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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
9 糞壺の姫君と遊ぼう
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28

 みどりは――雫野の妖術師達は、第二の脳というものを亜空間に備えている。

 みどりの能力とはまた異なる形での、他者への精神干渉の術も雫野流妖術には存在する。その術には、第二の脳が役に立つ。それだけではなく、己の精神分裂体への制御や、敵からの精神攻撃を受けた際への防護など、膨大な量の情報の蓄積、瞬時の計算と処理を行う術のためには、この第二の脳が必須となる。


 みどりの第二の脳も、何百人という信者と繋がり、それらの記憶全てを記録している。故に、真の頭の中に飛び込んだ瞬間、真のほとんど全てを把握し、処理できた。記憶も、感情も、思考も。


「そういうことかー……」


 真の記憶を覗いたみどりの精神分裂体は、真の中で重い吐息をつく。悲惨な人生など数限りなく覗いてきたが故に、他者の痛みに多少鈍くなってしまった感もあるみどりだが、そのみどりから見ても、真の凄惨な記憶と痛みと決意は、みどりの心を震わせるものがあった。


「んん?」


 瞬時に真の記憶の全てを把握したと思ったみどりであったが、真の精神の奥底で、奇妙なものを発見した。

 それは真の記憶の中にありながら、真の記憶には存在しない領域だった。みどりはそれが何であるか知っている。脳が記憶しえない領域。魂の記憶領域。転生前の記憶。心に影響を与えるので完全に隔絶されてはいないようだが、基本的には隔たれた領域。


(何これ? 魂に術が施されてるじゃん)


 その領域自体は誰もが持つものであるが、みどりが見つけたそれは異様な形で存在していた。明らかに意図的に作れられた残留思念が、中に存在しているのがわかる。

 みどりも転生してなお記憶と力を維持する術を操るので、それが何を意味するかは瞬時に理解できた。みどりが編み出した術と似た系統の術が、真の魂に施されているのだ。


 みどりがその領域に触れた瞬間、それは視覚化した。

 奇妙な部屋の中に、みどりの精神は招かれた。ある部分は畳が二畳ほど広がる和室。ある部分は木をそのまま切り取って作ったような大きな机の上に、魔術の触媒を連想させる様々なものが散らかり、本が積み上げられ、様々な形状のフラスコが並んでいる。ある部分は干し草が積み上げられている。

 そこには三人の人物がいた。

 一人は畳の上に胡坐をかいた、泥と返り血まみれの甲冑に身を包んだ戦国武者。一人は椅子に腰かけて、机の上の本に目を落とした、ねじくれた杖を携えた魔法使い風の格好をした金髪の男。一人は干し草の上でほぼ全裸で横向けに寝転がった、薄いピンクの肌と角を持った、明らかに人間ではない異形の赤毛の少年。三人とも、みどりに視線を注いでいる。


 そのうち一人、人間ではない見た目の者をみどりは知っている


「獣之帝……御先祖様に討伐された、妖の王」


 みどりが呻いたその時、魔法使い風の格好をした男が立ち上がり、柔らかな笑みを浮かべた。


「待ちわびましたよ。千年間」

 真紅の双眸をみどりに向け、男が穏やかに告げる。


「ふえ? 待ってた? みどりを?」

 思わず問い返すみどり。


「私が中途半端にしか編み出せなかった術を完成させたる者が、ここにやってくることを、私は予知していたのです。故に、輪廻を巡る内に生み出された強者たるこの二人も記録しておいたわけです。貴女なら、これだけ言えばこの言葉の意味がわかるでしょう?」


 魔法使い風の男が何を言わんとしているのか、何を望んでいるのか、みどりはその時点で理解できた。彼等の記憶までは瞬時に読み取る事はできず、察するしかないが、全て察せられた。


***


「どうしたんだ? 何もしないのか?」


 真と対峙したままの恰好で、ただ苦々しい表情を浮かべているだけのみどりに、真が問う。自分の中にみどりの精神が入ってくる感覚は確かに感じられた。それがわかるようにみどりもしている。だがそれ以上何かをしてくる気配が無い。


「まあ……しないだろうなあ。僕の心を全て読んだということは、僕の目的も全て知ったということだし」

「まあねぇ~……あんたは、自分の心をあたしに見せるのが、そもそもの狙いだったんだしさ。それにのせられて、なお攻撃するこたあないよォ~……」


 決まり悪そうに言うみどり。傍から見ている累と幸子には、二人の会話の意味が全くわからなかったが、次の瞬間、その累と幸子が衝撃を受ける台詞を真は口にする。


「僕の手駒になってくれ。杏の代わりに。そろそろ僕の目的をかなえるための力を欲していた所だった。お前はそれに適している。お前は累や雪岡に勝るとも劣らない力の持ち主だし、そういう意味では杏の代わりどころではない優秀な人材だけどな」

「ふええ~? 何であたしに? よくわかんないなァ。力を持っているってだけの理由? 勧誘するってことはあたしじゃなくちゃならない理由ってのもあるんだよね~?」

「とぼけるなよ。わざわざ口にしなくてもわかってるだろ。僕の心を全て読んだんだから。僕の目的を知っただろ? 説明の手間が省けていいし。それに――どうせ自殺しようとしていた命だから、その前にもう一度くらい遊んでみてもよくないか? 僕の心を読み、知ったうえで僕がこうして勧誘している。お前はこの勧誘にのってくるんじゃないかな、と」

「それだけじゃないじゃんよ~」


 みどりの表情がやや険悪なものになる。


「あんたはあたしに、あんたの杏姉への気持ちも見せた。そのうえあたしが杏姉の心を読んだことも見透かしていた。杏姉の件があるからみどりが断れないって、踏んでるんだろ~? 随分とまあ汚え取引ね。杏姉の死をダシにして、あたしの心につけこんでくるなんてさァ。あたしが御先祖様にしたことより、よっぽどあんたのが汚ぇよぉ~」

「だから言っただろ。僕の心を読めば終わりだと。お前はわかっていても断れない。断らない。麗魅から聞いたんだ。お前が杏とずっとべったりで、杏に一番心を許していたと。で、お前の言う汚い取引を思いついたんだ」

「そっか……」


 うなだれるみどり。誰にも顔を見せずに、力なく笑う。


「杏姉の頭の中はさ……。死ぬ前もあんたのことでいっぱいだったよ……。ったく……マジであんた最低じゃん」

「でもその最低な取引をお前は断れない。それが――」

「杏姉が望む事だからね」


 こぼれかけた涙をぬぐい、みどりは顔を上げた。


「何よりムカつくのはさァ、何から何まで全部あんたは計算済みだってことだよ。ったく、ふざけてやがら~。あたしの能力を逆手に使うとかさァ」

「何度も言うが、その汚い計算を働かしてお前を僕の手札とすることが、お前の代わりに死んだ杏への最大の供養になるってことを、僕もお前もわかっているだろ?」


 みどりは真の心を覗いて知っている。真が杏の死にどれだけ心を痛めているかも。真の杏への確かな想いも。そしてそれだけではない。真自身も知らない、真の魂に秘められた秘密。それを見てしまった件もあった。


(つーか心を覗かれていたのは、あたしの方だったってオチかよ……。それも、あたしのことよく知りもしない奴に見抜かれているとか、なんつー醜態よ)


 真からすれば、多少強引な賭けという部分もあったかもしれないと、みどりは考える。みどりの性格を完全に見抜いていたわけでもないかもしれない。仮に違っていたら、この取引は成立しない。だが結果としては当たっていた。


「ふわぁ……一つ勘違いしてるよォ~。杏姉はあたしの身替りになって死んだんじゃない。あれは……あいつは杏姉を狙っていた」


 その言葉に真は衝撃を受けた。意外な話――だったからではない。真にとって心当たりのある話であったからだ。


「真相を突き止めたいとは思わないか?」

 動揺を抑えつつ、真は訊ねる。


「ま、実際面白そうでもあるしね~。イェア、じゃ、そういうわけで~、今後ともよろしく」


 いつものあの歯を見せる笑みを浮かべ、手をさしだすみどり。真も――かなりぎこちなかったが、無理矢理微笑を作ってみせて、その手を握った。


「それからな、累に謝れ」


 握手したまま、真が言った。忘れてなかったのかと、みどりは意外そうに笑う。


「あいつは確かにとんでもない馬鹿だが、馬鹿なりに己を改めようと必死だった。あいつなりのペースとやり方で、自分の殻を破ろうと成長しようと懸命だった。僕はそれを何年も側で見ていたから、それを頭ごなしに侮辱したことが許せない。弱さは罪かもしれないが、その弱さを克服しようとするあいつの姿勢を嘲るような奴のままなら、この話は帳消しで構わないよ」

「ふわぁ……わーったよォ……。あたしだってやりすぎたと思って罪悪感もありましたしー。はいはいどーもすみませんでしたー。これでいー?」


 累の方に向きもせず、みどりは誠意や謝意の欠片も無い適当感あふれる謝罪を口にする。

 累は呆れきって、心底どうでもいいといった顔になっている。みどりの態度がひどいという理由ではなく、自分の仇討ちというのが口実に過ぎず、真の狙いが最初からみどりの懐柔であった事を知ったせいだった。


 真がみどりから離れ、累と幸子のいる方にやってくる。そして幸子の方を見て、口を開く。


「例の件、早めに頼む。悠長にしていられない理由が出来た。これ以上僕のせいで犠牲者を出したくもないしな」


 真の言葉の意味を幸子には計りかねたが、犠牲が出るという言葉に嘘は無さそうであったし、実際に人死が出るような事態であるとしたら、見過ごすわけにはいかない。


「相変わらず……強引ですね」


 やっと真の手当てができると思い、ほっとした表情で真の服を脱がしにかかる累。


「うまくシナリオ通りに運んでくれたのは、運にも助けられている。あいつが、僕の思った通りの性格だったという事が、特にな」


 ロケットランドセルを外して床に置き、額から垂れる血を手で拭って、真はみどりを一瞥した。


「縁の集約かぁ……」


 一方、誰にも聞こえない声で、みどりは一人呟いていた。


「輪廻の導きが、全てこの時代、時間に寄せ集まっているわけかぁ……あたしも、御先祖様も、彼も……」

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