表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
31 死都を築いて遊ぼう
1046/3386

12

 イーコのツツジと出会った以外、これといった収穫は無いまま、純子と累は貸切油田屋力霊量産計画チームのアジトを後にする。


 そこに、貸切油田屋の幹部であり実行部隊隊長のハヤ・ビトンからメッセージがあった。

 メッセージの内容は、おそらく幸子や他の面々にも伝えられていると思われる。自分の上司が危機であるという事と、六本木にある貸切油田屋日本支部に、自分一人が呼び出しを食らっている事が書かれていた。


 おそらく待ち伏せであり、ビトンを誘き寄せて殺害しようとしているのであろうが、それがわかっていても上司を放っておけない。かといって大人数でいっても、一網打尽にされてしまう可能性がある。何しろ味方ごと爆殺するようなやり方をする相手だ。何か良い知恵が無いかと、ビトンは素直にヘルプを求めていた。


 純子がビトンに電話をかける。


「私にいい案があるんだ。これはむしろチャンスとも言えるしねー。それでもビトンさんは命がけになると思うけど」

『名案があるなら是非教えてくれ』


 電話の向こうのビトンの声は冷静そのものであった。歴戦の戦士だけあって、肝は据わっている。


『いや……そ、それで本当に上手くいくのか……そんな漫画みたいな都合のいい話が……』


 しかし純子が思いついた策を告げると、その声に如実に不安の響きが現れる。


「多分絶対上手くいくよー。私が保証するっ」

「多分絶対って、稀によくあると同系統ですか」


 累が思わず笑みを零す。


「この世には絶対は絶対無いから多分絶対っ」

『わ、わかった……。私の頭では他にいい案も思い浮かばないし、それでいってみる……。ありがとう……』


 さらに不安げな響きを増大させた声で礼を告げ、ビトンは電話を切った。


「純子の案て、そんなのばっかりですね」

「ワンパターンかもしれないけど、それでも大体上手くいってるじゃなーい」


 笑顔でからかう累に、純子も微笑む。


「私達も六本木の貸切油田屋本部に行ってみよう。間に合うかどうかはわからないけど」

「それじゃあ台無しになりませんか?」

「こっそり忍び込めば大丈夫だよー。多分。行き当たりばったりこそマイ・ジャスティスっ」

「嫌なジャスティスです」


 言い切る純子に、累が微笑みながら呟いた。


***


 ほころびレジスタンス、ミサゴとアリスイ、真とみどりは、機動隊らと協力して、バトルクリーチャーの駆除に奔走していたが、しばらくして、近場でのバトルクリーチャーの出現報告を聞かなくなっていた。


「この辺はそろそろ掃討したかな。数は多くないという読みで当たっていたか」


 機動隊達とは少し離れた所で、バトルクリーチャーの死骸の上に腰かけ、真が言った。


「結構疲れましたねー。あっちこっち駆けずり回って……」


 亜空間トンネルの中から、アリスイがくたびれ声で言う。


「僕達が必死に戦ってる所を、呑気に撮影してる奴等に腹が立ったよ。あいつら餌になって食われりゃよかったのにさー」


 遠巻きに、未だこちらに指先携帯電話のカメラを向けている一般人を睨みつけ、晃がぼやく。


 晃の気持ちは十夜にもわからないでもない。しかし実際に見殺しにしても寝覚めが悪いし、戦って撃退できる力が自分達にはあるので、腹は立つが一応戦った。それまでの話だ。


「別にいいじゃない。撮影されようが、晒されようが」


 ホログラフィー・ディスプレイを見てネットを閲覧しながら、何故か機嫌よさそうに微笑みつつ、凜が言った。

 晃と十夜が後ろから覗き込むと、匿名掲示板に凜の画像つきで、バトルクリーチャーとの戦闘実況がなされていた。凜が美人だの格好いいだのと書かれまくっている。


「ほほう……凜さんて、案外単純なんですねー」

「いや、褒められればそりゃ悪い気しないでしょ」


 アリスイが苦笑気味の声を発し、凜は未だにやけたまま言い返す。


「このまま大人数でぞろぞろ行動しても仕方ない。僕とみどりは別行動をとる。雪岡達の動きも気になるしな」

「えー、相沢先輩いっちゃうのかー。アリスイと相沢先輩トレードしようぜィ」

「ちょっとちょっと、オイラをドナドナする気ですかーっ。ひどいじゃないですかーっ」


 真の宣言に、晃が不服な声をあげて提案し、アリスイがさらに不服な声をあげる。

 結局真とみどりは、ほころびレジスタンスと別行動と相成った。


「俺達はこれからどうするの?」

 十夜が晃に伺う。


「よっし、疲れたから休憩して様子見しようっ」


 爽やかな笑顔で告げた晃の決定に、異を口にする者はいなかった。


***


 六本木にある貸切油田屋日本支部を訪れたビトン。電話での要求に従い、一人での来訪だ。

 相手の要求に従うことへの危険性は承知のうえである。しかしこちらも策はある。


 ラファエルの執務室に入ると、拘束されて転がされたラファエルと、椅子に腰かけたアブラハム吉田の姿があった。


「ぐっ……何故むざむざ来た……。こんな見え透いた罠に……」


 ビトンの姿を見て、ラファエルが歯噛みして唸る。


「ラファエル、悲観する振りをして、ビトンが何か策を練ってきたと期待しているのではないか?」


 無表情かつ冷静に言うアブラハム。


「一人で来れば解放する約束だろう?」


 そんな気が相手にあるはずがないと承知しつつも、あえて口にするビトン。


「力霊を街に放つだけでは飽き足らず、バトルクリーチャーまで放すとは、どういうつもりだ」


 目論見は大体わかっているが、これもあえて疑問としてぶつけるビトン。


「何故あれを我々の仕業に繫げる? たまたまどこかの動物園から逃げ出したのかもしれんぞ」


 ビトンの問いに、肩をすくめて逆に問い返すアブラハム。


「バトルクリーチャーを放ったトラックの一つもすでに抑えてある。貸切油田屋のドライバーだった。ゴースト・ウェポン・プロジェクトに携わっているメンバーのな。外部の者を雇いもせず、まるでわざとバラすように、部下を使っておきながら、ここでとぼける意味がわからんな」

「そうだな。無意味なおとぼけだったな。いや、無意味ではないな。君の反応を見てみたかった」


 アブラハムが立ち上がり、己の頭部を両手で掴んだ。


「アブラハム吉田は偽名だ。この顔もね」


 頭髪付きの人工肌をめくってみせるアブラハム。現れたのはブルネットの髪の白人青年だ。水色の瞳だけはそのままである。


「あ、貴方は!?」


 ラファエルがその顔を知らないはずがなかった。ビトンとて彼が誰であるかは知っている。


「アブディエル・デーモン……」

 ビトンがその名を口にする。


 見た目は二十代の青年であるが、恐らく現存する一族の中では最古参の長老だ。

 それも当然である。彼――アブディエル・デーモンは、数百年も間、一族の棟梁として、そしてアメリカの陰の支配者として君臨してきたフィクサー、ミハイル・デーモンの長子なのだから。

 噂ではアブディエルも、独立戦争時代から生きているとのことである。


「雪岡純子を呼べば、彼女のパートナーであり、父を殺した雨岸百合もセットで来るかと思ったがな。そうそう上手くはいかなかったか」


 すでに仲違いしていることは、アブディエルの耳には届いていなかった。


「彼女を呼び寄せるよう提言したのは、貴方の手の者か」

 ラファエルが呻く。


「ヨブの報酬の中にも、我々のスパイは潜んでいるし、あそこのトップは雪岡純子とも懇意だから、簡単に誘き寄せられると思ったよ。父を殺した者達が三十年間もの間、のうのうと生きているのを見ても、腹違いの愚かな弟や妹達は知らん振りだ。ひどい話だよ」


 冷たい眼差しをラファエルに向け、アブディエルは皮肉めいた口調で告げた。


「貸切油田屋の歴史は古い。お前達のような反乱分子も過去幾度となく発生しているので、その対策もマニュアル化されている。それを知るのは私を含め、ごく限られた者だけだがね」

「多くの人間を踏みしだき、犠牲にして、一部の特権階級の者だけが利を貪る方法もマニュアル化されているのと同じか」


 アブディエルの語り草に苛立ちを覚え、ビトンが皮肉る。


「その通りだ。ピラミッドの頂点のさらに上から、人の世を見下ろし、管理するのが我々の役目だ。そうあるべきだ」


 大真面目に豪語するアブディエル。


「ラファエル、君に与する愚か者達も、すぐに粛清する。もう私にはそれを実現できる力がとっくに有る。デーモン一族と貸切油田屋を総べる力もな。機が来るのを待って潜伏していたが、根回しはちゃんとしておいた」


 根回しがある程度済んだからこそ派手に動き出したのだろうと、ラファエルもビトンも、アブディエルの話を聞いて納得する。


「私を呼んだのは、私だけを誘き寄せるつもりではなく、この件の協力者も呼び寄せ、まとめてここで始末するつもりだったのだろう?」


 ビトンが問うと、アブディエルは顔をしかめた。


「半分当たりかな。できれば雪岡純子を連れてきてほしかった。しかし君一人だけだ。賢明な君のことだから、心強い味方に声をかけてきてくれたうえで、万全の準備と共に、ラファエルを助けにくるかと思ったら……。罠と見抜いたなら、誰かを連れてくるか、あるいは来なければよかったのに、何故わざわざ素直に従って一人で来る? これはどういうことだ? 無駄死にだし、ラファエルも助けられないではないか」


 アブディエルからすると、目論見が大きく外されてしまった。まさかビトンが馬鹿正直に一人で来るとは、思っていなかったのである。


「どうせお前も本体ではないんだろう? 自分の偽者を使って誘き寄せ、味方もろとも的を吹き飛ばすようなイカレ野郎だ」


 そんな場所に味方を連れてきたら、共に殺されるだけというニュアンスを込めて、ビトンは言う。


「いいや、これは本体だ。そんな手段で雪岡を滅ぼせるとは思っていない。そして本体でないと、私は私自身の力を出せないからな」


 好吉の作る分裂体は、好吉の分裂体であれば好吉と同程度の力を所持しているが、他人の分裂体に至っては、劣化性能しか作れないという欠点がある。


「雪岡を斃すのが目的か?」

 ビトンの問いに、アブディエルは頷いた。


「目的の一つだな。できればあれもゴースト・ウェポンとする。より私の力を強固にするためにな。それに雪岡や雫野を殺したとあれば、私の名に箔もつき、私が一族の長として君臨した際に、世界中のフィクサーにも一目置かれて、彼等とのやりとりもスムーズになる」

「取らぬ狸の皮算用という、日本の諺を知っているか?」

「知らんが、卵が還る前に雛を数えるなと、同じ意味かな」


 せせら笑うビトンに、にこりともせず腹も立てず、無表情のまま返すアブディエル。


「ところで、ビトン、ラフアエル。私の目論見は思わぬ結果で外されたことだし、君達の命如き奪っても仕方無い。今からでもいいから、貸切油田屋の正当な一員として働きたまえ。我々に楯突くことなく、協力せよ。特にビトンよ。君と共に行動している者達の名と居場所を全て教えろ。そして君は引き続き彼等の味方として振る舞い、我々が襲撃をかける所で、不意をついて彼等を襲え。タイミングは君に任せる」


 臆面も無く言いたい放題身勝手なことを要求してくるアブディエルに、ビトンは呆れを通り越して感心する。信じられないほどの尊大さと傲慢さだ。


「寝言は寝て言え」


 ビトンが不敵に笑い、吐き捨てる。その反応を不審がるアブディエル。


「この状況で君達に成す術など無いとわからんか? 誇りを取って無駄に命を散らすかね? そこまで愚かだったのか?」


 その時、電話がかかってくる。相手はデーモン一族の執政委員の一人であり、アブディエルの子飼いだ。


『アブディエル、貴方が得意気に喋っている話が全て、ネット上にリアルタイムで流れているぞ』


 電話の向こうの相手の言葉にアブディエルは目を丸くして、ビトンを見た。どういう事か、瞬時に理解できた。


『御丁寧に貸切油田屋のゴースト・ウェポン騒動などという、真相を全て詳細に書かれた特設サイトを作って、数分前からあちこちに宣伝までしている。ミラーサイトも多いから、すぐには潰せん。そして貴方が喋っている内容が、貸切油田屋の大幹部達にも、まだ根回しの済んでいないデーモン一族達にも知られている有様だ』

「ふむ……そういう手か……。まさかそこまでくだらぬ手を使うとは……くだらなすぎて、警戒していなかった。頭が回らなかった……」


 微かに声を震わせて、指先携帯電話を持つ指先は大きく震わせて、アブディエルは呻くように言った。


「チンケな二流悪役が、正体を明かした際に得意気にべらべらと真相を語る性質を利用させてもらった。貴方は自分が大物で、崇高な目的を掲げているつもりでいるかもしれないが、所詮はそんな程度だよ。私のような、取るに足らない一兵士の企みに、簡単に引っかかる程度のな」


 実際には自分の企みではないが、煽るためにあえてそう言ってやるビトン。


「ふむ、理解した。とるに足らぬ小虫でも、噛み付いて人を不快にする程度はできるということだな」


 嘲るビトンに、アブディエルは冷たい声で告げ、殺気を膨らませる。


「あっさり怒るのか。確かに二流だ。父上もお嘆きだろう」


 ラファエルもそれを見て、笑顔で罵る。


「地獄へ……」


 何かを口走って、まずラファエルから殺そうとしたアブディエルであったが、自分に向けられた鋭くも強烈な殺気に、全身総毛立って、慌てて後方へ跳ぶ。


 アブディエルがそれまでいた空間を、漆黒の刀身が突き出していた。空間の切れ目から、刀身だけが姿を覗かせていた。


「惜しかったですね。いや、あれだけ油断していたのにかわしたということは、逃げる反応速度だけは、称賛に値していいのかもしれません」


 扉を開け、室内に入りながら累が言う。


「おいすー、マッドサイエンティストの訪問販売だよー」

「来たのか……」


 さらに累の後ろから、明るい声と笑顔と共に現れた純子。この二人が来るとは思っていなかったビトンは、少し驚きつつも、安堵していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ