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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
6 顔も知らないパパと遊ぼう
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デートしながら時々護衛して遊ぼう(前編)

 本日、相沢真はデートの予定だった。


 相手は情報屋の雲塚杏だ。真が殺人後に生じる強烈な性欲のことを知り、その処理役を自ら引き受けることを申しでたため、以後、真はずっと彼女と体だけの付き合いをしている。

 とはいえ杏もそれほど暇な身ではないため、杏に仕事がはいっている時は、売春組織で女を買って処理を済ましている真である。


 真は杏のことを情報屋としても利用していたし、会う際は八割くらいが体目的だったが、もう少しまともに付き合いたいと、薄々思っていた。

 そして先日思いきって、真の方からデートに誘ってみた。体だけのドライな関係でいたいとして断られるかとも思ったが、杏はあっさりと了承した。


(少しは僕に気持ちもあるのかな? この間僕が雪岡にお姫様抱っこされていた件で、怒っていたみたいだし)


 もちろんそのことだけで判断しているわけではない。接していれば大体空気でわかるものだが、それも自分の一方的な思いこみかもしれないと疑ってしまう。


 安楽駅駅前にて、真は杏が来るのを待つ。

 流石にいつもの制服姿ではなく私服姿だ。滅多に私服など着ない真だが、見た目の気遣いが無いわけでもない。水色と黒と鮮やかな青と薄めのグレーの迷彩柄のジャケット及びカーゴパンツに、真っ赤なワイシャツ、黒いネクタイとベストと、本人では精一杯洒落込んだつもりの着こなしのつもりだった。時代の流行等は考えていない。自身の感性に全てゆだねている。


「何その格好?」

 しかし待ち合わせ場所に現れた杏の一言に、心底がっかりする真。


「何かおかしいか?」


 自分ではわりと気に入っていたし、洒落たつもりだったにも関わらずに、出会い頭に一蹴されたと受けとった真は、世間的にはおかしな格好だったのだろうかと、頭を抱えてうなだれる自分を想像する。


「いや、私服持ってたんだと思って……」


 サングラスに手をかけながら、意外そうに言う杏。いつもと同じくスーツにグラサン姿で、何故か服屋の紙袋を持参している。


(まさか僕が制服姿だと思って、予め服屋で服を買ってきてそれを着せるつもりだったのか?)


 そこまでズボラだと疑われて、予め用意までされたとなると、自分が情けなくなってくる。


「まあ、好都合だけど」

「好都合?」

「これを被って。あと、これも」


 紙袋の中からサングラスと黒いソフトハットを手渡す杏。


「今着ている服と合わないな」

「そんなことないわ。奇抜な組み合わせでもちゃんとおしゃれになってるから」


 杏のセンスからしたらその言葉は嘘ではなかったし、真も適当におだてられているわけではないとわかったが、それでも真からすると似合わないと感じてしまい、とても抵抗があった。


「で、何でこんな変装する必要があるんだ?」


 何となく察しがつきながらも、一応尋ねる。

 ようするに顔を隠せということであり、真が顔を隠す必要があるのは、裏通り絡みの何かがある以外に考えられない。例えば、杏が自ら囮になったうえで、変装した真に誰かを殺してほしいという具合に。


「狙われているの」

 杏が端的に答える。


「やっぱりそういうことか」

 納得する真。


「変装させるのは、雪岡純子の殺人人形といるとなれば、警戒されて襲撃されない可能性もあるからか。あえておびき出して、僕に返り討ちにさせるということだな」

「そういうこと。悪いとは思っているけど、こっちも命がかかっているから」


 そう言って杏は真の手を取り、歩き出す。


「怒ってる? せっかくのデートなのに、こんなことに巻き込んで貴方のことを利用しちゃって」

 杏が神妙な口調で機嫌を伺う。


「怒るわけがない。杏が殺されても困るし。それにちゃんと事前に正直に話してくれたから問題無い。わかっていながら、何も言わずに利用しようとしたなら腹が立つどころか信用できなくなるけどな」


 誰にとは言わないが、日頃からそんなことばかりされている真である。


「ごめんね。それでもちょっと後ろめたい。麗魅に頼めればよかったんだけれど、他の仕事中だったしね」

「僕より樋口の方が頼りになるのか?」

「そうじゃないわ。貴方には悪いけど、あの子の方が付き合い長いし、私にとっては親友の方が気楽に物事頼みやすいし、信頼もしているから」

「まあ護衛しながらデートでも全然構わないよ」


 真からすれば、杏ともっと親密な関係になりたくて誘ったのであるから、むしろその方が好都合と考えた。


「ドンパチになるなら人気の無い所に行った方がいいな。襲撃者もその方が手を出しやすいだろう」

 予定していたデートコースを変えた方がいいと判断する真。


「本当にごめんね。いろいろ気遣わせちゃって」

「別に嫌味で言ったわけじゃないぞ」

「私も嫌味なんて思ってない」

「そうか。で、相手は?」


 会話する一方で、襲撃に備えられることができ、なおかつ襲撃がしやすい場所で、何よりもデートとして成立する良い場所はどこかと、真は懸命に考えを巡らしていた。


「見当はつくけど、それを教えることもできないわ。仕事の内容も絡んでいるし。昨日から狙われている。夜、住宅街を歩いていたら後ろから撃たれた。防弾繊維で運良く生き残ったけど、危ない所だった。そのまま銃撃戦になったけれど、酔っ払いが来てすぐに退散したわ。住んでいる所も多分一つバレた。おかげで昨日は一睡もできずよ」


 襲撃者そのものはともかくとして、その裏にいる者の見当はついている。

 現在、杏が引き受けた仕事に、環境保護を名目に世界各地で活動するエコロジーテロリスト集団、『海チワワ』の幹部を探る依頼があり、その仕事を遂行中だった。きっと自分が嗅ぎまわっていることがバレたのだろう。

 例え自分を守ってくれている者でも、それを容易く教えるわけにもいかない。


「安楽大将の森へ行こうか」


 真が提案する。昼は親子連れや老人達の憩いの場、夜は裏通りの十人の抗争の場となっている場所だ。

 敷地は広く、昼間とて平日故にさほど人が多いわけでもなく、襲撃者をおびきだすには適している。

 プラネタリウムや和風喫茶店等もあるし、森林浴を楽しみながらデートをするにも悪くは無い。


「いい天気だし、ベンチで少し寝るのもいいと思う。眠いままふらふらしながらデートじゃ楽しくもないだろう。少し寝るといい。その間、僕が見張っている」

「あ、ありがとう」


 照れくさそうに礼を述べる杏。


(ちょっとおせっかいすぎたかな)


 真は真なりに気遣ったつもりだが、その自分の気遣いが逆に杏の居心地を悪くしていやしないかと、気がかりになった。


***


 安楽大将の森。芝生の前の日当たりのいいベンチで睡眠を取る杏。狙われていると意識していても、寝るべき時にはちゃんと寝て、体力の回復をはからなくてはならない。隣に真がいるという安心感があるので、速やかに寝ることができた。

 見晴らしがいい場所なので、超常の力でも用いない限り、こちらの視界に入らずに接近することはほぼ不可能だ。接近せずに狙撃銃を用いるのであれば、とっくにやっているであろう。


「異常無しみたいね」

 二時間ほど寝たところで杏は眼を覚まし、ズレたサングラスの位置をなおす。


「ごめんね。こんなことに巻き込んで」

「謝罪は一度聞けば十分だし、何とも思ってないよ」


 意識して柔らかい口調を作って言う真。少しちぐはぐな感じになっていたのが自分でもわかって、心の中で渋面になる自分を思い浮かべる。


「近くに気配は感じない。仮に監視しているとしても相当遠くからだろう。僕が何者なのかはともかくとして、杏が一人じゃないと襲いづらいんじゃないかな」


 言いながら、杏を狙っている襲撃者が大した技量の持ち主では無いのではないかと、真は思い始めていた。


「狙いにくすぎる場所だから手を出してこないのなら、おびき出すためにも、デートを楽しむためにも、場所を移そうか」

「そ、そうね」


 先に立ち上がり、差し伸べてくる真の手を躊躇いながら握り、杏もベンチを立つ。


「エスコートも護衛もちゃんとこなしてみせるから、心配しなくていい」


 気取った台詞が多すぎるかなと、言いながら真自身も気になったが、杏を安心させてやりたいという気持ちと、デートに護衛を混ぜてきたことの引け目を無くしてあげたいという気持ちで、いつもと微妙に異なる言動になっている。

 一方で杏も真の気遣いを見抜いているので、余計に引け目を覚えてしまう。普段のぶっきらぼうな真が、積極的にはりきってエスコートしている姿は、違和感の塊のように感じられた。


「変なこと聞いていい? 私とこうして一緒にいて楽しい?」

 手を繋いで歩きながら、杏が尋ねる。


「そりゃ楽しいに決まってる。久しぶりに心がうきうきしてるよ、これでもね」

「私はこの歳で生まれて初めてのデートだけど、貴方は違うのね」


 そう言ってから、杏は余計なことを口にしたと思い、後悔する。


「杏は処女厨だったのか。すまないな、初めてじゃなくて」

「いや……どうしてそんな飛び方するのよ……」


 真の発言に唖然とする杏。そもそも処女厨というスラングの使い方が間違っていると、指摘しようかどうか迷う。処女航海や処女作などのニュアンスで解釈するという、誤った認識をしているようだ。

 その時、銃声が何発か聞こえた。音の大きさや、二人とも殺気は微塵も感じなかった事から、近くで銃が撃たれたわけでもなければ、自分達に向けて撃たれたわけでもないのはわかる。


「どこかで裏通りの住人達が抗争している?」

 真と顔を見合わせ、杏が言った。


「夜ならともかく昼間からか? 珍しいな」


 夜になるとこの公園は、裏通りの住人同士で頻繁に抗争が行われる危険地帯と化すが、昼は善良な市民の憩いの場だ。それ故に、昼間にこの場を抗争の舞台に選ぼうとするケースはほとんど無い。


「見に行ってみよう。気になるし」


 真が杏の手を離す。一瞬名残惜しそうな顔をする杏。


「あいつは……」


 銃声のした方に行き、林の中から一人の男が出てくるのを見て、真は一瞬にして戦闘モードに変わり、殺気を放つ。


 現れた人物は、異様な姿をしていた。ズボンは履いているが上には何も身につけず、無駄な肉の無い筋肉質な素肌をあらわにした白人だ。容姿も整っており、優男風のイケメンだ。

 しかしその男の最も眼に惹く部分は、何故か上が裸ということでも、美形という点でも無い。その両手の肘から先が、人間のそれではなく、猫の前足と化している事である。


「ミャー」


 殺気を撒き散らす真と向かい合い、男は猫を真似たような声をあげ、愛想良く朗らかに笑ってみせた。


「エリック・テイラーか。厄介な奴に狙われたな」

 上半身裸の猫手イケメン白人を見据え、真が言った。


「こいつは僕でも骨が折れる相手だぞ」

「やりあったことがあるの?」


 尋ねる杏。実物を目にするのは初だが、エリック・テイラーのことは杏も知っている。海チワワの幹部ジェフリー・アレンの、子飼いの戦闘員だ。


「何度もな。雪岡と海チワワは仇敵同士だからな。半ば腐れ縁ぽい感じだよ」


 雪岡の名が出されて、杏の胸がちくりと痛む。


「こいつはジェフリー・アレンとセットで行動することが多いんだが。単独か?」

「ミャー」


 真の言葉が聞こえたようで、エリックは片手を上げて、笑顔で一声発する。肉球もちゃんとついており、完全に猫の手だ。


「近くにいるらしいが、今は単独なのか。ならチャンスだな」

「え?」


 まるでエリックの発した猫の鳴き声で、エリックの言葉がわかったかのような物言いをする真を、杏は訝しげに見る。


 真がエリックめがけて発砲する。二発の銃声が響く。


「ミャッ」


 エリックの手が動いたかのように、杏には見えた。

 直後、エリックの足元と少し離れた所の横の地面が、銃弾で穿たれた。

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