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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
7 たまには江戸時代で遊ぼう
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19

 累が右衛門作の討伐を決めた翌日に、星炭闇斎と草露香四郎が再び雫野邸を訪れた。


「おおっ、力を貸してくださるか。それは重畳」


 向かい合って座った闇斎が、累の申し出を聞いてにんまりと笑う。


「修行のため……私の娘を……同行させたいのですが」

「若輩の身なれど、引けは取りませぬ」


 累の隣に座している綾音が、累の言葉に呼応して畳に手をついて頭を伏せた。


「構いませぬよ。戦力は多い方がいい」


 綾音から立ちのぼる気を見ただけでも、そこいらの妖術師よりはずっと使えるだろうと闇斎は判断する。


「耶蘇会の者が言うには、伝衛悶の多くを富士の裾野の樹海に潜ませているとの話でござる。魔女とやらもそこに出入りしているのを見かけたとか。山田……いや、雫野右衛門作と樹海の伝衛悶、先にどちらをあたってみますかな」


 先に頭を叩くのが効果的かつ定石と思えたが、累は少し考え込んだ。


「わざわざ別の場所にいるデーモンの件を口にした……ということは、闇斎殿がそちらに興味があるのでは?」

 若干間を置いてから、累が問う。


「ははは、かないませぬな。実は樹海の調査依頼を土御門殿より仰せつかっていたのではありますが、雫野殿をそちらに付き合わせるのもどうかと思いましてな」

「私も……興味があります。何故膝元に置かず、人目のつかぬ場所に……潜ませているのか。デーモンを用いて継続的に儀式を行い、天地の気を乱して災厄を呼びよせているのではないかと……」

「土御門殿と同じ読みですなあ」


 闇斎が顎をさすり、にやりと笑う。累の洞察力に素直に感嘆していた。


「朝廷や幕府に仕える術師や神官の加護も、退けるほどの力を持つというのですか? その伝衛悶らは」


 口を挟んだ綾音に、累と闇斎が同時に小さく笑った。二人が笑みをこぼした理由が、綾音にも香四郎にもわからなかった。


「綾音殿、国を守る霊的加護は、完璧と謳うには程遠いものなんじゃよ。もちろん有ると無いとでは大違いではあるが、運気の類を完璧に防護して厄を退けるような、完璧な加護など有り得ぬのでござる。そんなことができれば、この世は今頃極楽であろう。霊的な攻撃に対しても、部分的にしか防げぬ。彼奴らが守っているのはせいぜい城くらいのものよ。大きな声では言えぬことじゃがのう」


 悪戯っぽく笑い、口元に人差し指を立てて見せる闇斎。


「どれほどの規模で、どのような術式で儀式を行っているか……見てみたいですね。儀式に用いているデーモンの……力量も知ることが……できますし」


 そう言って累が立ち上がり、床板の上に無造作に置かれていた一振りの刀を手にした。


「早速……行きましょうか」

「その刀、見せていただけませぬか?」


 闇斎が真顔で頼む。累は訝りながらも鞘ごと刀を闇斎に手渡す。

 闇斎の手によって刀が鞘から抜かれ、漆黒の刀身が妖気を伴ってあらわになる。


「天空より落ちし岩の中の鉄で鍛えたという妖刀、妾松でござるか。錆びず、折れず、砕けぬ、不朽不滅の妖刀」


 解説する香四郎。先日香四郎と斬り合いをした、超常に携わる者の間では名高い妖刀である。あの時は夜であったがためによく見えなかったが、今はその妖しく輝く黒い刀身がはっきりと眼に映る。


「真に砕けぬ剣なら、加工もできませぬよ。元々は星炭の継承者が代々所持していた刀であった。先々代の死亡と共に消失したがの」

 そう言って苦笑いを零す闇斎。


「御頭……私の師より授かった刀です」


 累は言うが、これは嘘だ。実際の所は、累と御頭の二人がかりで殺害し、累が所有者となったものである。そして累が先々代を殺めた事には、闇斎も気がついているのであろう。


「死神さんが見えた」


 不意に部屋の襖を勢いよく開けて現れたチヨが、その場にいる四人を見渡して唐突な言葉を口にした。


「死ぬよ」

「えっ!?」


 チヨの告げた思いもよらぬ言葉に、思わず声をあげる香四郎。


「この中の誰かが死ぬ」


 チヨは真顔だった。こんな顔つきのチヨは累も綾音も初めて見る。チヨが人の死を悟る力があると言っていたことを思い出す。


「誰が死ぬかは……わからないのですね?」

「うん……死神さんが今ぶわわっと来たけれど、誰なのかわからなかったよォ~……。誰なんだろ。でも、ここにいる誰かなのは間違いない」


 チヨの言葉を聞いて、チヨのことを知らない闇斎と香四郎も、チヨが人の死を予見する力の持ち主なのであろうと察する。


「犠牲が出るのも致し方ありますまい。ま、死ぬのが自分ではないことを祈りましょうぞ」


 あっけらかんと言い放ち、不敵な笑みを張り付かせて立ち上がる闇斎。


「ねね、チヨも行くよ~。行かなくちゃならない気がするんだ。なんかよくわからないけれどさァ。何だか頭にぴぴぴっと、そんなのが来たんだ~」

「いけません。チヨはお留守番です」


 片手をあげて同行を希望するチヨに、ぴしゃりと言い放つ綾音だったが――


「いえ。チヨも……連れて行きましょう。一人で残しておけば、人質に……取られるという危険も……あります」


 それだけではなく、チヨの言葉も気になった。この娘には人の死以外にも何かしら予知する力があるのではないかと思えたのだ。さらに言うなら、チヨの他者の心を覗き見る力も、役に立つこともあるかもしれないと踏んだ。


「大勢でいた方が確かに安全じゃのう」

 闇斎がチヨの頭を撫でる。


「では……参りましょうか。綾音、チヨの分も旅支度をしてあげなさい。そしてチヨのことは貴方が守って……あげなさい」

「はい」


 結局そうなるのかと心の中で嘆息しながら、綾音は部屋を出て三人分の旅支度をしに別の部屋へと向かった。

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