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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
9 糞壺の姫君と遊ぼう
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終章

 前倒しにされた解放の日の翌日、判明しているだけでも死傷者は二百人にものぼっていた。


 警察上層部の洗脳が解け、とうとう教団本部に強制捜査が行われたが、本部に残っていた信者は全て穏健派で、解放の日に参加はしていない者達であり、解放の日に参加した者達は全て逮捕済みか、もしくは死亡している。


 どんなに厳しい取り調べがなされても、彼等の口から教祖の存在を聞き出す事はかなわなかった。

 他者の心を読む超常の力を持つ者まで何人か投入されたが、信者の心を読んだ瞬間、彼等は絶叫して泡を噴いて昏倒し、病院行きとなる結果に終わった。


 肝心の教祖は信者達の中に混じって、本院のエントランスで平然とテレビを見ていた。警察官が寄ってきても、軽い催眠をかけて自分を見なかったと認識させて取り調べ対象にすらならずにやりすごしていた。

 みどりは一日中テレビとネットにかじりつき、解放の日のニュースや、大騒ぎするネットの反応を楽しんでいた。

 教祖が未だ判明されぬ事に対して、教祖が実は架空の存在で、幹部が実権を握って指示していただけなのではないかという説が、みどりは気に入った。それを言っているのは警察官関係者ではないかとも勘繰る。そうであった方が、警察に取っても都合がいいからだ。


「そのシナリオでまとめたらどう~? 犬飼さんがそう説明してよォ~」

 と、生き残った幹部の犬飼にもちかけたが――


「俺としては面白くないな。謎のまま、ミステリーのままにしておいた方がいいさ」


 疲れた顔で犬飼は断った。残った幹部の一人ということで、警察に徹底的に事情聴取を受けていたからだ。おまけに著名人でもあるので、テレビにも顔と名前がばんばん出てしまっている。


 その日の夜、みどりはエントランスに信者達を集めて、最後のお別れを告げた。


「もうここには戻られないのですか?」


 父の代からいる古参年配の信者が声をかける。父の補佐をしていた元ナンバー2の男で、みどりが赤子の頃から知っている顔だ。犬飼と共に、生き残った穏健派幹部として数えられ、昼間は警察の取り調べ室にずっと拘束されていた。


「たまに遊びに戻ってくるよぉ~。でも教祖様はもうおしまいっ。あとは三代目教祖様立てて、皆でよろしくやって」


 笑顔でみどりが告げた言葉に、元々浮かなかった信者達の顔に、さらにはっきりと落胆の色が浮かぶ。


「これでもね~、みどりはみどりなりに、とーちゃんに負けまいと、よい教祖様になろうと頑張ったつもりなんだわさ。結果はこんな事になっちゃったけど~。それとももっとふつーな教祖様がよかった? てきとーにえらぶって、ありきたりに威厳づけて、ありがちに格調高くして、ふつーにハーレム作って、パターン通りにふんぞり返っていた方がよかった?」

「最高の教祖でしたよ」


 信者の若い女性が涙ぐんだ声で言った。


「それでよかったんじゃないか。不服ある奴はいないだろ。楽しかったぜ」

 犬飼が微笑み、みどりの頭を撫でる。


「御父上もある意味、新興宗教の教祖としては変わったタイプでしたね」

 元ナンバー2の古参幹部が言った。


「ふわぁ……とーちゃんはナチュラルに普通のおっさんぽいっつーか、確かに教祖様としては変わったタイプだったからぁ~、あたしも無理せず自分のままでいようと思ったのよ」


 実際は父親のことなど意識せず、みどりがやりたいようにふるまっていただけだが、古参幹部と亡き父の顔を立てる意味で、そういうことにしておいた。


 別れを惜しむ信者達を後にし、本院から出たみどりだが、追ってくる者がいた。犬飼だ。


「ふわぁ? どうしたのォ~?」

「わかってるだろ。あいつらの前では話しにくい話をしにきた」


 みどりと並んで歩き、犬飼はにやりと笑う。


「概ねあんたの思惑通りになったけれど、満足した? いや……創作意欲はそれで戻った?」

 それに対し、真顔で訊ねるみどり。


「かなりいい刺激になった。まだ足りないけどな」

「そのためだけに、あいつらを焚き付けたのに、まだ駄目なわけ?」

「それは誤解だよ。俺のためだけじゃない。もちろんお前のためってだけでもない。皆が潜在的に望んでいたからこそ、実現した。どいつもこいつも心の中に火薬があった。俺はその火薬に繋がる導火線に、煙草の火を落とした程度だ。火がうまく命中する確証も無かった」

「そーだねェ、発端はあんた……っていうわけでもない。かといってあたしってのもおかしい。心に闇が育っていた信者達そのものとも言えなくもないけれど、その闇を作ったのが不幸な運命とも言えるし」

「いや、発端は俺だ。それは間違いない」


 犬飼が歪んだ笑みを浮かべる。


「俺は信者の一人に嘘をついただけなんだ。みどりが解放の日を目論んでいるとな。あの嘘は賭けだったし、ただの遊び心だった。そうだな……さっきの煙草の例えをもう少しわかりやすくすると、民家の中に煙草を放り込んで、火事になるかどうかという程度の賭け。結果は何軒も燃やす大火事になった。楽しかったぜ。あの嘘が瞬く間に教団内に広がり、お前もそれを否定せずに後押しした。それも賭けだったな。教祖が否定したら俺の嘘はそこでおしまいだったのにな。たった一つの嘘で、多くの命が奪われ、多くの命を奪い、悲痛と熱狂が踊り狂う祭りが起こったんだ。俺がついたたった一つの嘘で世界が動き、歴史にイベントの一つが刻まれた。うん、愉快だな」


 みどりは黙って犬飼の話を聞いていた。まるで何の関心も無いかのような素振りに、犬飼は少々意外さを覚えた。付き合いは長いが、みどりがこういう反応を見せたのは初めてだ。何を考えているのかもよくわからない。しかし犬飼は構わず話を続ける。


「結局誰が悪かったとか諸悪の根源とか発端とか、考えても仕方ないのさ。いろんな要因が重なって、ドラマが生まれた。世の法律や価値観では、犯罪を実行した本人だけに罪を負わせるが、それを形成した背景事情を無視するのは極めて愚かだと言える。人の心を育む教育が施され、社会の受け皿が整い、高い民度があれば、今回みたいなことは起きにくいだろうしな。社会が悪い論てのは、一見情けない言い訳にも聞こえるが、それもまた目を背けてはいけない事実であり、真実の一面だからな。国によって明らかに犯罪率が違うのは何故か? 育まれた文化や民度や教育や社会情勢の違いがあるからこそってのが俺の考えだ」

「で、それは楽しかった?」


 火遊びの発端である人物の長広舌を黙って聞いていたみどりが、おもむろに足を止め、ようやく口を開いた。


「楽しかったと何度も言ってるだろ。間近で傍観者してて、最高にスカッとした。命が命を散らす様。命をチップにしての反逆。慌てふためき、嘆き悲しむ、被復讐者達。これがスカッとしなかったらどうかしてるわ」


 笑顔で堂々と答える犬飼。みどりは何も言わない。みどりも似たような考えではあるし、同じような感想でもある。だが、微妙にズレている。そのズレが決定的に違う所でもある。


「みどりはね、あいつらの教祖だったんだよォ~。楽しかったし、スカっとしたのは犬飼さんと同じだけど、それだけで終わってはならないんだ。あいつらに殺された人間はどうでもいい。あいつらの敵だからさ。みどりにとっても敵って認識。でもね、あいつらを死なせた事実を何とも思ってないわけじゃないのよね。みどりだけ責任逃れるなんて有り得ないのよ」


 みどりの発言に、犬飼の顔から笑みが消える。それが何を意味するのか、わからないわけがない。


「ま、今すぐってわけじゃないよォ~。つーか、犬飼さんはこれからどーすんのォ?」

「教団はやめるさ。俺には他にも仕事があるしな。ここには姫島やお前との付き合いがあったから、いただけだ。そしてまた小説を書き続ける。文章を書くわけじゃない。俺が頭の中に描いた物語をリアルに投影し続ける。うまくできるかどうかはわからん。今回はたまたまうまくいっただけだろう」


 犬飼がそう言った所で、二人は教団施設の入り口までたどり着いた。すでにみどりが呼んだタクシーが到着して待ち構えている。


「そっかー、だったらまた会う事もありそうね~。んじゃ、元気で」

「お前もな」


 互いに手を振り合う。


 みどりがタクシーに乗り込む。

 タクシーが発車し、みどりは窓から外を眺める。夜という事に加えて人里からは離れた場なので、大して何も見えない。草の茂みと木くらいのものだ。

 窓の外を眺めるのをやめ、みどりはタクシーの天井を仰いだ。そして死んだ信者達の事を思い浮かべる。


(ごめん、ちょっと面白そうな遊びに誘われちゃったから、付き合ってくるね。終わったら皆の所に行くからさァ。みどりがそっちに行くの、待ってて)

 声に出さずに語りかけ、微笑む。


(確かに皆、現世ではハズレの人生引いちゃったかもしんないけどさ。来世では当たりの人生引くこと、祈ってるよ。そのためにも、死んでリセットさせてよかったでしょ? しかも最期にやりたい放題させてさ。でも……幸福なんて、ある程度は心の持ちよう次第で得られるって、魂が学習したはすだよォ? だから来世では、当たりを引き寄せられるんじゃないかな。皆が、各々の力でね。みどりのあの最後の卓袱台返し――今まで言ってきたことと逆のことを言っちゃったあれが、きっと皆を次で活かしてくれる。救ってくれるよォ~。ま、この発案者は杏姉だけどね)


 その結果、絶望した信者もいたが、多くの信者達はみどりの最後の言葉も受け入れたうえで他界した。きっと魂に刻まれたとみどりは確信している。それが彼等の来世の幸福に繋がると。


***


 三人分のコーヒーを淹れ、睦月はリビングへと運ぶ。リビングには背の高い男と、白ずくめの女性がいた。

 その女性は屋内にいても決して白いソフト帽を取る事は無かった。少なくとも睦月は一度として見たことが無い。着る服もいつも同じだ。全身白ずくめ。フリルつきの白いブラウス、白いロングスカート、レースの白手袋。


「ありがとう、睦月」


 睦月が入れたコーヒーを優雅な仕草で取る。レースの手袋の下の血の通わぬ手は、生身の手と同様に細かい作業を難なくこなすのを睦月は知っている。


「葉山さん、飲まないのぉ?」


 テレビにかじりついている男に、睦月は声をかける。何を考えているかわからないし、まともな反応がほとんど返ってこない人物であったが、睦月は特に気にしていなかった。


「蛆虫の僕が美味しいコーヒーにありつく……いや、コーヒーの中でうねうねと溺れてもだえる僕……嗚呼……文学的だ」

「美味しい?」


 意味不明な発言を繰り返す葉山に訊ねる睦月。


「このコーヒーは処刑場です。美味しいとかを超越して受け止めます。僕は本来この中で溺れ死ぬ運命であるにも関わらず、人の姿をしているが故に、味を楽しめる。これが何を意味するか、君にわかりますか?」

「あはぁ、わからないし、知りたいとも思わないねぇ」


 真顔で問う葉山に、睦月はにっこり笑ってそう返す。


「それにしても愚かしいですわね。薄幸のメガロドンの狂信者の方々は」


 テレビを一瞥し、女性が嘲る。解放の日という名の同時多発宗教テロが起こった昨日からずっと、どこの番組も薄幸のメガロドンの特集を行っている。


「世に悲劇をもたらす。ここまではよくってよ。けれども玉砕してしまうのはいただけません。その程度では、生み出す悲劇もたかが知れていますわ」

「いいえ……百合さん、それはそれで風情がありますよ。そう、カゲロウのように」


 葉山が口を挟む。百合と呼ばれた女性は、意に介さないかのように、持論を続ける。


「より多くの悪意を撒き散らし、より美しく楽しい悲劇を創るには、悲劇の劇作家も生き続けて然るべきでしょう。あらゆる外敵を退け、何百年と生き続ければ、それだけ多くの悲劇を世にもたらす事が出来ましてよ。このような通り魔まがい程度の事しかできず、あげく己の命も散らすしかない子達には、想像すら出来ない領域でしょうけれど」


 得意げにまくしたてると、百合はコーヒーを飲みほした。


「でも薄幸のメガロドンの教祖は相当な力の持ち主だったんだよねぇ? いろんな所から送り込まれた暗殺者も、術師も、全て撃退してたんがらさぁ。葉山さん、よく指令達成して戻ってこれたもんだ」

「ううう……やややめてください。ぼぼぼ僕なんか大したものではないのです。たただ、人に気づかれない蛆虫だっただけなのです」


 睦月が称賛すると、葉山はあからさまに照れて、目をきょろきょろとさせてどもりながら謙遜する。


「プリンセスと呼ばれていた教祖は、どのような方でしたの?」

 百合が葉山に問う。


「わかりません。いえ、演説とかで何度も見たはずですが、ターゲットである雲塚杏を殺害した際、その場に教祖がいたという事実だけ覚えています。で、何か超常の力を用いられたようで、どんな人物だったかのかという記憶がその時から無くなったんです」

「そうですの。残念ですわ。興味はありましたが、それでは仕方ありませんね」


 口ではそう言うものの、話を聞く限り相当な力の持ち主である事は間違いないし、興味より脅威の方が強い百合であった。ターゲットとは懇意だという報告も受けていたので、もしこちらの存在を特定して牙を剥いてきたら、余計な敵を作る事になる。


「私達のゲームの邪魔にならなければよいのですが」

「あは、いよいよゲーム開始といった所かなぁ?」


 待っていたと言わんばかりに笑みをこぼす睦月。だがその目が笑っていない事に、百合も葉山も気づいていない。


「純子とのゲームなら何年も前からとっくに始まっていましてよ。途中に小休止を挟んだだけのこと」

 百合が目を細め、優雅な微笑をこぼす。


「純子のお気に入りのあの子が成長するまで、ちゃんと待ってさしあげましたのよ。そろそろいい頃でしょう?」


 百合が宙にホログラフィディスプレイを投影してみせる。

 ディスプレイには一人の少女の顔が映し出され、睦月は大きく目を見開いた。睦月が知っている人物だ。いや、テレビを見ている国民ならば大多数が知る人物だ。


「次の標的は……月那美香。この子にしましょう。親しい間柄にある者が、一人、また一人と殺されていき、心を削りとられた彼を見て、純子が果たしてどう思うか、見ものですわ」

「では早速行ってまいりましょう。うねうねうね……蛆虫ウォーク……」

「お待ちになって。この仕事はあの子に任せましょう。たまには使ってあげないと」


 部屋を出ようとする葉山を呼び止める百合。あの子という言葉と、たまにはという言葉で、葉山は大体ぴんときた。


「彼は今アメリカでしょう。アメリカのどこにいるかまではわかりません。すでにアメリカで所属していた『戦場のティータイム』も抜けたという話ですから、探すのは飛びまわる蠅を足で持った箸で捕まえるよりも面倒です。もしかしたらアメリカすら後にしたかも」

「その辺は情報屋に依頼しておきましょう。向こうの警察であれば居場所をより早く把握できるでしょうし、海外の警察と通じている情報組織もありますから、その辺がいいですわね」

「彼は怪物ですよ。昆虫界で例えるならリオックですよ」

「ええ、あの子はモンスターですわ。確かに扱い方を誤ったら危険ですわね。けれども、だからこそ私の手札となりうるのです。うまく手なずけるためには、適度に使命を与える必要がありますわ。あの子も使命が下るのを心待ちにしていましてよ」


 最初は誰のことを指しているかわからない睦月であったが、百合と葉山の会話を聞いていて、百合の配下の中の何者であるか理解した。


「その人、面識はないけど、俺と同じタブーの一人なんだよねぇ?」

 自分と同列という意識を込めて訊ねる睦月。


「ええ。最悪のタブーと言われている子ですわ」


 睦月の同列という意識を否定するかのように、百合は告げた。


***


「ただいまー」

 雪岡研究所のリビングに、久しぶりに弾んだ声が響く。


「いやー、今回の会議も荒れまくりだったよー。ミルクのアレが特に凄かったかなあ。私も負けていられないねー。もっともっと頑張らないとー。あ、これお土産ねー。アメリカっぽい怪しい色の不味そうなお菓子いろいろ……」


 アメリカで行われた第886回国際マッドサイエンティスト会議より帰還した純子は、リビングでいつもの面々に混ざって、知らぬ顔が一人いる事に気が付いた。


「んー? どちらさま?」

「おいすー」


 真の横にべったりくっつく形で同じソファーに座った、長い黒髪と細身が特徴的な少女が手をあげて挨拶する。

 少し離れた場所では、累が何故かふてくされた顔で、テレビを見ている。


「今日からここの一員にして欲しいんだが、構わないよな? 異論無し。はい、おっけー」

「よろしくたのんまーっス」


 言葉を挟む間もなく一方的に決定する真と、それに示し合わせたかのように、純子の方に顔を向けてにかっと歯を見せて愛想よく笑うみどり。


「あ、はい」


 経緯は全く不明であったが、それを問いもせず、ぽかんとした顔で了承する純子だった。


糞壺の姫君と遊ぼう 終

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