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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
9 糞壺の姫君と遊ぼう
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25

 見届け人として幸子も伴い、四人は訓練場へと移動する。


「不思議だな」

 移動途中に真が口を開く。


「人のトラウマをえぐるような下衆な術を使う、下衆な輩とは思えない」

「ふぇ? みどりのこと言ってるのォ~?」


 先頭を歩いていたみどりが、振り返って真を見る。


「みどりの力が下衆なんじゃなくてさァ、みどりの力に屈するのは、そいつの心が汚れてると思わね?」


 意地悪い口調でみどりが言った。みどりとしては半ば冗談ではあったが、完全に冗談だけのつもりでもない。


「あたしは生まれついて――まだ転生の術を編み出していない時から、人の考えていることや感じていることが全て流れ込んでくる、困った能力をもっていたの。しかもそれが雫野の妖術師になるまでの間、全く制御できなくて、そのせいで見たくも無い人の醜い内側を嫌ってほど見せられちゃったわー」

「人間、誰だって心に黒い部分はあるだろう。そう割り切れなかったのか?」

「あたしも若かった頃があって、その時は中々……ね」


 真の指摘に、照れ笑いを浮かべるみどり。


「お前がどんな嫌な想いをしたかは知らないが、人を安っぽく見下げ果てて嬲るような真似を正当化できる理由にはならないな。累に勝ったのは、たまたま累が弱っていたからだけだ。その弱い部分をついて勝った所で誇れる事じゃない。そんなの僕でもできるぞ。こいつのどこが弱いのかわかりきってるし」

「へー、面白いこと言うねー。敗者への擁護と大言壮語を同時とかさ」

「苦渋を味わった事があって、人の心がわかる奴なら、他人の傷口を無闇に穿り返したりはしないだろ。それができるのは、どっちかが欠けている奴だ。あるいはどっちも、か。でもお前はそんな腐った人間にも見えないから、不思議だと言ったんだ。何でそんな真似したんだ?」


 真に問われ、みどりは言葉に詰まる。累の精神の脆弱さや、雫野であれば備えているものを備えていなかった事など、いろいろ計算違いがあっただけで、それを釈明すれば真の敵討ちとやらも回避できそうな気もする。

 だがあえて何も言わないまま、この男の本当の目論見を確かめてみようとみどりは考える。


「えっとー、何甘ちゃんなこと言ってんのォ。勝手な思い込みと決めつけばかりじゃーん」


 間を置いてから、みどりはさらに挑発する。からかいたい気分でもなかったが、これから勝負するからには、そうした方が盛り上がると思って。


 しかし真はそれ以上何も言わなかった。肩すかしをくらった気分で、みどりはさらに思案する。

 この少年の意図がさっぱり読めない。わざわざ心の中を覗き見しようとしなくても、人の考えてる事くらいは大体察しがつくみどりだが、真に限っては何が言いたいのか、何がしたいのか、まるでわからない。発言にも統一性が無い。


(あたしをなじるようで、そうでもないようで……。変なやっちゃー)


 やがて四人は訓練場へと着く。毎日信者達で賑わい、彼等が必死で汗を流していた場所であるが、今は誰もいない。

 中央へみどりが進み出て、真もそれに習ってみどりの正面へと立つ。真の手にはすでに日本刀が一振り、左手に携えられている。累より借り受けた妾松だ。まだ鞘から抜いてはいない。一方でみどりは徒手空拳のままだが、アポートによって瞬時に得物を手に出来る事は、この場にいる全員が知っている。


「勝ち目は無いでしょ。何でやらせるの?」


 対峙する真とみどりからやや離れた側面にて、幸子が傍らに並んで立つ累に訊ねた。


「僕だってわけがわかりませんよ……」


 ぱんぱんに膨らんだナップサックを下ろして、累は気の抜けた表情で答える。


「妖術や能力無しなら相沢真に勝ち目はある?」

「武術だけでも……みどりの方が上です。たとえ真が銃を用いてもね……」


 ナッブサックの口を開く累。何が入っているのかと幸子が覗き見る。ビニール袋に入れられた水筒のようなものが見えたが、それが何なのかは理解できなかった。


「じゃ、いくぜィ」


 みどりが歯を見せて笑う。黒いリボンタイが伸びて真に向かって襲い掛かる。


 真は何を思ったか、これを動いてかわそうとはせず、空いている右手で振り払わんとする。たちまちリボンが幾重にも真の右手に絡みつき、さらには肉に食い込まんとする。


(私と違って、あの子はあのリボンの速度に反応できてた。何でそれをあえて食らったの?)


 真に何か企みがあるのかと幸子が勘繰ったその時、真の右手が突然炎に包まれた。


「うっひゃあっ、ちょっとぉ~!」


 みどりが抗議じみた声をあげる。巻きついたリボンは炎によって瞬時に燃やされた。


「累からそれは聞いた。そのリボン、生きているらしいじゃないか」


 真のその台詞が何を意味するか、幸子はすぐに察した。


「あれって、あの子が作った妖怪?」

「ええ、リボン状の……生物ですよ。気が付きませんでした?」


 幸子の問いに答える累。


「ふええぇぇ~、あたしの可愛いブッチャーをおぉォ~……。こ、これはちょっと頭きたわー」


 リボンの燃えてない部分を収縮させて襟元へと戻すみどり。その笑みが引きつったものに変わる。


「ブッチャーがあのリボンの名前なの?」

「みたいですね……」


 一方で幸子と累は思わず笑みをこぼしていた。


 真の右手からは火が消えていた。肘から先の制服のフレザーの部分もすっかり燃え、中から肘まで覆った黒く厚いグローブがあらわになっている。真はワイシャツの下に、さらに耐熱素材のグローブを着用していたのだ。


(御先祖様に聞いて、いろいろ対策練ってきたって感じかな、こりゃ)

 リボン対策に腕を炎上させた事だけで、みどりは即座にそう判断する。


「じゃあ、こいつはどう防ぐぅ~?」

 一言呟いてから、術のために精神集中しはじめるみどり。


「累――」


 その気配を察知した真が、累の名を呼び、いる方向に向かって手をかざす。累は急いでナップサックの中から水筒のようなものを取りだし、真の方に投げる。

 真はそれを受け取ると素早く蓋を開け、訝るみどりのいる方めがけて投げつけた。


 爆発物を警戒し、みどりは術を中断し、後方に大きく何度も飛び跳ねて距離を取る。だが例え爆発するようなものであっても、威力はさしたるものではないと考える。少なくとも真や累にも被害が及ぶようなものは使うまいと。


 水筒の中から液体があふれだし、床を濡らす。それと同時に、壮絶な悪臭が周囲にたちこめ、みどりは顔色を変えて口元を押さえた。

 転生を繰り返し、様々な経験をしたみどりだが、これ以上のひどい悪臭を嗅いだことは無かった。吐き気を抑えきれず、胃の中から物凄い勢いで中の物が食道を逆流する。口を押さえた手の指から吐瀉物があふれだし、堪えられずに手をのけて反吐をぶちまけた。


 その隙を真は逃さず、一気にみどりとの間合いをつめる。みどりもそれを予期しており、涙ぐんだ顔を上げて真を見据え、瞬時に手元に薙刀の木刀をアポートさせる。


 鞘に納められたままで真の剣が突きだされる。雫野における剣術のセオリーとも言うべき、突きによる先制の一撃。

 正常な状態のみどりなら余裕をもってかわせた所だが、嘔吐の最中を狙われて反応が遅れた。


 みどりの鳩尾を狙って放たれた突きは、脇腹へとヒットする。体勢が崩れたみどりがそれでも薙刀を振るい、石突が真の右足を払う。真もみどりからワンテンポ遅れる形で体勢を崩し、二人してよろめいた格好となった。

 当然だが先に崩れたみどりの方が、先に体勢を立て直し、真へと向き直る。ダメージがあるうえに、ひどい悪臭のせいで、みどりも思うように動きが取れないが、真より先に次の行動へと移る事はできた。


「人喰い蛍」

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