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夜空を舞う力霊の浄化を終え、ヘリから降りた雪岡研究所の四名は、すぐさま正和、幸子がいる会議室へと向かった。
「その集められている霊も全部、緑の炎であの世送りにはできないのか?」
廊下を歩きながら、何の気無しに尋ねた真に、累はげんなりした顔になり、みどりは魂の抜けそうな表情になって乾いた笑みを浮かべた。
「今の力霊掃除でも結構疲れてるし……いや、疲れてなくても無理です。あれだけの量の霊を全部浄化とか勘弁してください」
「霊に対して強い妖術師も、霊の物量の前には無力か。霊の物量って言葉もおかしいが」
累のくたくた顔での懇願を受け、真が言った。
「この状況、やっぱり推測が正しいってことかー。邪気を満たして、大きな災厄を呼ぶつもりなわけだね~」
と、みどり。
「うん、他にはちょっと考えられない。私と累君は、昔似たようなことを体験したから、尚更そうとしか思えないし」
「懐かしいですね……」
純子の発言に、はかるか大昔、互いに初めて会った時のことを思い出す累。
「お疲れ。さらに大変なことになったようだな」
同じ方向に向かうビトンが合流し、声をかけてきた。
「んー? ビトンさん、機嫌悪い? 何かあったの?」
ビトンが憮然とした面持ちで歩いているのを見て、純子が尋ねる。
「ああ……その理由は向こうで話す」
言いづらそうにビトン。
やがて五人が会議室へと着く。中には正和と幸子、それに彼等の部下が若干名いた。
「結界で新宿が隔絶された話は聞いている、な?」
「うん」
正和の確認に、頷く純子。
「今、白狐家他、空間操作が可能な上級妖術師を動かせるだけ動かし、外から結界の解除にあたらせているんだ、な。解除はできそうだが、とんでもなく時間がかかるそうだ、な」
「解除されることも織り込み済みで、その時間内にあちらさんは目的を遂げる見込みも立っているんだろうねえ」
「だろう、な」
「正直、結界の支柱の建物にミサイルでも撃ち込んで、倒壊させた方がいいと思うよー」
「無茶苦茶言う、な」
純子の提案に、渋い顔になる正和。ビトンと幸子も呆れ、みどりは笑っている。
「純子は冗談ではなく、真面目に提案していると思いますよ。僕も純子の案に賛成です。このまま敵の思惑通りにズルズルといったら、結界の支柱のビルを破壊させるどころでは済まない規模での、悲惨な事態となりますよ」
累がいつになく力強い口調で断言する。
「そうか、な。手段の一つとして考えておくんだ、な。しかし最後までとっておく、な」
と、正和。
「それが不味いんじゃないか? 早めに行動しないと、奴等の思惑の方が進行してしまう」
純子の提案の時点では呆れていたビトンだが、累の主張を聞いて考えを変え、純子や累の提案を推す
「まあ待つんだ、な。奴等は霊をエネルギーとして利用し、自在に災厄をもたらす力を手にしようというのが、最早明白なんだ、な。それを実現するにはまだ時間がかかるだろうから、奴等はその時間稼ぎのため、新たな戦力が新宿に集わぬよう、結界を作動させたんだ、な」
あくまで面倒な策を避けたい正和に、純子、累、ビトンは諦めて引いた。
「霊をまるでエネルギー源のように使うなど、心底おぞましいな」
ビトンが忌々しげに呟く。
「でも霊体は未解明部分が多いだけで、それに科学のメスを入れることができれば、今後、利用法はいくらでもでてくるし、そう遠くない未来には、実際にエネルギー源として使いだすと思うよ。いや、そもそも術っていうのが、人が学術的に霊を利用している方法の一つなんだしさ」
「そんな冒涜が許される未来まで、長生きしたくないもんだ」
純子の話を聞いて、ますます嫌な気分になるビトン。言葉には出さないが、幸子も同感であった。幸子自身も霊を糧にした術を用いるが、それを自分で好んでいるわけでもない。
「こちらも悪い報告がある」
ビトンが渋面になって言った。
「頭に来る話だが、貸切油田屋の中のアブディエルに与する者や賛同する派閥が、勢いづきだしている。デーモン一族の執政委員も半分以上がアブディエルの支持者だ。超常の力の短期量産は、どの国でも成功していない。それを実現しようとしているアブディエルは、革新的な功績者であるし、支援し、保護すべきだとな。おそらく明日にでも、奴等は動き出すだろう」
「純姉はとっくの昔から、超常の力の量産できてるんじゃね?」
ビトンの報告の区切りを見計らい、みどりが明るい声で言った。
「『三狂』は皆それができるよ。それを容易くほいほいと、国にあげたり公開したりしないだけでさ。他にもきっとできる人はいると思う。そういう人達はきっと、自分のためだけに利用しているんだろうねえ。でも私の目指す所である、世界中の誰でも任意の超常の能力を開花させるという領域には、まだ誰も至っていないと思うし、ただ超常の力を身につけさせるだけじゃ、私としては目的が達成できたと言えないんだけどねえ」
限られた特定の能力であれば誰にでも付与できるが、それでは意味がない。どんな能力でも、誰にでも使えるようにするというのが、純子の目的だ。
「世界中の人間に超常の力が開花とか、そんな恐ろしい世界を創る意味あるの?」
幸子が呆れ顔で問う。
「いや、恐ろしくないよー。面白いよー」
幸子に向かってにっこりと微笑む純子。
「そこら中でテロが起こらないか?」
ビトンも呆れ顔で問う。
「別にいいじゃなーい。そもそもテロって必ずしも悪いもんでもないし」
ビトンに向かってにっこりと微笑む純子。この発言には、その場にいる者の多くがさらに呆れてしまう。何とも思ってないのは累とみどりくらいだ。
「世の中にはテロを絶対悪としたい人がいるようだし、少なくとも各国の政府はそういう風潮を作りたくて仕方なくているよねえ? じゃあ仮にテロが絶対悪という認識にされ、しかもそれを完全に防げるシステムが全世界で構築されたらどうなると思う? 生まれた瞬間に脳にチップを埋められ、テロを行おうとしたら爆発する仕組みとか、あるいはそんな発想に至らないように脳をコントロールするとかさー。そうなったら、持つ者と持たざる者、支配者と奴隷階級がはっきりと分かれた、物凄い格差社会が誕生するだけだよー? 一部の人間だけがあらゆる欲望をかなえるために、多くの人間を踏みつけて虐げる社会が出来ても、抗うこともできず、永遠にそれが続いちゃう。テロを起こせなくした社会――民から暴力を取り上げた社会ってそういうものだよ? 抑圧され続けて我慢の限界となったら、抑圧された民にできる対抗手段は、暴力以外にないんだからさー。その暴力の行使もできなくしちゃうって、大変な事だよねえ」
「ディストピアの抵抗手段としての必要悪か……。テロリストの相手を散々してきた身としては、感情的には受け入れがたいが、まあ理屈はわからなくもない」
純子の話は、認められるわけではないが、非常に興味深いと思えるビトンであった。幾つもの未来の可能性を見たうえで、持論を展開していると。
「テロが起こりまくりそうな世界をいいとは思わないが、君の哲学は面白いな」
「私に言わせれば科学と哲学は切り離せない代物だからねえ」
ビトンに褒められ、純子が照れくさそうに笑う。
「まあ、そんなどうでもいい話より、肝心な話がまだあるんだ、な」
溜息混じりに正和が言った。
「こちらも本格的な反撃にでるんだ、な。今、準備を進めているんだ、な」
正和が告げた言葉に、雪岡研究所の四名とビトンは注目する。
「敵の本拠地がわかったのか?」
真が尋ねる。
「わかってないんだ、な。本拠地急襲とかではないんだ、な」
「じゃあどんな反撃をするつもりなんだ?」
敵の本拠地さえ判明していれば、敵の頭をとってそれで終わりになるが、その手段以外で、今のこの状況で何をどうすれば反撃に繋がるか、真には見当もつかない。真以外の者にもわからなかった。
「それはだ、な……」
正和の口から聞いた反撃の方法に、一同驚きつつも、霊のことを深く知らない真とビトン以外は、納得していた。
***
「結界の壁際で、ちょっとした騒動になってるらしいよ。機動隊が必死になって抑えてるけど。ちなみに騒ぎを起こしているのは日本人じゃなくて、外人の集団ね」
ネットを閲覧し、新宿を囲む見えない壁の騒動に関して追っていた十夜が報告した。
「日本人はこういう時、容易くパニックに陥らないし、ヒステリックに騒ぎもしないからね」
日本人の冷静さを誇るのではなく、外人への侮蔑を込めて凜は言った。
「安楽市の人間なんて銃撃戦にも慣れてるから、さらに冷静だよねえ」
晃がそう言った直後、一同、緊張して戦闘態勢に入る。
四人共、彼等が現れる前の、彼等特有の電磁波に対して敏感になっていた。ビルの角の向こうから、ゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかる。
だが、それが現れたのを見て、四人共戦闘態勢を解いた。
現れたゾンビバトルクリーチャーは、もうすでにどこかで交戦したようで、行動も難しいほどの代物であった。足を引きずってはふらつき、倒れ、起き上がり、進んではまたよめいて倒れる。
「何か可哀想……死んだ後にもこんな風に利用されてさ」
ゾンビバトルクリーチャーの痛々しい姿に、十夜がぽつりと呟く。
(霊達も皆そうだな。誰かの欲のために、大勢の人間が死後も延々と苦痛を与えられているのだから)
凜の中で、町田博次が怒りを滲ませて言う。
「貸切油田屋はずっと昔からやってきたじゃない。金貸しだけじゃ飽き足らず、軍需産業まで始めて、世界中で意図的に紛争や戦争を起こしてきた。そして生者を食いつぶすだけでは飽き足らず、とうとう死者まで食いつぶすというわけね」
町田と十夜の双方を意識した台詞を口にする凜。
「人が人を食いつぶす様など、僕はお前達の何倍もの年月をかけてずっと見てきた。最早諦観しかない。キリが無いとわかっていても、食いつぶす側を少しでも潰していくのみ」
ミサゴが静かに言い放つ。
「あれ? 騒いでいた外人らが……」
リアルタイムで配信されていた映像の中で、透明の壁際で喚いていた数名の外人が、急にその場に崩れ落ち、眠り出したのを見て、十夜が訝る。
「ふむ、それはおそらく……」
後ろから十夜の見ているディスプレイを覗き、ミサゴはこの現象の正体を見抜いた。




