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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
8 カルト宗教に入って遊ぼう
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28

 真と杏が退室すると、バイパーと麗魅が扉の前に立っていた。


「あれ? 見届けないの? それとももう終わったの? やりあってた気配は感じなかったけど、何かトラブルあった?」

 意外そうな顔で、矢継ぎ早に質問する麗魅。


「こないだ来てた人の時は見せてもらったけどね。今回はもっと手強いと察したのかも」

 と、杏。


「暇そうならこっちも遊ばないか?」


 再び膨大な量の殺気を迸らせ、真がバイパーを見上げる。


(意識して威嚇してるのならともかく、無意識でやってんなら、暗殺者にはなれねータイプだな。正面からの殺し合いしかできない戦闘者だ。どうも無意識みてーな気がするが)


 その気になれば暗殺も出来るバイパーが分析する。


「おい真、こいつに恨みでもあるのかよ」

「ただの私闘だから手出しはしないでほしい」


 訊ねる麗魅に、真は普段よりさらに冷めた響きの声でそう答える。


「ああ、そういうことか……」


 そこでようやくバイパーは、真に敵視されている理由を察した。


「そういうことだ。やってはいけない事なんだ。僕も迂闊だったけれどな。まさかあいつに手傷を与える事ができるとは思っていなかった」


 真が何を言っているのか、杏も理解した。理解すると同時に、胸に尖った何かが刺さるような痛みを覚え、頭に血がのぼる。


「あいつを傷つけたのがそんなに腹立つのか? つーか、あんなもんのどこにそんなに惚れてんだよ」

 きまり悪そうに言うバイパー。


「そういう関係じゃない。こないだの件は雪岡に非がある。それはわかっている。だが僕以外の誰も、あいつを傷つけてはいけないんだ。それがこの世界の絶対不可侵のルールと僕が決めた。あいつを守るのが僕の目的の一つだからな」


(デリカシーなさすぎだろ、こいつ。杏の前で堂々とさ……)


 麗魅が顔をひきつらせる。横目で杏の方を一瞥すると、怒りと嫉妬で震えている姿がそこにあった。長い付き合いだが、こんな杏を麗魅は初めて見た。


(なるほどな。単純にホレたハレたってだけじゃなくて、何かとてつもねーことがあって、深く繋がった絆って感じだな)


 一方でバイパーは、真の発言を聞いて、直感していた。自分もそうした絆は持っている。たとえば今守っているみどりが正にそうだ。


「威勢がいい餓鬼は嫌いじゃないが、ボコボコにされる覚悟は出来てるんだろうな?」

「覚悟? そんなものは無い。僕が勝つだけだからな」

「お前の主人も同じこと言ってたっけな。似たもの同士で笑わせてくれらあ」


 そう言いつつもバイパーは真顔だった。相手にとって、触れてはいけないものに触れてしまった事を思うと、一切ふざける気にはなれない。からかったり軽んじたりはできない。真面目に受けて立たねばならない。


「つーか、またガキのお守りかよ。藍といい、あいつといい、みどりといい、グエンといい、こいつといい、いい加減勘弁してほしいぜ……。それに、お前には借りがあるからやりたくねーんだがなー」


 バイパーが口にした言葉は全て本心だった。堂々と挑戦を受けて立つのが礼儀であるし、普段のバイパーなら敬意と歓喜と共に戦闘に臨む所だが、真相手には様々な理由から、そんな気分にはなれない。


「別に貸しなんて無いぞ」

「いや、ある。俺の御主人様とコンタクト取って、雪岡の妨害してただろ。結果的にあれで救われたって面もあるからな。まあ、お前が何もしなくてもあいつは来たかもしんねーけど」


(理由はそれだけじゃねーだろ。もっと致命的な理由があるじゃんよ)


 バイパーを見て麗魅は声に出さずに呟く。その理由を知る麗魅からすると、バイパーが気の毒にすら思えてしまう。


「そっちにやる気が無くてもこっちから行くぞ」

「あー、だろうな。しゃーねー。相手してやるよ」


 バイパーが静かに告げ、静かに闘気を放つ。


「つかさ、お前らも黙って見てないで止めたらどーなんだよ。特に杏」


 真を見据えたまま、杏と麗魅に向かって軽く抗議するバイパー。


「ボコボコにしていいわよ」


 硬質な声で冷たく言い放つ杏に、バイパーは首筋に少しだけ冷気を感じ、引きつった笑みを浮かべた。


***


 見た目は子供――されど中身は同じ流派を用いる強力無比な妖術師二人が対峙すること数秒。不意に部屋の蛍光灯が消えた。窓の無い部屋は、ゲーム機やパソコンやルーター等の電源ランプが放つ明かりだけとなる。

 闇の中で悠然と黒い刀身の刀を構える累。部屋が闇で満たされた瞬間を狙い、みどりは薙刀の木刀を手にし、累に不意打ちを食らわさんとしたが、累が全く心を乱さず構えているのを見てとり、不敵な笑みをこぼした。


 脛を狙った撃ちこみに、累はからくも刀で防ぐ。累は常人よりも闇目が効くが、術でも無く、武器によって腹より下を狙った攻撃というのはあまり覚えが無いため、反応が遅れた。

 直後、再び部屋に明かりが灯る。念動力でスイッチを押しつつ、明かりが灯ったタイミングに合わせて、みどりは累の喉元を狙って突く。


 累は微笑みをたたえながら、片足を軸にして体を横にねじり、またギリギリの所でかわす。

 今の連続攻撃はかなり際どかった。冷や汗が噴き出すのを感じ取りつつ、同時にスリルに酔いしれながら、累はそのまま体を半回転させつつ床を蹴り、みどりからわずかに距離を取る。

 武器のリーチが不利であるがため、相手の懐に一気に飛び込む事も考えたが、累は直感で、何かしら罠がしかけられているような気がした。武だけの勝負ではない。そして雫野の妖術師達は基本である雫野流妖術のみならず、独自に編み出した術を多数持っているのが常で、何をしてくるかわからない。


(ふぇ~、勘のいいことで。懐に飛び込んできたらカウンター食らわしてやるつもりだったのにさ~)


 みどりは追撃しようとはしなかった。累の直感は当たっていた。至近距離からリボンを伸ばして一気に絡め取るつもりでいたが、その目論見は外された。


「へーい、何か御先祖様、嬉しそうね~。てか、今まで暗い感じなのが、すごく明るくなって活き活きしてんじゃん」

 自身も微笑を零してみどりが言う。


「僕は戦いが好きですから」


 短く告げると、累は術のために精神集中をする。その気配を感じ取り、みどりもコンマ数秒遅れて術を唱える。


「人喰い蛍」


 三日月の形を形作る光の点滅が、累のまわりに幾百と現る。


「人喰ィ蛍~」


 みどりもまた呪文一言でもって、累と同様に無数の小さな光の点滅を現出させる。同じ術。しかし累とは違いが二つほどあった。一つは術の名のイントネーションに癖がありまくること。もう一つ、明らかに違う光の点滅の数だ。


(僕より多い……)


 これまで幾人もの雫野流妖術の使い手とあいまみえてきた累であるが、この術において、自分を上回った術師は初めてであった。


 二人の周囲に生まれた数多の光がほぼ同時に踊り狂い、数歩先の敵へと降り注ぐ。光の多くが互いに衝突し、打ち消し合う。敵の光が己の体に触れる前に己の光で防ぎ合う形だ。

 だが数の違いに限りがあるため、累はその場に留まる事ができなかった。累の光の弾幕を突破したみどりの光が、累めがけてあらゆる角度から襲いかかる。

 累はそれらを器用にかわし、あるいは刀で防ぎ、ノーダメージでやりすごしたものの、精神的優位は明らかに損なわれた。


「イェアーッ! 絶好調~! あばばばば!」


 光が全て消えた後、床に片膝と片腕をつき、猫のようにかがんだ姿勢で荒い息をつく累を見て、みどりが嬉しそうに笑う。


「黒いカーテン!」


 みどりが両手を左右に勢いよく広げて叫ぶと、みどりと累の合間に漆黒の布のようなものが現れ、そのどんどん大きく広がっていく。その光景を見て累は目を剥いた。


「術試しでその術を使うのはひどいでしょう」


 黒い布は、みどりの姿が完全に見えなくなり、天井に届かんばかりに大きく広がると、上下左右から累を包みこまんとした。


「別にいいじゃん。殺す術でもないし~」


 みどりが言い、振り返る。前方は巨大な黒い塊が、累のいた空間を埋め尽くしているが、そこにもう累がいないのはわかっている。みどりの後ろで、空間転移した累が上段に構えた刀を振り下ろさんとしていた。

 薙刀の柄で斬撃を受け止めたが、剣による攻撃のみではないことをみどりは察知した。空間転移の直後、同時にもう一つの術を行使している。


 黒い刀身と薙刀の柄が交わった部分から、真っ赤なぶよぶよしたものが吹き出し、急激な速度で膨張する。みどりは慌てて距離を取ろうとしたが、赤いぶよぶよはすでにみどりの肩や胸に小さな手を伸ばし、掴んでいた。

 それは全身を血で塗りたくったような赤ん坊だった。それも一人ではない。何人もの血まみれの赤ん坊が半ば溶けて体が混ざり合い、まるで団子が幾つも重ね連なりあっているかのような形状をしていた。

 そして団子状になった赤子の全てがそれぞれ独立した意思を持っているかのように、蠢いているのだ。現れた幾つもの赤子の面が、みどりに視線を向けて気色の悪い笑みを浮かべている。


 みどりの知らない術だ。累のオリジナルなのだろう。みどりを掴む手は赤子の力とは思えぬ程強い。このまま掴まれていたらどうなるか、見てみたい気もしたが、敗北に繋がるようなダメージを負ってもつまらない。


「さ、せ、なぁい」


 言い放ち、歯を見せて笑った直後、みどりの襟元のリボンが幾重にも分裂して伸び、みどりを掴む赤子達の手に絡まり、絞めあげてみどりから引き剥がす。

 一声に赤子達の顔が不満げに歪み、「うあー」「ぶー」といった不満声をあげだす。だが、リボンの絞めつける力が増し、赤子の手の皮を破り、肉に食い込んで血を噴き出すまでに至ると、手を絞められている赤子が泣き喚き、それ以外の赤子達はそれを見て一斉におかしそうにけたけたと笑いだす。


「御先祖様ァ~、何なのこの悪趣味な術~?」


 引き気味な面持ちになって訊ねるみどり。


「赤団子です。お気に召したなら、術試しが終わった後で教えてあげましょうか?」

「いらんがな」


 さらにリボンの本数が増え、床に塔のようにそそり立つ赤団子全体に幾重にも巻きついたが、累はそれを見て術を解除し、赤子達は不満げな声をあげて消えていった。


「三十年ぶり……純子以来ですね。本気で楽しめそうな相手とめぐり合えたのは。それも同じ雫野の一族――あのチヨの転生とは、不思議な縁です」

「あたしが雫野の術師になる以前の前世で、あたしと御先祖様や綾音姉って仲良かったの~? それとも敵同士?」


 訊ねるみどりに、累は小さく微笑んだ。


「身寄りのない君を拾って、雫野の術師として育てようとしたのですけれどね。友人をかばって死んでしまいました」


 何百年も前の出来事ながら、その時の光景と彼女の声と死に顔が、累の記憶の中に鮮明に焼き付いていた。


「うっひゃあ、何ソレ~。そんな漫画みたいなかっこいい死に方したことあるとか、みどりの前世すげーじゃん」

「生まれ変わってこんな子になってしまっていた事は、がっかりですけどね」

「ふえぇ~、ひどいこと言う、ねっ!」


 みどりが累との間合いをつめ、薙刀で連続して突きを見舞う。


(突きを基本にする辺りも、雫野の教えをちゃんと遵守している)


 防戦一方に追い込まれる形になりつつ、累は思った。


「多くの術師は、術の力に過信して、武をおろそかにしがちですが、さすがに雫野の術師だけあって、そのような事はありませんね」


 鍔迫り合いの状態になりながら、累は嬉しそうに言う。


「ったりめーよ、御先祖様ァ。雫野流妖術の継承者は戦闘者であるべしって掟を決めたのは、御先祖様でしょーがよぉ。偉大な開祖を前にして、無様な戦い方はできませんぜっと」


 攻勢であったにも関わらず、薙刀に込めていた力を抜き、身を低く落とすみどり。その後の攻撃はもちろん累にも予想できたが、反応は遅れた。


 水面蹴りをまともに食らい、累は転倒する。倒れた累にみどりが飛びかかる。

 回避する余裕も無く、累は薙刀による一撃を喉に食らう。真剣であったらこれで勝負がついている。


 咳き込みながらも床をもんどりうって距離を取り、累は立ち上がる。


「ん?」

 その時、みどりは累の異変に気が付いた。


「息切れしてるみたいだけど、どしたのー?」


(これはまさか……)

 累も己の体の異変にようやく気が付いた。


(運動不足……)


 振り返ってみると、自分の動きは最初から随分と鈍かったような気がする。


「武では、あなたの勝ちです。認めます」


 呼吸を整えて言うと、累は不壊の妖刀妾松を消す。雪岡研究所に転移させて戻したのだ。


「術のみで勝負するとしましょう」

「ふええぇ~? 不利になったからって、そういうこと言うの? 御先祖様セコーい」


 茶化しつつもみどりも薙刀を置き、意識を集中させる。


(術でも相当体力消費するわけですし、長引かせるわけにはいかない……)


 焦燥感を覚える累。感情を隠すのが苦手な累は、それを表に出さないように必死にポーカーフェイスを装いながら、みどり同様に術の構築へと意識を傾けた。

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