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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
8 カルト宗教に入って遊ぼう
231/3386

15

 演説が終わった後、幸子は真達の尾行を開始した。都合がいい事に杏と麗魅は途中で別れてくれたため、幸子は真と累の方を追う。

 この二人がここにいるという事は、雪岡純子までもが薄幸のメガロドンと関与している可能性が高い。雪岡純子当人は現在、第886回国際マッドサイエンティスト会議に出席するために渡米中であるが、留守中の純子から指示を受けて、この二人が暗躍しているのかもしれない。


 最強の妖術師雫野累と、雪岡純子の殺人人形相沢真の二人を同時に相手にするのは、流石に無謀ではあるが、できればその動向を探るに留めたいと考えての尾行。目的さえわかれば万々歳だ。

 せめて彼等の会話を拾えればと思うが、それも難しい。空間を歪める術を使えば音声だけ拾うこともできるが、その術の行使自体を累に察知される可能性もあるので出来ない。


「尾行されて……ますよ」


 廊下を歩きながら累が呟いた言葉に、幸子はぎくりとする。


「本当か? 全然気配感じなかったぞ」


 真が足を止めて振り返り、幸子と目が合った。


「本当だった。ヨブの報酬の杜風幸子か」


 淡々と言う真。幸子は諦めたように息を吐き、その場で立ち止まって真を見据える。

 周囲には何名かの信者も行き来しているため、真も幸子もいきなり銃を抜いてドンパチをするつもりは無かったが、それでもいつ相手が襲ってきても対応できるように、互いにほぼ同じタイミングで身構えていた。


「演説の時から……見られているのは、感じていました……」


 累も振り返り、幸子を見ながら言った。こちらも真から少し離れ、体勢のうえで身構えこそしないが、臨戦モードには入っている。


「本当にいろんな人間が来てるんだな」

「それはこっちの台詞よ。なぜ貴方達がここに?」

「それはこっちの台詞でもあるな。ていうか丁度いいな」


 真の丁度いいという言葉の意味が何を意味するか、聞いた時点では幸子には計りかねた。何か自分に用があるとでもいうのか。用事を求められるような理由は無いはずだ。


「頼みがあるんだが」

「お断りします」


 間髪置かず、にべもなく拒否する幸子。実際には興味があったが、より情報を引き出すための布石として、ここは堅物の振りをして拒絶しておく方がよいと判断した。


「話も聞かないうちにか?」

「雪岡純子は我々ヨブの報酬の敵。その側近中の側近である貴方も同様でしょ」

「もう少し駆け引きしてもいいと思うんだがな。人気が無い所で、問答無用で僕達を殺すつもりで尾行していたのか?」


 自分よりずっと年下の少年の言葉に、幸子は口ごもる。否、口ごもった振りをした。

 その手の交渉が苦手なわけではない。堅物の振りをして、勿体をつけているだけだ。別にその頼みを聞くだけなら聞いてもいいが、相手の情報をあますことなく引き出すには、直球勝負はしないことだ。


「まあ、敵なら見過ごすわけにもいかないか」


 真が無表情のまま袖の下から長針を抜く。戦意は感じられるが殺気は微塵も感じられない。


(殺さずに打ち倒して、その頼みとやらを改めて――といった所かしら)


 真の考えを即座に見抜く幸子。


「そうなるわね。機会があれば敵の戦力は殺いでしかるべきだし」

 言いつつ幸子は累を一瞥し、計算を巡らせていた。


(二対一なら不味いけれど、雫野累から戦意は感じられない。相沢真が窮地に陥って彼が参戦する暇も与えずに、速攻でケリをつける)


 累が参戦しようとしないのは、自分を見くびっているのではなく、二人がかりとなれば幸子が躊躇無く逃げる事を、相手もちゃんと見抜いているからだろうと、幸子は結論付けた。逃がしたくない用事とやらが真にはあるからこそ、真のために自分を逃がすまいとして、累は見届ける姿勢を示しているのであろうと。用事があるなら逃がしても殺しても不味い。


 幸子の推察は当たっていた。真が幸子に対して一体何の用事があるのか、累にはわからなかったが、それを尊重して手出しをしない事に決めた。

 加えて、自分が手出しをするよりも、実力が拮抗している真が戦った方が面白いし、真の経験にもなると考えていた累だが、そこまでは流石に幸子も読めなかった。

 戦闘後であれば情報も引き出しやすい。ただしそれは自分が勝った場合に限る。互いにそう考えている。


『あの相沢真という子は絶対に殺してはいけませんよー。あの子がキーですからー』


 この間シスターが来日した際、自分に告げた言葉を幸子は思い出す。


『雪岡純子の命運を左右する存在なんですよー。他のオーバーライフ達も、あの子には注視していまーす』


 手加減するのも難しい相手だが、幸いにも相手もこちらを殺すつもりはないし、何とかなりそうだと幸子は踏んだ。


「じゃあ僕が勝ったら話だけでも聞いてもらおうか。手加減するのは億劫だが」


 長針を抜き、逆手に持って首の前で構え、静かに言い放つ真。


 信者が行き来しているため、幸子も銃は使わない。こんな場所で銃撃戦をおっぱじめては、真はともかく幸子は今後動きづらくなってしまう。今与えられた任務の事だけを考えるならば場所を移した方がいいのだが、いずれにせよ相手が応じる義理が無い。

 幸子の左右に常に在る亜空間ポケットを意識する。ここから即座に刀を抜き、抜き様に相手を斬る。何も無い空間から突然刀剣が現れて斬りつけられるこの戦法は、つい最近編み出したもので、初めて趙超との戦いで用いたが、対応できる者がそう多いとは思えない。


 ふと、幸子の脳裏で趙超との戦いがフラッシュバックされる。目の前にいる真と自分との距離が、丁度あの時と同じである事に気が付く。真の方が先に動き、こちらめがけて一気に飛び込んできたとしたら、ますます似たような流れになる。


 そう思った矢先、真が動いた。正に趙超の時と同じで、一息で距離を縮めて接近せんと、真が飛びこんでくる。だが一つだけ明らかな違いがある。真の方が趙超より段違いに速い。

 趙超戦と同じように、亜空間ポケットから刀を抜いて振り払う幸子。殺さぬよう峰打ちにする事も忘れ、そのまま刃を振るっている。真の速さに驚き、一瞬だが狼狽してしまい、加減することを忘れてしまっていた。


 真はまるで幸子の攻撃を予想済みと言わんばかりに、あっさりと体を潜らせて幸子の斬撃をかわし、そのまま突っ込んでくる。

 回避された際の次の手も用意してある。かわされると見るや、幸子は左手でもって、自分の右側に常にくっついて移動する亜空間ポケットの中から、さらにもう一振りの刀を抜き、身を低くした真めがけて低空位置で振る。

 最初の一振りはかわせたとしても、立て続けに繰り出されるこの二振り目は、たとえ予測できていたとしても至難であろう。


 真は手にした針を縦にして顔の前にかざし、この刀を受け止めた――かに見えた。針と刃が交差した瞬間、真は針と刃の接点を軸にして跳び、幸子の真上で前方倒立回転する。

 デジャヴを感じる幸子。かつて自分が似たような真似を真の前で披露しているが、今度は披露される側に回っている。あの時は倒立した状態で真めがけて銃を撃ったが、真は一気にそのまま回転し、幸子の後方に着地したかに見えた。


(違う――)


 ただ回転しただけではない。喉に熱い感触を覚える。斬られたような感触。血は出ていない。回転した際、真は幸子の喉に空いた左手の人差し指と中指を滑らせていた。幸子が気づかぬほどの速さで。

 特にダメージにはなっていない。ただこすっただけの話だ。しかしもしも真の手に得物が握られていたら、それで勝負は決まっていた。いや、実際には握られていなかったが、つまりこれですでに勝負は決まったという事だ。


「僕の勝ちでいいよな? それともまだ続けるか?」


 幸子の背後に着地し、幸子の背に背を向けた格好のまま真が訊ねる。


「用件は?」


 緊張を解くように息を吐き、同時に微笑みをこぼして問い返す幸子。大した使い手だと、素直に認めざるをえない。


「それを言う前に文句を言っておきたいけど。少しぐらい融通利かせてほしいもんだな。僕よりも年上だろ? こちらにも事情があって、敵側だということも承知のうえで交渉しようとしているんだし。こちらだって出せる情報なら惜しまない。勿体ぶった駆け引きするなら、もっと疑わしい相手にやればいいだろう」

「それでもやりあってみたかったんじゃない?」


 振り返り、用件を告げる前に軽く文句を言う真に、幸子も振り返ってそう返し、にやりと笑ってみせる。


「じゃ、簡単に要求するから判断してくれ。あんたの主、シスターという人物に合わせて欲しい。雪岡の意思とは無関係に、僕が個人的に話をしたい」


 真の告げた要求に、累と幸子は同時に目を丸くした。二人とも、全く予想しえなかった言葉だ。その意図も全くわからない。


「個人的に……?」


 真摯な瞳で自分を見つめる真に、幸子は考え込んだ。彼が主に危険をもたらすとは考えにくい。

 シスターは言っていた。この少年は雪岡純子の命運を左右する重要な存在であると。その人物が己の意思でシスターと会うと望むからには、これは自分の判断で決められる事ではない。その旨を伝えて、主に判断してもらうしかない。


「話だけでもしてみます」

「頼む」


 真が頭を下げるのを見て、幸子は好感を覚えると同時に、ここまでストレートな性格をしているのなら、駆け引き無しで相手の意図も掴めるのではないかと思えた。


「こっちからも聞きたい事があるのだけれど。貴方達、この教団とはどういう関わりがあるの?」

「少なくとも僕は何も無いな。こいつの付き合いだ。こいつと教祖に何だか因縁があって、接触しようとしていた所だ」


 幸子に問いに、真は累を指して答えた。


「大雑把すぎでしょ……その答え方。でも教祖に与してテロ活動するっていうわけではなさそうね」


 大雑把な答え方であるが故、そして真自体が信用できると踏んで、幸子は安堵した。


(あなたの……手に負える相手ではないですよ。もっと強者を連れて……きた方がいい)


 口に出さずに累は告げた。どうせ口にした所で、相手がそれを聞き入れるわけがない事はわかっている。


「どういうつもりです……か?」


 幸子と別れてから、累が真に問う。シスターに会わせろと要求した件についての問いだ。


「教えてやらない。お前だって、雪岡に口止めされているのか、お前の意思なのか知らないが、僕に教えてくれないだろ? 名も顔も知らない、僕の復讐相手のことを」


 累の顔を見ずにそう答えて、真は先に歩き出した。


(何をするつもりか……わからないけど、このことは純子に……教えないでおきましょう。真はきっと純子には知られたくないでしょうし……何よりも……そう……)


 不安に駆られながらも、累はこの事を胸にしまっておくことにした。真を気遣っただけではない。純子の知らない真の秘密を自分が知っているという事の、密かな優越感のために。

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