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中学にあがってからは、晃はやたらと異性を気にするようになり、同学年の女子を複数口説いては時としてトラブルを起こすようになった。しかし同性の友人は、十夜以外決して作ろうとはしなかった。
中学の時に限った話ではない。幼稚園の頃はさておき、小学校、中学校の頃は一貫して、男子で親しい友人は十夜以外に一人として作ろうとしなかったのである。
もろちんクラスメイトとして会話くらいはしていたし、休み時間に一緒に遊びはしたものの、学校を出てからは一切付き合わなかった。
晃がそんな調子だったので、十夜も必然的に晃以外とは一切遊ぶ事が無かった。別にそれが嫌だということもない。晃が一番心の開ける相手であり、それで構わないと思っていた。
だが一方で不思議でもあった。晃はどうも、自分以外の相手に心を開こうとしない雰囲気があったからだ。
「晃は俺以外に友達作ろうと思わないの?」
小五の時、十夜は思い切ってその質問をぶつけてみた。ひょっとしたら聞かれたら嫌な事なのかもしれないとは思ったが、どうしても知っておきたかったのである。
その時の会話は、十夜の脳裏には強く焼き付いている。小さな山の頂にある小さな神社の境内の屋根の上、一番上に腰を下ろし、夕日によってオレンジに彩られた街を眺めながら語る晃と、それを見上げる自分。
「んとさ、認められる奴ってのがいないんだよね。十夜以外にさ」
抽象的な物言いだったが、正直それだけでも何となくだが十夜にはわかってしまった。
十夜も、晃と自分とでは正反対な性格ながらも、晃のことを同族という意識で常日頃から見ていたからだ。
「僕が認められる奴――あるいは安心できる奴なら、別にいいんだよ。ダチになれると思う。でも、いない。そんだけの話」
自分から顔を逸らして語る、夕日に照らされた晃の顔は、ひどく悲しそうに十夜の目には映った。いつも溌剌とした晃が、そんな表情を見せること自体、十夜の胸がちくちくと痛んだ。
実際の所、理由がそれだけではないことが、今の言葉でわかってしまったのだ。
「あいつのことが気になってるんじゃないの?」
古い、嫌な記憶をほじくり出す十夜に、晃の表情がさらに沈む。
まだ幼稚園の頃は、十夜と晃は他にも友人が沢山いた。そのうちの一人、刃と書いてブレードと呼ばすキラキラネームな男子との三人組で、いつもつるんで行動していた。
はっきり言って刃は問題児だった。すぐに人をからかう悪い癖があり、それを楽しむ。誰彼かまわずちょっかいをだして反応を楽しむ、そんな園児だった。
他の園児に疎まれていたが、変わった遊びを思いつくことと、いろいろと知識が豊富だったために、晃や十夜らを含めた一部の園児からは支持も得ていた。特に晃は刃のことを尊敬し、懐いていたきらいがあった。
だが刃は晃と十夜の爆弾に触れた。特に晃に対しては複数の爆破スイッチを押した。
「何で晃と十夜の家に遊びにいっちゃいけないんだよー。うちにはよく遊びに来るのにさー」
最初の爆弾はそれだった。十夜はあの父親がいる時点で、家に余所の子を遊びに来させるなど絶望的に不可能だ。
晃もそれを拒むということは、自分同様に家庭に問題があるのではないかと、園児ながらも十夜は察して触れないようにしていた。しかし刃は子供特有の遠慮の無さで、ズケズケと土足で踏みあがった。
「ズルいだろー。うちはよくてお前らが駄目とかさー。お前らが呼ばないなら、俺ももうお前らをうちに呼ばないからなー」
その話はそれだけで済んだし、少なくとも十夜はそれで刃のことを嫌うまでは至らなかったが、晃はそれ以降、刃と付き合いつつも少し距離を置いているかのように、十夜には感じられた。当の刃もそれに気付いたようであり、そのことを不服に感じていたようであった。
二つ目の爆破スイッチは悪質だった。晃が自分の家に遊びに呼ばない理由は、晃が実は家の無い施設の子供だと、そんな噂をばらまいたのだ。
何故か十夜には触れず晃だけを狙った所を見ると、自分に懐いていた晃が、距離を置きだしたのが余程気に入らなかったらしい。
また、十夜の預かり知らない所でも、晃と刃の間で何かいろいろ悪いことがあったようで、何度か二人が喧嘩している場面にも遭遇した。
三つ目の爆破スイッチは決定的だった。
「なあ十夜、もう晃と遊ぶのやめよーぜ」
晃が目の前にいる所で堂々と、刃は十夜に向かってそう言った。不細工な顔に意地の悪い笑みをひろげて。あの嫌な顔は、十夜の記憶にこびりついてしまって忘れられない。
「こいつと一緒にいるのもう俺嫌だわ。だから十夜もこいつと遊ぶのやめよーぜ」
十夜は晃を見なかった。見たくなかった。幼いながらも、その時の晃がどんな顔をしているかを見たくないという気持ちが強く働いた。もし泣いていたらどうしようと思ったし、晃の泣き顔など見たくなかった。かつて晃が刃に憧れていたように、十夜にとっては晃が憧れだった。
「お前と遊ぶのやめる。もうお前とは絶交だ」
刃を正面から見据えて堂々と、十夜は刃に向かってそう言った。
刃の不細工な笑顔が悔しそうな泣き顔へと変わった。あの傑作な顔は、十夜の記憶にこびりついてしまって忘れられない。
その後、刃は十夜らと同じ学校に入ったが、幸いにも同じクラスになる事は無かった。
噂によると小四の頃、いじめられて不登校になったという。人をからかう性格とちょっかいを出す癖が原因らしい。何年経っても直らなかったようだ。
正直十夜はざまあみろと思っているし、その話を聞いてから、いじめが絶対悪だとも思わなくなった。いじめが発生する以前に、いじめられる側に原因があるケースもある、と。少なくともああいう奴の場合は、いじめられても仕方ないと、十夜は考える。
「皆が皆、刃みたいな奴だとは思ってないよ。でもさ、あの時あの場にいたのが十夜じゃなかったら、俺を捨てて刃の方に行っていたかもしれないとか、そんなことも思っちゃうんだ。それに、また刃みたいな奴を見るのも嫌だしさ」
晃のその言葉を聞いて、余程あの時のことが嫌な思い出になっているのだなと、十夜は確信する。
だがそれだけではなく、晃には十夜以外の者には心を許せない理由がもう一つある。
その理由が、晃が良い家族に恵まれていないからだということは、十夜にも察しがついていた。確かめたわけではないが、そうに違いない。
家にあげようとしないこともあるが、それ以前に、晃は自分の家族の話題に一度として触れたことが無いし、十夜の家にも触れようとしなかったからだ。
「自分が認められる人間が他にもいればね、僕にはきっとすぐわかると思う。いつかそのうち、そういう奴が現れるかもしれないけど、想像できないよ。十夜とそのうち離れたら、僕は一人ぼっちかな」
正直言うと十夜はその時、そんな人間など現れなくていいと思っていた。
だが一方で、晃の言葉に対しても考えこんでしまった。もしこの先何かしらの事情で自分と離れ離れになったら、晃は自分が言うように、完全に一人ぼっちになってしまうと。
そんな状態がいいわけはないのに、エゴ丸出しで一瞬でもそんなことを願った己を、十夜は恥じた。
***
ホルマリン漬け大統領第七支部を潰してから一時間後、四人は研究所に戻り、純子は真の腕の怪我の治療を行っていた。
「んふふ、私のために戦って傷ついた君をこうして手当てしている時が、一番幸せだなー」
「言ってて自分で悪趣味だと思わないのか? それに今回は、お前のためじゃなくてあいつらのために戦ったんだ」
楽しそうに腕に包帯を巻く純子に、真が無表情のまま言った。
「あいつの様子はどうなんだ?」
この部屋にはいない十夜を指して問う真。晃は純子らと同じ部屋にいたが、十夜の身を案じてか、あるいは他に思う所があるのか、帰ってから一言も言葉を発していない。
「大丈夫だよ。回復には二日くらいかかるけれどねー。あ、そうそう十夜君が後で話があるってさー」
晃のいる方に振り返って声をかけた純子だが、晃はソファーで静かに寝息をたてていた。
と、突然、死ね死ねと連呼する奇怪な歌が室内に鳴り響き、電話を取る純子。
「やあレナードさん」
相手はホルマリン漬け大統領の大幹部だった。純子との交渉役を担当している人物である。
『そろそろ休戦にしてもらえないデスカ? 壊滅した第七支部の建て直しがしタイデス。こないだ潰された九支部と十六支部と二十二支部も、まだ建て直し最中デス。好条件で人員募集してイルノデスが、最近立て続けに潰しすぎたせいか、中々人が来なくてデスネー。もちろん金銭的には十二分に潤っていマスケド』
ホルマリン漬け大統領は積極的に敵を作り、自分の組織と他の組織との抗争を引き起こしてまわっている。その様子は全てショーとして配信される。
各地に設けている支部は、最初からショーのために潰される前提で存在している。少なくとも組織の上層部はそう認識している。もちろん純子とのいざこざも同様の認識だ。
「一応は敵同士なんだし、そこまで馴れ合う謂れはないと思うけど?」
純子がそう告げた直後、しばらく両者無言になる。
純子のこの言葉は、レナードにしてみたら意外な返答だった。今までは敵対行動をしつつも、互いに利を貪っていた馴れ合いの間柄であったのだが、今純子が言い放った言葉は、本気で事を構えるか否かという領域に踏み込もうとしているとも受け取れる。
「ま、いっか。実験台候補の敵ストックは、ホルマリン漬け大統領以外にも沢山いるしねー。問題は、望んでマウスになってくれる子が常に不足がちって所だけど」
まだ相手に利用価値はあると踏んでか、純子は折れた。
似た者同士のようで、ほんのわずかな、しかし決定的な違い。
純子は個人であり、己の研究欲のため。相手は組織であり、組織を潤すための金銭的利益のため。
前者はフリーダムだがポリシーを持ち、後者は様々なしがらみに縛られているが利益のためなら何でもやる。この違いが、いつか両者の関係に亀裂をもたらすであろう事は、互いに予感している。
『あれだけ大量に人体実験してまだ足りナイのデスカ?』
「やりたいことはいっぱいあるし、失敗も多いからねえ。中々思い通りにいかないもんだよ。まあ、思い通りにいくよりも思い通りにいかない人生の方が、ずっと面白いんだけどさ。じゃあ、またねー」
相手の言葉を待たず、純子は電話を切った。
「なんだ。やっと切れてくれるかと思ったら、結局まだあそこと付き合う気か」
心なしか不服そうなトーンの声で真。
「んー、どうかなあ。レナードさんは今の電話で、何か思う部分があった気配だよ」
おかしそうに微笑みながら純子。
「機会があれば潰してやりたいんだが、中々あの組織の大幹部共もボスも尻尾を出さないな」
「大幹部はともかく、あそこのボスってのは私も知らないんだよねー。まあ保身だけは長けているからこそ、高い地位につけるんだよ。保身とかあまり考えずに無茶苦茶している私達じゃあ、組織のお偉いさんにはなれないねー」
冗談めかす純子。
「あの組織を潰すのは楽しみの一つとして取っておくか。中々潰せない連中だからこそ、潰した時の気持ちよさも格別だろうし」
真のその言葉に、純子は一時間前に十夜と交わした会話と、今しがたレナードに告げた自分の言葉を思いおこし、小さく笑った。




