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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
8 カルト宗教に入って遊ぼう
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16

『安楽第六中学校を襲った惨劇。生徒が銃を乱射して同級生を殺害するという事件。殺害した生徒達にいじめられていたという加害者生徒。薄幸のメガロドンの教義が、生徒を殺人鬼へと変えてしまったというのか』


 重々しい口調でナレーターが語る。また薄幸のメガロドンの先走り組のニュースが流れている。

 最近のニュース番組で、薄幸のメガロドンのニュースが流れない事は無い。本院の一室にて、伴、犬飼、そしてみどりの三人はソファーに腰かけてテレビを見ていた。みどりは椅子にふんぞりかえってテーブルに足を投げ出した、極めて行儀の悪い格好だ。


『何でうちの子が殺されなくちゃならいんですかぁぁあぁ! うちの子が殺されるほど悪い事をしたっていうのおぉおぉん!』


 顔にモザイクがかけられた遺族が、レポーターの向けたマイクに向かって、怒気と怨嗟を込めた悲痛な叫びをあげていた。


「いじめっ子の遺族の分際でよく被害者ぶれるなー。いじめられてた子なんか、相手殺すほど憎んで、苦しんでいたわけだろー」


 犬飼が細い顎に手をかけ、にやにやと笑いながら喋る。嘆き悲しむ遺族も、そんな遺族の悲しみを飯の種にしているマスコミも、それに群がる視聴者も、全てが滑稽だと、犬飼の目には映っていた。

 犬飼は世の不条理が好きだった。世の歪み、理不尽な運命、白が踏みにじられ黒がその上でのけぞりかえる、そんな構図が大好きだ。ただし他人事に限っての話であるが。基本的に純粋な人間が多い薄幸のメガロドンにおいて、彼は異端であった。


「うむ! 今回ばかりは犬飼に同意せざるをえんな! 殺されるほど憎まれることすれば殺されても仕方無し!」


 そんな犬飼の本性など知らず、伴は感心して満足げにうんうんと頷いている。


『自分の命も顧みず社会に牙を剥く、薄幸のメガロドンの人達をどう思いますか?』


 レポーターが遺族に向かってさらに突っ込んだ質問をする。


『そんなに死にたければ、一人で勝手に死ねばいいのに! 自分が社会不適応者だからって、真面目に生きている私達の幸福を壊す権利なんてない!』


 遺族が叫ぶ。犬飼はまだにやにやと笑っていたが、伴の顔色が変わった。遺族の今の言葉は、伴の心をえぐった。


「へーい、最高じゃん。腐った世界に絶望した者が、腐った世界とよろしくやっているお幸せな奴を叩き殺してあげちゃったんだからさァ。超~快感。超~カタルシス。これぞ現代の下剋上って奴でありますよぉ~」


 みどりも犬飼と同じくにやつきながら、おどけた口調で言う。伴をたしなめるニュアンスも混めての発言であったが、伴の気は鎮まらなかった。


「しかし奴等は自分達がスタンダードだと思っている。ノーマルだと思っている。ジャスティスだと思っている。それが、それこそがっ、それだけでもっ、俺は腹立たしくて仕方がない! 腸が煮えくりかえるッ!」


 興奮した伴がテレビを憎々しげに睨みつける。


「社会に適応できない者がどんな惨めな想いをするかも知らずに、よく言ってくれるな! 好きで適応しない者もいるだろうが、適応したくてもできない者からすれば、この社会は地獄だ!」


 伴はこれまで、何をやってもうまくいかない人生だった。伴は伴なりに社会の枠組みの中に入ろうと必死だった。周囲の目も常に意識していたし、期待にも答えたいと思っていた。

 伴は中学高校と全く友人が出来なかった。すぐ興奮して自分語りをしだす癖を持ち、他者を見下す傾向にあり、そのうえ協調性にも乏しかったため、誰とも打ち解ける事ができなかった。

 自分のそうした悪い性格も伴は理解していたし、改善も試みたが、その改善する事そのものが自分という人間そのものに嘘をついているようで、苦痛で仕方が無かった。自分はあくまでこれが自分だというのに――と、何度も思い、悔しかった。


 高校を卒業して大学に入ってから伴は、逆にこの世の全ての人間が自分を見下しているという、被害妄想に捉われるようになった。誰かと会話したわけではない。ただすれ違うだけで、自分を見る者が自分の本性まで見透かし、侮蔑していると受け取るようになった。

 やがて伴は大学に通うのも辞め、部屋に引きこもってしまう。だが親や、時折訪れる親族から、散々社会に出ろと、出ない奴は屑だと言われ続け、伴はますます追い詰められ、苦しんでいった。

 この時の伴は、まだ社会の中にいなくてはならないという気持ちが残っていたし、親を悲しませたくない、ドロップアウトしたくはないとも思っていた。


 半年の引きこもりを経て、一念発起して就職活動に臨んだ伴であったが、面接でうまく喋れなかったりそれまでの空白期間を見られたりと、様々な理由で全滅。

 親や親族にその話をしたら、お前が悪いからまず自分を変えろだの出来損ないだのと、散々な言われようだった。そこで伴はまた絶望した。何をしても失敗し、何から何まで駄目出しばかりされ、何から何まで否定と拒絶ばかり。


 自分は否定と拒絶されるためにわざわざ生まれてきたのだろうと、何をやっても失敗する運命らあるのだろうと、自分は全てに劣る存在であるのだろうと思い込むようになり、劣等感と被害妄想は悪化の一途を辿った。全てに劣る自分を見えない顔が嘲笑う妄想に捉われる。

 この世の全ての物が自分を見下していると考えるようになる。あらゆる人間、誰であろうと、自分という人間を知れば見下して嘲笑うに違いないと意識し、再び己の部屋へと引きこもり、無為に時間が流れていく日々を過ごす。

 さらに追い打ちをかけるかのように、親からは、近所の同級生のすごく嫌な奴が起業して成功して美人の妻をもらっただの、片想いだった女の子が金持ちのドラ息子の愛人になっているだとか、そんな話を散々聞かされた。親は世間体を気にして、まともに育たなかった息子を疎み、追い詰める事で憂さを晴らしていた。


 そんな環境の中、次第にやり場のない怒りと憎しみが、伴の中で渦巻くようになった。

 伴の社会への憎悪と反発心は、最早拭いきれないものになってしまった。特に成功者や勝ち組に対する憎悪が激しく、向上心など下の人間を見下すために存在すると信じて疑っていない。


 自殺を考えていたところに夢の中でみどりが現れ、伴に向かって笑顔でこう告げた。


『ただしょぼくれて死ぬよりも、やりたいことして死んだ方がいいじゃん』


 それから何度もみどりの夢を見るようになった。夢の中のみどりだけが、伴を否定せず肯定していた。現実にみどりの存在を確認できた時、伴は狂喜し、同時にタガが外れた。

 薄幸のメガロドンで、似たような境遇の者達と打ち解け、人生で初めて人と心を通わせる事が出来た。そしていつしか、解放の日という話が教団内で出回るようになり、みどりも解放の日の話題に触れるようになった。


「社会は俺を受け付けないのに、何が社会に出ろだ!」


 挫折した時の苦い経験と、己を否定してきた者達の事を脳裏でフラッシュバックさせ、伴は立ち上がると、テレビに向かって、怒りに歪んだ顔で叫ぶ。


「駄目なのは努力が足りないだ? 社会が悪いのではなく、うまくいかないのは自分の責任だ? ふざけんな! ならば我々に殺されて死ぬのも自分の責任だし、生きるための努力を怠ったからだけだろう! ざまーみろだ!」


 この社会に守られて生きている者は、己の幸福を壊されたくないが故に、社会に秩序を求め、社会の秩序を乱すことは社会からは悪と見なされる。

 しかし伴を受け入れず悪と見なす社会は、伴から見れば悪そのもの。この社会に守られて生きている者は、己の幸福を壊されたくないが故に、侵害するものを悪と見なす。だが伴はその社会によって、不幸のドン底に落とされたと思い込んでいる。

 彼等のささやかな幸福が、伴と似た境遇の者達の手によって壊され、悲痛の涙で彩られる瞬間。社会の庇護を受けている者が社会を乱す者によって命を奪われた事が、痛快で仕方がない。


「どうどう」


 空中に投影されるホログラフィー画面に向かって唾を撒き散らす伴の背を、みどりが軽くぽんと叩く。伴もそれで気分を落ち着け、興奮したことに気恥ずかしさを覚える。


「俺は全てに否定されてきた。誰からも、ツキにも見放されて、でもなんでプリセンスは……みどりは俺を否定しないんだ? ひょっとしてこれも罠なのかね? 心の中では俺を馬鹿だと見下していながら、優しいふりして、最後には裏切って笑いものにするって展開。言っておくが俺はもうそれ慣れてるから、何とも思わん」


 呻くような口調で伴が問う。


「イェアー、馬鹿だとは思ってるよ? でもね、見下したりしないよ?」


 にかっと歯を見せて笑い、みどりは相変わらずおどけた口調でもって答える。


「この世でみどり一人くらい、あんたのことを否定しないで、生暖かく見守ってやってもいいかなって、同情してあげてるだけだもん。んで、同情が嫌だってんなら、あたしんとこにいる理由もないっしょお」

「同情すら俺はされたことないよ。だから……奇妙な感覚だ、嬉しいような、泣けるような、こそばゆいような」


 みどりから顔を背け、苦笑いをこぼす伴。


「あたしはよく社会がうんこって言うけれど、社会が悪いとか、社会に合わせようとしない人が悪いとか、そんなの関係無いよォ。どっちも悪くは無いです、はい。たまたま伴さんの運が悪かっただけっていう。生まれてきた時代、国、周囲の環境が、伴さんの魂とは相容れなかった。それを無理矢理合わせようとした所で、伴さんが幸せになれるとも思えなーい。てゆーか無理ィ。だから運が悪かっただけよ? 伴さんだってもしかしたらすごい才能あるかもしれないけれど、その才華がまだ開いてない、見つかってないだけかもしんない、と。時代も場所も恵まれていない、と。そういうことなのかもしれないよ? たとえば戦争の指揮官としてすごい才能あって、バリバリ好戦的な属性だったとしてもさ、平和な国で生まれたら苦しいだけだわさ。つまりそういうことじゃないかなーって、みどりは思うの。あるいはその才能を活かせる場所を見つけることや、見つけたとしたてもさ、それを磨くための時間が必要だったりしても、環境次第によってはそれが許されないかもしんない。大器晩成ってのはキツいもんだわ。大抵の人はそんなもの理解してくれねーもん」


 みどりの話を聞いて、伴は自分の魂が癒されていくかのような感覚を覚えた。年端もいかぬ少女の口から発せられているとは思えない、説得力のある言葉。流石自分が信奉せし教祖だと改めて感動する。


「そんな仮定の話でお前は救われちゃうのかよ? 単純だな」


 みどりを見て表情を輝かせていた伴に、犬飼が茶々を入れる。


「つーか、いくら教祖だからって女の子相手にそんな風にじーっと見つめて笑顔とか、構図的に犯罪くさいぞ」


 さらにからかう犬飼に、伴は一転して不機嫌に戻る。


「それを言うなら、この教団が総ロリコンだろうが! 俺はロリコンではないからこそ、プリンセスみどりの話に聞き惚れて、うっとりとしていたのだ。 ロリコンならプリンセスの顔やら体に見惚れていたのかもしれないがな。俺にそんな邪な心があったらプリンセスとて、俺の心に接触したりもせんとは思わんか」


 犬飼の方を向いて、伴はムキになって語る。


「イェア、別にみどりはロリコンが異常だとも思わんし、そういう性的嗜好があってもいいんじゃなーい? 実際に手出すのはもちろん駄目だと思うけどさァ。ま、伴さんはロリコンじゃないって、わかっているけどね。熟女フェチだし」

「こいつの前でばらすな!」


 今度はみどりの方を向いて、顔を真っ赤にして抗議する伴。そんな性癖までみどりに知られている伴に、犬飼は同情してしまう。


「解放の日に全てぶつけてやればいいよぉ~。これまでの人生で溜り溜まったフラストレーションの全てをさ。否定され続けて、拒まれ続けてきた者の苦しみの叫びを、伴さんの嫌う世間に、思う存分に叩きつけてあげればいいじゃん」

「ああ、そのつもりだとも。それは俺だけではない。ここにいる皆が同じだ! 世界に捨てられし者の反逆を見せつけてやらん!」


 興奮して叫ぶ一方で、伴はある疑念を抱いていた。皆が待ち望む、解放の日というものに対してだ。そもそもこの話はどこから出だしたものだろう、と。

 信者の多くは、解放の日を計画したのはみどりだと思って疑っていない。実際みどりは解放の日を推し進めている。

 だが伴も知っている。断じてみどりが最初に言い出したことではない。先に教団内で噂が立ち、みどりは後から解放の日に触れるようになった。みどりの性格を考えれば、自分で立案したのであれば、皆を集めて皆の前でそれを述べ、指示を出すであろう。だが、みどりはそれをしなかった。噂の方が先だった。


(誰が最初にそんな話を言いだした? 何のために?)


 伴はその疑問はみどりにぶつけてみたことがあるが、興味は無さそうだった。ただ、はっきりと自分が最初に言い出したことでもなく、噂を広めたわけでもないとは答えた。


(俺が危惧するのは、解放の日とやらが何者かに利用される事だが……。プリンセスはそれも含めて、やりたいようにやれとしか言わぬし。ええい、もどかしい)


 伴がそう思った直後、部屋の扉を何者かがノックする。

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