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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
6 顔も知らないパパと遊ぼう
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13

 安楽警察署刑事課の一室にて、梅津光器(うめつこうき)は空中に映し出したディスプレイを凝視し、難しい顔で唸っていた。

 梅津光器は今年で三十八になるが、深く刻まれた皺や無精髭と白髪の多い薄い頭髪のせいで、見た目は四十台後半か下手すれば五十代にも見える。本人曰く二十代からずっとこの見た目とのことだ。


「バイパーが安楽市内に頻繁に通っているらしいな。しかもあの薄幸のメガロドンの教団本部に足を運んでいるとか。加えてあの霞銃の麗魅や、情報屋の雲塚杏も」

「あのタブーの一人の?」


 刑事課裏通り班――別名裏通り課に専属したばかりの新人、松本完(まつもとかん)が梅津に尋ねる。新人と言っても暗黒都市の警察署にて裏通り班に所属する刑事である。非公開の特殊訓練を受けた、有望かつ有能と目される武闘派だ。


「現存する四人のタブーの中じゃ一番マシな奴だがな。つか、悪い奴でもねーし。だからこそ泳がされている。つい最近タブー指定された睦月ってのも、タブー指定されてからそれっきり犯罪起こさなくなったみたいだがなあ」


 梅津の言葉に松本は目を丸くした。


「悪い奴じゃないって……昔、薬仏警察署の警官皆殺しにしたって聞きましたが」


 実際に裏通りにおいて危険と目される者との接触や、修羅場に遭遇した経験は乏しいが、松本もそれなりに裏通りの知識は仕入れている。


「今でも気に入らない人間は、裏表の住人問わず白昼堂々殺してくれる舐めた奴だ。だが殺されるのも決まって屑だから、放置している。薬仏警察署襲撃の際に芦屋が奴を処分しに行ったが、事情を聞いて野放しにしやがったしな。警察の最強戦力である芦屋が放置した時点で、もう警察の誰も手出しはできねーよ」

「そんなんでいいんですか? 警察の威信は……」

「裏通りなんて存在を黙認している時点で、そんなもんありゃしねーよ。この国は犯罪ビジネスが産業として、国民誰しもが認めている状態に等しい。裏通りの恩恵を国家単位で授かっているんだぞ? 裏通りが潰れたら、国の経済が崩壊しかねない規模だ。ま、市民様に深刻な害を及ぼす奴は取り締まるし、裏通りの奴等もそれがわかっているから、あまり無茶はしすぎない。それでいいじゃねーか」


 松本の言葉を笑い飛ばし、梅津は煙草に火をつける。


「ただし、薬仏市は別な。ま、薬仏警察署は今も昔もカスの集まりだし、県警も全国で最低水準の無能っぷりだし、俺も話聞いて野放しでもいいかと思ったがね。つーか他のタブーは大抵、タブー指定された後に芦屋に殺されちまってるし」

「確かに薬仏警察署っていい噂聞かないですね」

「県警の無能っぷりも問題だが、保身でくだらねー仕事ばかりに精をあげて、裏通りやマフィアへの取り締まりに、全く力を入れないからな。だから薬仏市は全国一の犯罪件数になっている。移民の巣窟にもなっているから治安は最悪だ。そのせいで安楽市よりずっと危険とか言われている。何で薬仏の治安が悪いかっていうと、他の暗黒都市と違ってマフィア共が大量にいて、そいつらが暴れているからだ。薬仏の警察が何もしねーから、裏通りの組織らが治安維持をしている始末だ」


 蔑みを込めて吐き捨てる梅津。過去に何かあったのだろうと松本は察する。


「ま、バイパーがここ安楽市で、表通りの人間を無差別に殺すとは思えないがね。一応、芦屋の奴の手を空けておくようにしとかねーとな。もしもの時、いつでも出動できるように。いくらタブーの中ではマシなバイパーとはいえ、薄幸のメガロドンなんぞに、裏通りでも名の知れている奴等とグルになって通いつめているなんて、どう考えてもろくでもない予感しかしねえ」

「芦屋警部補ってそんなに強いんですか? 相手は不可侵と言われているタブーの四人のうちの一人なんでしょ?」

「おめー、もちっと勉強しとけよ。芦屋はそのタブーを合計十五人も減らしているんだぜ。警察の最終兵器って言われてんだ。裏通りのどんなやんちゃ坊主も、芦屋の名前を聞いただけで玉が縮みあがるくらいなんだぜ?」

「すみません。裏通りの情報量は膨大すぎて、まだ頭の中に入りきれてなくて……」


 頭をかく松本。


「でも芦屋さんてそんなすごい風には見えないのに」

「芦屋ほどじゃねーが、一応俺だって裏通りの馬鹿タレ共には一目置かれてるんだぜ? こんな冴えないおっさんなのにさ。ま、一波乱あるかもしれねーからそのつもりでおけよ。どうも俺の悪い予感は当たっちまうしな。解放の日も近いってのに、そんな奴等が出入りしているなんて、俺でなくても不吉に感じるか」


 梅津は和やかに笑っていたが、松本は笑えなかった。精鋭揃いの安楽市警とはいえ、裏通りにおける抗争に介入する際に、殉職者を出すこともある。その覚悟がある者だけが暗黒都市の警察署に配属されるが、できれば平和であることに越したことは無い。


***


 真がいなくなってからも、純子は惣介を連れ添い、二人で安楽市内をひたすらうろついていた。


「相手が来るのを待ち続けるってのも、どうも味気ないなあ。もう少しゲーム性を掘り下げてもよかったかもだけど、見えざる相手をお迎えするのが目的だから、遊び要素重視にしちゃうのもねえ。ただでさえ二兎を追っている所だし」


 含みのある視線を惣介に送る純子。


「ニートを追っている?」

「二兎を追う者は一兎をも得ずって諺があってね。兎が二羽いて、二羽とも捕まえてやるーって欲をかいちゃうと、結局は両方逃がしちゃうよっていうお話。目的はどちらか一つにしぼりなさいってことね」

「でも純子さんは一石二鳥狙っているよね」

「まあねー。私の目的は、惣介君の依頼の達成も兼ねているから」


 惣介は純子を完全には信用していない。ここ一日あまりだけを見ても、人を玩具か何かとしか思っていない純子の悪逆非道な振る舞いの数々を見せられ、理屈で考えれば信用できるわけもない。

 だが繁華街の中をあてどなくぶらぶらと歩きながら、他愛ない会話を交わしているうちに、惣介の純子に対する警戒心は次第に薄れていっている。

 常に優しく朗らかに接してきて、会話内容がちょっと普通とずれている感じの純子と一緒にいると、気持ちが和む。その明るい笑顔が不安を和らげてくれる。先程の中国工作員の嬲り殺しの件すら忘れてしまいそうになる。


 常人とは明らかにかけはなれた異常人物。それでいて一緒にいても恐怖を感じさせず、逆に安堵感も与える不思議な人物。こんな人間が世の中にいるものかと、惣介は驚いていた。


「純子さん、悪人なのか善人なのかよくわからないね。あんな人殺しとかするのに」


 思ったことを口にする惣介。こうした無遠慮なことを言っても全く怒らない人であることは、短い付き合いだがわかっている。だからこそ遠慮なく口にできる。


「悪人だよー。どんなに善いことをしても、少しでも悪いことをすれば社会的には悪人になっちゃうんだよー? 悪いことをすれば、じゃないね。悪いことをするならば、かな」


 純子が言葉を言いなおした意味が、惣介にはわからなかった。その違いの意味も。その意味を聞くことは、自分が理解力の無い子供であるように思えて悔しい気がして、聞かないままでいる。


「裏通りの人って、もっと怖い人を想像していたけれど……。いや、実際別の意味で怖かったけど、でもこうして話している限り、何か普通だし」

「別に裏通りの住人だって、一応人間だからさあ。まあ、表通りに比べたら、ちょっとおかしな子が多い傾向だけどねえ」


 あんたが言うなと突っ込もうかと迷ったが、本人もその突っ込みを期待しているかのような気がして、惣介はあえて突っ込まない。


「裏通りだって、人殺しなんて、できればしたくないって思う子の方が多いと思うよー? 誰も彼もが平気で人殺せるわけでも、人殺して平然としているわけでも、楽しんでいるわけでもないよー。私は平気な類だけどさあ」


 屈託の無い笑みを浮かべて、同属である者はフォローしつつ自身の異常性は否定しない純子の言い様が、何故か惣介の心に響いた。

 その笑顔に、綺麗な輝きを放つ赤い瞳に、声に、考え方に、惣介は惹かれ始めていた。特にその赤い目は、いつまでも見ていたいという想いに駆られる。もちろんじっと見つめるようなことは恥ずかしくてできないが、会話の際に純子に顔を向ける時はほぼ意識して純子の瞳を見つめていた。


「そういや肝心なことすっかり聞き忘れていたけれどさあ。惣介君は父さんに会いたい? それとも会いたくない?」


 その問いに、惣介はさしたる感慨を覚えなかった。


「いなかった人間に会いたいとか、あまり……」


 全く興味が無かったわけではないが、藍は父親の話を自分の口から切り出したことはないし、父親の話題になると不機嫌になるので、惣介もできるだけ避けていた。


「私も親がいないんだよねえ。途中から親代わりみたいな人はいたけどさあ。物心ついてからもしばらくの間、一人で勝手に育った感じだしー。遺伝子的な意味での両親とかは、全然記憶にないんだー。どんな人だったかとか想像することもあったけど、どうせもう会えないんだし、興味は無いなあ」

「もう会えない?」


 知らない人間であるはずなのに、純子が会えないと断言したことを惣介は訝る。会ってもそれが親かどうかわからないという理屈ならわかるが。


「私は生まれたのは千年以上も昔なんだ。で、物心ついた時には、北欧の――ヨーロッパの北の方のどっかの寒村に飛ばされていたからねえ。流石に私の親がまだ生きているとは思えないしさあ。一応……私は人種的には日本人だと思うんだけど。いや、片方はもしかしたらあっちの人で実はハーフかも」


 千年以上前という言葉に、何かの冗談かと惣介は思ったが、話の流れや純子の表情を見た限り、冗談で言っている風にも見えない。このいろいろと規格外な人のことだから、そんなファンタジー極まりない台詞が、事実であっても不思議ではないとさえ感じる。


「そんな昔に、そんな所に日本人がいたの?」

「他人を遠い場所に強制テレポートする妖術師の力で、飛ばされたみたいなんだ。私が飛ばされたのか、それとも私の親が飛ばされたのか、それもわからないんだけど。まあ、私の出生はともかくとして。もしもね、長年離れていた顔も見たことの無い子でも、助けに来てくれるようなお父さんなら、きっと優しい人だよー。今更会いたくなんかないとか思っていたりするのかもしれないけど、命がけで君を助けにきてくれるんだから、その辺ちゃんと頭の中に入れておいた方がいいんじゃないかなあ。ま、余計なおせっかいだけどね。一応言っておこうと思ってさ」

「言われなくたって、そんくらいわかってるよ」


 あからさまにムキになって言い返す惣介。思ってみなかったほど己の語気が強かったことに恥ずかしくなり、うつむく。


「おせっかいは今に始まったことでもないしさ。でも何だか変じゃない? 俺は母さんを助けてくれと言ったけれど、それ以上のことは頼んでないのに」

「これは私の推測だけどさあ、惣介君は私のことを知っていたんだよね? で、私の研究所に来ることが何を意味するかもわかっていた。もしかしたら元々私の所に来る意志はあったけれど、迷っていたんじゃないかなーって。だからまあ、ついでだしそっちの願いもかなえてあげようかと」

「その分、俺のことを実験台にでもする? 二重に」


 自分から口にするのも躊躇われた言葉ではあったが、惣介はあえて尋ねてみる。


「代価は君の父さんに支払ってもらうし、君は気にしなくていいんだよ。何よりその方が面白いし、私にとってもメリットがあると判断して、この計画を実行しているんだからさあ。代価は私への協力で足りるよー」

「俺だけこんな人形操作で安全圏にいるってことも知らず、俺の顔も知らない父さんは俺を助けにきて、純子さんの玩具にされてしまうわけか……。助けに来たなら、だけど」


 そう考えると詐欺の片棒担ぎをしているかのようで、惣介からしてみてもあまりいい気分はしない。


「君にこの肉人形を使わせているのは、安全の確保のためだけじゃないからねー。例の作戦のためだし」

「うまくいくかな……」

「やるだけやってみる価値はあると思うんだー」


 作戦の内容はつい先程聞いた。その作戦とやらには、どう考えても純子には何のメリットも無いはずだ。それを実行しようということはつまり――


「やっぱり純子さんはいい人なんだね」


 悪人としての部分も沢山あることはわかっているが、惣介の中ではどうしてもそういう結論になってしまう。


「んー、取引をかわした相手に対してはそれなりに便宜を図るっていうのが、私のポリシーだからさあ。相手の願いも命の保障も無く実験台にしているからには、その辺ちゃんと筋を通したいだけだよ。だから持ち上げてくれなくてもいいよー」


 頬をかき、照れくさそうな面持ちになる純子を見て、惣介は勝利感にも似た気分を味わい、にんまりと笑った。

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