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好吉は与えられた部屋で、さらってきた少女を強姦して殺害した後、虚脱感に包まれながら長風呂に入っていた。
「何だ、これは……」
部屋に戻り、好吉は呻く。部屋には新宿の街の様子を映したディスプレイが幾つも投影されていたが、そのどれもが、人が大勢賑わうお祭りの様子が映っていたのだ。
何故祭りなどしているのか、理解できない。間違えて別の都市の様子を映しているのかと疑ったが、そういうわけでもない。
好吉は祭りの類が大嫌いだ。
「畜生、どいつもこいつも楽しそうにしやがって。せっかく俺達がこの愚民共に恐怖を植え付けてやったってのに……」
人々の様子を見て、好吉の胸の奥で黒い炎が燃え盛る。
(俺だって……誰かと祭りを楽しみたかった……。小さい頃は、そんな友達もいたのに、何でそれが消えちまったんだ。俺が何をしたってんだよ……。何で俺がこんな目に……)
好吉にとって世界は敵だ。世界の誰かが、誰かと一緒に楽しんでいる。それだけで許せない。妬ましくて仕方無い。
電話がかかってくる。数度目の着信であったが、風呂に入っていた好吉は気がつかなかった。
『あの祭りは邪魔だ。あれによって霊が弱体化されてしまうし、住人への干渉もできなくなる』
アブディエルからの連絡を受け、好吉は歪んだ笑みを広げる。
「じゃあ手当たり次第にあいつらブチ殺して、祭りを強引にやめさせりゃいいじゃないですか」
『そうだ。それをお前にやってもらう。簡単なことだろう? 歓喜を恐怖に塗り替えてこい』
アブディエルは不機嫌そうに命じ、電話を切った。
「くくくくっ……アブディエルさんは本当いい人だよな。俺の望むことを命じてくれる」
含み笑いを漏らし、好吉は服を着る。
「俺こそが神の使いだ。俺をのけものにして楽しんでいるお前達こそ、そんな姿を見せつけるお前達こそ悪魔なんだ……」
画面の中の祭りを楽しむ人々に向かって、好吉はたっぷりと嘲りと憎悪を込めて吐き捨てた。
***
マイク・ド・ベンジャミンとケニー・ハミルトンは、貸切油田屋の兵士である。
二人共、激しく負傷して、日常生活に支障が出るほどの有様であったが、組織が二人にサイボーグ手術による処置をして、彼等を動けるようにした。
組織が彼等二人に投資して助けたのには、理由がある。彼等二人が犯罪者気質で、非常に性格が歪んでいたからである。そうした者は力霊を憑依させるための適正が高い。
二人は西新宿六丁目へと向かわされた。結界周辺のこの場所が、特に祭りが集中して行われている。結界の中の霊の力を殺ぐためであることは明白だ。
(殺すのか、こいつらを……殺していいのか)
楽しげに祭りを行う者達を見て、にやりと笑うベンジャミン。力霊に憑依されているがため、元々世を拗ね、人を恨み、ねじくれていた彼の神経は、さらにおかしくなっている。見ず知らずの人間を殺すことにも躊躇は無い。
「ひゃっはーっ!」
歓喜の声と共に、ベンジャミンがたこ焼きの露店めがけて大口を開けると、ベンジャミンの顔面がどんどん膨らんで巨大化し、顔の高さだけで、3メートルを越えるサイズとなった。
ベンジャミンが大きく息を吸い込む。ベンジャミンの口に怒涛の勢いで空気が吸い込まれていき、たこ焼き屋と露店と客までもが、ベンジャミンの口の中へと吸い込まれた。
そのあまりにも異様な出来事に、周囲にいた人間はぎょっとしていた。夢でも見ているのではないかと思う者も多数だ。
「現実感が無くて、恐怖させるどころではないな」
その様子を上空から見ていたハミルトンが苦笑する。彼は全身を幾重にもマントのような白い布で包み、ビル四階分くらいの高さで浮いていた。
ベンジャミンがさらに吸引を行う。一回吸引を行うと、休憩の合間を必要とするのが、その能力の弱点とも言える。
一気に四人の人間がベンジャミンの大口の中へと、あっという間に吸い込まれて消えた。
しかし、いくら顔が巨大化したといっても、露店まるまる一つと人数分は、とても入りきらないサイズである。
「ふんごーっ!」
ベンジャミンが叫び、今吸い込んだものを全て吐き出した。
その大半が細かくバラバラになっていたが、ある程度の原型も留めていた部分もあった。手首から先だけ残った手、足首から先だけ残った足、目玉と鼻だけがついた顔、乳房と肺が片方だけついた胸部、むき出しの脊髄、心臓、半分に欠けた脳などが、ばらばらになった肉片らと共に、多量の血たまりの中に落ちているのが見える。
ここでようやく恐怖が発生し、何名かが悲鳴をあげた。
さらにベンジャミンが能力を発動させ、逃げようとした女性二名を吸い込む。
「あー、今の娘、少し可愛かったのに。勿体ねえ」
ハミルトンが呟き、高度を下げる。そしてベンジャミンの前方に移動する。
人間掃除機の次に現れたのは、空飛ぶ謎のマント男。しかもこの事態でへらへらと笑っているので、人々は不吉な予感を覚える。この男も、殺戮をする者の片割れではないかと、そう疑ってしまう。その読みは正解であったが、正解であるにも関わらず、誰もすぐに動こうとはしなかった。
ハミルトンの体を包む白い布が無数にちぎれて、ハンカチ大の大きさになって、ひらひらと宙を舞う。
布の動きは極めて不自然だった。風任せというわけではなく、意志を持って飛んでいる生物のように、何人かには見えた。
やがて白布が群集の一人の肩に乗る。その隣では、顔にくっついていた。
布のついた肩が急速に腐りだし、その隣では、顔が腐りだしていた。
「俺の能力、夜だからいまいちわかりづらいか?」
肩を腐らせた者が悲鳴をあげ、顔を腐らせた者は無言で横向きに倒れる。その腐った顔が露わになれば、もっと恐怖を伝播できるのにと、ハミルトンは溜息をつく。
ベンジャミンがさらに吸引を開始した時、人々が次々に逃げ出した。現場を見ていなくても、口伝えに、人を殺し始めた者が現れたと伝えられ、人ごみをかきわけて逃げ出す者達とその必死の形相にあてられて、人々が慌てふためいて、わけもわからず逃げ出す様相になる。
(簡単な作業だ。ふっ、こいつらさっきまで嬉しそうにはしゃいでいたのが、あっという間にこの有様だ)
その光景を見て、にやにやと笑うハミルトン。
そのハミルトンの頭部が後ろから撃ち抜かれ、笑顔のまま地面へと落下した。
「敵が暴れれば、どうしても少し死人は出てしまうね」
ハミルトンを撃った晃が、両手で銃を構えたまま呟く。
「みそメテオっ!」
凜が叫び、吸引中のベンジャミンに上空から無数のみその塊が降り注いだ。
「ぬごおおおぉお!?」
ベンジャミンが巨大顔面を上に上げ、降り注ぐみその塊を吸引する。
吸引方向が上を向いたその機を狙い、ミサゴと十夜がそれぞれ左右から疾走し、ベンジャミンに迫る。
「メジロ地獄突き!」
ミサゴが巨大化した左目を爪で引き裂き、十夜は右目に手刀を突き入れる。
「ごがあぁああぁあ!」
視覚を奪われた衝撃に混乱し、吸引を中断するベンジャミン。
そこに凜の黒鎌が亜空間トンネルを抜けて現れ、ベンジャミンの巨大な頭部に深々と突き刺さる。
晃は銃を構えたまま、何もしない。
「こんなに人いたら、僕、銃を撃てないよ……。こいつは空中にいたから助かったけど」
ハミルトンの亡骸を見下ろし、晃が呟く。ただでさえ貫通力の高い銃なので、撃ったらほぼ確実に後ろに突き抜けて、他の人間も撃ちぬいてしまいそうだ。
凜が鎌の柄を引くと、ベンジャミンの頭部に縦に切れ目が入って、派手に血が噴出した。やがて頭部が元の大きさに戻り、ベンジャミンの無惨な亡骸が横たわる。
「怪人達をやっつけた!?」
「すげーっ! 正義の味方なんて本当にいたんだ!」
「ありがとーっ、ありがとーっ」
「ていうか、あれってイーコじゃない? 可愛いっ!」
「あっちのお姉さん、すごく美人っ」
「あっちのでっかい銃構えてる子も可愛くない?」
人々を虐殺しだしたハミルトンとベンジャミンをあっさり退けた四人に、歓声が送られる。
「恐怖で祭り中断になるかと思ったけど、そうでもない……かな?」
晃がその様子を見て安堵し、銃を下ろす。
「しばらく私達、ここにいた方がいいかもね。それにさ、呼びかけもした方がいいよ。十夜、やりなさい」
「ええっ!? 何で俺っ!? そういうのは晃の方が得意だと思うよ」
凜に命じられ、十夜は嫌そうに叫ぶ。
「貴方のその姿の方が説得力あるのよ。見るからに正義の味方だし」
「ただのコスプレだよっ」
「ただのコスプレが悪い怪人を倒すと、正義のヒーローにランクアップするって知らないの? いいから早くやりな」
「ううう……」
キツめの口調と視線で命じられ、観念した十夜が、群衆の前に出る。
「えっとー……みなさーん……」
「声が小さい」
「みなさああぁぁあぁん! 聞いてくださああああぁあぁい!」
背後から凜のドスの利いた声で注意を受け、十夜がヤケクソ気味に叫ぶ。
「化け物や幽霊を放って悪いことをしている人達が、祭りを中断させようとして、人を殺そうとしてきますが、俺達がしばらくここにいて、頑張って守りまーすっ! 祭りが中断すれば、いつまで経ってもここから出られないうえに、悪い霊のパワーに負けて、閉じ込められた人が皆霊の仲間入りになってしまいます! 祭りの元気パワーを絶やさないでください! 以上! 正義の味方、メジロエメラルダーでしたあ!」
『うおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
最後に名乗りをあげて、深く頭を垂れると、物凄い勢いで歓声があがった。
「十夜……よくやったっ」
「いとあはれなれ」
その光景を見て、ニヤニヤ笑って拳を握り締める晃と、同情して合掌するミサゴであった。




