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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
6 顔も知らないパパと遊ぼう
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デートしながら時々護衛して遊ぼう(後編)

(まさか……いや、まさかじゃなくて、猫パンチで銃弾を弾いたっていうの?)


 目に映った結果だけを見ると、そういう結論に行き着いてしまい、杏は唖然とする。


「ミャーっ」


 嬉しそうな声をあげ、エリックがこちらめがけて突っ込んでくる。狙いは杏の方ではなく、真だった。

 一瞬にして、互いに手が届くほどの距離まで間合いを詰められる。エリックの人間離れした速度に、杏は再び驚愕した。真はその間に一発撃っているが、外れている。


「ミャッ」


 笑顔で猫パンチを繰り出すエリック。まさしく目にも留まらぬ速さで振るわれた、銃弾すら弾く威力の猫パンチを食らってしまったようで、真の小さな体が空中で一回転して横向きに倒される。

 杏の目には見えていなかったが、猫パンチは真の頭部をかすめたに留まった。真は後方に跳んで回避を試みたが、かすめただけでもしっかりとダメージと衝撃を食らい、倒されるに至った。


 追撃しようとしたエリックだが、真はすぐに上体を起こし、エリックめがけて銃を突き出す。


「へーいっ、へいへいへーいっ、おい、そこのーっ、雲塚杏っ、見てないでやめさせろー」


 林の中からおどけた口調の声がかかり、エリックと真の動きが同時に止まる。


「貴方は……」

 名指しされた杏が声のした方を見る。


 林の中から現れた人物は、フードを被ってローブに身を包んだ、占い師のような格好をした白人男性だった。こちらはエリックとは異なり、痩せているしお世辞にもイケメンとは呼べない顔だしで、貧相な見た目だ。その額には、青い線で描いた六芒星のタトゥーが入れられている。


「ジェフリー・アレン」

 杏がその人物の名を口にする。海チワワの悪名高い幹部だ。


「うん、この際バラしちゃうけど、俺がお前の依頼者だよっ。お前にこれ以上例の件を探らせないようにして、あの糞野郎がお前を始末しようとしていると聞いて、仕方無く護衛しにきたんだ。本当に仕方なくなっ」


 ジェフリーの説明を受け、杏は理解する。先ほどの銃声は、自分を狙っていた者が、エリックとジェフリーと戦った際に発砲したものだと。そしてここにこの二人がいるということは、自分を狙っていた者は、すでに始末された可能性が高い。


(つまりまた真は勘違いで先走って戦っちゃったわけね)


 どうりでエリック側には殺気が感じられなかったと杏は納得し、いつぞやのことを思い出し、思わず苦笑をこぼしてしまう。


「相沢真と仲良しとはねえ。そいつは俺等とは敵同士なんだが、ちゃんと仕事してもらえるんだろうな? うん?」


 ジェフリーが胡散臭そうな表情で杏を見る。


「当たり前でしょ。付き合いと仕事は別個よ。そもそも私は依頼者が海チワワと知らなかったし。つまり……」


 杏が引き受けた仕事自体、海チワワのとある幹部を探るという代物だった。


「海チワワの幹部同士の確執ってわけ?」

「だいせーかい。賞品はすでに護衛という形で支払った、と。俺の嫌いな糞野郎の弱みを握って追い詰めてやろうと思ったのさ。たった今、あの糞野郎がお前に差し向けた雇った殺し屋も始末したんだが、何か俺が目離した隙にエリックがいなくなって、勝手に相沢とやりあってるしよー。あの二人の脳筋ぷりにも困ったもんだ」


 バツが悪そうに頭をかくジェフリー。


「相沢もよー、今回は引いてくれねーか? エリックもだ。優先順位くらい、猫の頭でもわかるだろ?」


 硬直したままの真とエリックに向かって、ジェフリーが声をかける。


「わかった」

「ミャー」


 真が銃を懐に収め、エリックもジェフリーの方に顔を向け、にっこりと微笑む。


「じゃあ、ミス雲塚。いい報告を期待してるぜー」


 どこか人を小馬鹿にしたような軽い口調で言うと、ジェフリーは杏と真に背を向けた。


「ミャー」


 真の方に向かって笑顔で手を振ると、エリックもジェフリーの後を追う。猫のそれであった手が、人のものへと変化していた。


「変な二人組ね」


 その後姿を見ながら、杏が呟く。一人は上半身裸かつ猫手。一人は占い師の格好なので、パッと見は何かのコスプレ外人二人組といったところだ。


「エリックは変わり者だが毒は無い。でもジェフリーの言いなりなのが問題だ。ジェフリー・アレンは知っているだろ?」


 頷く杏。ジェフリー・アレンが如何なる人物か知る者は、裏通りでも半々程度の知名度だが、情報屋としては、ある一定のラインを越えた知名度を持つ者は、大抵抑えている。十代の少年ばかりを狙って殺害し、その性器を切断して収集するという、サイコな殺人鬼という話だ。


「杏の依頼者ってことだし、僕に代わって刺客を始末してくれたって話だから、今日は見逃しておくか」


 自分に言い訳するかのように言うと、ハンカチで額を押さえる真。エリックの猫パンチがかすめた際に、額を切り裂かれていた。


「これで普通のデートに戻れるわね」

「時間差を置いて、複数の刺客が来る可能性もあるんじゃないか?」


 はにかみながら言う杏だが、真はまだ警戒を解いていない。


「それなら今の二人もそのことを告げるだろうし、まだ少し離れた場所でガードしているかもしれないから、私達は少し気を抜いてもいいんじゃない?」

「気を抜いた結果、取り返しのつかないことになるのも嫌なんだけどな。でも確かに可能性は低いか」


 真の言葉を聞いていると、以前に気を抜いた結果、取り返しのつかないことにした経験でもあるのかと勘ぐってしまう。元々好奇心旺盛な性格のうえ、真のことをより多く知りたいと思う杏としては、是非聞き出してみたいところだが、今それを聞いて機嫌を損ねてもどうかと考え、折を見て触れようと心に決めた。


「危険度がぐっと下がったなら、街に行こうか」

「別にここでもいいけど?」


 真の提案にそう返してから、杏は余計なことを口にしてしまったかと思う。こういう時は相手に合わせておくべきだったのかと。


(初めてだから、何がタブーで何が良い選択なのかとか、男女のお約束とか全然わからない……)


「そうか。じゃあプラネタリウム見てみる?」

「え? あ? 別にここでもいいけど?」


 うっかり同じ言葉を口走ってから、杏は頭を抱えて蹲りたい衝動に駆られる。ふとしたことでパニくりだしている自分に、蹴りを入れてやりたい。時間を十秒ほど戻したいなどと、変なことばかりが頭に浮かんでくる。


「何か変だな。落ち着けよ」

「そうね……。ちょっと今の私おかしかった。プラネタリウムに行きましょう」


 軽く深呼吸して杏は照れ笑いをこぼしつつ言った。


***


 そんなわけでプラネタリウムに来た二人であったが。


(お……面白くない……)


 星座の解説やら図解やらを出されても、全く興味が持てない杏。そのうえ暗い空間に座り心地のいい椅子とあって、凄い勢いで眠気が再び襲ってきた。


(真はこういうのが面白いのかな?)


 隣にいる真をちらりと横目で見ると、しっかりと見ている様子。


(何のこれしき……。私も裏通りの住人の端くれ。この程度の眠気なんかに屈したりしない)


 己に言い聞かせ、必死に意識を保つ杏。真の手を掴み、強く握り締める。

 上映終了して灯りがついた時、やっと終わってくれたと、杏は大きく安堵の吐息をつき、力を抜いた。


「眠かったのか?」


 そこに真の不意打ちのような一言がお見舞いされ、杏の顔が引きつる。


「わかる?」

「僕の手を何度も強く握り締めてきたしさ。たまに杏見ると、必要以上に食い入るように見てたから、眠らないように必死だったのかなーと」

「ははは……」


 真にあっさり見抜かれていたことに、杏は力なく笑う。


「そういう時は無理せず寝てもいいと思う。少なくとも僕は気にしない。上辺だけ合わせる必要もない。例えば映画を観に行って、それがつまらない映画だったら、つまらなかったと素直に言ってくれないと、伝わらないしわからないじゃないか」

「なるほど……」

「もっと気楽にいこう。僕も相手につまらない思いさせた時は、失敗したと感じて申し訳ない気持ちになるし、今もすまなかったと思っている」

「いやいや……」


 真の言葉に相槌しかうてないことにもどかしさを覚える杏。自分より年下の少年の方がよほどしっかりしている気がして、恥ずかしい。

 プラネタリウムを出て和風喫茶に入り、コーヒーを飲みつつ遅めの昼食を取ったところで、ようやく杏の目が冴えた。


「真はデートして失敗したことがあるの?」


 我ながら変な質問だと思いつつ尋ねる杏。


「今が軽く失敗したとも言えるな。杏につまらない思いさせてしまったしね」

「いやいや……もうそれはいいから」

「相手の趣味に合わせようとして、際どい場所に連れていった事もあるよ。特撮ヒーローショーとか」


 どんな趣味の女と付き合っていたんだと、杏は心の中で突っこまざるをえなかった。


「初めてで緊張しているのも、後になればいい思い出になるよ」

「そりゃそうだろうけど、今私はリアルタイムで進行中だしさ」


 ふと杏は思う。エスコートされる側だからこそまだ気が楽だが、真の方はもっと大変なのではないかと。


「次は私が行く場所決めてもいい?」


 真にばかりプレッシャーをかけたのでは不味いと配慮しての発言。


「全然構わないぞ」


 許可が下りたので、杏は気合いを入れて二人で楽しめる場所はどこかと、頭を巡らせる。


***


 そんなわけで郷土資料館に来た二人であったが。


(これは……大失敗だったかも)


 安楽市の歴史が書かれたボード、昔あった事件を絵にしたもの、昔の人の生活を再現した人形、ガラスケースに入れられた土器などが並ぶ施設内を歩きながら、杏は後悔しまくった。

 ここなら戦国時代に使われた刀や銃や、恐竜の化石といった、男の子の気を惹くものがあって真も喜ぶのではないかと考えた杏であったが、待ち受けていたのはあまりにも想像とかけ離れた現実。

 自分達以外に若者の姿は皆無で、老人ばかり。そもそも来客自体が少ない。


 真の方を見ると、一見していつも通り無表情ではあったが、明らかに目に生気が無いのが見受けられた。


「ご……ごめんね……」

 真の手を強く握り、消え入りそうな声で謝罪する杏。


「別にもう安楽大将の森の中にこだわらなくてもいいんじゃないか?」


 空いている片方の手で、杏の手の甲に手を重ねて、安心させるかのように軽く撫でながら真は言った。


「確かにそうね……」

「ミャー」


 奥の方から聞き覚えのある声がする。


「あいつらも来てたのか」


 真が声のした方へと進み、手を繋いでいる杏も自然と歩を進めると、真面目に郷土資料の見学を行っている白人二人組がいた。一人は占い師の格好、一人は上半身裸なので、あまりにも場所とミスマッチだ。


「おいおい~、お前等そういう仲だったのかよ。つーか相沢、お前雪岡に言いつけてやるぞ」


 ジェフリーがからかってくる。雪岡という名を出され、杏の胸がまたちくりと痛む。


「別にあいつに言いつけられても困ることはないぞ? 僕はあくまであいつの専属の殺し屋件家族ってなだけで、お前の言うそういう仲じゃないんだから」


 淡々と反論する真だが、家族という言葉を聞いて、さらに杏の胸がちくちくする。


「ミャー、ミャッミャッ」

 エリックがジェフリーの袖を引っ張り、猫言葉で何やら訴える。


「はんっ、わかったよ。いつも世話になっているお返しで、からかいまくってやりたかったのに」


 ジェフリーが顔をしかめ、背を向けて奥へと進む。エリックが今何を言ったかは、杏にも見当がついた。


「ミャー」


 真と杏の方に向かってにっこりと笑って一声発すると、エリックもジェフリーの後を追った。


「取りあえずここから出ない?」

「そうだな。で、次はどこに行く?」


 聞き返されて、杏は少し思案する。自分の希望や提案を述べると、また失敗しそうな気がして、正直怖い部分がある。

 裏通りの情報と知識はともかく、表通りの流行には疎いし、知識も乏しいし、異性の好みもいまいちわからない。はっきり言えばズレている。その自覚も杏にはある。


(あ、そうか。無理して表通りに合わせなければいいんだ)

 ふと杏は思った。


「射撃場に行かない?」

 これならうまくいきそうだと、自信を持って杏は誘った。


「私に銃の指導してよ。そういうのなら真も得意そうだし、私も貴方も特に緊張することもなくて済みそうよ?」

「わかった」


 真が小さく微笑んだのを見て、杏は胸の内から嬉しさがこみあげてくるのを実感する。

 やっとうまく噛み合った感じがして喜ばしくあり、結局自分達にはそういう場所が最も適しているのかと思うと、おかしくもあった。



デートしながら時々護衛して遊ぼう 終

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