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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
6 顔も知らないパパと遊ぼう
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2

「おい、売春婦の息子ぉ」


 安楽市立第二小学校六年四組の昼休み時間。いつもの面々がにたにたといやらしく笑いながら、神谷惣介かみやそうすけの席の周囲を取り囲む。


「あ、娼婦とも言うのか。いろんな呼び名あるよなー」

「お前のかーちゃんがおっぱいもませたりちんぽしゃぶったりして、それで金もらう仕事して、お前は育てられてきたわけだ。何かすげーな」

「俺そんな母親の子供でなくてよかったわあ。ていうかさ、よく生きてられるね。俺なら恥ずかしくて自殺しちゃーう」

「俺もお相手してもらってきちゃおっかなー」

「きっとお前のパパも、お前のママの客の一人に違いないね。あひゃひゃひゃ」


 悪意に満ち満ちた言葉の数々に、惣介はただひたすらじっと耐えていた。それ以外に何の反応も示さない。

 うつむきもせず、席の前に立った一人を睨みつける。睨まれた同級生は、その視線に一瞬気圧されはしたが、数のうえでの優位を傘に着て、無理に意地の悪い笑みを作ってみせる。その様子を見て、惣介は軽蔑の念と共に嘲笑をこぼす。


「何がおかしいんだよ」


 嘲りの笑みを向けられたいじめっ子が、顔を真っ赤にして惣介の髪を掴んだ。

 髪を掴まれ、無理矢理顔を上向きにされたまま、冷えきった視線をぶつける惣介。狼狽して掴んでいた髪を離すそいつの肝っ玉の小ささに、再び嘲りの笑みをこぼす。

 言葉ではやしたてはするものの、彼等は肉体的な暴力に出ることは滅多になかった。暴力を振るった際に惣介が本気で切れて反撃してくると厄介だ。今は無視か無抵抗で済ませているが、惣介の中に暴力に暴力で抵抗する可能性があることを、彼等は本能的に目敏く感じ取っていた。


 いじめに参加しない児童達は、遠巻きにしてチラチラと見て見ぬふりをするか、視界に入れても最早風景の一つとして受け取っているかの、どちらかだ。後者は良心の痛みすら感じていない。

 惣介はそれらの児童を恨みも蔑みもしない。たまたま運悪く自分がこういう立場になっただけという事を理解していたからだ。別の子が今の自分と同じ立場になったとしたら、絶対自分も傍観者の一人と成り果てる。それだけは確信できる。

 この小さく狭い世界の中の、誰も彼もが卑怯者であり、つまらない存在であると惣介は受け取り、己を含めて全てを嘲っていた。


 だが一人だけ、本気で憎悪と怒りを向ける人物がいる。自分をこういう境遇に追いやった張本人。自分をこんなつまらない世界へとひり出してくれた(この表現はいじめっ子達から習った)張本人。惣介の小さな世界の全ての罪を背負うべき者。その人物だけは絶対に許せない。

 その恨みと怒りと憎しみは、毎日存分にぶつけている。今味わっている苦痛も、帰ったらまとめて全てぶつけることを考え、惣介は瞳に暗い輝きを宿す。


 いじめっ子達が飽きて外に遊びに行ってから、惣介はネットを開く。

 最近見つけた、雪岡研究所という名のサイト。雪岡純子という名のマッドサイエンティストの実験台として自らを差し出す代わりに、願いをかなえてくれるという説明文。

 匿名掲示板やいじめに関するブログ等でも、頻繁にその名は見かける。いじめられっ子がここで力を手に入れ、法の裁きを受けることも無い方法で復讐を果たしたともっぱらの噂だ。


 惣介は単純な暴力での仕返しなど考えていない。こうなることになった人物への恨みを晴らそうとも思っていない。

 だがこのままでいいとも思わない。自分をいじめる児童達に、自分と同じ想いを味あわせたい。そう考えていた。

 だが嘘か真かもわからず、本当だとしたら人体実験に付き合わされるという、雪岡研究所という得体の知れない場所に足を運ぶには、気持ちが弱すぎる。まだ躊躇う。もっと苦しみを貯めれば、そのうち足を運ぶかもしれないと、漠然と考えていた。


***


 米中大戦によって日中の国交は断たれたが、相変わらず日本国内には多くの中国の工作員が潜伏している。

 国内に潜伏する中国人工作員の特定はそう難しくはない。とりあえず町会費を払わずゴミの分別をせず臭気が漂っている家は、怪しい対象だ。そんな彼等が同時期に特定の場所に集まれば、ほぼ確実と言える。

 彼等の活動は様々だが、常に諜報活動ばかり行っているわけでもない。一箇所に集まり、頻繁に定期訓練なども行う。また、中国本国から日本国内へと落ち延びたマフィア等の犯罪者の掃討も、重要な任務だ。

 日本政府も、裏通りの『中枢』も、彼等の存在を知りつつも、重要機密情報に手を伸ばしたり不正送金が発覚したりしない限り、泳がせている状態だ。マフィア関連の対処が主な理由だが、彼等を泳がせている事によるメリットも有る。


 王秀蘭の部隊――コードネーム『煉瓦』は日本国内に潜む工作員チームの中でも、わりと高い成果をあげている優秀なチームだった。他の幾つものチームが失敗しているようなミッションも、数多くこなしている。

 そして日本国政府や中枢からマークされつつも、尻尾を見せていない。他の工作員部隊の多くが、民間人にすらばれてしまうほどお粗末なものであるがために、相対的に秀蘭の部隊の優秀さは際立っていた。


 訓練場に改造して、防音設備を整えた都心の安い雑居ビルの1フロア。ほぼ毎日彼等はそこに集まり鍛錬に励んでいた。

 射撃や格闘訓練は言うに及ばず、気孔の達人である秀蘭より気孔の訓練を施されているがために、煉瓦の隊員は全員が気孔の使い手である。

 技量の差はピンからキリまでいるが、通常の軍人とは比較にならないほど優秀だ。


「せーいッ!」

「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

「はああああああっ!」


 気合いに満ちた声を出し合い、部隊名にもなっている煉瓦を手刀で割ったり、撒藁に拳を叩き込んだりと、訓練に励む工作員達。


「はいはーい、劉君。必要以上に力みすぎ。もう少しリラックスな」


 と、そこに気合いの欠片もない弛みきった声をかける男が一人。

 ドリームバンドを被った、四十代後半くらいの無精髭の目立つ中肉中背の男である。他の隊員が兵士としての服装で訓練に臨む中、彼だけはセーターにジーンズというラフな私服姿だ。

 ゲームをする一方で、同時に現実の風景もしっかりと見て兵士達に指示を送るという離れ業を行うこの男、名は李磊リーレイといい、煉瓦の副隊長であった。


「李、ゲームしながら指導はやめなさいと言っているでしょう」


 それを見咎め、やんわりとした口調で注意する秀蘭。

 歳は二十代後半と思われる。顔立ちはよく見ずとも十分美人の範疇に入るのだが、頭髪は無造作に切ったとしか思えない数センチ程度のベリーショートで、化粧も全くしていない。女であることを一切捨てて、一兵士として己を自国に捧げていることが、一目でわかる外見だ。


「いやー、ちょっと今張り込み中で。仲間と一緒だから抜けられないし。ま、俺はこのままでも問題無いし、俺にとっちゃこれも修練になってるんで」


 李の言葉に、秀蘭は諦めたように息を吐く。この男のたるんだ言動に、最初の頃は腹が立つこともあったが、すぐにその力を認めて信頼するに至り、大目に見るようになった。


「休憩にします」


 秀蘭の一声に応じて、工作員達は一斉に秀蘭の方を向いて一礼した後、その場に座って雑談したり、飲み物を取りに行ったり、李同様にゲームを始めたりと、それぞれの休憩に入る。


「平和っスねー。もう半年以上もこれといった仕事がないし」


 工作員の一人、張強チャンジァンという男が爽やかな笑顔で秀蘭に声をかける。茶色に染めた短髪の、気のよさそうな青年だ。工作員達の中では特に秀でた実力の持ち主で、わりと機転も利くために秀蘭や李から目をかけられていた。李に至っては、天賦の才の持ち主とまで断言したほどだ。

 ただ、調子に乗りすぎる悪い癖があって、失敗が多い問題児でもある。


「平和で結構じゃないか。退屈か?」


 応えたのは李だった。ドリームバンドを外し、代わりに眼鏡をかける。


「張り合いがないとは思ってますねえ。自分は日本に工作員として配属されると聞いて、わくわくしていたのに、結局は本国同様に訓練に明け暮れるだけの日々ですし」

「スパイ映画のような毎日でも期待していたのですか? まあ、この国に潜む工作員の数が多すぎて、仕事の量が分割されて、一つの部隊あたりに回ってくる仕事が少ない感じですね」


 張の不満は秀蘭にも理解できたが、秀蘭からすれば李と同意見だった。

 煉瓦に回ってくる仕事は、それなりにハードな内容に限られる。優秀な部隊であるが故に自然とそうなる。

 そんな仕事が頻繁に回ってくるわけもないし、回ってきてほしくもない。

 犠牲が出ないように日々鍛錬に励んでいるが、一番いいのは指令が回ってこない事だと、李もいつも口にしている。生真面目な秀蘭はそれを口にすることはなかったが、同じ気持ちであった。気のはやる兵士達には悪いが、指令が無ければ任務で死ぬこともないのだから。

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