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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
8 カルト宗教に入って遊ぼう
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2

 安楽市立安楽第六中学校。三年D組の教室。

 肥え太った体型の中年教師が、歴史の教科書の内容をただそのまま黒板になぞっていく。それを何人かの真面目な生徒は必死にノートに書き移していたが、教室の生徒の大半は授業を無視してぺちゃくちゃと喋くっている。

 授業中に生徒がどんな態度であろうと、何も言わずただ黒板に書くだけの存在に遠慮などする理由は無かった。生徒にとっては一番ありがたいタイプの教師だ。


「だからさー、『薄幸のメガロドン』の教えって全部間違ってないと思うんだよ。この世界に生まれてきた者は、世界を遊び場として自由に使って遊んでいいっていう教義。人間が後から勝手に作った法とかルールのがずっと馬鹿馬鹿しいわ」

「お前本気で言ってるのかよ。だったら入信してきたらぁ?」

「あの宗教の教えが正しいなら、世の中滅茶苦茶だろー」


 教室の後ろに固まっている不良グループが、最近世間を騒がせているカルト宗教団体の話題で盛り上がっていた。


「中田の奴が入信したとかいう噂があるけど本当かねー」

「プリンセスとかいう教祖って、一切表には出てこないんだろ?」

「撮影に行ったパパラッチは皆行方不明になったって噂だぜ。こえーな」

「つーかプリンセスとか自称しちゃってるあたりが痛いんですけど。これでブスだったら笑えるわー。外に出ない理由も案外それだったりして」

「おいおい、夢を壊すんじゃねーよ。俺は絶対美人だと思うね」

「解放の日とやらまであと少しだけれど、すでにもうテロってる奴等いるから、そんな日意味なくねーか?」

「宗教テロがあるっていう噂の日か。確かにおかしいわ。何で先にテロしてんのよ」

「先走りテロとか笑えるー」


 そこまで喋った所で教室の後ろの扉が勢いよく開かれ、その音にクラスにいた生徒の大半が振り返り、そこにいた者の姿を見て驚いた。


「な、中田ッ!?」


 両手に拳銃を構えた少年――それは薄幸のメガロドンに入信したという噂のあった生徒、中田信也であった。喋っていた不良グループのいじめの標的であり、二か月前から登校しなくなっていた生徒でもある。


「今君らの言っていた、解放の日まで待てない組ってのが何人かいてねー。教団内でもまさに先走り組って言われてるけどさ」


 銃口が不良生徒達へと向けられ、引き金が引かれる。


 銃声、血飛沫、少し遅れてあがる悲鳴、恐怖に彩られる教室。中田の顔だけに浮かびあがる喜悦の表情。


「プリンセスは言ったよ。この世界の正体は糞壺で、中にいるのは皆糞虫だって」


 死体となって転がる不良達を見下ろし、死体から漏れ出した糞小便の臭いに、一瞬顔をしかめる中田。


「本当だね。糞の臭いがぷんぷんする」

 鼻で笑うと、中田は銃口を己の顎の下へとあてがった。


「ブリンセス、解放の日まで待てなくてごめん……先に逝くよ」


 虚空を見上げて憑きものがおちたような穏やかな表情で呟くと、中田は引き金を引く。再び銃声、悲鳴、血飛沫、そして吹き飛ぶ中田の表情。


***


 安楽市北西部の山岳地帯の一角に、宗教団体『薄幸のメガロドン』の教団施設は存在する。広大な施設の土地を保有し、敷地は高いコンクリートの壁で囲まれており、森の中に建てられた刑務所のような雰囲気だ。


 敷地内には無数の建物が存在し、信者達はそこで共同生活をしている。本院と呼ばれる巨大な中枢施設以外は、全て生活のための寝泊りの場となっている。

 本院には、教祖の説教や演説が行われる超聖堂と呼ばれる巨大な聖堂や、様々な娯楽施設、道場、工場、さらには射撃場まで存在する。

 地下に設けられた射撃場と道場は隣接し、訓練に励む信者達の熱気でむせかえっている。


 現在、道場と射撃場にいる信者の大半は、解放の日が決まった時から訓練を始めた一般人だ。解放の日に向けて付け焼刃でもいいので、銃の扱いと最低限の体術を身に着けておいた方がいいという指示があり、信者達の多くが鍛錬に臨むようになった。

 だが射撃場も道場もスペースが限られているため、訓練は入れ替わりで行われている。


「あと五分で次の班に入れ替わりですよ。頑張りましょう」


 そんな中、シスター姿の少女がマイクを取って、入れ替わりが近いことを告げる。

 少女の年齢は十六から十八ほどと思われ、美少女と言うほどではないが、それなりに見られる程度には整った容姿だ。その腹部が膨れ上がっているのが、シスターの服装と少女の見た目の年齢からすると、どうしても目を引く。


 少女の名はエリカ。現在十七歳で妊娠八ヶ月になる。そんな身重の体でありながら、彼女は薄幸のメガロドンの幹部の一人にして武闘派のリーダーの一人でもあった。

 武闘派のポジションに就くことは彼女自身が望み、教祖もあっさりとそれを承諾した。


 エリカはキリスト教系の新興宗教の幹部の娘として生まれ、幼い頃からキリスト教の教えの元に育てられた。

 ここに来るまでの人生で、エリカは本気で神の存在を信じていたし、敬っていた。少なくともここに来るまでの間は――エリカがレイプされて妊娠するまでは。


 犯人の男の父親は検事正で、事件の証拠はもみ消され、エリカの両親はただ、これも神が与えたもうた試練であるから、神に祈れと説いた。堕胎することは許さず、神からの贈り物なのだから産むようにと告げた。

 エリカは教会で祈る一方で、次第に精神を病んでいき、目に映る者全てが憎くなり、祈りながら、同時に果てしない憎悪を神へと向けるようになっていた。

 己にこのような試練を与えた神を呪い、どうにかして、その神とやらも自分と同様に汚してやりたいと考えるようになっていった。


 エリカは祈りながら妄想を膨らませていった。神を汚すためには一切の倫理の束縛から逃れ、この世に破壊をもたらす事とまで考えるようになった。

 出来るかぎり命を沢山奪ってから、命を産み落とす。多くの命の代償として生まれる命はきっと尊い。自分の腹の中の命をより尊いものへとするための生贄。自分が聖母となるための生贄。産まれた矢先に、その罪深い命はすぐに絶ってやろう――と、妄想はどんどん膨らんでいく。


 だが妄想を現実にするほどの度胸も力も、エリカは持たなかった。そんな折、エリカは毎晩同じ夢を見るようになった。


「ふええ、こりゃまた一段とひどい憎しみと絶望だわ~。すげえっスー」


 初めて夢の中に現れた時、その少女がけらけら笑いながらそう言った事を、エリカは今でも覚えている。

 少女とエリカがいる場所も異様だった。真っ赤な空に真っ黒な雲。そこかしこがひび割れた蒼黒いでこぼこの大地。荒涼たる風景が広がっていた。しかも地面があちこちでナメクジのようにゆっくりと蠢くように動き、マグマのように時折泡立っている。


「イェア、エリカの心をちょっとだけ形にしてみたんだけど、どーかなァ? これでも表現は抑えたつもりなんだぜィ。もっとおぞましくもできるし、あたしはもっとおぞましいものも見ちゃったけどね」


 見たこともない少女はにやにやと笑いながら告げた。黒くまっすぐ伸びた長い髪。細く長く伸びた手足が印象的な、十代前半の可愛らしい顔をした女の子だ。フリルのついた柔らかそうな白いブラウス、黒いリボンタイ、やや短めのふわふわしたチェック模様スカートといった装いが似合っている。


「エリカがこんな風になっちゃうのもさァ、みどりは仕方ないと思う。何かすごく可哀想。この世に味方いないいなーいばーって感じだもんよ」


 夢の中の風景を見渡し、少女が同情の言葉を口にしたかと思うと、おもむろに歯を見せてにかっと笑った。実に愛想よく、そしてやんちゃな笑顔だった。


「イェア、て~なわけで~、みどりが味方になってあげるから。うん、ラッキーだよ、エリカは。おっと、自己紹介。あたしの名前はみどり。プリンセスとか、プリンセスみどりとか呼んでね。ま、名前でみどりと呼んでもいいっスけどー」


 その日から、寝る度にみどりが夢の中に現れるようになった。みどりは決してエリカを否定することなく受け入れ、エリカを優しく慰めてくれた。

 エリカはみどりが実在する存在だと根拠も無く信じるようになり、みどりこそが本当の救いの女神だとさえ思うようになった。そしてそれが正しかったことをエリカは知ることになる。ある日、実際にエリカの前に、夢の中の少女が現れたのだ。


「へーい、驚いた?」


 唖然とするエリカの前で、みどりは笑顔を見せる。夢の中で何度も見せたあの笑み。にかっと白い歯を見せて笑うあの笑みが、現実に目の前にあった。

 あまりの出来事に、エリカは自分の頭がおかしくなったのではないかと思ったくらいだ。


「迎えにきたぜィ。つーかね、実はエリカだけじゃないのよね、あたしが夢の中でコンタクト取ったのはさァ。みどりの精神体を分裂しまくって、もっとたくさんのエリカみたいなかーいそーな境遇の人達の夢の中に現れて、干渉してんだなァ、これが。エリカ一人だけの特別な存在ってわけじゃなくてごめんね」

 大して悪びれた様子を見せず、謝るみどり。


 その後みどりは、エリカを薄幸のメガロドンへと連れて行った。そこにはみどりの言葉通り、みどりと夢の中で会った者達が集い、みどりを教祖として崇めていた。エリカも何の抵抗も無くその一員となった。

 どういう理由かは不明だが、エリカは教祖であるみどりに特に気に入られ、短い期間で上級幹部の地位を与えられ、信者達の面倒を見る立場となった。


「エリカさん、少しは私も上達したかしら?」


 射撃訓練をしていた中年女性が、エリカに話しかけてくる。

 顔なじみの信者の一人だ。名は花山千恵。教団を訪れた経緯は、息子が引きこもりになったためだそうだ。


 しかしその息子はある日、どういうわけか突然外へ出たかと思うと、PTA過激派による東京ディックランドの爆破テロに巻き込まれ、他界したとのことである。

 知恵は息子を失った後に武闘派に属した。己の息子をとうとう救えなかった無力さとPTA過激派への怒りを、来たるべき解放の日に解放するためだ。


「ええ、大分上達したと思います」


 社交辞令でなく本心でエリカは告げた。実際知恵の訓練に臨む意気込みは凄まじく、集中力も並はずれており、めきめき上達している。その理由が息子を失ったからという事に、エリカは悲しく思う。

 だが恨みを糧にしているのはエリカも同じだ。いや、この訓練場に来る者の多くがそうだと言える。


「嬉しいわ。きっと解放の日で望みをかなえられるわよね」

「ええ、プリンセスの加護がありますし、毎日頑張って訓練もしていますし、きっとうまくいきます。疑う事はいけません。信じましょう。それが力になるのです」


 知恵に向かってにっこりと微笑み、やんわりと教えを説くエリカ。自分より二倍以上年長の相手に対してでも、ブリンセスより信任を受けた幹部の一人として振る舞わなければならない。


「そうね、プリンセスを信じていれば全てうまくいくわね」

 知恵もそう納得し、そこで都合よく思考停止した。


 ここ三年間で、薄幸のメガロドンに入信した者の多くは、プリンセスと夢で会った者である。少なくともプリンセスの父親が務めていた先代から、現在のプリンセスへと教祖が変わってから訪れた者の大半はそうだ。教義そのものに憧れて入信してくる者もいることはいるが、一割にも満たない。


「その解放の日だけどさー」


 エリカと知恵の側に歩み寄りながら、浅黒い肌の整った容姿の少年が話しかけてきた。名はグエン。歳は十三歳とまだ若いが、これでも立派な武闘派のリーダーの一人だ。


「解放の日を待ちきれずに暴れている先走り組のせいで、目つけられまくりじゃん。止めることもできない。そもそもあいつらが勝手に先走らなければ、うちらここまで目つけられることもなかったのにさ」

「仕方ありませんよ。プリンセスがいつもおっしゃっているでしょう? 自分がやりたいと思ったことは何でもやっていい。世の中に生まれたからにはそれが許されていると」


 グエンを諌めるエリカ。グエンの言うとおり、薄幸のメガロドンの信者全員で一斉に己の欲望を解放すると決めた解放の日を待ちきれず、飛び出ていく信者が後を絶たないのが現状である。そして彼等のやることは大抵が怨恨を晴らすための殺人であり、中には通り魔や自爆テロを行う者まで出ている。

 そのせいで今やすっかり薄幸のメガロドンは世間を騒がす存在となり、解放の日のことも知れ渡り、その日に集団テロを起こすとも噂されるようになった。実際彼等もそのつもりであったので、解放の日に備えている信者達からすれば、先走り組は迷惑な存在だった。


 おまけにプリンセスの命を狙って、教団内の敷地にどこかの誰かが放った刺客が頻繁に入り込んでくる始末である。


「解放の日を待てずに、暴走する者を止めることもできないのが歯がゆい気持ちはわかりますけれどね」


 不満顔のグエンに、やんわりとした口調でフォローするエリカ。


「刺客を呼び込む事になったのも、困ったものです。プリンセスの教えは素晴らしいですが、災禍を引き寄せるリスクもありますからね」

 教祖を盲信するエリカであるが、その程度の理屈は理解していた。


「ま、プリンセスには強力なボディーガードがついているけどね」


 グエンが小気味よさそうに微笑む。プリンセス暗殺を目的に教団内に潜入してきた者は数限りなくいるが、そのいずれも返り討ちにされているからだ。

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