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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
6 顔も知らないパパと遊ぼう
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16

 力が無ければ敗れる。


 手っ取り早く巨大な力を身につけるなら単純な話だ。その手段はすぐ側にある。しかしそれでは駄目だ。

 一方でこうも思う。自分がその信条を曲げないが故に、力及ばず果てることになったら? 守るべきものを守れなかったら? そこに頭が回らないわけでもない。

 目的のためなら手段を選ぶべきではないのかもしれない。とてつもなく愚かな選択をしているのかもしれない。それでいて絶対かなわぬ夢を見ているのかもしれない。


「真の夢って何だー? 俺はな――」


 満面の笑みと共に、彼は楽しそうに語っていた。その時の真には、夢やら目的といったものは無かった。ただ未来への漠然たる不安と、現在の幸福だけだった。


「はっ、こいつもう付き合っている子いるからな。性格最悪でチビでも顔さえよければモテるようだ」


 先の人物とは異なる懐かしい声。顔がよければ当然モテると真は思うが、それはあくまで男女の付きあうまでの段階であり、付き合いだしたら中身の方が大事というか、相性の問題になってくるということを真は知っている。


 恋人を作ったことによって、真が当時抱えていた不安は結果的に解消することになったものの、真に新たな使命を与えた。夢や願望ではない。己に課した使命と呼んだ方がしっくり来る。何故ならただ夢見て目的に向かっているわけではなく、真には負うべき業も責もある。少なくとも自分でそう思っている。

 それを果たすまで、決して敗北は許されない。許されなかったはずだ。にも関わらず敵の前に無様に崩れ落ちた。力及ばずに。


 まどろみの中、自分のくだらないこだわりが間違っていたのではないかという考えが、脳裏をよぎる。

 雪岡研究所に次から次へと訪れる、安易な方法で力を求める者達を、真は認められなかった。だが手段を選ばず力を身につけていれば、こんなことにはならなかったのではないかと、今更ながらに考える。


「お前が守ってくれるんだろ? こんなこと言うのもムカつくが、心強えよ」


 夢の中でも起きている時でも、その言葉は何度も真の中でリピートされた。危機に陥った時ではなく、弱気になりかけた際に思い起こされる言葉。

 彼は何の気無しに言い放った言葉なのかもしれないが、真にしてみれば、自分に対して向けられたこの言葉は強く打ち込まれた楔となっていた。


***


「ネエ、前から思っテタんだけどサ」


 意識が戻ると、すぐ側で純子以外の女性の声がした。聞き覚えのある声だ。

 その声の主はマウスの一人で、元々は余命宣告された専業主婦だったが、純子の実験台となることで不治の病を治してもらい、さらには強力な治癒能力を得た。研究所に近い場所に住んでいて、何かあると呼び出される。

 真がどんな大怪我を負おうと大抵は純子が癒しているが、短期間での大怪我の治癒などを行いたい場合にのみ、彼女が呼ひだされる。


(死なずには済んだが、かなりやばかったようだな)


 ベッドの上で薄目を開き、すぐ横にいる二人に視線を向ける真。純子と、治癒能力を持つマウスの女性の二人が会話している。確か名前は朱美と言ったか。名前だけだと日本人に思えるが、実際はインド人だ。真が意識を取り戻したことには気づいていない。


「純子はアノ子のコト好きなのヨネ?」


 片言の日本語でのストレートな確認に、真は反射的にそのまま再び目を閉じて寝たふりをする。


「あははは、そりゃ大好きだよー。まあ、恋愛関係とかそういう仲はもう無理っぽいけどさあ」


 あっけらかんと笑いながら肯定する純子だったが、その後に続けた言葉が、真の胸をちくりと刺す。


「どうシテ好きな子を殺し屋にシテ自分のタメに戦わせたりするノ?」

「んー……それが真君の選んだ道だしさあ」

「モシソレで死んだりしたらドうするノ? 今までダッテ危ないコト何度もあったし、今回ダッテ」

「そうはならないって信じてるよ」


 真剣に心配して食い下がる朱美に、純子は静かに、同時に力強く答える。


「いろいろあってさあ、こういう形しかあの子には――私達には無いっていう答えになっちゃったっていうか、まあ、私だって全然迷わなかったわけでもないんだよ?」


 朱美はそれ以上触れようとせず、ただため息をついただけだった。気まずさを覚えて、真はそのまま寝た振りをしておく。


「死んだかと思ったよ」


 朱美が帰ったのを見計らい、口を開く真。多少体力の消費によるだるさが残っているが、痛みは全く無い。身を起こしてみても平気だった。


「出血がもっと激しかったら危なかったろうねえ。結構やばかったよー。まあ肉体的に死んでも、魂が冥界に飛んでいなければ蘇生可能だけれど」


 つまり、李の止血処置のおかげで助かったということになる。


「死者の蘇生は無理だと言ってなかったか?」

「んー、死んだ人間が生き返る設定だと、バトル物って緊張感が無くなるから不味いと思うんだー。てか心肺停止イコール死じゃないからさ」


 冗談めかして答える純子。


「まあフィクションはともかくとして、脳も心臓も止まっての完全死に至らない限りは蘇生できても、完全死に至った場合の蘇生は限りなく無理に近いかな……。私もさー、死と生、霊と肉体、霊魂の記憶と脳の記憶、冥界の謎や転生の法則の一部しか解き明かしてないし。肉体だけなら完全に修復できるけれど、死者を生き返らせる事は無理なんだよね。体より離れていったその人の魂が戻らないんだよー。記憶と精神は脳と霊魂の両方に多重にインプットされているから、肉体の方で脳が一度死滅していると、肉体から記憶が無くなってしまって、霊魂も離れざるを得ないんじゃないかと、私は仮説を立てているんだけれどねー。無理矢理蘇生させても、魂が無いと、生きかえらないんだ。そもそも完全な死者蘇生なんてものが可能なら、その人がすでに転生済みならどーなるのって話だしさ。稀に完全死から蘇生する人もいるけどねー。よくわからない原理だけれど、肉体が死んだのに魂が離れてなくて、何かのはずみで肉体が蘇生したりとかさ。あるいは霊魂が現世を彷徨ったままだからこそ、復元した肉体に呼び戻されるのかもしれないけれど。聞いたこと無い? 死人が蘇った話とか、埋めた棺桶を開けてみると、引っかき傷とか中から空けようとした形跡があったとかいう話さ。あれがそれに該当するケースなのかなーと。でも死人の復活なんてほとんど有り得ない話だよ。仮に体をいくら元通りに再生させても、記憶を復元しても、魂が別だったらそれはもう別人だしね」


 純子の長広舌は、あまり真の頭に入らなかった。

 真は全く別のことを考えていた。先程の純子と朱美の会話だ。普段真が意識していなことを無理矢理意識させるように仕向けた、朱美のあの言葉は、正直余計なおせっかいでしかないと感じたが、それに返した純子のあの言葉は、果たして本心なのだろうか。


 真と純子の間には、幾つもの無言の取り決めのようなものが存在する。互いに口に出さぬそれらに、他人がずけずけと入ってきて干渉してきたかのようで、正直不快さすら感じたが、朱美の言うことも間違ってはいない。むしろ正論だ。


(でも僕もこいつも、正しい理屈とやらに従えるほど利口でも器用でもないからな。世間一般で言われるまともな生き方ができるようなら、マッドサイエンティストも殺し屋もやっていないだろ)


 気にならないわけではない。心のどこかではそのまともな生き方が羨ましくは思っているが、自分達にはどうやってもそちらの道は歩めない。


「お利口さんな生き方している奴は、それで楽しいのかな? 少なくとも僕はお利口に生きられないし、たとえそういう生き方しても楽しいと感じないと思う」


 話途中に全く関係無い話題を真から振られたが、真が何故それを口にしたのか、純子は理解した。


「あはは。久しぶりにそれ聞いたよ。朱美さんの言ってたこと、聞いてたんだね」

「累も、美香も、それに睦月も、お利口さんな生き方はどうやってもできない、馬鹿だよ。でも馬鹿は馬鹿なりに生きている」


 それを綺麗事や世間の道理だけであっさりと否定されることを考えると、真はいい気分がしない。


「ま、誰も彼も社会に予め轢かれたレールの上を走るだけじゃあ、つまらないしね」


 純子のその台詞だけで、真の中のもやもやが綺麗に浄化された。救われたような嬉しいような、そんな気分。

 しばらくの時間、二人の間で沈黙が続く。真はベッドに腰かけて呆けたように虚空を見上げ、純子は真の顔をただじっと見つめていた。


「負けてきたわりには、いつもの真君らしくなく穏やかだねえ」

 純子の方から口を開く。


「うん。不思議とあまり悔しくない。まあ、相手が相手だったってのもあるか。僕のことを知り尽くしている李だし。相性悪すぎた」


 敗北に対して嘔吐感すら催すほど負けず嫌いな真だが、今回に限っては自分でも驚くほどすんなりと諦めがついた。

 だが自分を知り尽くしている相性の悪さならば、純子の方が格段に上のはずだ。負けた言い訳になるものではないと真は思うが、どうしても悔しいという感情が沸いてこない。


「引き続き別行動取るよ」

 真が立ち上がり、短く告げる。


(少しだけど、久しぶりに本心語れてよかった)


 口に出さずに心の中でそう付け加える。

 純子はまるでそれを察したかのように、微笑んで頷く。


(こいつは本当に何もかもお見通しなのかな)


 自分の心を読みとったかのような純子の反応は今に始まったことではないが、そんな相手を出し抜くのは骨だ。今も自分のしていることは全て読み取られているかもしれない。


「旧安楽寺院で待っているよ。ネットにもそう情報流しとくね。中々本命が来ないし、ただうろうろしているよりもいいしね」


 立ち上がった真に純子が声をかける。旧安楽寺院は安楽市絶好町に建つ廃墟となった寺院だ。真も何度か訪れたことがある。廃墟と言っても多少柱や壁が朽ちているだけで、建物としての原形はちゃんと留めている。


「最初からそうした方がよかったんじゃないか」

「そうだねえ。ゲーム的には私がうろついている方が、かくれんぼみたいでいいかと思ったけれど、招かれざるお客さんばかり寄ってきて、本命がいつまで経ってもやってこないからさー。ま、本命と藍さんがコンタクト取ってないって可能性もあるけれどね」

「相変わらず行き当たりばったりだな」


 とは言ったものの、純子の遊びは本当に行き当たりばったりの時もあれば、そう見せておきながら緻密に計算している時もあるので、一切油断はできない。

 惣介を安全な研究所に置いてはいる件に関しても、正直安心しきれないが、そこまで純子の思惑をあれこれと懸念しても対処しきれない。


「今回は私の邪魔をしないで欲しかったけどなあ。でもまあいいか。真君がどう動こうと、結末は変わらないような筋書きを作っておいたから」


 部屋を出ようとした真に放ったその言葉に、真は激しい苛立ちと対抗心を覚えたが、何も言い返さずにそのまま部屋を出た。言い返してやりたかったが、気の利いた言葉が思い浮かばず、何を言ってもしまらない気がして。

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