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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
8 カルト宗教に入って遊ぼう
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7

 また朝が来て、主不在の雪岡研究所で朝食が済むと、累はそそくさと自室に戻った。


「あいつ絶対やる気無いだろ」

 まだ朝食を取っている最中の真が、綾音に声をかける。


 すでに朝食を終えてくつろいでいた綾音は、嘆息して立ち上がり、リビングを出る。

 自分も行った方がいいと思い、真も残った食事は手早く済ませて立ち上がる。


 後には蔵と、植木鉢に植えられた生首少女せつなと、同じく鉢に生首植えられ状態の青年、赤城毅が残される。

 以前は人間時計にされていたが赤城毅だが、あんな状態ではあまりにも可哀想というせつなの涙ながらの訴えによって、今はせつなと同じ生首鉢となっていた。


「父上、失礼します」


 言葉と同時に綾音が累の部屋の扉を開ける。地下なので窓は無いし、明かりがつけられていないので朝とはいえど暗い。そして部屋の隅には、体育座りして背を向けている累の姿があった。


「お行きになられないのですか?」

 部屋のほぼ真ん中で正座して累の方を向き、声をかける綾音。


「今日は調子が悪いので……明日にします」


 綾音の方を向くことなく、部屋の隅の方を向いたまま、膝を抱えてうつむいた格好の累が答える。


「いちいち……急かさないでくだい……。急かされると余計に行く気がなくなります」


 あからさまに不機嫌そうな声を発する累。


「明日行こうが今日行こうが変わらないだろうが。大体何の調子が悪いんだ。後回しにするより先の方がいいだろう」

 少し遅れて訪れた真が指摘する。


「別に……僕が人助けをしなくてはならない道理なんて……ありませんし、元々……気が向かないんです……」

「チヨの生まれ変わりに会いたいとは思いませんか? どれだけの力を身に着けているかの興味もありませんか?」


 ネガティヴな発言ばかりする累に、辛抱強く食い下がる綾音。


「それは興味ありますが……急かさないでと……言ってるでしょ……」


 体育座りを崩して、累は体ごと綾音と真の方に振り返った。


「第一テロなんて……放っておけばいいじゃないですか……。ちょっと人が多めに死ぬだけですし。僕は……正義の味方ではありません。綾音は昔から僕に……そういうお願いばかり……していますけどね。それ以前に……その宗教がそんなに危険だとも……思いません。それよりも社会の中枢にまで入り込んで影響を及ぼすような、そういう宗教の方が……よっぽど危険で邪悪でしょう?」

「いや……お前さ、どんなにあれこれ理由つけても、昼間に人の多い場所に行くのが苦手だから嫌なだけだろう? お前自身、自分に成長を求め、贖罪を果たしたいんじゃなかったのか? これはそのためにもいい機会だろ」


 真の言葉に、累はしばらくうつむいて押し黙る。


「父上、これを見過ごせばきっと父上御自身も、後々悔やまれると思われます」


 綾音のその言葉に反応し、累は顔を上げて娘を見た。あからさまに憮然たる表情。


「いつからそんな偉そうな口を……たたけるようになったのですか? まあ仕方ありませんね。僕が……こんな状態になってしまったのを見て、軽蔑の念も……あることでしょうし……」

「そのような感情はありません。私は思ったことを口にしているまでです」


 皮肉げに言う累だが、綾音は真剣な眼差しでじっと累のことを見つめたまま、冷静に告げる。


「それで……貴女はいつ帰るのですか?」


 憮然を通り越して険悪な面持ちへと変わり、怒りを押し殺した声を発する累。


「説教がましいことを言うなら、今すぐ消えてください……。そしてもう来ないで……いいですよ」

「おい、そんな言い方ないだろう」


 それを咎める真。累は不貞腐れた顔をして、再び真と綾音に背を向ける。


「累っ! いい加減にしろよ、お前」


 珍しく声を荒げ、真が累の元へ足早に歩いていく。何をしようとしたのか察知した綾音が、片手を挙げて真を制し、真を見上げて首を横に振った。


「父上には申し訳ありませんが、薄幸のメガロドンの件が落着するまで、ここに滞在させていただきます。解放の日を止めるにあたって、私の力が必要となる事もあるかもしれませんので。気が変わったらでよいので、雫野みどりの件、なるべく早めに対処していただければと存じます」


 淡々とした口調で一方的に述べると、立ち上がって深々と頭を垂れ、綾音は累の部屋を出た。真も、背中を向けたままの累を残し、綾音の後に続く。


「何だ、あの態度の悪さ」


 部屋の外に出て乱暴にドアを閉めてから、わざと部屋の中の累にも聞こえる声を出す真。


 しかし別に綾音と真が急かしたから、累が機嫌を悪くしたというわけでもない。綾音が研究所に訪れる度にこんな感じだった。

 綾音が訪れたばかりの最初だけは仲睦まじいのに、すぐに累の方が綾音に対して余所余所しくしだして、最後にはあからさまに避けだし、しまいには邪険な態度に出る。それらが出る頃になると、綾音も去る。時間の経過とともに必ずそうなる。

 一体どうして累は綾音を避けるようになるのだろうと、真はいつも不思議に思っていた。


「せんなきことです。いつものことだと思って諦めております故」


 綾音が真に向かって微笑む。表面上は本当に気にして無さそうに見える。彼女の方が大人になって、累を子供扱いしているかのように、真には感じられた。


「それに、父上も大分変られましたから。今まで父上は、幾年歳を経てもまるでその心は成長しませんでした。それどころか悪化する始末でした。けれども貴方と巡り合ってから、良い方向にお変わりになりましたよ?」

「まあ、前はもっと根暗で引きこもりだったのが、大分よくなってきてはいるけれどさ」

「私は貴方に感謝していますし、流石父上が認めて慕う方だけはあると、私も敬意の念を抱いております」


 堅苦しい物言いだが言葉には常に虚飾が無く、実直な性格の綾音には、真も好感を抱いていた。本当にあの累の娘かとすら疑う。


「過ぎたる命を持つ者は皆、心のどこが歪み、ねじれているからこそ、永遠の命にも耐え得ると父上は言っておりました。その説はよくわかります。私もそうですから」

「なら更生したらその永遠の命とやらにも耐えられなくなるのか? 更生しない方がいいのか」


 純子のことを思い浮かべる真。同時に、せつなも似たような台詞を言っていたことを思い出す。


「一概にそうとも言えません。あくまで父上の述べる一説にすぎませぬ故。純子は好奇心や探究心こそが、不老不死に耐えうる精神の原動力とも申されていましたし」


 まるで自分の頭を読んだかのように純子の名を口に出され、真はぎょっとした。


「あいつが何百年生きてるとか、子持ちとか、どうも実感無いな。僕にとっては出来の悪い弟分みたいなものだし。でも、そいつが自分を慕う子にあんな接し方をするのを見るのは、凄く不快だ」

「いつか……私のこともずっと側に置いてくださる時がくると、気長に待っていますから、気にしなくてよいですよ。そう思ってもう四百年以上過ぎていますが」


 それだけ言うと、微笑みながら一礼し、綾音はその場を立ち去った。


 真は自室にもリビングにも戻らず、その場でどうしたものかと考えていた。いつもなら無理矢理累の尻を叩いて連れ出す所だが、それでは綾音に悪い気がするし、何よりその後また累が落ち込みモードになる可能性があり、余計に面倒な事態になる。


「綾音と仲よさそうに……何を話していたんです……?」


 真がまだ部屋のすぐ外にいる気配を察知したのか、扉を少しだけ開け、累が扉の隙間から恨みがましい視線を真に投げつける。


「自分の娘にまで嫉妬するのか。呆れた奴だな」


 普通ならその嫉妬の相手も逆であるが、累の今の精神状態を考えるとこちらが正解だろうと、真は判断する。


「明日行くぞ。明日に行かないとか言い出したら、もう僕も付き合わない」


 明日にする時点で甘いと、自分で言いながら思った真だが、累の性格を考えると、こうした場合は猶予を与えた方が効果的とも踏んでの事であった。


「……はい」


 扉を開けきり、完全に姿を現した累が今にも泣きそうな顔になって、真のことをじっと見つめる。


「わかってるのか?」


 おもむろに累へと近づき、累に顔を寄せる真。いつもと異なり、明らかに怒りを帯びているのを見て、たじろぐ累。


「お前今かなり最低な奴になってるぞ」

「痛た痛いぃ」


 真が出し抜けに累の鼻をつまみ、容赦なく力を込めて捻り上げる。涙声で悲鳴をあげる累。


「これ以上僕の中でのお前の評価を下げない姿勢、見せろよ。あまりひどいと見限るからな」


 静かに怒気を孕んだ声で告げると、累の鼻から手を離す。


「わかりまし……た。ごめんなさい……」


 鼻血と涙を床にぽたぽたとこぼす累を見て、真はきまり悪そうな仕草で、累にポケットティッシュを差し出す。

 累がティッシュを受け取って鼻にあてるのを見てから、真は累に背を向け、立ち去った。

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