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真と累が招かれた部屋はかなり広く、もはやホールと言ってもよいほどの物だった。戦闘を行うには申し分が無い。だが置かれている家具を見る限り、明らかに生活するための部屋であるとわかる。教祖のための豪華な私室だ。
天蓋付きの巨大なベッドに、一人の少女が顎に両手をついてうつ伏せに寝転がり、壁一面に映し出されたスクリーンを食い入るように見ている。部屋に入ってきた三人には反応しようとしない。
映像に映し出されていたのは、おどろおどろしい格好の日本人ミュージシャンが、破滅的な歌詞を歌っているライブステージの様子だった。
「メギドボール。あたしが一番好きなメタルバンドのラストステージよ。八年前ね。自殺ライブって言われた有名なもので、この映像は市販されてないの。ま、当然だぁね。メンバー全員が、全曲終了後に本当に自殺してみせたからさァ」
三人の入室にまるで気づいていないかのような素振りだった少女が、明らかに訪問客を意識した解説を行う。
(確か雪岡もよく聴いていたな)
バンドの名前だけは真も知っていた。
ラストの曲が終了し、会場の盛り上がりが最高潮になった瞬間、ボーカルがステージの隅に置いてあったガソリン缶を自らの体にかぶり、何やら叫んでからライターで着火。
瞬時に火だるまになり、同時に客の中にダイブをかます。何人かに火が燃え移るが、驚いたことに客は逃げようとしない。
それどころか客達は歓声をあげて、火だるまのボーカルに我先にと駆け寄って抱きつき、衣服に火をつけて嬉々とした表情で飛び跳ねている。
ベースがおもむろに日本刀を抜くと、ドラムの男に後ろにまわって斬りかかり、見事に首を刎ね飛ばす。さらに沸き起こる歓声。
誇らしげな顔で、高々とドラムの生首をかざしてみせるベース。観客席に放り込まれる生首。飛んでくる生首に手を伸ばす客の群れ。
長い黒コートに身を包んでいたギターの女がコートを脱ぐと、その下は素っ裸の上に、体中にダイナマイトや手榴弾を巻いているという格好だった。
御丁寧に性器と肛門にもダイナマイトを咥えさせており、性器に突っ込んだダイナマイトの導火線に、笑いながら火をつけると、ボーカル同様に客めがけてダイブし、直後、大爆発が起きる。
最後に残ったベースの男は両手にサブマシンガンを構え、無表情にスタッフや客や警備員を次々と撃ち殺していく。
警備員とスタッフは逃げ回るが、観客は喜悦の表情で「キルミーキルミー」と叫んで手を広げ、我先にとベースの前に進み出て殺されようとする。最後は自らの口に咥えて引き金を引き、ベースも果てた。
バンドのメンバーが全員死ぬと、今度は客同士で殺し合いや自殺が始まった。素手で相手をかきむしり、ナイフで切りかかり、棒で殴り、首を絞め、舌をかみちぎり、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「最後までカメラをまわしてこれを撮ったカメラマンは天晴れちゃんだよね~。市販されないとわかっていながらも、この歴史的瞬間を納めて伝えたかったという心意気は本当に御立派様だわさ。どんなに綺麗事ぬかそーと、人がばんばん死ぬ映像は衝撃的だし、強烈なドラマだし、見て楽しみたいって奴多いよぉ~。人間てそーゆーもんだしね。んで、この映像をネット上に流したのもこのカメラマンなんだけど、そいつはこの自殺ライブに参加して死んだ奴の遺族に殺されちゃったっていう負のスパイラル。全くさァ、何から何まで最高だぜィ。命を花火の如く打ち上げて散らす死、死、死、死。命に価値があるからこそ、死もまた輝く。全て御破算。最後にして唯一のリセットボタン。死こそ平等なる約束。死があるからこそ、命を自由に使う事ができる。命の最高の使い方は、いかに派手に死でシメる前提で祭りができるか。それをこのバンドは教えてくれたよね~。あばばばば」
ひとしきり解説すると、薄幸のメガロドンの教祖たる少女は奇怪な笑い声をあげる。
「メギドボールの歌はぜーんぶこの世を呪ったものだったんよ。世界を糞と断じて、そこに生きている人間も糞、人間が作っているものも糞、人生そのものが糞、全てが無価値な汚物として呪い、でも自分だけは正常ノーマルだと高らかに宣言していたの。世の中こそ腐って狂って歪んでいるって。世の異常アブノーマルとされるが我が正常ノーマル。糞を生産して糞を食って生きている凡夫共は、その自覚が有ろうと無かろうと、そいつを世の理として受け入れている時点でやっぱり糞。うん。びっくりするほどあたしの考えと一緒よね。杏姉も同じでしょ?」
突然自分の方に話題を振られ、杏は困り顔になる。
「僕も……ですよ。世の理に馴染めず、背をむけ、呪って生きてきました……。そして、災厄を撒き散らし続けて……いました」
未だこちらに顔を向けようとしない少女に向かって、累が語りかけた。
「確かに……僕はかつてこの世の全てを呪っていました。でも……それは苦しいことでもあるんです。本当は……交わりたい。呪わずに済むなら……馴染めるのであれば馴染んだ方が……よいのです。それに気づくのに、随分と……時をかけてしまいましたが」
「へーい、名乗るのが先だったぜィ」
少女がベッドから降りて、累と向かい合う。
「雫野みどり。もう知ってるだろーけどね」
「雫野流妖術開祖、雫野累です。こちらは僕の大事な存在です」
「どういう紹介の仕方してるんだよ……ていうか、僕はおまけだから紹介とかいいだろ」
呆れる真。すでに手は離しているが、相変わらず真横にいるポジションだ。
「んで~、こないだの綾姉と同じく、あたしを止めにきたってかァ?」
「はい。綾音からも聞いているでしょうが、はるか昔、前世の貴女とも僕は関わりがありますし、何より雫野の力を用いて世を乱すのを捨ててはおけませんから」
本気モードになったようで、途切れる事ない喋り方になる累。
「一応伺いたいです。どうしてこんなことをしようとしているのですか? ただ単純に宗教団体を利用して、先程述べた思想を実現したいだけですか? どうもそうは思えないフシがあるのですが」
ただ単に破滅を求めるような人間であったら、杏や麗魅といった友人が出来るとも思えないし、彼女らが心を痛める事も無い。何か事情がありそうな気がしてならない。
「深い意味なんてねーっスよ。カルト宗教名物集団自殺ってのをやってみるのも乙かなーって思っただけ。死ぬ前にぱーっと派手に遊んでみよーってだけだよぉ~。あたしが集めた信者達は、世の中から締め出しくらったような奴ばっかりだもん。どーせ死んだら人生はおしまいなんだし、最後くらい好き放題やらせてやってもバチあたらねーさァ。あばばばば」
心底楽しそうな笑顔でみどりは語る。
「本気で言ってるのか? 杏はお前の本意じゃないと言ってたぞ」
真が問う。事情を語らず誤魔化しているだけなのか、それとも本人の意志なのか、みどりのここまでの言動でははかりかねる。
「へーい、本気も本気ィ、超本気だからこういうことしてるの~。てゆーかさ、他にどうすればいいの? 世界に、人生に、命そのものに絶望していたあいつらに、あたしはこの世で生きる喜びってのを与えてやりたかったんだわさ。それは本心だよォ? でもそのまま突っ走ることができる奴と、できない奴がいる。ここに残っているのは皆、それがしたくてもできない人達なのよね~。自分の思い通りに生きたくても、そいつを通しきれない。力が無いか、力を持て余しすぎているか、望みが果てしないか、単に不器用なのか。じゃあどうすればいいの? あたしも含めて、どうすりゃいい~? やりたい放題やって皆で派手にくたばるしかねーじゃんよ? たまにはそういう歴史的イベントがあってもいいっしょ?」
杏にはその気持ちが痛いほどわかってしまう。厳格な両親を持つ家庭に生まれ、それに反発して裏通りに堕ちた身だ。
「そしてみどり、貴女も死ぬつもりなのよね」
杏が口にした言葉に、みどりの顔に張り付いていた笑みが変化する。明るい笑みではなく、自嘲気味な笑みになっていた。




