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薄幸のメガロドンの敷地の出入口の側の道に車を止め、教団の様子を伺っていた梅津光器、と松本完の二人の刑事は、車内から教団敷地へと通じる門を注視していた。
「おいでなすったぞ」
門から一人の信者が出てくるのを確認し、梅津は車にエンジンをかける。
信者がある程度門から離れるのを待ってから、車を走らせる。しばらくは一本道が続くので、見失うという事は有り得ない。
信者の横で車を止める。信者が不審げに視線を車に向けた時、後部のドアが開き、松本が手慣れた動きで信者に掴みかかって車の中へと引きこんだ。
「な、なんですか! あなたたちはっ!」
狼狽し、引きつった表情で叫ぶ信者。
「はい、一応鞄チェック。するまでもないけどな」
梅津に言われるまでもなく、松本は信者が肩から下げていた鞄の口を開き、中を覗き込んでいる。銃器、催涙ガス、ナイフ、さらには裏通りですら入手困難な手榴弾までもが確認できた。
「解放の日の先走り組だってこたー、わかってるんだがね。まあ警察としての最低限のお約束で、一応は確認してからってことで」
前部座席から身を乗り出し、梅津は怯える信者の顔を間近で睨みつける。
「お前は社会が呪わしいか? 壊してやりたいか?」
梅津の質問に、怯えていた信者の表情が変わった。怒気と憎悪が露わに浮き出る。
「ああ……壊す、壊してやる」
呪詛を込めて呻く信者。
「そのつもりで出てきたのか?」
「そうだ」
「どうやってだ?」
「街中で弾が尽きるまで銃を撃ちまくって、その後はナイフで刺しまくる。取り押さえようとされたら、手榴弾と催涙ガスで抵抗して、少しでも多くの人間を殺すつもりだった」
相手が警察だと知って観念したのか、それともここから逃れられるとでも思っているのか、信者は正直に全て答えた。
「たとえば、ここで俺らがお前を解放したら実行するか?」
馬鹿馬鹿しい問いだとわかっていても、梅津はいつもと同じ段取りを踏まえて確認する。
「する」
「思い直す気はないか?」
「ない」
「あっそ。ならバイバイだ」
サイレンサー突きの拳銃を抜き、信者の頭に突きつける梅津。信者の表情がまた恐怖に引きつった直後、空気の抜けたような音がして、信者が崩れ落ちた。
「これで五人目っと」
銃をしまい、さっさと前部座席へと戻る梅津。
「本当にいいんでしょうかねえ。こんなやり方」
狭い車内にも関わらず、信者の死体を器用にシートに詰めこみながら、浮かない顔で松本が言った。実は足元に予め広げて用意してあり、その分上手く作業が出来るよう工夫してある。
「俺のやってることが気に入らなければ、いつでもバラしていいぞ。俺は罪を認め、甘んじて罰を受ける。お前にバラされたらな」
軽い口調でそう告げる梅津。
「こいつら一人野放しにされれば、それだけ何人もの人が死ぬ。その前にこうしてちびちびと間引きしていきゃあ、殺される人間がそれだけ少なくなるって寸法よ。法の枠を超えた行動なことは承知済みだし、俺は俺のやってることを何一つ恥じ入る気はねーよ。つーか相手が裏通りの凶悪犯の場合、俺達は逮捕以前にいつも殺してる。それと変わらんだろ」
「俺も……そう思ったからこそここにいるわけですが。他にも何か方法は無いかなとか、考えたりして」
「何かいい方法他に考え付いたのか? だったら遠慮無く言ってくれ。そっちでいこうぜ」
「いえ……」
言葉に詰まる松本。
「無いなら二人で出来るだけのことをしていこうぜ。俺は確信してっから。俺達のこの行動は絶対に無駄じゃないとな」
力強い口調で言う梅津に、松本も表情を引き締めて頷く。
「解放の日までには機動隊が乗り込む予定なんでしょう?」
「そうしたい所ではあるし、水面下でその予定が進められているがな。上層部が操られているといっても、警察全体が抑えられているわけでもねーし。下の方でもって、独断で動く手はずになっているぜ。秘密裏に集結して、突入、制圧だ。奴等も武装しているから、相当派手なドンパチになるだろうな。本当は今すぐ突入させるのが一番いいんだけど、上層部が抑えられているせいで、連携取るのに時間がかかっている。解放の日前にギリギリ準備が整うかどーかってとこだな。正直……厳しくはある」
「教祖が政治家や高官まで操れる術師なら、機動隊も洗脳しちゃうとか出来ても不思議じゃないですかね?」
「心配なのはそこだな。まあ全員洗脳ってことは無理だと思いたいが、指揮官クラスがマインドジャックされたら大混乱だろう」
眉をひそめる梅津。現時点でも上層部が異能の力によって洗脳されているという由々しき事態で、薄幸のメガロドンへの対処は、まともに機能しなくなっている。対策本部の設置もされない有様で、有志だけで秘密裏に動いている。
「都心そのものに強力な結界が張ってある。霊的防衛って奴だ。そうでなければ術やら異能の力で、容易に要人を暗殺できたり操作できたりするだろ。これは日本だけではなく、世界中の国々で、大昔から同じだって話だ。そしてここの教祖はその強力な結界すら突破して、お偉いさん方の精神に干渉してやがる。つまり日本お抱えの優秀な術師達よりも力が上ってことじゃねーのか?」
「随分と詳しいんですねー。そんな怪しい世界の話」
感心したような声をあげる松本。性格の問題もあるが、年配の松本がそんな話題に精通し、語っている事自体に、奇妙なギャップを感じた。
「裏通りの事件に関わっていると、超常の領域に触れる事も多いからな。自然と詳しくなっちまう。お前もこの先そういう機会が何度もあるだろうよ。ま、出来るだけ関わりたいもんじゃないけどな」
語りながらこれまでに自分が関わった事件の数々を思い出し、梅津は苦笑をこぼした。
***
「うっひゃあ、もう何人も殺された後かァ。迂闊だったな~」
自室から精神の一部を分裂させて教団敷地の外へと飛ばしていたみどりは、梅津が先走り信者を殺害する一部始終を目の当りにし、顔を手で抑えてしまりのない声をあげたかと思うと、指の隙間から不敵な笑みをこぼした。
「気が付くの遅かったなァ」
「何人も殺されるまでわからなかたの? あなたが?」
ベッドに大の字で寝転んでいるみどりの横に座っていた杏が、意外そうに尋ねた。信者と心を繋げているからには、信者の動きは全てわかっていると思っていたが。
「みどりは信者の動き全て把握しているわけでもないしね。常に信者全員と精神繋げているわけじゃないし、そこまで多く自分の精神分裂できるわけじゃないのよ」
杏の疑問を察して、みどりは言った。
「こりゃ教団内部に手引きした奴がいるね~」
みどりの言葉に、杏の心臓が一瞬大きく鳴ったが、動揺したのはその一瞬だけで、すぐに平静を取り戻す。
「裏切り者がいるってこと?」
冷静な口調で訊ねる杏。別に杏が裏切って情報をリークしたわけではないが、心当たりはある。その気にさえなれば心を読む力があるみどりだが、親しい者に向けてその力を使う事は無いというし、その辺は心配する事も無い。みどり本人の弁を信じればの話だが。
「外に買い物行く奴とかは見逃されているのに、解放の日を待てずに先走りテロする組だけ、ピンポイントで狙われて殺されてるぽいんだよォ? つまりィ~、警察に情報を横流ししている人が教団内にいるってことよね。買い出しに行く人なのか、テロ行く人なのかをさァ。内部の人間なら判別チェックも容易にできるじゃん」
「なるほどね……」
先走り組とそうでない者の判別が容易とは思えない杏であったが、突っ込むと藪蛇になるかもしれないと思い、適当に相槌をうっておく。
「上を抑えりゃ公僕なんて何もできないかと思ってたけど、ちょっと舐めすぎてたかな~、こりゃ。下っ端が独断であれだけの事をするとは――うむ、上っ等ォ。首も覚悟のうえで、純粋に正義感で動いてるわけだし、警察も捨てたもんじゃないよね~。いいねいいねェ、とことんやってやろーじゃな~い」
一国の警察機関そのものと敵対するなど、無鉄砲どころの騒ぎでは無いし、戦おうと考える事そのものが大胆不敵どころの騒ぎではないが、みどりはそれを平然と実行している。彼女の存在そのものが、現実離れしていると杏には感じられた。
「あんま気乗りしないけど、仕方ねっかー。解放の日になるまで一部の信者以外外出禁止にしよう、うん、そーしよう」
「その警察官の心を操ることはできないの?」
「一人は可能だけれど、もう一人が難しいかなァ。かなーり根性ありそうですし~」
みどりが起き上がり、杏ににぴったりと寄り添って甘える。杏が微笑をこぼし、みどりの頬を軽く撫でる。
「裏切り者はどうするの?」
訊くのが躊躇われたが、訊かないのも不自然であるし、何より知っておきたいという気持ちがあったので、触れてみる。
「ふえー。知るつもりも咎めるつもりも止めさせるつもりも無いよ。放っておきまーす。うちは好きな風にやりたいことしろって教義だもんねー。裏切りもまた良き哉」
そう言って歯を見せて笑うみどりに、杏は安堵すると同時に、別な意味で不安にもなった。みどりのこの良く言えば度量の広さ、悪く言えばアバウトさが、彼女に致命傷を与えることになるのではないかと。




