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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
32 呪い呪われて遊ぼう
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1

 茂みの中に潜む、お人形さんのように美しく愛らしい少女。

 陳腐な例えだが、その例えが似合う少女などそうそういない。しかし彼女は正にその例え通りの美しく可憐な容姿の持ち主であった。


 透き通るような白い肌も、整いすぎるほど整った顔の造りも、明らかに日本人のそれではないことがわかる。

 しかし白人特有の彫りの深さやけばけばしさもない。コーカソイドとモンゴロイドのいい所取りをしたような容姿だ。東欧圏かロシア人のそれである。ごくごく少数しかいないと言われている地毛のプラチナブロンドの髪は、後ろ髪だけが伸ばされて首の後ろでたばねられている。

 シフォンやレースをあしらった、見るからに上品そうなブラウス。黒いリボン。紺のカーディガン。上はどこかのお嬢様然とした服装であるが、下はスカートではなく、ゆったりとした柔らかそうな生地のロングパンツである。


 そして手には――ひどくレトロで年代物のライフルが握られている。


 吊り上がった切れ長の大きな眼の中にある水色の瞳が、じっと何かを凝視している。愛らしい見た目に反し、獲物を定める猛禽類のような鋭い眼差しだ。口紅をつけていない唇は、不機嫌そうな形で閉じられていた。化粧自体していない。


 やがてその視線の600メートルほど先に、黒服の集団が現れる。黒服のボディーガード五人の中心には、禿げ上がった肥満体の老人がいる。


「糞ったれが。予定より三時間も遅れやがって」


 よく通る高い声で毒づくと、美少女はライフルを構えて、照準を視認で定める。照準の先は、肥満体の老人だ。

 このライフルは――ただの趣味やこだわりで、このような古い骨董品めいた物を使っているわけではない。このライフルには、製作者の呪いがかかっている。意図的に呪いを込められている。


 呪いとは何か? 人が――あるいは霊が、恨みや悪意によって、災いを成すことだ。

 では呪いのかかった武器とは何か? 呪われた武器は、武器そのものにかかっている呪いなのか、あるいは武器を扱う者への呪いか、それとも武器を向けられた者に呪いをかけるのか。

 答えは全て、だ。少なくとも少女が扱うライフルに関しては、全てである。


 引き金を引く。呪いは銃弾に宿って撃ち出される。

 銃弾に込められた呪いの矛先は、飛来している時点で、照準の先にいる者へと向かう。


 銃弾が胸に直撃した刹那、ターゲットの脳が高速回転を行う。

 死ぬ前に、走馬灯のようにあらゆる思い出が瞬間的に駆け巡り、生きるための手段を記憶の中から模索しようとするというが、銃弾を胸部に受けた老人が見た記憶は、それとは違う。走馬灯には至福感が生じるという話もあるが、そんなものは無かった。むしろ逆だ。老人が走馬灯のように見た脳内映像は、悪夢そのものであった。

 子供の頃から遡り、見覚えのある者達が次から次へと現れ、様々な手段で自分を殺しにくる映像。それらは共通点がある。かつて自分が傷つけた者達。あるいは死なせた者達だ。


 これがライフルに込められた呪い。撃たれた者の今際の際に、重ねた罪業の数だけ脳内映像でその報いを受け、苦しみ、恐れ、絶望の果てに死ぬ。

 人の命を奪おうとした者には――もしくは奪った者には、たった一度の死の恐怖と苦痛だけでは足りない。そういうコンセプトの元に、少女はこの銃を用いる。


 苦悶に満ちた形相で、肥えた老人は果てた。その霊魂は冥土にも旅立てず、怨霊と化してさらに苦しみ続けるであろう。苦しみから解放されるのは相当に先の話だ。


 銃そのものにかけられている呪いの代償は、大したものではない。このライフル以外の銃器を扱ったその時、嫉妬に狂ったライフルによって射手が呪われ、手にした別の銃で己を撃ちぬく程度のことである。ようするに他の銃を使わなければいいだけの話だ。


『お嬢、そちらにターゲットが行ったぞ』

「アホか、てめーは。報告遅すぎだろうが。今片付けた所だ」


 インカムから響く渋い男の声に、少女は苛立たしげな声を返した。


 黒服達が騒ぎ出す。すぐに自分の存在にも察知し、ここへやってくるだろうが、少女は逃げるつもりなど一切無い。堂々と迎えうつ所存だ。しかし――その前に警告くらいはしてやるつもりでいる。

 少女が茂みの中から通りへと出る。黒服達が殺到する。


「俺は銀嵐館当主にして筆頭戦士、シルヴィア丹下!」


 黒服達が銃を構える前に、少女――シルヴィアは高々と名乗りをあげ、ライフルを持たぬ方の手に、巨大なある物をアポートで呼び寄せ、その把手を掴んだ。

 何も無い空間に突如として現れたのは、高さは2メートルを超え、横幅も優に1メートルを超える、巨大な銀の盾であった。


 突然現れた巨大な盾と、銀嵐館の名に、黒服達五人は銃撃を躊躇した。


 裏通りに生きる多くの者が、そしてこの国の超常関係者達が、銀嵐館の名を知っている。明治の世より護衛を営む一族。この国における護衛組織としても最高峰に位置する。国に雇われる事も多い。

 銀嵐館はただ単に優秀な護衛屋というだけではない。護衛対象を狙う刺客は元より、護衛対象に刺客を放つ相手も突き止め、粛清する事も同時に行う。期間限定の護衛ではなく、完全に相手を守護するためには、命を狙う者の始末もきっちりと果たすというのが、銀嵐館のポリシーである。

 そのため、銀嵐館が護衛に雇われたというだけで、標的殺害を断念する者は多い。銀嵐館が護衛についた事を知った時点で断念した者は、銀嵐館に手打ちの申し入れを行い、標的に二度と手を出さないという誓いを果たす。もちろんこの誓いが破られた場合も、銀嵐館による粛清対象となる。


「お前らの雇い主はもうくたばった。それでもまだやる気か? 黙って回れ右すんなら、見逃してやる」

 シルヴィアが黒服五人に問う。


 黒服達は躊躇っていたが、やがて意を決し、一斉に銃を抜く。


「上等っ!」


 不敵な笑みを浮かべて甲高い声で叫ぶと、シルヴィアは全身に力を込める。

 華奢な美少女の体が、瞬く間に膨れ上がった。首、肩、腕、胸と、全身の筋肉がはちきれんばかりに盛り上る。それで服が弾け飛ぶということはない。下着も含め、それに耐えられる特殊仕様だ。


 シルヴィアの肉体の変化に驚きつつも、五人の黒服が銃を撃つ。

 その直前にシルヴィアは巨大盾を持ち上げて前方へと向け、全ての銃弾を防ぐ。


 黒服達のうち三名が、左右へと分かれる。人が二人は入りそうなあの盾で防がれているようでは、横に回りこまないと、正面から撃っても仕方がない。そしてシルヴィアが盾の角度を変えた事も想定し、二人は正面に残る。


 左側へと回った一人の男の頭部が、大きく横に傾き、頭の三分の一ほどが砕け散った。シルヴィアの仕業ではない。


 新手の出現に、他の四人が注視する。

 中肉中背の、グレーのスーツを着込んだ二十代後半から三十代前半くらいの男が、右手で鎖を振り回していた。左手には鎌が握られている。右手の鎖の先には分銅がついている。鎖鎌という武器だ。


「銀嵐館次席戦士、桃島栗三(ももしまくりぞう)。推参」


 分銅鎖を片手で回しながら、落ち着いた渋い声で自己紹介を行う栗三。鼻が高く、目元も窪んだ、彫りが深く精悍な顔立ちの美男子だ。


「逝けっ!」


 シルヴィアが裂帛の気合いと共に叫び、右側から回り込む二人めがけて、巨大盾を片手で突き出す。

 盾が立ったまま、物凄い勢いで水平に吹き飛び、驚愕する二人を続け様に跳ね飛ばした。

 二人はそれぞれ空中で、別方向に向かってきりもみ回転をして吹き飛んで、地面に落ちる。


 正面ががら空きになったが、正面の二人の男達よりも早く、シルヴィアがライフルを二発撃つ。


 一発は黒服の頭部に直撃したが、もう一発は反応されてかわされる。そしてかわした男がシルヴィアに向かって撃つ。

 シルヴィアは撃たれる直前に弾道を読んで、横に小さく移動してかわす。


 最後の一人となった黒服が、さらに撃つ。今度は、シルヴィアはかわそうとしなかった。

 飛ばしたはずの巨大盾が、再びシルヴィアの前に出現し、弾丸を防いだのだ。


 最後の黒服めがけて、栗三から分銅鎖が放たれる。黒服は反応して避けようとしたが、栗三が素早く鎖を持つ手を動かすと、途中で鎖が軌道を変え、分銅が黒服の後頭部へと飛来し、その頭部を砕いた。


「決まった」


 分銅を手元に戻すと、栗三は両手を奇妙な角度に広げて上げ、片足を折り曲げてポーズを決めると、陶酔しきった表情で呟いた。


「いつもいつも、もたもたしやがって」


 その栗三に向かってシルヴィアが毒づき、銀嵐館の当主に代々伝えられる神器『銀嵐之盾』を消す。


「中々思うように髪形が整わなくてね。お嬢の前に、私のそんな無様な姿など晒せるわけがない。無論、死に行く者の前にも――だ」

「早く病院行け」


 顎に手を当て、気取った口調で申す栗三に、シルヴィアは冷たい一言を浴びせ、指先携帯電話を取り出し、ディスプレイを表示して電話をかける。


「終わったぜ。情報ありがとうよ」

『おつかれさままままだにゃー。でもこっちのしごともたまってんだにゃー』


 機械音声のような、妙なイントネーションの声が響く。


「最近こっちの仕事が多くて、そっちに中々顔出せなくてすまねーと思ってるよ」

『まったくだにゃー。やるきがにゃーなら、とっととやめろだにゃー。にそくのわらじとかなめたことしてるんじゃねーにゃー』

「こっちが本業だから、差し支えあるってんならいつでも辞めるぞ」

『ふざけんにゃー。まにうけてんじゃねーにゃー。ことばのあやだにゃー。じかんあいたらとっととでてこいにゃー』


 電話が切れた。相手は世界最高峰と言われる情報組織『オーマイレイプ』の大幹部であった。そしてシルヴィア自身もこの組織の大幹部を務め、銀嵐館の当主と兼任している。


「明日からお嬢も暇になるが、早速オーマイレイプの方に行くか?」

「休暇も必要だ。つーか、エボニーの態度がムカついたから行きたくねーわ」


 確認する栗三に、シルヴィアはライフルをケースにしまいながら、嫌そうな顔で吐き捨てた。

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