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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
5 世界一下品な遊園地で遊ぼう
118/3386

6

 日戯威は『溜息中毒を処分する』と宣言したが、純子はそれを抑え、真を溜息中毒に差し向けた。

 現在、溜息中毒の四人は研究所にて拘束中であり、純子は日戯威のアジトに招かれ、彼等と会談していた。


「何故彼等の処分を私達に任せてくれなかったのです? 同業者として許せぬ所業ですし、私達の手で始末したかった所でありますが」


 日戯威のボスである赤木毅が、芝居がかった口調で尋ねる。


「んー、殺されちゃったら困るもーん。そんな、もったいない。せっかく私に楯突いてくれた子達なんだし、実験台にしてあげなくっちゃねー」


 それに対し、いかにもいつもの純子らしい答え。


「いやはや、噂通り恐ろしい方だ。我々は決して出来心を起こして貴女を裏切ったりしないように、気をつけなくては」

「まだ君達と専属契約結ぶとは言ってないよ?」

「それはないでしょう? 彼等がブツの横流しをした情報を提供し、今そのブツの流れ先も追っている。ついでに奪還もしようとしている所です。ま、専属契約を結んでいただけないというのであれば、我々もそこまですることもありませんな。信用されていないのは悲しい話です」


(大根役者が)

 口の中で毒づく真。


 マッドサイエンティスト雪岡純子と専属契約を結ぶ組織は、それだけで誠実かつ優良な仕事をする信頼に値する組織として箔がつくし、気に入った取引相手に対して気前のいい純子から、いろいろと得られるものも多い。


 元々安楽市で九割以上の卸売りを占めて、他の組織や個人を吸収もしくは淘汰してきた日戯威が、そのうえで更に組織の力を拡大するための足掛けとして、彼等と比べれば吹けば飛ぶような弱小組織である溜息中毒を陥れた。さらには純子との専属契約まで結ぼうとする節操の無さに、不快感を覚えずにはいられない。

 弱肉強食が世の常ではあるとはいえど、限度がある。過食症の肥満虎が飢え狂い、地べたの虫までしゃぶる光景を、真は頭の中に思い描く。


「なるほどー。じゃあブツを取り戻すことができたら、考えてあげるよー。いや、ブツが今どこにあるのかを突き止めてくれるだけでもいいかも」

「大丈夫です。必ず取り戻してみせます」


 にこにこと終始笑顔で毅。取り入りたくて必死という態度も、隠そうとはしない。むしろそれを見せ付けている。


「ま、その件で何かあったら協力してもらうかもだけど、そっちに頼っているだけってのも虫のいい話だし、私達もちゃんと動くけれどねえ。協力してくれるっていうのは嬉しい話だよー」

(瞬一の捜索とブツの奪還、協力しあって動くという名目で、こいつらの動きも監視できるってことか)


 純子が何を言おうとしているのか、どういうプランを描いているのか、真には手にとるようにわかった。それどころか、彼女の言葉は毅相手にというよりも、真に向けて放たれている部分が多い。


「その時はぜひ」

「うん、よろしくお願いねー。それじゃあ」

 純子が踵を返し、アジトの外へと出て行く。


「あざというえに節操無いし最悪だな」

 外に出た所で、真が吐き捨てる。


 純子がオークションで落とした壺。それを溜息中毒の名を装って日戯威が先回りして手に入れておいて、一緒にオークションで競り合っていた相手に横流し販売。溜息中毒が横流ししたと偽って純子にタレこみ、溜息中毒の面々を処分。横流しした相手の足取りもちゃんとマークしておきつつ、横流し相手も処分して力霊を奪還して純子に献上。

 全て日戯威の功績として、専属契約の相手のいなくなった純子は日戯威を信用して、次なる専属契約相手として選ぶ。そういう筋書きであることを純子も真も全て見抜いていた。

 見抜いていたが故に、日戯威が溜息中毒の者を証拠隠滅に殺すのを防ぐため、先回りして真が溜息中毒を襲撃して、研究所に拘束したのである。


「でもさあ、無理があるシナリオだよね、これ。どうして日戯威がその情報を知りえたのかとか、どうして都合よく、その現場を映像に収めたのかとかさ。偶然にしては出来すぎているし。その辺、突っ込まれたらどう言い訳したつもりなんだろ」

「その筋書きの矛盾点に気づいて諫める人間は誰もいなかったのか。バレた時のリスクを考えれば普通こんなことしないだろ」

「んー、日戯威のトップが入れ替わったせいかなあ。元々ライバルとなりうる同業者に対しては容赦無い組織だったけれど、こんな見え透いた安っぽい企みで、ライバルを貶めて利益を得るような真似はしなかったよー」

「確か先代ボスの息子だったっけ。典型的な無能二代目って感じだな」


 本人が聞いたら激怒するであろう感想を口にする真。


「んんー、無能ってほどでもないと思う。イージーかつ強引な企みなのは確かだけど、ハマれば効果的だし、組織としての彼我の実力差を考えれば、ハメやすいしね。私と対立しているヨブの報酬を巻き込んだっていう点も評価できるよ。で、日戯威の人達は私に対する交渉の道具としても、商売の道具としても、保険としても、ブツを使うつもりでいると思うんだよねー。こちらもでっちあげで対抗してもいいけれど、それよりも証拠をきっちりとあげたうえで、それなりの処置を行う方が効果的だと思うんだ」


 溜息中毒の信用が失墜させられた現状としては、単純に日戯威に制裁を加えたのでは意味が無い。

 純子だけならばそれでも全然構わないが、溜息中毒の信用を回復させるためには、彼等にかけられた疑いを晴らす必要があると、純子は考慮したのだった。


「その言葉を額面通りに取っていいのかな? それなら今回は一切邪魔せずに、全面的に協力する」


 最初からそのつもりではあったが、あえて純子の前で宣言する真。そんな真に、純子は怪訝な面持ちを向ける。


「何か焦ってるー? 真君」

「焦っているという程でもないけれど、そう見えるか? 確かに一人だけ逃げた瞬一が気がかりではある。僕の失敗だ。日戯威の奴等も勝手に動いているようだし」


 心の中で舌打ちする自分を思い浮かべる真。


「確かに、あの子を逃がしたのはすごく不味かったよねー。何しろ日戯威の人達はあの子に化けて、盲霊師と接触したわけだから、生きて逃げ延びている現状は、彼等にとっては好都合だよ。私が殺すなと制しても、側で監視していても、見つけたら勝手に殺しちゃうよー。例えば幸子ちゃんに殺されちゃったとかいう、そんな単純な筋書きでねー」

「先に僕等で抑える必要があるか。いや、もっといい方法があるな」

「うん、私もそれを今思いついた」


 真の方を見てにっこりと微笑み、純子は電話をかけた。


***


 亜空間化した結界の中心にて、呪札まみれの壺は鎮座していた。

 恐るべき力をもった霊が、中から弱まった封を説かんとしている。幸子の力による封印の上書きなど、たかが知れている。それでも打てる手は全て打った。単純な封印の上書き、喜びの気に満ちた場所による霊の怨念の鎮静化、亜空間結界をもってしての幽閉。


「シスター、不味いことになりました」


 裏通りの情報サイトを見て渋面になりながら、幸子の方からヨブの報酬のボスへと電話をかける。


『日本の裏社会の情報は私もチェックしていまーす。貴女が映った映像、ネット上に上がっていますねー』


 シスターと呼ばれるヨブの報酬のボスが、危機感に欠ける間延びした口調で言う。


 現在、本来は純子に渡すはずだった商品が、流通組織から幸子に横流しされたという噂が流れ、しかもその際の証拠映像が出回っている。幸子が独自の情報網を用いて調べた所、オークション元から溜息中毒に品物の受け渡しはあったものの、純子がキャンセルした話などは無いということがわかった。

 先にそちらの確認をするべきだったが、そもそもそんな言語道断な横流しが行われる可能性があるなど、考えもしなかった。


 幸子はこの奇妙な事態を次のように推理する。溜息中毒という組織ぐるみの犯行ではなく、幸子と取引をした人物個人による犯行であり、商品の横流しを行ったうえで、幸子より代金立替によってせしめた金を自分の懐に収めたのだろう、と。

 ここ最近の溜息中毒という組織の悪評から見て、この月那瞬一という少年が独自に横流しを行って私服を肥やしていたと思われる。裏通り関係の匿名掲示板でも、大体似たような推察がなされていた


 おそらくはどこかの情報屋に目をつけられていたに違いない。だからこそこのような映像を撮られて、ネットに上げられたのだろう。

 一つ疑問だったのは、何故この映像をネット上にアップした人物が匿名なのかであった。こうしたスクープが出回るのは、大抵個人の情報屋が自分の名を売るためであるのに、匿名というのは意味不明だ。報復を恐れてという理由も考えられるが、そんな力の無い者がこんな大それたことをするというのも矛盾がある。


「私が力霊を所持していることを雪岡純子が知れば、彼女は奪還しに来るでしょうね。溜息中毒の月那瞬一とやらは、間違いなく処分されるでしょうが」

『信義に欠ける者は、私達がおしりぺんぺんするまでもなく、いずれ淘汰されるでしょー。ましてや純子が関わっているとあれば尚更でーす。あの子はあー見えて誠実な者を好みますしー、己以外で不正や不義を行う者を許しませーんから』

「直接御存知なのですか? 雪岡純子を」


 ヨブの報酬はいろんな意味で純子を目の敵にしているため、組織のボスが純子と面識があっても不思議では無い。


『彼女とは古―くからの知り合いでーす。千年近くの歴史と共に、敵になった事もあーれば、味方になった事もあーり、殺されかけた事もあーれば、死の淵から救われた事もあーりましたよー。所謂腐れ縁といったところでしょーか。切磋琢磨した良きライバルという感じですねー』


 意外な話であった。組織と純子はこれ以上とは無いくらいの敵同士であるとの認識だったのに、組織のボスであるシスターと、旧知の間柄であったとは。


「でも、ヨブの報酬の教義上は、事実上の関係は敵なのでしょう」

『そーですねー。手を組―んだのは、我々から見て彼女よりも許せなーい存在が、偶然純子と共通の敵だった時でしたー。そういうことがわりと多かったのですけれどねー』


 シスターの口調が何故か明るい。どうも純子個人に対して、かなり親しみを持っているようだ。


『人物的には嫌いではありませんーが、彼女の思想と行動の全てが、私達の教義に反するものでーす。この世の摂理に反しまーす。いえ、私達の教義を差し引いても、世の常識から見ても明らかに問題ですねー。貴女のいる国で三狂と呼ばれるマッドサイエンティスト達、霧崎剣、露草ミルクも同様でーす』

「そういえば、露草ミルクの調査は再開しなくてよろしいのですか?」


 世間に一切姿を見せない露草ミルクの正体が、意思をもつプログラムだの、ネット上にのみ現れる電霊であるという噂を、幸子は信じていない。必ず実体があると思っている。これまでに調査を行ったうえで、その根拠も幾つか見出している。


『この件が終わった後に、他にも仕事が控えていますのでー、それらが終わった後にお願いしまーす』

「はい」


 頷いた直後、幸子は微かに気配を感じた。相手は複数。


「シスター、万が一私の潜伏場所がバレた場合はどういたしましょうか」

 声のトーンを落として報告する。


『純子が相手の場合は、無理に交戦はしないようにしてくださーい。もちろん雫野累が出てきた場合もでーす』


 最強の妖術師雫野累の名は、呪術師である幸子からすると雪岡純子よりずっと馴染みがあり、畏怖の念も強い。


「殺人人形の場合は?」

『その子に関しても同様ですが、いずれにせーよ、戦いが避けられないなら仕方ありませんねー。でもその子を殺すことは避けてくださーい』

「了解。今から見極めに入ります」


 幸子は電話を切り、結界の内部の状況を探るべく、意識を集中した。

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