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月那瞬一が姉である始末屋の月那美香とつるみ、東京ディックランドを訪れている事は、昼間の交戦の時点で報告を受けていた。
毅は監視の目を強化し、発見したらチーム二つの計十人で包囲した後、始末するようにと命じてあった。
そして今、最上階展望台にて青島と正美と構成員数名と共にたむろしていた毅に、再び瞬一達を発見したという報告があった。しかし正義のヒーローのコスプレをした何者かが救援に入り、構成員八人を殺傷して、瞬一と美香は見失ったとのことである。
「はーあ……。次から次へとわけのわからないのが出てきて鬱陶しいな」
頭をかきながら、毅は大きく溜息をつく。
「そろそろ出番? 私行った方がいいんじゃない? いい加減待ちくたびれちゃったよ」
椅子に腰掛け、組んだ足をぷらぷらと弄び、正美がつまらなさそうに唇を尖らせる。
「ああ、頼みます。正義のヒーローとやらも月那兄弟も処分してくれていいので」
「ねね、その正義のヒーローの正体、あんた気づいてる? 気づいてない? 気づいてて知らない振り決め込む? その辺教えて。あんたのスタンスで私もスタンス変える。だから教えて」
「知らない振りを決め込むに……しておくかな」
「わかった。じゃ私もそれに合わすからね。心配しなくていいよ? じゃあね。行ってきます」
正美の問いがわりと鋭い所を突いてきたので、毅は舌を巻いていた。一見愚物に見えるが、それは口ぶりだけで、実際はそうではないようだ。流石はベテランの始末屋だと見直す。
(つまりこいつも気付いているわけだ。なるほど。雪岡のマウスを何人も屠ったという話は伊達じゃないな)
展望台を後にする正美の後姿を見やりながら、満足げな笑みを浮かべる毅。
と、その正美の横をすれ違って、入れ違いの形で純子が現れ、毅の前へとやって来た。
「おやおや、雪岡さん、何の御用でしょうか?」
「んー、美香ちゃんと瞬一君とまた交戦したって聞いてねえ。しかも取り逃がしたって。これで二度目じゃない?」
無邪気な笑顔で口にした言葉は、単純な嫌味のようにも聞こえたし、何か企みがある流れのようにも聞こえる。
「ええ、ええ。ま~ったく情けない話ですよ。しかも正義のヒーローとかわけのわからないものまで、出てきてしまってね。そういえば雪岡さんも、実験台となるマウスをよく正義のヒーローにしたてあげるとか聞きましたが」
(ここでそれをいきなりぶつけますか?)
傍で聞いていた青島がにやける。ストレートすぎて逆におかしかった。
「うん。私特撮モノが大好きだからねー。リアルな正義の味方とか作るのが趣味なんだ。私にはそれができる力もあるし、自ら望んで力を欲して私の実験台になってくれる人達もいるからねえ」
先程まで正美が座っていた椅子に腰を下ろして、淀みなく答える純子。
「ほおほお。で、今暴れているヒーローは何なのでしょう? 心当たりがありますか?」
「んー、さっぱりないよー」
笑顔を崩すことなくあっさり答える純子。
「そーですかー。貴女以外にもあんなものを作る人がいて、しかもどういうわけか我々の敵に回っているというわけですかー。な~るほどなるほどー」
こちらも笑いながら、白々しい口調で毅。
「そいつがね~、流石に正義のヒーローだけあって強くってねえ。うちの者では全くかなわなくって困っていた所です。うちはね、数はともかく質がアレでしてね。図々しい話かもしれませんが、雪岡さんもこうしておいでになっておられることですしぃ、殺人人形と名高い相沢真君の力でも、お貸し願えませんかあ?」
「正美ちゃんがいれば平気だと思うよー。それにさ、真君は君らのこと不快に思っているようだから、力は貸さないと思うなあ。私も無理強いするつもりないしー」
「ほほお! うちらが嫌われるようなことを何かしましたかね? 全、然、心当たりがありませんけどねえ。ところで、何の御用でしたっけ?」
「話がやっと最初に戻ったねー。瞬一君達を何度も取り逃がし、盲霊師も逃がしている件で焦っているんじゃないかなーと思ってさあ。ぶっちゃけ私、あんまり使えない組織と組むのは避けたいんだよねぇ。私と契約結ぶっていうだけでステータスになるし、その組織や個人は優秀な証と見られるわけだー。で、無能な組織と組んでいるとなると――まあ、私はそれでもいいんだけれど、他に契約している人達に悪いなーと思うんだよぉ。あんなのと同列にされちゃたまらないって、不愉快に思いそうだしさあ」
それまでのらりくらりと化かしあいを楽しんでいた毅だったが、純子の放った強烈な毒に、完全に言葉を失ってしまう。
「いや、別に私は不愉快じゃないんだよ。下手な子に上手にやれとか、そういう無理強いはよくないって思っているしさー。でもねえ、私だけの好みや都合で許容できないことなんだー、これって。わかってくれるよねえ?」
「いやー、わかります。実に耳が痛い話です。しかし! 今しばし時間をいただきたい」
オーバーアクションを交えて、自信に満ちた笑みを満面に広げる毅を見て、純子は一瞬だが笑みを消した。
毅の言葉に虚勢は無いと、純子も見抜いた。毅には、その自信に裏付けられた切り札が何かあるのだと。
「ま、時間制限を設けるつもりはないし。策があるのなら安心していいのかな?」
「ええ、御安心を。そして御期待を」
「どういう策か聞くのは無粋?」
「敵を騙すにはまず味方からという、素晴らしい言葉がありますでしょう? そしてお楽しみの一つとして知らずにおくのも、興の一つではないかと」
「楽しみにしていいんだね? もし期待外れだったら、どうしてあげよっかなあ~」
思わせぶりに言って、純子が立ち上がる。
「その時は契約解除も甘んじて受けますよ」
「んー、それだけで済ますつもり? 私の研究の協力として、実験台になるくらいはしてもらわないとねえ」
「……それでも結構!」
一瞬躊躇って間を空けた毅であったが、笑顔で力強い声でもって応じた。
「んじゃあ、楽しみにしてるよー。頑張ってねえ」
純子が去った後も、毅は営業用スマイルを張り付かせたままだった。ただ、拳だけをきつく握り締めている。
(あの超大物のろくでなしを手玉にとってやる。俺はどんな化け物みたいな相手だろうと負けない男になってやる。俺自身が化け物扱いされるような、そんな男になるために)
毅の中で闘志が燃えさかっていた。裏通りでも生ける伝説の一人である雪岡純子との接触および契約も、自分がそれに勝るとも劣らない大物になるための踏み台でしかない。そのために考えられる手は全て尽くしてある。
「中々互いにボロを出しませんな」
青島に声をかけられたことにより、毅は気分を落ち着かせる。
「こちらの仕掛けにも食いついてこないしなー。でも別の所から切り崩しができるかもしれないぞ」
純子は無理でも、純子の周囲の人物は別だと毅は見なしていた。差し当たって一番危険度が低く、切り崩しやすいのは――
「まあそれは置いといて、盲霊師――杜風幸子は、間違いなく結界の中に身を潜めている。妖術師の十八番である結界内部を亜空間化する術を用いられたら、超常の力を持たないパンピーには手出しできないと、考えて諦めてしまいそうになるよな? 普通なら」
不敵な笑みを見せる毅。
「ところが、知識を備えていれば、たとえ相手が不思議能力を持っていようが、そんな大層な力の無い俺達だろうと、それなりに対処が可能なんだよな、これが。ま、あくまでそれなりにだけどさ」
「問題は雪岡嬢がそれに気づくか。または雪岡嬢が先に同じようなことをして動くか、ですな」
「それは無いだろ? 第一、互いに派手に動かさないために、雪岡と俺はこうしてホテルで睨みをきかせあっているんじゃないか。俺は部下を動かしているけどさ」
「なるほど。なら後者の可能性は考えなくてもよさそうですな」
青島が納得顔で頷く。
「で、高城夏子。彼女もこのまま放っておく手はない。そう思わないか?」
毅の言葉に、青島は間を置いて少し思案してから、
「彼女は今、いてもたってもいられなくて。自分も何か役に立てることがあるかもしれないと、そういう気持ちが強いのではないでしょうか」
「うん、俺もあいつの立場になって考えてみて、そう思っている。だからこそ、付け入る隙もありそうだ」
純子の周囲の人物から切り崩すとしたら、夏子が最適だ。そこから純子に対しても優位に立てる要素が得られる可能性もあるかもしれない。
「懐柔するもよし。ペテンにかけるもよし。それとも高城夏子の存在自体が、雪岡の仕掛けた罠って可能性もある。それを確認してみるのもまた面白い」
「早速お呼び致しましょうか?」
「気が早いって」
青島の提案に毅は思わず苦笑する。
「いえいえ、思い立ったが吉日という、素晴らしい言葉がありますでしょう?」
「パクられた。ま、実際思いついた手は早めにがんがん打っていった方がいいのも確かだし、やれることは全部やってみよう。やらずに失敗よりも、やって失敗のがいいしな」
概ねアバウトなノリばかりで、作戦とも策とも言えない思いつきの多い毅だったが、青島は毅のそんな部分に逆に好感を抱いている。
「では行ってきます」
一礼して青島も展望台を去り、残った毅は展望台から夜の東京ディックランドを楽しそうに眺めて呟いた。
「あともう少し、か。待ち遠しいぜ。あの雪岡純子の驚く顔が見られるかもしれねーのが」




