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真と美香が正美と交戦していた頃、純子と夏子はホテルの最上階の展望台にてくつろいでいた。
「馬鹿面の餓鬼が、車道に飛び出した~♪ アクセル全開、社会に貢献だ~♪ Uターンしよう♪ 泣き喚く馬鹿親も♪ 餓鬼の元に御一緒に♪ 今日も公徳積んだ俺は社会の模範生ぃ♪」
ヘッドホンをつけた純子がノリノリで頭を振りながら、聴いている歌を口ずさむ。
(メギドボールね。確か最期にメンバー全員が、観客も巻き添えに自殺ライブしたっていうバンド……)
名前と一部の曲の歌詞だけは夏子も知っていた。純子の趣味の悪さに、流石に呆れを禁じえない。
突然、続け様に爆発音が響いた。ホテルの中ではない。外でだ。
夏子が窓の外を見る。夜なのではっきりとは見え難いが、それでも東京ディックランド内の施設の多くが爆破されていくのが見えた。火の手もあがっている。
「ちょっと純子姉ちゃん、見て!」
血相を変えた夏子が、純子のヘッドホンをむしりとり、手を引っ張って強引に窓の側へと連れて行く。
「純子姉ちゃん、これって……」
「あははっ、こうきたかー」
窓の外を見ながら蒼白になっている夏子の隣で、純子は楽しそうに笑う。
「おやおやおや、雪岡さん達もこちらにおられましたか」
と、そこにタイミングよく毅と青島がやってくる。二人共口元に薄ら笑いを浮かべ、瞳に悪意に満ちた光を宿らせていた。
「中々やるじゃなーい。まさかこんな手を使ってくるとは思わなかったよー」
振り返り、屈託の無い微笑みを浮かべての純子の第一声は、称賛だった。本気で感心しているように夏子には見えた。
毅はここ数日の間に、手下を使って東京ディックランド中に爆弾を仕掛けさせていた。
建造物を片っ端から爆破させて、どこかに潜んでいる盲霊師の結界の破壊を目論んで。
潜んでいるおおよその場所の検討はついていたが、確証も無かったし、片っ端から破壊することで結界の再構築などをさせて、再び隠れなくする狙いもあった。
「何のことでしょう? 自分達は全く心当たりがありませんが? いやはや、全く恐ろしいことになりましたねえ。きっとこの遊園地を快く思わなかったPTAの過激派の仕業でしょう。そうに違いありません。PTAの連中は東京ディックランドをずっと、下品だ下品だと目の敵にしていましたから」
「あははは、最近のPTAってこんなことまでするんだー、怖いねえ」
ぬけぬけと言う毅に、純子がおかしそうに笑う。
(こんな大胆な子だとは思わなかったなー。それは評価するよ。でもねえ……こんな素敵な遊園地を壊すのはもったいないと思わないのかなー。再建するようなら寄付金いっぱい出しておくかなあ)
感心し、称賛する一方で、価値あるものを壊すのはよろしくないと考える純子からすると、毅のやったことを完全に認めているわけでも無かった。この遊園地自体を気に入った矢先にこんなことになったのは、残念に思う。
「じゃあ、青島さん。後は任せた」
わざと純子達に聞かせるかのように毅。部下に何を命じたのかはわからないが、組織のナンバー2である青島に何かをさせるということを、あえて純子と夏子に教えている。
(普通に考えれば、力霊の確保と、瞬一君と幸子ちゃんの始末へ出向くって事だろうけれどねえ。つまり、自分達が仕上げをするっていうアピールってことかなー)
もし彼等が力霊を確保した場合は、純子といえども彼等の思惑には従うことになる。すでにそういう取り決めであるし、それを反故にしたとあっては、裏通りにおける信義を失ってしまう。
「何度も言ってるでしょう? 部下にさんづけはいけませんよ」
不敵な笑みを浮かべて恭しく一礼すると、青島はエレベーターへと向かった。
「私も失礼します。部下に命じて、犯人であるPTAの過激派を捕まえてきますよ。まだその辺にいるでしょうし」
思わせぶりな口調で告げると、青島を模したかのように恭しく頭を垂れ、毅もその場を後にする。
純子は無言かつ笑顔のまま軽く手を振るだけでそれを見送った。夏子は何のリアクションも無い。
「むー……こんなことして中枢が黙っているものかしら」
夏子が呻く。
裏通りの組織が、表通りに多大な影響を与えるような行為を行うと、中枢からも警察組織からも咎められる対象となる。遊園地爆破して一般人を大量虐殺するようなテロ紛いの行為が、看過されるとはとても思えない。
だが彼等とてそれはわかっているはずだ。それが夏子には不思議だった。
「PTAの仕業って言ってたじゃない。つまりねえ、すでに犯人が準備されているって言っているんだよ、あれは。かなり強引だけれど、もし日戯威が盲霊師と力霊を抑えて私と専属契約を結ぶとなったら、私というバックをつけた組織ってことで、中枢でも迂闊に手を出せないし、肝心の現場に私も一緒にいたってことで、余計に突っ込みづらくなっちゃうんだねえ、これが。他の誰かに罪を被せる準備ができていたとしたら、中枢もそれで済ましちゃう可能性濃厚になるだろうしね」
純子の解説で夏子も納得した。それと同時に、そこまで計算したうえでこんな大胆なことをしでかした毅と、それをあっさり見破っている純子の両者に対して、舌を巻く。
「あの子、ちょっと見直したよ。でもねえ、私の好みじゃないやり方だし、こんなことする人と専属契約なんて真っ平御免かな」
夏子の気を紛らわすかのように言って、純子は笑ってみせる。純子の言わんとしていることを読み取り、夏子もつられて笑みをこぼした。
***
意識を失っていた時間はさほど長いわけでもない――意識を取り戻して、体感時計を働かして、真は即座にそう判断する。
周囲は埃と煙がもうもうとたちこめている。丸々としていた尻の幾つかが爆破によって、原型を留めないほど無残に破壊されており、幾つかは炎上していた。
全身が痛むものの、爆風によるダメージは大したものではない。行動にも支障は無いことに安堵する。銃を構え、正美の姿を探す。
尻の多くが破壊されているために、先程に比べればお尻畑の中の移動が楽になっている。破壊されていない尻と破壊された尻の間を抜けて、お尻畑の出入り口の方へと向かう。
大して長い時間でもないとはいえ、気絶して明らかに隙を見せていた自分を放置するということは、相手も爆風に巻き込まれている可能性が高いと、真は見なした。
正美はお尻畑の入り口にいた。爆風をくらった様子もない。倒壊した、お尻畑の入り口の建物の下敷きになっている係員を助け出そうとしている。
「ちょっと休戦しない? してほしい。せめてここいらの人、助けるだけでもいいから。応じてくれたら感謝しちゃう」
真の存在に気付いて、下敷きになっている係員を引っ張り出そうとしていた正美が顔をあげ、声をかけてくる。
(こいつはどう見ても騙し討ちとかするタイプじゃないしな。信じてもよさそうだ)
真は無言のまま銃を懐に収め、正美の横へ行くと、係員を押し潰している建物の破片を持ち上げ、取り除きにかかる。それを見て正美は一瞬口元に笑みをこぼしたが、すぐに怒りに眉を寄せる。
「これって誰の仕業? 純子? ていうか何のため? わけわかんない。こんなところテロの標的にして得する人とかいるの? 信じらんない。誰の仕業だかわかる? ねえ、わかったら教えて」
正美に言われ、真は周囲を見渡して現状を知った。爆破されているのはここだけではなく、遊園地中の建物を片っ端にだ。今なおあちこちで爆発が起こり、外人客が映画さながらのパニック状態で叫び喚きながら逃げ惑っている。
(雪岡の仕業か? あいつならこれくらいのことをやっても不思議じゃないが……いや、違うな)
純子の性格を考えると、自分が価値あると認めたものは壊そうとはしない。この遊園地のアトラクションを楽しみまくっていた純子が、自らの手でそれを破壊するとは考えにくい。それ以前に、純子が爆弾を設置しているような様子はなかった。
「お前の雇い主だろうな。結界を破壊して盲霊師を外へと追いやるために。雪岡が爆弾なんか仕掛けている余裕は無かったし、瞬一らがこんなことするとは思えない」
「最悪。そんな奴に雇われてる自分に頭きちゃう。でも一度引き受けた仕事をそんな理由でキャンセルすることもできないからさらに最悪。何かすっごく嫌な気分。すごくムカつく。ねね、この気分どうしてくれるの? どうしたらいい? 誰か教えて欲しい」
ぶつくさ言いながら、建物の下から引きずり出した人を解放しにかかる正美。
「あそこにも女の子が下敷きになっているが、助けるか?」
真の指した方に、飲食店の建物の柱の下敷きになっている金髪の少女の姿があった。正美が助けなくても真が助けるつもりでいたが、一応反応を伺っておく。
「当たり前でしょ。何言ってるの? そんなことわざわざ聞く意味がわかんない。全部の人を助けるってわけにはいかないけど、目についた人を助けないわけにもいかないじゃない。見捨てたりしたら嫌な夢見ちゃうし。それもあんな小さな子、放っておけるわけないよ」
正美が立ち上がり、柱の下敷きになっている少女の方へと向かった。真もその後に続く。
名物巨大アトラクション、スペル・マウンテンのてっぺんが爆発し、粉々になった発泡スチロールが夜空に大量に撒き散らされ、さながら雪のように舞い舞った。
「おーう、びゅーてぃふぉー」
母親に手を繋がれ走っていた幼女が、それを見て足を思わず止め、満面に笑みを湛えて呟く。
「きゃーさりぃぃぃん!」
立ち止まった娘を母親が叱責した直後、親子のすぐ近くで爆発が起こった。
「ま……まむ……」
真っ黒になって吹き飛んだ幼女が顔を上げて、母親の姿を確認しようとしたが、しっかりと繋いだままの母の腕の先が無くなっていたのを見てから、幼女の体から力が抜け、首をかしげ、その意識は永遠に途絶えた。
「まいっさぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁん」
そのすぐ近くで、首から上を失った我が子を抱きしめ、天を仰いで慟哭する黒人男性。そこに爆風によって吹き飛んできたウレタン製のカラフルな巻き糞玩具が大量に降り注ぎ、男性の顔の上に乗った。
そこかしこで地獄のような光景が見受けられた。無差別爆破の現場に居合わせるなど真も初めての体験だが、最悪の気分である。
正美が柱の下敷きになっている外人少女を助けようとするが、柱がかなり巨大で、少女の足を押し潰しているために、そのまま少女を引っ張るわけにもいかず、まず柱をどうにしかしないとならなかった。
「アリガトウ」
片言で礼を述べ、微笑む少女。年齢は10歳前後くらいだろうか。真っ白な肌と淡い金髪の、人形のようなという表現がぴったりくるような愛らしい容姿の少女だった。ディックランドの名物キャラ、白液姫のコスプレをしている。
「日本語少しだケ喋レルます。私。パパママ日本大好キだかラ教えてモらイマしタ」
「パパとママはフェアーイズ? どこにいるのってこの英語でよかったよね? ねね、これで通じるよね?」
問う正美の横に棒を拾ってきた真がやってきて、柱の下へと差しこみ、テコの原理で柱を持ち上げようとする。
「パパママココニイナイません。ドコデスカ? 会イタイ」
少女の大きな青い瞳が潤み、涙が溢れ出す。
「はぐれてしまったのか。よし、引っ張れ」
「うん、引っ張るよ。ていうか引っ張るって英語もわかんないし、ちゃんと勉強……」
柱が少しだけ浮いたので、正美は喋りながら少女の両脇を掴んで一気に引っ張りだし、言葉を失った。少女の両足が、骨折して無惨な有様になっているのを目の当たりにしたからだ。
正美の顔が怒りに歪む。歯軋りの音が真の耳にまで届く。真も表面上にこそ出さないものの、頭の中で正美と同じように、己の顔と怒りに身を震わす自分を思い浮かべていた。




