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骸骨達が積み重なるように殺到してくるのに対し、真は刀の鞘紐を口でくわえ、上体をかがめて、ランドセルの肩ベルトにあるスイッチを押す。
ランドセルの底に取り付けられたロケットエンジンが作動し、真の体が浮き上がった。
「マジでぇ~……?」
その光景を見て流石のみどりも驚愕した。真の体が弾丸の如く勢いで垂直に飛行し、骸骨の群を突き抜けてきたのだ。
その体はありとあらゆる場所を骨で刺され、血まみれになっていたが、一瞬にして骸骨の群を抜け、みどりへとそのまま突っ込む。
みどりは大きく体勢を崩しつつも、そのロケットダイヴを横に転がりながらかわす。
真も途中でロケットエンジンを止めたとはいえ、勢いで壁近くまで吹き飛び、床に転がり落ちる。
その機を逃すことなく、みどりは体勢を立て直して、猛ダッシュをかけて接近し、真の頭部めがけて薙刀を払う。
真は起き上がりながら、わりと余裕をもって、刀でその攻撃を受け止めた。
(終わりだ)
声に出さずに呟き、みどりが薙刀をさらに振るう前に、真は上体をのりだしてみどりの顔に己の顔を近づけ、口の中に含んだものをみどりの顔めがけて噴射する。
「毒霧っ!」
拳を強く握りしめて叫ぶ累。幸子も骨の合間からその光景を見て唖然とする。みどりの顔に緑色の液体がかかり、みどりは目を瞑る。
(これは絶対やると思っていました。真はプロレス好きですしね)
しかもそれが見事に決まった事に、累は少なからず興奮していた。
「ぐわぁぁ~」
本日二度目の、目の痛みと視覚の遮断とに、みどりの表情が歪み、芝居がかった悲鳴があがった。その顔が次の瞬間、別の意味で別の形に歪む事となった。
真の突きが、みどりの喉元に正確にヒットしていた。
白目を剥き、みどりが倒れる。術が解け、骸骨が全て消える。
「勝負有り……ね」
釈然としない面持ちで、幸子が呻いた。最後の最後まで茶番を見ていたような気がした。
「すごい……本当に倒してしまった。龍とミジンコくらいの力の差があったのに……」
しかし累が受けた印象は違った。超常の力を持たない真が、人智を超えた力を有する上位存在であるみどりを倒したという結果を目の当たりにし、興奮と歓喜と戦慄に震えていた。そして、真のことを誇らしくも思い、重傷を負わなかった事に安堵もしていた。
「ところであの毛玉は何だったの? どういう効果があったの?」
幸子が累に訊ねる。
「毛はただのフェイク……ですよ。何度も感覚への攻撃を行われているので、警戒すると考えて……ね」
累の答えになるほど、と頷く幸子。あまり役には立っていないようだったが。
「マ~ジですかぁ~……? げふげふっ」
わりと早く意識を取り戻したみどりが、喉に手を当てて咳き込みながら立ち上がる。自分の敗北は認めていた。
勝負のルールを明確に決めていたわけではないが、短い時間とはいえ昏倒していたのだ。しかも最後の攻撃が鞘の収まったままでの刀によるものでなかったら、死んでいる。負け以外の何物でもない。その敗北を認めてはいたが、同時に信じられなかった。
全身血まみれで佇む真に累が近づき、手当てをしようとする。
「まだだぞ。今のは第一ラウンドってことにしておく。今から第二ラウンドと行こう」
「は……?」
真が手をかざして制し、思いも寄らぬ台詞を発したので、累はあんぐりと口を開ける。
「こいつだって今の敗北が納得できてないって感じだからな。もう一度負かせば、完全に納得するだろ」
言いながら鞘に収まったままの剣を構える真。累も幸子もみどりも呆れきって言葉を失い、固まっていた。
今の勝利とて、散々ハメ手のような手段を用いて、ひたすら相手をひるませて隙を作って、それでもボロボロになりながら、やっとのことで勝ったようなものだ。勝負は確かに真が勝ったが、実際の両者の実力差は途方も無く開いている。
そのうえでなお、もう一度勝負をすると言い出すなど、最早正気を疑うレベルだ。
呆れつつも、薙刀を構えなおすみどり。速攻で叩き伏せてやろうと考えていたが、まだ何か真に切り札があるのかもしれないと、一応警戒はしている。
満身創痍で刀剣を構えてみどりと向き合いながら、真は突然強い既視感を覚える。
(この感覚……この光景……昔どこかで見た覚えが?)
ずっと昔、思い出せないくらい昔に、見たような記憶がある。それだけではない。自分の視点ではなく、他者からの視点で、自分の姿が一瞬見えたような気がした。
「まだ使ってない力があるだろ。それも全部使え。力の全てを出し切ったお前を倒さなければ、足りない」
デジャヴの意味など考えても仕方ないので、目の前のみどりに集中する。
「累と同じように、僕の心を覗いて、幻術でも何でもかけてみろ。悪夢でも何でも見せてみろ。ただし――僕の心を覗いて、その全てを知った時、全て終わる。それで幕だ。お前は僕のものになる」
「はあ?」
嘲笑するみどりだったが、真がはったりを言っているようにも思えなかった。大きな瞳に確信の光が宿っているのが確かに見受けられる。何か企みがあって挑発しているように感じられる。
「使えよ。お前の人の心に入り込んでくる能力とやら。累と同じことを僕にもしてみせろ。僕はそれも打ち破ってみせる。そうしないと完全勝利とは言えない」
(足りないってのは、勝利したというニュアンスで足りないってこと?)
その言葉をみどりは不審がる。みどりの直感では、何か違うような気がした。だがそれも、真の挑発にのって、真の心を覗き込めば判明する。
そもそも最初からこの少年にはいろいろと引っかかる部分があった。累の仇討ち以外の狙いがあると見ていた。しかしそれが何なのかわからない。
「へーい、そこまで挑発したからには覚悟はできてんでしょーねぇ~」
不敵に笑い、みどりは短く呪文を唱えて精神分裂体を作る。ここまでは雫野の術だ。しかしこの先は違う。妖術とは異なる、みどりの魂が備えた能力となる。
みどりは精神分裂体を真の精神の中へと潜入させた。真の全てを知るために。何よりも真の目的が何かを知るために。




