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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
9 糞壺の姫君と遊ぼう
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人外言語使い達と遊ぼう 前編

 数人のいじめっ子が、一人のいじめられっ子をいびるという、何時の時代もどんな場所でも見受けられる、わりとありふれた風景。


「小島ァ~。お前、悦子に色目使ったろう~?」


 夕方の通学路。今年中学三年になる小島幸助は、半強制的にいじめっ子のヤンキー共と一緒に歩かされている途中、リーダー格の角刈りに威圧される。

 同級生の女子の一人のことを言っているのはわかるが、不良に惚れるような馬鹿女に色目など使うものかと、幸助は声に出さず吐き捨てる。


「ヤキ入れられるのが嫌なら、いつものアレ。な?」


 角刈りの言葉が何を意味しているかはわかっている。万引きの強要だ。

 狙うのはいつもの同じ店、レトロブームに乗っかって個人経営している、昔ながらの駄菓子屋。そこの店主の老婆はすでにかなりボケているので、万引きしてもバレる危険性はほとんど無い。しかし幸助の良心はいつも軋んでいる。そしてそんな幸助の良心の軋みを見抜いて、不良達は楽しんでいる。


「うん、こいつはどう見てもいじめっ子といじめられっ子の構図だな。いつものアレとやらが何かは気になるが。なあ、エリック?」


 すぐ後ろから声がして、幸助と不良四人が驚いて振り返る。人が近くにいる気配はほとんど無かった。

 振り返った瞬間、そこにいた二人の男を見て、五人は仰天した。


 二人共外人だった。一人はフード付きの黒いローブ姿で、一見して占い師のような格好をしており、額には星型のタトゥーを入れている。頬は痩せこけ、目がギョロギョロしていて、一目見てヤバそうと思える雰囲気が漂っている。

 だがもう一人はもっとヤバい。占い師風の男のインパクトが霞むくらいヤバい。何しろ町中で上半身裸という格好で、鍛えられた筋肉質な肉体を露わにしている。もうそれだけでいろんな意味でヤバい。


「ミャー」

 嬉しそうな笑顔で猫の鳴き真似をしてみせる、上半身裸の男。


「だよなあ。面白い現場に遭遇したもんだ。粋がって弱い者いじめしているような馬鹿餓鬼が、死の恐怖に瀕して慌てふためき、泣き叫ぶ様子、見てみたいとは思わないか? エリック」

「ミャー」


 占い師風の男の台詞よりも、猫の鳴き声を真似る上半身裸の男の方に、彼等の意識は向けられた。何故猫の声なのかと。


「手を伸ばしても届かない、空に描いた絵。惑わすために? 欺くために? はたまた想い焦がれるために?」


 突然占い師風の男が、日本語でポエムのような言葉を紡ぎだす。


「これでよし、と。さーて、エリック。おペニペニの採集だぞぉ~」


 そう言って占い師風の男が、刀身に文字が刻まれた諸刃のナイフを取り出す。

 不良四人も幸助も、恐怖に震えた。人の目にも着く場所でそんなものを出すという行為にも驚くが、彼の視線の先は、確かに目の前の五人の中学生に向けられている。

 ただの脅しか――? そういうことにしておきたいという気持ちはあったが、そうではないという予感が、彼等の中にあった。


「ミャー」


 何の前触れも無しに、エリックと呼ばれた上半身裸の男が駆け出した。彼は瞬きする間に中学生達との距離を詰め、一気に間近へと迫っていた。そして誰も反応できなかった。


「ミャッ」

「ぎゃあっ!」

「うげえっ!」


 四つの悲鳴があがる。エリックは中学生達を一人ずつ、片足を蹴り上げていき、蹴り上げた片足を手でキャッチすると、電光石火の早業でねじって引っ張って股関節を外していった。それを四人分、あっという間に実行していった。。

 あまりに唐突すぎて、まるで魔法をかけられたかのように、彼等は固まってしまい、誰一人として動けなかった。逃げられなかった。もちろん幸助も。


「だ、誰かあっ!」


 激痛に顔を歪ませ、角刈りの不良が泣きながら助けを求めて大声をあげる。ここは通学路で、人目につく場所であるし、すぐに通行人がやってくるはずだ。


 果たして通行人はやってきた。乳母車を押す女性。

 しかし、転んでいる四人の中学生と、異質な格好の外人二人のことなど、まるで目に入っていないかのように、平然と通り過ぎていく。


「無駄なんだなあ、これが。幻術で俺等とお前等は見えないようにしておいたし、音声も聞こえないようにしたからさ。そもそも俺はそのために魔術を学んだんだしー」


 ヘラヘラ笑いながら占い師風の男がナイフを弄び、片脚の股関節の骨を抜かれて片方の膝を曲げた状態で激痛にのたうち、立ち上がることのできない四人へと近づいていく。


「はいはい、脱ぎ脱ぎちまちょうねー」


 おどけた声と共に、占い師風の男はナイフで、角刈りヤンキーの制服のズボンの股間を切り裂いていく。


「ほらよっと」

「あがああああっ!」


 局部を切り取られて、角刈りが絶叫をあげた。男は液体が湛えられた容器を取り出して地面に置き、蓋を開けて、切り取った一物を中に入れる。


「やめっ、やめてっ……」


 その光景を見て、他の三人の不良が慌てふためく。自分達も同じ目に合わされるであろうことは、察している。何故自分がこんな目に合わねばならないのかなどと、今はまだ悲嘆する余裕も無い。恐怖と混乱だけが彼等の精神を支配していた。


 残りの三人も容赦なく、占い師風の男は性器を切断し、容器へと収めた。


「へいへーい、どうだー? 良かったかー? おい、お前だよ。いじめられっ子のお前。お前に言ってんだよ。胸がすくむ光景だったかー?」


 幸助の方を向いて、占い師風の男は狂気に満ちた笑みを満面に浮かべ、声をかけてきた。


「でもな~、俺な~、いじめられたまま黙ってやられっぱなしの情けないお前の方が、ずっと腹立つんだな~、これが。ん? もしかしてお前だけ助かる流れだと思った? ん? もしかして俺が、いじめっ子をいじめられっ子から救う正義のヒーローだと思った?」


 ナイフを弄び、男は幸助の方へとゆっくり近づいていく。

 幸助は全身を震わせながら、じりじりと後退していく。自分の真横をサラリーマン風の男が平然と通り過ぎていくのを見て、これは絶対に逃げられないのだろうと、幸助は本能的に悟った。


「ミャッ」


 と、上半身裸猫男のエリックが、幸助と占い師風男の間に立ちはだかり、首を横に振った。


「何だ、エリック。そいつは助けてやりたいのか? しょーがないなあ」


 占い師風の男が足を止め、小さく息を吐いてナイフを収める。


「海の如き鮮やかさ、空の如き爽やかさ、然れどその者、焦がし爛れをもたらす使者」


 再び、ポエムのような呟きが占い師風の男の口から漏れる。それがポエムなどではなく、魔術の呪文そのものであることを、幸助は次の瞬間悟ることになる。


 占い師の手元より四つの青い火球が放たれた。股関節の骨を脱臼し、陰部を切断されて悶絶している四人が、全身を青い炎に包まれた。炎の火力は相当なもので、四人は断末魔の悲鳴をあげる間もなく絶命し、その亡骸はたちまち焼け焦げていく。強烈な異臭がたちこめる。


「おい、運良く助かったお前」


 男が自分の方を向いて再び声をかけてきて、幸助はビクッと大きく震える。何を考えているか、何をしてくるか予測不能な相手なので、全く安心できない。


「助けてやったんだからな。動物を大事にしろよ」

「え?」


 全く脈絡の無い言葉を発すると、占い師風の男は幸助に背を向けて歩き出した。


「ミャー」


 エリックが幸助に向かって、朗らかな笑顔で軽く手を振る。応じなければ悪いと思って、幸助も軽く手を振り返す。何しろ本当の意味で自分の命の恩人だ。


 謎の外人二人組は去り、後には黒こげの死体が四つ残された。


 その日の出来事は、幸助は一生忘れられそうにないと思った。またイジメにあったとしても、今日の無茶苦茶な出来事と、殺される前のいじめっ子達の情けない顔を思い出せば、いくらでも反撃できそうな、そんな気がした。


**


『暗黒都市』もしくは暗黒指定都市という言葉がある。特に裏通りの勢力が盛んであり、裏通りの組織や住人が集中している特定都市を指す。

 裏通りを管理している『中枢』も、それらの都市に、裏通り用の施設やルールを多く設けている。また、警察はこれらの都市に精鋭を配備している。

 真実を知る者は少ないが、それらは何らかの巨大な力が働いて、意図されてそう仕向けられたものだと、誰もが見ている。自然と出来た代物だとはとても考えられない。それにしては不自然な点が多すぎる。


 暗黒都市に指定されるのは、大抵が幾つもの市町村を合併した巨大都市だ。神奈川県沿岸部にある薬仏市も、暗黒都市の一つであり、かつては横須賀市、三浦市、葉山町、逗子市と呼ばれていた、三浦半島にある四つの市町が併合された代物である。

 まだ裏通りという存在が生じぬ頃、すぐ北にある横浜や川崎といった大都市に、移民の増加と共に海外マフィアが流れ込み、巣食っていたが、そのマフィア達を移動させ、裏社会の災禍を南に押し付けて北の二つの大都市を守ったと言われる。それ故に、薬仏市には純国産の裏通りの組織以外に、海外マフィア勢力が跳梁跋扈する混沌とした土地となった。


 他の暗黒都市では比較的警察の抑えが効いているのに比べ、薬仏市は日本一無能として知られる県警の管理下にあることもあり、日本で最も危険な都市となってしまっている。犯罪発生件数も、裏通りの抗争に巻き込まれて死ぬ者の数も、堂々の日本一を記録している。


 裏通りでタブーと呼ばれ、中枢からもノータッチとされている危険人物の一人――バイパーは、久しぶりに薬仏市へと帰ってきた。彼と彼の主は、この都市で暮らしている。


「ただいまー」


『クラブ猫屋敷』と描かれた看板の店の扉を開け、次に返ってくる台詞も予想しながら、店の中に入るバイパー。


『やーっと帰ってきやがったかカス。いつまでカルト宗教ごっこやってんだボケ』


 不出来な人工音声のような歪の響きの声が、バイパーを罵る。声の主は、かつてクラブだった名残である、ターンテーブルの上に丸まった白猫だ。

 この白猫こそが、バイパーの主であり、日本で最もメジャーなマッドサイエンティスト『三狂』の一人、草露ミルクである。ただしその正体を知る者はごくごく限られており、公の場にはネットを通じてしか姿を現さないため、謎の人物とされている。


『まあ丁度いい所に帰ってきたとも言えるですがね。早速一働きもらおうか』

「勘弁してくれよ。お祭り騒ぎが終わって、やっと一息ついたところなんだぜ」

『繭が帰ってこない』


 ダルそうに言うバイパーであったが、ミルクの一言を聞いて顔つきが変わる。わりと深刻な事態が発生していると、今の一言だけで判断できたからだ。


『最近『海チワワ』のカス共が、薬仏で暗躍しているようでな。何となく鬱陶しいから、遊びに出たがっていた繭に、ブチ殺すよう命じて向かわせたんだが、一晩経っても帰ってこないとなるとヤバい気がする』

「何となくという理由で、殺させにいくのかよ」

『奴等は存在自体が罪ですしー。私の研究データを盗んで悪用していやがるんだぞ。繭はあの性質上、そう簡単に死ぬようなタマじゃねーはずですが、それでも無敵ってわけでもない。海チワワにも、手強い奴はいるだろうしな』


 環境保護を正義の旗印として掲げたテロリスト集団『海チワワ』は、草露ミルクが作った吸血鬼ウイルスを盗み出し、そこら中に散布するという行為を行っている。当然そのような行いはミルクの本意ではないが故、ミルクがこの世で最も敵視している組織と言っても、過言ではない。

 そしてミルクの言う繭とは、バイパー同様にミルクの実験台となって改造されたマウスの一人であるが、自らの体を液状化し、単純な斬撃や衝撃といった物理攻撃ならほぼ無効化できる能力があるので、そうそう簡単には敗北などしないと思われるが――


「火炎放射器とか使われたら、繭だってヤバいだろ。あいつ一人を行かせるとかどうかしてるぜ」


 呆れ口調でバイパー。そもそも繭自身が、他人とまともにコミュニケーションが取れない少女であるし、一人で行動させることそのものに、いろいろと不安がある。


『いつまでも保護者同伴てのもどうかと思って、単独行動もさせようと思った。運が悪かったかもしれんが、とにかく確かめに行って来い。もし繭が殺されていたら、奴等を皆殺しにしてこい。殺されてなくても皆殺しにしてこい』

「場所は?」


 ミルクの口から繭の向かった場所を聞き出すと、それ以上は言葉を待たずにクラブ猫屋敷を飛び出して行った。


『ナルが精神世界から繭の生存そのものは確認しているって、言おうとしたが……』


 さっさと飛び出していったバイパーを見て、ミルクは溜息をつく。扉が開きっぱなしだ。


『移動途中に殺されている可能性も十分有るからな。急ぐに越したことは無いか』


 そう言ってミルクは、念動力でバイパーが開けっ放しにした扉を閉めた。

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