バイパーは警戒する。超常の力を持つ者との戦いは幾度か経験しているし、その中には術師の類もいたが、相手が何をしでかしてくるかわからないため、全く油断はできない。


(ついこの間、目潰しやられて醜態さらしたばかりだしな。セオリーとしては、あっちから潰したいが)


 ジェフリーと、ジェフリーとの間にいるエリックを交互に見やるバイパー。当然だが、エリックに阻まれている形で、ジェフリーを攻撃するのは困難だ。


「ミャッ」


 ジェフリーに気を取られて追撃の手を緩めたバイパーに、エリックが一声発して飛びかかる。


「おんどりゃああああっ!」


 ふざけたかけ声と共に、エリックの攻撃に合わせて、ジェフリーも攻撃を放った。

 ジェフリーの手には黒い大鎌が握られていた。魔術で呼び出したものだろう。だがそれがバイパーに届く距離ではないにも関わらず、ジェフリーはその場で鎌を振るう。


(届く距離でなくても振るうってことは、振るえばその攻撃が届くってことだ)


 そう判断したバイパーは、エリックの猫パンチを避け、さらにはジェフリーによる次の何かの攻撃をも予測して、大きく横に跳ぶ。


 エリックの放った猫パンチが空を切った刹那、ジェフリーの持つ黒鎌の柄が弾け、黒い油のような状態になって長く伸びたかと思うと、鎌の刃の部分だけがバイパーのいた空間まで一気に移動し、ジェフリーの動作に合わせてバイパーのいた場所を薙いだ。


「よくかわしたなあ。エリックの攻撃をかわしても、大抵俺の黒鎌はさけられないんだが」


 ジェフリーがおかしそうに言って両手を引くと、その動きに合わせて液状化して伸びた鎌の柄が一気に引き寄せられ、柄も刃も、元通りに戻る。


「不意打ちとしての効果は抜群だが、ネタがバレたら大したことなくね? それ」


 エリックとジェフリーの二人、交互に視線をやりつつ、ニヤニヤ笑ってバイパーは挑発する。


「ほうほうほう。そう思うなら、次も防いでみろよ?」


 ジェフリーが鎌を振り下ろす。また鎌の柄が液体化して瞬間的に一気に伸び、それなりに距離の離れたバイパーの頭上から振り下ろされる。

 刃を生身で受け止めることも考えたが、それによって何が起こるかもわからないので、バイパーは回避に徹する。その回避直後のタイミングを狙って、エリックが突っこんでくる。


(息が合ってやがるな。だがそいつも予想済みだ)


 バイパーがほくそ笑み、頭部めがけて放たれたエリックの猫パンチを左手で受け止め、カウンター気味に右手でエリックの喉元へ掌打を入れる。

 呼吸の停止と共に、エリックの動きが一瞬止まったのを確認し、バイパーはエリックの喉元を掴み、さらには太ももを掴むと、彼の体を一気に頭上へと抱え上げた。


「ミャミャっ!?」

「おいおい……」


 ほぼ同時に、エリックが驚きの声をあげ、ジェフリーは呻き声を漏らす。


 バイパーはエリックの体を、ジェフリーめがけて投げつけたのだ。ジェフリーはこれをかわすことができず、まともに当たり、床に転がった。

 もちろんエリックも転がったが、エリックの方はすぐに立ち上がり、バイパーの追撃に備えて構えようとしたが、その暇すら与えずにバイパーは距離を詰めていた。


「くあぁぁ!」


 バイパーの拳がエリックの顔面を砕こうとした所で、後方から繭の鋭い声が上がり、バイパーは寸前で拳を止めた。


「どういうつもりだ?」


 エリックとそのすぐ後ろで未だ転がったままのジェフリーの動きを警戒しつつ、繭に向けて声をかける。


「くぅぅぅあぁぁ~……」

「ミャーミャア~……」


 切なげな声を続けざまに漏らす繭とエリック。どうやらエリックからは戦意が消失したのを感じ取り、ジェフリーの方に警戒心を集中するが、エリックが折れた時点で、もうケリはついたと考えていい。


「無茶苦茶な奴だなあ。面白いけどよ」


 ジェフリーが鎌を消し、何やら視線を絡ませて鳴きあっているエリックと繭を見た。


「つまり、あの子がお前を止めたってこいなのかーい?」

「ああ」

 ジェフリーに問われ、バイパーは頷いた。


 ジェフリー・アレンという人物は残虐非道の殺人鬼であるとバイパーは話に聞いていたし、実際外道の顔つきをしていると思えたが、その側近であるエリック・テイラーの方を、繭がかばっているようだ。


「あ、ギブアップで。その子も解放するわ」

 ジェフリーが起き上がり、呪文を唱える。


「もう出られるぞ」

「くぁぁっ」


 ジェフリーの言葉に呼応し、繭は力を失った結界から勢いよく飛び出た。

 繭はバイパーの横にやってきて、エリックを覗き込む。


「くぅぅぅ~……」

「ミャー」

「くぅぅあぁぁ……」

「ミャー」

「何だ、こいつら……」


 互いに鳴きあい、和やかに微笑みあう繭とエリックを見て、バイパーはやや引き気味で不審がる。


「ふむふむ。俺にもよくわからんけど、どうも人外言語族同士で、気が合ったみたいだぜー?」

 と、ジェフリー。


「くぅぅぅ」

 指先サイズの携帯電話を取り出し、エリックの前にかざして微笑む繭。


「ミャーミャー」

 エリックも笑顔で応じ、携帯電話を取り出す。


「メ、メアド交換してるぞ……」

 エリックと繭を見ながら、バイパーが呻く。


「俺等もしとく?」

「するかっ」

 真顔で尋ねるジェフリーに、バイパーはすげなく突っぱねた。


***


「危なかったな。俺達二人がかりでかなわないとは、世の中上には上がいるもんだ」


 繭とバイパーがホテルを出て行くのを、窓の外から見下ろして確認しつつ、ジェフリーはしかめっ面で呟く。


「結局奴等の目的わからずじまいかよ。つーか、エリックのおかげで助かったようなもんか。あの子を殺していたら、俺達はあいつに殺されていただろうしなー。はんっ、今日だけはエリックの優しさに乾杯だ」

「ミャー」


 そう言ってカクテルの残りを煽るジェフリーに、エリックはいつものように嬉しそうな笑顔で一声鳴いた。


***


 繭を救出したバイパーはホテルを出た所で、主に電話をかける。


「俺だ。繭は無事だった」

『そりゃよかったです。んで、ちゃんと皆殺しにしておいたか?』

「幹部のジェフリー・アレンとその側近のエリック・テイラーは見逃した」

『おい、ふざけんなテメー。マジ殺すぞ。そいつらは一番殺しときたい奴等じゃねーか。逃したならまだしも、見逃したってどういうことだ。ああ?』


 バイパーの報告に、ミルクは不機嫌極まりない声を発する。


「あいつら、繭を返り討ちにして拘束こそしていたが、殺さずに生かしておいたんだ。意外と扱いも悪くなかったらしくて、俺があいつらを殺そうとしたら、繭がストップかけたからな。無視して殺して繭に恨まれるのも嫌だから、見逃した。それで文句あるのか?」

『ジェフリー・アレンはそんな奴じゃないと思ったがな……。いや、エリックはまあ……うん、何となく話は見えましたですよっと』


 諦めたように、声のトーンを落とすミルク。


『ま、御苦労だったと言ってやる。さっさと帰って来い』


 居丈高な口調で告げ、ミルクは電話を切った。


「帰って早々また餓鬼のお守りとはね。俺はそういう星の下に生まれてきたってのかよ」


 歩きながら、隣を歩く繭を見下ろして呟くバイパー。そのはずみに垂れてきた前髪を、指で後ろに撫で付ける。


「くぅぅ」


 そんなバイパーを見上げ、繭はにんまりと笑いながら、空気の抜けたような声を発した。


人外言語使い達と遊ぼう 終

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