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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
5 世界一下品な遊園地で遊ぼう
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14

 瞬一と美香は何の手かがりも得られぬまま、一晩明かして朝を迎えた。


 眠らない遊園地東京ディックランドとはいえ、夜は若干人が減り、客層も主に海外からの客ばかりになる。

 ホテルには日戯威がいるために泊まることも出来ず、野宿するにも季節的にはかなり辛いため、喫茶店で席を占拠して、日戯威の構成員の巡回を気にしつつ、交代で寝るしかなかった。

 店の店員にはそれなりに金を渡して銃もちらつかせて、宿代わりにすることを黙認してもらいつつ、自分達のことを誰にも言わないように約束してもらった。


「日戯威の奴等がいっぱいだ。これじゃあボスを助けになんてとても……」

「大人が徘徊すれば浮きまくりだな! 盲霊師にしてみればそういう意味でも、いい隠れ家の機能を果たしている!」


 二人の目から見て明らかに裏通りの住人と思われる人物が、ちらほら目につく。瞬一らは日戯威の目をかいくぐりながら、カップルを装って、足を棒にして遊園地内を歩き回っていたが、あまり連日入りびたりでは向こうの目にもついて、怪しまれてしまう。


「一日ごとに変装を変える必要があるな!」

「来たのはいいけれど、どうすればいいのかさっぱりだよ。ブツを受け取った盲霊師の潜伏場所も見つからないし」

「怪しい所は片っ端から当たってみるぞ! 昨日だけで遊園地の全てを調べたわけでもあるまい!」

「でもそれなら人数多い日戯威の方が先に見つけるだろ? こっちは二人だ。現実的に考えて、余程運がよくないかぎり、あいつらより先に見つけるなんて難しいよ」

「たとえ奴等が先に見つけようと、それで確実に拘束できるとは限らない! 話に聞く限り盲霊師はかなり強力な呪術師だというしな! むしろ奴等が見つけてドンパチが起これば、こっちも気づくし、漁夫の利を奪うこともできるかもしれん!」

「でも盲霊師が強いのは日戯威だってわかっているはずだし、日戯威だって大組織だし」

「いいかげんにしろ! ネガティブなことばかり言うな!」


 会話途中、弟が後ろ向きな発言ばかりしていたことに、とうとうキレる美香。


「お前のことだぞ! もっと気合いを入れてかかれ! 手助けする私が気合い入れまくりで、難題抱えた当事者のお前が弱音吐くなんて、情けないにも程がある!」

「そんなこと言われても、どうにもしようが無いのは事実じゃないか」


 今まで姉に逆らったことの無い瞬一だったが、この時初めて噛み付いた。もう自分とていっぱしの裏通りの住人だ。姉の顔色を伺っているだけの気弱な弟ではないという気持ちがあった。


「この広い遊園地をただうろついて探すしか手が無いし、いくら探しても盲霊師の手がかりは全く無し。この現実で焦るなとか弱音吐くなとか、そんなの無理だよ……」

「まだ一日経ったばかりだ。焦るな、弱音吐くなとしか言えないな……」


 美香が声のトーンを下げ、怒りの形相から一変して苦しげな表情になって自分を見ている事に、瞬一は驚いた。瞬一の知る美香の反応ではない。


(姉ちゃんも変わったんだな……)

 しみじみとそう思う瞬一。


「私のこと、嫌いになったか?」


 いつも叫ぶように語尾を強めて喋る美香が、たまに静かな口調になる時を、瞬一は心の中で弱気モードと読んでいる。


「ならないって。そんくらいで」

「私は音楽以外の芸能活動はしないのは何故だかわかるか?」


 突然脈絡の無いことを切り出す美香。しかしこれもいつものことだ。いきなり会話の内容が飛んだり外れたりする。それを責める事もなければ、おかしいとすら感じない。姉はそういう人なのだ。本人が望んでそうなったわけでもない。おかしな父親の元で育てられ、そうなってしまった。瞬一はそんな姉を見て、おかしいと感じることができたから、染まらなかった。


「芸能界そのものにはあまり深入りしたくはないんだ。あくまでミュージシャンという肩書きと活動だけで留めておきたい。最初は違ったけれどな。昔はもっとアイドルというか、有名人そのものになりたかったが、いろいろと嫌なものを見てしまって、その気が失せた」

「嫌なもの?」

「有名人になりたがる者の中に、私と似たような境遇の者もわりといるようだ。子供の頃に自分が不幸だと感じていた者。世の中を恨み、見返してやりたいとか、有名になってお金をいっぱいもらって皆からチヤホヤされ、見た目や肩書きのいい男とくっついて、大勢の人間に羨ましがられる立場になりたい。ステータスを得たい。そんな女を何人も見た。元不良というのも多い。私よりもずっと不幸な、洒落にならないほど悲惨な生い立ちの者もいた。彼女達は少しでも自分を売り出すために何でもした」

「姉ちゃんも枕営業とかしたの!?」


 瞬一が驚きの声をあげる。流石にそれは無いとは思ったが、一瞬想像してしまった。


「するか馬鹿! 相手を見てものを言え! しかし……私は入った事務所がよかったし、元々純子から力も授かり、裏通りの始末屋でもあったから、そういう取引の持ちかけは流石に来なかったが、もっと黒い噂の耐えない事務所に入った、力の無い、しかし遮二無二栄光を求める子達が悲惨な目に合うケースもあるらしい。その手の噂は嫌と言うほど耳に入りまくりだったぞ」


 美香が裏通りに堕ち、同時に表通りでも活躍するようになってから、自分へのいじめをぴたりと辞めた理由が、瞬一は今の話を聞いて少しわかった気がした。


「栄光を手に入れても、本当に心が満たされるわけではない。全ては幻。女は見た目で売り出される傾向が強いから特にな。いい歳がきて、話題にあがらなくなって、見向きもされなくなったところで、肩書きのいい男をアクセサリー代わりに結婚して再び注目浴びて、離婚してまた注目浴びて、そんなことを繰り返しても当人の心は満たされない。前世紀からずっとそのパターンだと純子が教えてくれた。私は――富と名声を手に入れても、心は変わらず弱いままで歳を取っていくのは御免だ。本当の意味で強くならないといかん。私がそう悟ったのは、純子や真との出会い、裏通りの存在、何よりお前がいたからなんだ。そうでなければ私もそういう嫌なパターンにハマっていたかもしれんな」

「小さい頃、俺相手に鬱憤晴らしていたから?」


 皮肉げに問う瞬一に、美香は顔をしかめる。


「はっきり言ってしまえばそうだ。それを悔やんでいたからだ。馬鹿なことをしたと。その後悔と自責の念が、私の心を強くしてくれた。冷静に自分を見つめられるようになった。注目を浴びてチヤホヤされて喜ぶだけの、チンケな人間にならずに済んだ。お前には迷惑なだけの話だがな……」

「いや……俺もいろいろ勉強できたと思っている」


 本心だった。瞬一は美香のことを正直哀れんでこそいるが、恨んではいない。


「私のことを……恨んでいるだろう?」

 恐る恐る尋ねる美香。


 美香は小さい頃から変わり者で、孤立しがちだった。他の人とずれているというだけで、つまはじきにされる社会に対して、強い反感も持っていた。

 瞬一だけが美香を煙たがる事がなく、普通に接していた。そんな瞬一に辛く当たったことを、自己嫌悪と自責の念と、瞬一に対しての負い目でいっぱいになっている。


「恨んでないってば。何度も言ってるだろ」

「風邪を引いているお前に、布団の上から水をかけて肺炎にこじらせたことも恨んでないのか? あと、私のアイスを勝手に食ったことに怒って、お前の夕食を引っくり返したこととか」

「恨んでないよ。何というか、おかげで俺は強くなれた所もあるし……でも、足りない」


 瞬一の声音に悔しげな響きが混じる


「足りない?」

「確かに強くなれた。でも姉ちゃんや真に全然力で及ばない。今だって姉ちゃんにこうして力を借りている有様だし。力が全然足りない。日々の鍛錬だってしているのにさ」

「鍛錬が足りないとしか言えないな!」

「そう思う? 俺は……才能とかそういう、不条理極まりない壁の差を感じてしまうんだけれど。それは言い訳かな?」

「それも確かに世の中にはある! だが才能の壁があったからといって、諦めるのか!? そういうものでもないだろう!」


 美香の言葉に力がこもる。


「さっきの話に戻るがな、お前は努力も、努力の覚悟も足りないだけだ! お前の今の結果はお前が出したものだ! 今言っただろう! どうしても人は心の強さが必要なんだ!たった一日手かがりが得られなかったくらいで弱音を吐くなど論外だ!」

「なんつーか……」


 鼻の頭をかきながら瞬一は言った。


「姉ちゃんがさ、恥ずかしいまでにストレートでポジティヴな歌詞の歌ばかり歌っている理由、ちょっとわかった気がする」

「お前なんかに簡単に理解されてたまるか! でもそう言われると嬉しくも有る!」


 そう叫ぶ美香の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「さて! とりあえず衣装チェンジだな! それから昨日は遊んでないアトラクションを遊びながら、盲霊師の居場所を探すぞ!」


 昨日は遊んでばかりいたから進展が無かったのではないかと、瞬一はかなり本気で思っていたが、口にできるはずもない。


「ツクナミカだー!」


 と、その時、鼻を垂らした七、八歳くらいの男の子が、美香を指して叫んだ。


「何だ!? 人違いだ!」

「ちょっ……」


 否定する美香だったが、テレビでも日常でも変わらない、叫ぶような喋り方だった。瞬一は助け舟を出そうとしたが、やめておいた。もうどうにもならない。


「ウソ! あの変なアイドル! しかも男連れ! スクープだーっ」


 鼻垂れ小僧の隣にいる、十歳くらいの出っ歯の子が、興奮した口ぶりで喚きたてる。


「こいつの歌キラーイ。歌詞がひねりなさすぎで青臭いって、俺の兄ちゃんも言ってた。てなわけでウンコ投げるわ」


 出っ歯と同じ年頃の太った男子が、巻き糞を模したウレタン製のカラフルな玩具を、次々と美香と瞬一の方に向かって投げてくる。


「私は別人だ! それに私はアイドルじゃないし、こいつはそもそも弟だ!」


 玩具を避けたり払ったりしながら、最早月那美香であることも否定せずに叫ぶ。


「あー、やっぱりツクナミカだー」

「すげー、やっぱりツクナミカって馬鹿なんだ。東京ディックランドでデートするとかありえねーし」

「しかも弟とデートとかキモーイ。近親相姦て奴すると奇形児が生まれるって、俺の兄ちゃんも言ってた。てなわけでウンコ投げるわ」


 口々にはやしたてながら、玩具を美香に投げつけてくる子供達。玩具を避けることを途中で止めた美香を見て、瞬一は美香が切れる音を確かに聞いた。


「お前ら! 子供のやることだからといって、全ての大人が甘い顔すると思うなァッ!」


 悪鬼の形相と化して大声で叫ぶなり、子供達に向かって突進する美香。三方向に別れて嬌声をあげながら逃げていく子供達。


「自分だって未成年じゃん。あと、変装はもう少し考えた方がよさそうだな……」


 一番年下の子供をとっ捕まえて、容赦なく尻を叩き続ける姉を見ながら、瞬一は呟いた。

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