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「この変装どうかと思うんだけどなあ……」
金髪のかつらをやめ、頭はただバンダナをまいただけにした瞬一が、自分と美香の服装を見比べながら言う。
「悪くは無いはずだ! 完璧におそろいのバカップルだろう!」
瞬一と同じバンダナをまき、同じ白いジャケットと、同じヘヴィメタバンドのボーカルの恐ろしげなメイクをした顔のプリントがなされた黒いTシャツという格好の美香が、得意満面で胸を張る。もちろん今日の変装のコーディネイトは、美香によるものだ。
「確かにイカれたカップルだ。こんな格好でペアルックして東京ディックランドでデートするとかさ。まあ頭は隠れてるし、昨日とは大分違うからばれないとは思うけれど」
「その突飛さが逆にいいんだ! カモフラージュとしては最適だ!」
カップルを装うと言いながらも、手を繋いだり身を寄せ合ったりすることなどは一切無く、無意識的に距離を置いて歩き、その日も朝から東京ディックランドを歩き回る二人。怪しまれないために、時折アトラクションを楽しむのも忘れない。
「それにしても、スペル・マウンテンは真剣に参ったな! ゲロ吐きそうになった!」
「姉ちゃん……アイドルがゲロとか言うなよ。いくら俺の前でもさ」
反射的に瞬一の頭を平手ではたく美香。
「何度も言わせるな! 私はアイドルじゃない! ミュージシャンだ! 第一それを言うならば、女の子が言うな、だろう!」
「いや女の子でもゲロくらい言うし。ていうか、アイドルとミュージシャンとの区別が俺にはつかないし。どっちも歌手だろ」
「アイドルはチヤホヤされるためだけのクリーチャーだ! 一緒にするな!」
「それもすごい偏見だなあ……。アイドルだって歌とかダンスとかいろいろ頑張ってるし、馬鹿にするもんじゃないだろ。で、俺ちょっと妙なことに気がついたんだけれど」
「言え! 何だ! さっさと言え!」
「相変わらず日戯威の連中があちらこちらにいて浮きまくりだけれど、あいつらの動きおかしくない? アトラクションや飲食店の周辺でこそこそしていたし。何か人目を気にしながら何かしていたような」
「大した観察眼だ! 全然気づかなかったぞ!」
感心の声をあげ、瞬一の頭を軽くはたく美香。
そりゃそうだろうなと瞬一は嘆息した。瞬一が園内を歩きながら、怪しい人物はいないか、日戯威とおぼしき連中が変わった動きを見せていやしないかと周囲を伺っていた際、美香は全身全霊をかけて遊園地で遊んでいたのだから。
「だからさ、姉ちゃんもあいつらが何しているのか、注意していてほしいんだ。俺一人だけでじろじろしていたら、怪しまれるだろうしさ」
「わかった! むっ! 丁度奴等がいるじゃないか! つけてみるぞ!」
美香が黒服の一団を指し、尾行を開始する。尾行テクニックに関しては流石に美香には及ばないであろうから、うまく動きをあわせることにする瞬一。
「確かに何かしているな!」
黒服の一団がうまく人目を遮る盾のような配置で並び立ち、その奥で一人がうずくまって何かをしているのがわかる。おみやげ屋の裏だ。
「あいつらが去った後に、何をしていたのか調べてみるぞ!」
「うん」
やがて黒服の一団がその場を立ち去ったので、彼等がかたまって何かをしていた場所へと移動する二人。
おみやげ屋の壁を見るが、特に異常は無いように見受けられる。
「何していたのかわからないね」
瞬一が言った直後。
「お前達何しているんだ?」
先程の黒服の一団が戻ってきて声をかけた。すぐに戦闘に移行できる体勢で、全員半身になって、懐に手を入れている。
「五人か! やるぞ!」
「えっ! やんのかよ!」
叫ぶなり美香が銃を抜いてその場を飛びのいた。瞬一も身をかがめて横っ飛びに跳ぶ。うまいこと誤魔化した方がいいんじゃないだろうかとも思ったが、姉はいきなり荒事へともっていってしまったので、それに合わせるしかない。
五対二で明らかに数のうえでは不利だが、質の面では間違いなく勝っていると瞬一は確信できている。瞬一自身もそこそこではあるが腕には自信があるし、何より美香という幾度も修羅場を乗り越えている腕の立つ始末屋がいるのが心強い。
「殺意へのデコイ!」
「え? ちょっ、それは……」
美香が早々と運命操作術を発動させる。自分に対して殺意を向ける相手から全く認識されなくなるという便利な能力だ。
消えたという認識さえ無くなる。ただしこの力を発動するには二つの条件がつく。一つは身替りとなる者が近くにいることと、もう一つは、その身替りが自分と親しい者である事だ。また、自らが攻撃した際にも、力は解ける。
つまりそれは、日戯威の五人の目からは瞬一一人が敵として認識されるようになるということだ。瞬一はそれを瞬時に悟って、大急ぎでダッシュをかける。
五人からの一斉の銃撃。そのうち一発を喰らって倒れる瞬一。防弾繊維を貫かれることはなかったが、衝撃にのけぞる。
「大丈夫か!?」
「ひ、ひどいよ、姉ちゃん……」
倒れたまま、抗議の声をあげる瞬一。美香は敵五人の横手に回って撃つ。一人が喉元を撃ちぬかれて倒れる。殺意へのデコイはすでに解けている。効果時間が短いうえに、自らも殺意を持つと解けてしまう。だが発動中にその一瞬をついて、敵の横に回る事が出来た。
瞬一も起き上がりざまに撃つが、当たらない。敵のうち二人が瞬一に撃ち返し、さらに一発もらってしまう。これも防弾繊維で受け止めたが、再び倒されることとなった。
「下がっていろ!」
叫ぶなり、美香が瞬一をかばうかのような格好で躍り出る。
それを見て瞬一のプライドは痛く傷つけられたが、ここで粋がって足を引っ張ったら泣きっ面に蜂だ。それに実力差から見ても、美香が前面に出て戦い、瞬一はサポート的な動きをした方がいいのが最良の選択であるだろうと、判断する。
「でもさー、そんな動きすんなら、いきなり俺を囮にすることないじゃないか……」
本当に一体何を考えているのだろうと、姉の神経をはかりかねる。
「不幸の共有!」
美香が右手の人差し指で瞬一を指したかと思うと、その右手を即座に日戯威の一人に向ける。
右手で指した相手を美香が撃つ。指定された相手が、かわしきれずに銃弾を身に受けて倒れる。
文字通り、親しい他人もしくは自分が不幸に目にあった際、それを他者にも伝染させる運命操作術だ。今のは瞬一の不幸を敵構成員にも伝染させた。しかし……
「まさか姉ちゃん、このために俺のことを囮に……」
思わずそう考えてしまう瞬一。
三対二となり、そこから先はスムーズかつ一方的に勝負がついた。ほとんど美香が一人で全員片付けたようなものだ。
「こら! いつまでもへばっているんじゃない!」
身をかがめ、倒れている瞬一の頭をはたく美香。
「なあ姉ちゃん、撃たれてへばっている俺を叩くのはどうかと思うんだけれどな」
美香を見上げ、唇を尖らせる瞬一。
「すまん! どうもお前に手を上げるのが癖になってしまっている! 染み付いている!」
「はいはい……」
その後、多くは殺害したが、不幸の共有を使用した相手だけ生き延びていた。
中級までの運命操作術は、基本的に、直接的な殺害へと繋がる発動の仕方はしない。直後に殺傷と繋がるコンボは成り立つものの、確実性のある発動を望むなら、不運を与えるにしても幸運をもたらすにしても、タイミングや発生する出来事の種類を考える必要がある。
「組織の構成員をここまで大量に率いて、ここで何をしようとしている!」
銃口を頭に突きつけて問い詰める美香。
「雪岡純子よりも先に、ブツを盗んだ盲霊師を見つけて恩を売るためだ。雪岡本人も来てしまっていて、協力して探すというお題目だが、先に我々が見つけないと恩を売る意味が無い」
あからさまに脅えた様子でその男は答える。
「今そこで何をしていた!」
「し、知らない……ただ立って人目を遮れとしか命令されてないんだ。チームのリーダーが何か知っていたようだが、教えられていない」
「やはりそんなところか! もう用は無い!」
言い放つなり美香は銃で構成員を殴り倒して昏倒させた。どうせ連絡がいってこちらの存在はもう知らされているだろうから、殺すことも無いとの判断だ。
「組織への忠誠もプライドも無く、我が身可愛さにあっさりとゲロするとは情けない!」
「ゲロって言うなってば。で、俺達の潜入もバレてたみたいなのかな、これは」
「バレていたというより、お前の存在は警戒されていただろう! お前一人だけは逃げ延びたのだからな!」
言われてみて瞬一も理解する。自分が日戯威を追ってこの場に来ることも、当然向こうは予測していたのだろう。いや、あるいは――
「奴等に俺達の存在が知られちゃったのは、いろいろと不味いね」
「そんなことはない! 敵も最初から予期していたし、いずれは知られていたろう! だから怯えることはない! 堂々としていろ!」
「いや、先に盲霊師を探し出そうにも、動きづらくなっちゃったじゃないか」
「夜はな! しかし昼間なら奴等も大胆にこの場で銃撃戦などできまい!」
「今やったばっかりだけれどもね。第一夜だってここは盛況だろ」
一応互いにサイレンサーつきの銃を使用しているし、人目につかない場所ではあったが、一般人の巻き添えの可能性などを考慮すると、おちおち銃撃戦など出来ない。
「収穫としては、奴等が何かをしている。もしくは何かをチェックしているということがわかったことか。何なのか結局わからなかったけれどさ」
「結局わからないで済まさず、もっと念入りに調査してみるぞ! どうも嫌な予感がする!」
美香が先程の場所をさらに調べてみる。
「あったぞ! これを仕掛けていたんだ!」
建物の壁の根元を指して叫ぶ美香。
「プラスチック爆弾か」
先程は気がつかなかったが、アスファルトの一部がこんもりと盛り上がっている。アスファルトをはがすと、表面だけがアスファルトをかぶせた状態で、建物の根元に沿ってプラスチック爆弾が敷きつめられているのがわかった。
「すごい量だし。建物全体を取り囲んでるじゃん……これじゃ建物ごと吹き飛びかねないじゃないか」
「わからん! 奴等、何のためにこんなことを! とりあえず除去しておいた方がいいな!」
二人で手分けして建物を囲むプラスチック爆弾の除去作業に移り、信管も抜いておく。途中で人に見られたが、気にしないでおくことにした。
「ここ、ただのおみやげ屋だよね? 何でこんなところに爆弾を?」
「わからん! しかもここだけでは無いのだろう!?」
「盲霊師を誘い込んで爆破して証拠隠滅とか?」
「わからん! とにかく、奴等が爆弾をしかけたとわかっているポイントと、それを見かけた場所だけでもまわって、取り除こう! どう考えても放置しておくわけにもいくまい!」
そんなことより盲霊師を見つけるのが先決だとも思ったが、口にできない瞬一であった。




