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李から放たれた気の塊が至近距離でバイパーに直撃したかと思いきや、バイパーはタイミングを合わせて右手の裏拳で気塊を殴り、弾き飛ばした。
「殴って防ぐとか無茶苦茶すぎるよね」
思わず笑ってしまう李。その眼前までバイパーが迫り、コンクリートの壁をも破壊する鉄拳が李の胸部めがけて突き出されんとする。
「ちぇええぇぇすとおぉおぉぉっ!」
ふざけたかけ声と共に、李の背後より跳躍した張が、頭上からバイパーに襲い掛かる。助走もつけずに2メートル以上跳んでいる。
バイパーは寸前で攻撃を止め、横に身を動かした。銃弾をも防ぐ硬度と強度を持つ体でも、体の部位によっては脆い場所もある。頭頂や首の前や裏筋などは不味い。
(つーかあんなにオーバーに跳んで攻撃とか、間抜けすぎだろうが)
敵のおかしなノリに、こちらも笑ってしまうバイパー。
バイパーは余裕をもって横に体を動かして張の攻撃を避け、張の着地のタイミングを狙い、身をかがめて水面蹴りを放つ。普通に攻撃したのでは李に隙をさらすと思い、意表をついての安全策を講じた。
空中に飛んで着地するタイミングをばっちりあわせての低空での回し蹴り。回避は不可能と確信していたにも関わらず、バイパーの水面蹴りは空を切った。かすりもしなかった。
張は床に落ちる前――バイパーの長い足が当たる前に、再び跳躍していた。床を蹴らずに空中を蹴って。
(二段ジャンプとか、ゲームじゃねーんだぞ!)
流石にバイパーも舌を巻く。おそらくは落下前に気塊を足元の空間に瞬間的に発生させて、足場として利用としたのだろうとすぐに推察できたが、それにしても驚いた。
再度頭上後方から襲いかかる張。それ同じタイミングに合わせて、李もバイパーの腹部を狙って、ひねりをくわえた蹴りを突き出す。
両方はよけきれないと判断したバイパーは、技の切れは鋭いが当たってもダメージの少なさそうな李の攻撃を脇腹に喰らいながら、横に体を傾ける形で、後頭部へと放たれた張の蹴りをかわした。
李は片足を軸に、勢いをつけて体を大きく回転させて、体勢の崩れたバイパーの頭部めがけて肘打ちをかます。側頭部に打ちこまれて、バイパーの体が揺らいで倒れる。
(一発一発が体の芯までガンガン響いてきやがる)
頭を押さえてバイパーが立ち上がろうとした所に、張がまたも大きく跳躍し、バイパーの頭上後方から踵蹴りを見舞おうとする。
「ワンパターンなんだよ!」
バイパーが怒鳴り、張の足首を掴んで、そのまま足首を握り潰して、さらには床に叩きつけようと試みる。
鈍い音と感触。張の足首は確かに砕いたが、そのまま引っ張って床に叩きつけることはかなわなかった。張が空中に棒のような不可視の力場を作り、鉄棒にぶらさがるかのように両手でしがみついていたからだ。
両者が一瞬硬直した格好になったタイミングを狙い、李が勢いよくバイパーの方へと踏み出し、両の掌を突き出す。至近距離で気を浴びせようとした李であったが、バイパーは跳躍し、空中にぶらさがる張の体を駆け上がってこれを避ける。
バイパーの予想外のアクションに、張は反応が遅れた。気孔で発生させた力場を解除し、二人が床に落ちた。
バイパーは着地と同時に、下にいる李へと長い脚を振り下ろした。李は後方に下がってこれをかわそうとしたが、かわしきれずに額をかすめる。
「あの二人を相手にほぼ互角とか」
煉瓦の工作員が唸る。李の額からは血があふれ出して、顔を赤く染めていた。
「二人がかりでやっと戦えるという所ですね。張の変則的な攻撃にもすぐ対応するとは、あの男もまた百戦錬磨」
バイパーを見やり、評価する秀蘭。
「しかし張が足を潰されて――」
「彼はあの程度ならさほど支障なく動けます。が、拮抗した状態でどちらかが欠けるのはまずい」
言うなり秀蘭がコートを脱ぎ、歩みだす。秀蘭が参戦する構えを見せたのを見て、バイパーは舌打ちする。
(3対1か……兵隊も後ろに控えてやがるし、このままじゃあ不味いな)
バイパーにはこの場を切り抜ける奥の手も一応はある。しかし――
(メインディッシュに取っておきたい代物だぜ。オードブルでお披露目とか馬鹿げてらあ)
この先、裏通りの生ける伝説たる雪岡純子と一戦交える可能性がある。その時のために切り札は温存しておきたい。
そう思った矢先、バイパーにとって幸運と思える出来事が起こった。
複数の銃声が鳴り響く。李、張、さらに秀蘭が回避を試みる。銃口は三人に向けられていた。どこから銃を撃たれたのかわからないために、殺気と引き金の音だけに反応して適当に回避しただけだ。
煉瓦の面々が殺気の方角を見る。十人以上の男達が、続けざまに拳銃を撃っている。狙いは煉瓦のようだ。バイパーには全く向けられていない。
(他にもアルラウネを狙っている奴等がいたってことか? 俺だけスルーしているのは俺が劣勢だからか? つーか、藍のいる入り口の方から来たな)
藍の身を案じて、乱入した第三勢力の方へとバイパーが駆け出す。自分達の方へと向かってこられたにも関わらず、彼等は全くバイパーには反応しない。あくまで煉瓦のみを狙っている。煉瓦の面々も反応してアサルトライフルを連射する。
第三勢力の横をすり抜けて礼拝堂を出るバイパー。
切り抜けるのに都合がよい乱入ではあったが、どうせすぐに追ってくると思えた。火力と兵の質の違いで、どちらが勝利するかは目に見えている。
「お、藍」
扉をくぐった先の廊下にて、藍が不安げな顔で立っているのを見つけて、バイパーは安堵する。
「あの人達は?」
「知るか。勝手に潰し合わせておけ。さっさと雪岡と餓鬼を探すぞ」
藍の手を取り、バイパーが早足で通路を進む。
気配を殺し、藍がいたのとは反対側の廊下の柱の陰に潜んでいた生江健が、その様子を眺めていたことにバイパーは気がつかなかった。
礼拝堂の中に目をやると、健が率いてきた善意のアビスの構成員が、ほぼ一方的に殺されているのが垣間見えた。武装と兵の質の双方、まるで劣っているのは健の目から見えてもわかった。
「時間稼ぎにもならねーのか、この糞共は。使えねーな」
腹立たしげに呟くと、虎の子の手榴弾を取り出し、ピンを抜く。たとえ裏通りであろうと、容易に手に入る代物ではない。
礼拝堂の中に手榴弾を転がすと同時に、健はバイパーと藍が向かった方向へと駆け出す。
健が部下達に煉瓦を攻撃するように指示したのは、バイパーが不利と見なしたからに他ならない。もしここでバイパーが殺されて、彼が守護している藍が捕獲されれば、健の計画が崩れる。藍には無事にその息子の下へとたどりついてもらわねばならない。
なおも煉瓦が追ってくるのであれば、バイパーが交戦しているうちに藍を連れ出して、自分が強引に連れて行くしかないが、できればそれは避けたい。自分の存在は最後の最後まで悟られないのが理想である。
「あの位置から手榴弾とか、仲間の方が被害あるんじゃないかと」
たちこめる埃に目を細め、呆れた口調で張が言った。
「あるいはさらに異なる勢力という考えもできますね。こちらの被害は?」
秀蘭が李に問う。
「こちらは犠牲者無し。あちらさんは全滅ですな。バイパーを狙ってはいなかったんで、仲間だったのかもしれませんが」
「すぐ追いますよ」
報告を受けて秀蘭が命じ、煉瓦の兵士達は、礼拝堂の奥にある開かれたままの扉へと向かった。




