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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
5 世界一下品な遊園地で遊ぼう
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21

 花山京は引きこもってわずか一ヶ月で、引きこもったことに罪悪感を覚えるあまり、自殺を考えるようになった。


 ネットで自殺者が集うサイトを巡りながら、絶望の傍ら、自分の命を世の中に役立てることができないものかという気持ちも芽生えていった。そんな折見つけたのが、雪岡研究所のサイトであった。

 怪しさ全開のその場所に強く惹かれ、自暴自棄と好奇心が重なり、その場へと足を赴き、京はそこで不思議な少女と出会う。


「君が引きこもるのが悪いことだなんて、誰が決めたのぉ?」


 常に明るい微笑みを称えたその可愛らしい女の子は、京にとって一生忘れられそうに無いくらい衝撃的な言葉を口にした。


「世の中には普通の人だけがいるわけじゃない。その普通から外れる人だって絶対に現れるように、世界は出来ているんだよー? でもね、普通とか平凡っていう名のレールから外れることは別に悪いことじゃないし、そういう運命を背負った人は、そういう人にしか出来ない重大な使命を背負っているものだからね。まさに君がそうなんだし、悲観して引け目に思うことなんて全然無いからねー」


 衝撃的ではあったが、その時はそれを素直には受け入れられなかった。ニートとなったうえに、引きこもって家からも出ようとしないような自分なんかが、自分にしかできない特別なものなどあるはずがないと。


「社会を拒絶するのは、単純に普通では満足しきれないからってケースも多いんだよね。エネルギーが有り余っていて、収まりきらないの。私はそういう人達もいっぱい見てきたし、大体一目でそれがわかっちゃうんだ」

「いや、俺は単純に内定決まらないこと責められてへこんで、それでおかしくなっただけだしさ……」

「経緯はどうあれ、私は君の中にそういう輝きを感じるよ。君は社会を拒絶した。労働を拒絶した。それは君の中に、ある力が働いているからに他ならないんだよ。私はそれを労働拒否力と呼んでいるけれどねえ。それは一般社会を拒絶してしまう弊害もあるけれど、大きなエネルギーを生み出す元でもあるんだ」


 話が現実離れしてきたように感じられ、少し引き気味になる京。しかしどうしてか、その赤い瞳で見つめられていると、少女の言葉を一笑に付すことがどうしてもできない。嘘をついているようにも思えず、電波を受信しておかしくなっている者とも思えない。


「んで、その労働拒絶力は貯めれば貯め込むほど強い力となって、いざ解放した時に物凄い爆発力を生み出すんだよ。私はその利用法を研究して」

「え? 労働拒否力じゃなかったの?」

「んー? えーと……いや、二通り呼び名あるんだよ。意味はどっちも同じだしー。うん。で、君のその力を物質的なパワーとして還元することも、私に可能なんだ。君が望むならその力を授けてあげてもいいよぉ。その力を得れば、君は新しい命を――生き方を得ることもできるんだー。自殺なんてする必要は無くなるよ?」

「新しい生き方って……」

「きっと君も納得して気に入る生き方だよー。もし万が一こんなの嫌だって言うのなら、無理強いもしないから安心してねー」


 真紅の瞳の美少女の言葉は、怪しくも魅力的な響きがあった。現実離れした電波チックな内容の話であるにも関わらず、京はどんどん引き込まれている自分に気付いた。

 数時間後、花山京は金属製の茶色いヘルメットと肩パットを身につけ、焦げ茶色の全身タイツを着ていた。


「うおおおおっ! 何かすごく力が沸いてくるッ!」


 全身に力が漲り、最高にハイな気分になって京は叫ぶ。今までの欝な気分も綺麗さっばりとどこかへ吹き飛んでしまった。


「その力こそが、君の中で貯め込んだ労働拒否力なんだ。私が作ったそのスーツは、君の中で蓄えられた労働拒絶力を、物質的な正義のパワーとして還元できるんだよー」


 嬉しそうな笑顔で純子が解説した。


「何で私がこんなスーツを作ったかっていうと、私の家族が悪い人達に(中略)というわけで、正義の戦士の素質がある人が来るのを、私はずっと待っていたんだ」

「そうだったのか……。それで、俺は何をすればいい?」

「そのまま働かずに引きこもって、労働拒否力を貯めておいてほしいの。で、私が悪い人達を見つけたら呼び出すから、その時にスーツを着て悪い人達をやっつけてほしいの」


 純子の頼みを、京は喜んで引き受けた。翌日より京は、それまでとは異なり信念を持って働くことを拒み、引きこもり続ける日々を送るようになった。

 そう、全ては正義のために。選ばれた者として、正義の戦士ファイナルニートとしての力の源である、労働拒否力を貯めるために。いつか戦う時がくる、その日のために。


***


『なっちゃんのお父ちゃんのいい所はね、真面目な所なんだよー。だからなっちゃんにもつい厳しくあたっちゃうこともあるけれど、それもなっちゃんを大事に想っているからなんだ』


 夏子が十一歳の頃、父親に叱られたことで純子に泣きついた際、純子は夏子の頭を撫でながら優しくそう諭した。


『私がなっちゃんのお父さんを仕事のお得意先として選んでいるのは、真面目だからなの。お客さんのためを考えてしっかりと仕事してくれて、約束を守ってくれること。これが一番の理由ね。そういう人だと、とても安心して仕事を頼めるし、御贔屓にしたくなっちゃうでしょー?』


 純子の言葉は夏子の胸に刻まれ、その後の夏子の人格及び人生に大きな影響を与えた。父親が死んだ際にも、ごく当然のように溜息中毒の頭を引き継ぎ、父親同様に誠実な仕事を行う犯罪組織を心がけた。

 にもかかわらず、日戯威は溜息中毒に濡れ衣と汚名を着せ、裏通りでの信用を台無しにしようとしている。夏子は日戯威に対して腸が煮えくり返る想いだった。


 その日戯威のボスによって呼び出され、夏子は不審と危険を覚えながらも、一人でそれに応じた。何とかして自分の手で赤木毅の弱みを掴みたい。自分だけ純子に保護されているような格好なのは、耐え難い。


 毅が指定した場所はホテル最上階の展望台だった。

 毅の個室に呼ばれるとあれば警戒も増したが、展望台ロビーでならと安心していたが、甘かった。普段は夜でも人の姿が見受けられる場所だが、夏子が赴いた際には全く人の気配が無かったのだ。おそらく日戯威の者達によって締め出されているのだろうと察する。


「いやー、よくおいでくださいました」

 ニコニコと営業用スマイルを張りつかせて出迎える毅。


「御用は手短にお願いします」


 本当は長話をして、弱みを握りたいと考えていたが、二人きりというシチュエーションがどうにもぞっとしない。


「あまり長い時間、貴方と二人っきりというのもぞっとしないので」

 毅の暴力性への揶揄を込めての台詞だった。


「まあまあ。私としては貴女と喧嘩しても何のメリットも無いのです。むしろ仲良くしたいわけでして」


 その言葉には嘘は無かった。夏子にもわかる。毅としてみれば夏子を懐柔できるのであれば、そうした方が好都合だ。もしそれが可能ならば、純子も動きにくくなるだろう。もちろん夏子からしてみれば、懐柔される気はさらさら無いが。


「雪岡さんも貴女も我々に好意を抱いておらず、御不満な点が多いのは察しますが、ぎくしゃくせずにスムーズに話を進めたいのです」

「今のところはスムーズなのでは?」


 スムーズであろうはずがない。今さっきも純子につつかれた所だ。それを知っての皮肉なのかどうか、毅には判別できなかったが、どちらにせよいい気分はしない。


「ええ、スムーズですね。あくまで今のところは、ね」


 思わせぶりな口調で言うと、毅は手近にあるソファーに腰を下ろした。目の前の椅子に座るよう手振りで促されたが、夏子は座らなかった。


「ぶっちゃけ、もし仮に我々の盲霊師捕獲と力霊の壷奪還が失敗に終われば、貴女がたは我々を裏切るであろうことも、予測済みです」

 得意気な顔で毅は言う。


「まさにそこが分水嶺ですよ。我々が信頼の証を立てれば、貴女がたは我々と仲良くせざるをえない。けれどもそれって哀しい話だとは思いませんか? 何故こうも信じてもらえないのか? 雪岡嬢は上辺だけは友好的に振舞っているが、わざわざマウスを投入してうちの者を殺害するという行為にまで及んでいる」

「そこまでぶっちゃけるのでしたら、理由を聞くまでもないでしょう」


 回りくどく、芝居がかった毅の物言いに苛立ちを覚え、それを隠しもせずに夏子か言い返す。


「私にどうしろと? 雪岡氏を説得でもしろと?」

「私と貴女は同じなのですよ」


 夏子の問いに、毅は真顔になって脈絡の無い言葉を口にした。


「貴女も私も、親から受け継いだ組織を背負う立場だ。だから私は貴女の気持ちがよーくわかる」

「御冗談を。私の気持ちがわかるのでしたら、しつこく合併の話を持ちかけてきたり、誹謗中傷の噂を流したり、あげく襲撃したりするはずがないでしょう?」

「わかるからこそ、そうしたんだ。俺はそれを知っていたからこそ、あんたとあんたの組織が余計に欲しかった」


 毅の口調が変わった。慇懃無礼な若者の仮面を剥ぎ取り、素の自分をさらけ出した。


「最初はただ合併したかっただけだ。でもな、いくら雪岡純子との専属契約というネームバリューがあっても、たかだか五人程度の組織を欲するのに、そんな執念と労力をかけるはずもない。俺が欲しかったのはもっと別なもんだ。あんたの組織を調べ、あんたがどういう立場の人間かを知ったからこそ――」

「それが本当だとして、個人のそんな感情で組織を合併しようなんて考える方が有り得ません」


 冷たく硬質な声でもって、毅の言葉を遮る夏子。


「私は父より受け継いだ組織を守るため、こうして組織の長をしています。でも貴方は受け継いだ組織を自分の野心の足がかり程度にしか思っていないのでは?」

「そんなことはない!」


 激昂して立ち上がる毅に、夏子は少し面食らった。本気で怒っているようだった。どこかで彼のスイッチを入れたようだ。

 罪悪感を覚えそうになったが、目の前にいるのは敵だと己に言い聞かせ、より相手の神経を逆撫でする言葉を考える。この辺りから、毅の弱みを何か得られるかもしれないと計算した。


「それとも、ただ組織を譲り受けただけの無能な二代目となるのが怖くて、がむしゃらにというわけですか?」

「それは図星だよ。ああ、その通りですよ」


 挑発気味な夏子の言葉を、苦しげな表情になってあっさりと肯定する毅。そんな毅のリアクションを見て、夏子はもどかしさを感じていた。

 おかしな話だが、仮面を捨て去り感情を露にした毅の方が扱いにくい。自分より年下の子供を見ているかのような錯覚を覚える。まるで瞬一を相手にしているかのような。

 それを利用してやろうと考えても、相手が真剣だからこそ、相手の脆い部分に触れることにためらいが生じてしまっている。


(弱みを掴もうとして、相手がその弱みを今まさに見せているってのに……)


 歯噛みする夏子。悪人になりきることができない自分。人一人を破滅させようという覚悟を持つことができない自分がそこにいることを、否が応でも見せ付けられてしまう。


「だからだよ。あんたならわかるんじゃないかと思って、そういう人間がパートナーだったらいいと、勝手に期待を膨らませていたのさ。馬鹿だろう?」

「だったら……」


 夏子が毅を睨みつける。


「初めからそう言ってくれれば、私だって多少は考えましたが! 今更そんなことを言うのは、後付けのでまかせとしか思えませんね!」

「でまかせでこんな泣き言を言うか!」


 互いに怒鳴りあい、睨みあう。しばらくそのまま睨みあい、無言であったが、毅が不意に相好を崩した。


「恥ずかしいところをお見せしましたね……。だが偽らざる私の本音です」


 芝居がかった喋り方に戻る毅を見て、夏子も小さく息を吐いて表情を緩ませた。


「互いに収穫が無かったようですね?」


 皮肉を込めて夏子は言う。毅にどういう意図があったのかは最初から察している。扱いやすいと思った自分を狙ってきたのだろう。一方で夏子の方は毅の本心を掴みながらも、それを扱うことができない状態だ。


「そうですか? 貴女にしてみれば収穫はあったはずだ。貴女がもっと悪女なら、私をどうとでもできたかもしれない。もっとも私はもう女なんて懲り懲りですし、そういうのは求めませんから、色仕掛けは通用しませんけれどね」

「男をたぶらかすような器量があるのなら、私は裏通りの組織のボスなんてしてなかったかもしれませんね」


 冗談めかして言い、夏子は立ち上がった。これ以上話しても収穫があるとは思えない。

 立ち去る夏子を、毅は笑顔を張り付かせたまま見送った。


「見た目に反して頑固な人だな。でも組織の頭を張るにしては優しすぎる」


 苦笑いを浮かべて呟く。毅からしても収穫は乏しい。だが無かったわけではない。夏子がどういう人間なのか、少しだけわかった。ただそれだけであったし、そのデータを後に活かせるかどうかは、現時点では計り知れないが。

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