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「妖鋼群乱舞」
連続で善治の側から仕掛ける。今度は星炭流の妖術だ。
善治の足元からメタリックな肌を持つ銀色一色の小人達が無数に現れ、羽を広げて次々と空中へと羽ばたいていく。
セオリーだとそのまま敵に飛び掛って、まとわりついて攻撃する所であるが、善治はここで懐から何枚もの大きめの白い布を取り出し、鋼の小人達に向かって広げてみせる。
鋼の小人達は白い布を次々と受け取り、数人がかりで一枚の布を持った状態で、輝明めがけて飛翔する。輝明の周囲で、何枚もの白い布がはためく。小人達は輝明の周りで、白い布を持って旋回しているだけだ。
一体何事かと注目するギャラリー。輝明も善治の意図がわからないので、迂闊に手を出そうとしない。あの白い布に何か仕掛けがあるのではないかと、そう勘繰ったのだ。そして何を仕掛けてくるか、興味もあった。
輝明が動かずに様子を見ているのを見て、善治は真の言葉を思い出す。
『好奇心というのは、特に強い感情だ。これを利用して仕込みを行う』
この白い布は、輝明の好奇心を惹かせるものでもある。その後の用途を知れば、輝明は黙って見過ごしはしないだろう。
やがて小人達が白い布を垂らすように大きくひろげ、輝明の四方を覆う。まるで簡易更衣室のように、輝明の姿が布によって視界から遮断される。
もちろん輝明の視点から見ても、視界が遮られている事は同じだ。
この機を逃さず、善治は駆けだして輝明に一気に迫ると、布に向かって飛び蹴りをかました。
啞然とするギャラリー。星炭の術試しの場合、武による戦いになることもある。それは別に構わないが、術を目眩まし代わりに利用したうえで、肉弾戦の不意打ちをつくという格好は、流石に驚かされた。
さらに善治は、白い布越しに輝明の体を何度も殴りつける。
「邪道だ!」
「セコいわ」
「いや、戦いは何でも有りだし、武の戦いも、星炭の本分から外れてない」
「これは頭を使ったれっきとした策だ!」
「術をサポートにして、近接攻撃メインてのはどうなのよ……」
否定する声と肯定する声が飛ぶ。
「がはっ!?」
悲鳴をあげて、善治の体が大きく吹き飛んだ。
布がめくれあがると、輝明の体の周囲を、異なる色の五つの淡い光の球体がそれぞれ異なる軌道で回転していた。
輝明のオリジナル新術、ペンタグラム・ガーディアンだ。前回の綺羅羅との術試しで目の当たりにした術師も多い。
善治の体がこの球体によって吹き飛ばされたのは明らかだった。体術が苦手な輝明が、その穴を埋めるために編み出した術である。
「あの五つの玉は、それぞれが五芒星を描く軌道で、輝明の周囲を回ってますね。それによって術の力を高めているといったところですか」
累が言った。
「イェア~、言われてみればそうだねえ。御先祖様、意外と観察力あるんだねえ。あばあばあば」
「累のくせにやるな」
「一応これでも僕、最強の妖術師って言われてるんですけどね……」
嫌な褒め方をするみどりと真に、累は微苦笑をこぼす。
「妖鋼群乱舞」
起き上がった善治が、ダメージを感じさせない顔で再び同じ術を唱え、メタリック小人達を呼び出す。
そのうえまた白い布を持たせて、輝明へと飛翔させる。一度破れた戦法を繰り返し行うことに、ギャラリーは不審がる。
(どっちだ? 考え無しに同じことの繰り返しか? それとも、そう見せかけて何か罠があるのか?)
輝明が勘繰るが、いずれにしてもペンタグラム・ガーディアンは、接近する者を自動的に撃ち落としてしまうし、放っておくとろくなことにならないと予想できる。
光球の飛空領域に、布の一枚が入ったその瞬間、光球が速度を上げて布めがけて襲いかかり、布を弾き飛ばさんとする。
光球が布に触れた瞬間、輝明の間近で立て続けに爆発が起こった。
それが何を意味するか、大体の者が理解できた。全ての布に、起爆性の高い爆薬の類を仕込んであったのだ。
(善治が本来嫌うような、卑怯な不意打ちや騙まし討ちばかりだな。しかし勝利するために、それもれっきとした兵法として、己の中で飲み込んだのか。どこかでいい師に巡りあえたようだな)
善治の戦い方を見て、良造は見抜いていた。これらの戦法を善治一人で思いついたとは、とても思えない。
布に仕込んだ爆薬の量は大したものでもない。深刻なダメージには繋がらず、せいぜい一時的にひるませる程度だ。しかし三半規管にはかなり響いたようで、それによって輝明の精神集中も途切れ、術を持続する事が出来なくなり、光球も消える。
輝明がひるんでいる隙に、善治が新たな術を唱える。
「天草之槍」
光の槍が一本、善治の足元より発射される。綺羅羅も輝明に用いた術であるが、綺羅羅が使った時とは異なり、術にはアレンジが施してある。普通に使ったのでは殺しかねないので、槍の穂先は潰して貫通力は無くし、打撃のみにしてある。
槍は威力を殺すだけではなく、軌道もアレンジされていた。普通は放物線を描く軌道だが、これは低空飛行で垂直に放たれている。軌道のアレンジも、輝明の意表をつくために、考えて改良した。
槍が輝明の右太股を直撃し、輝明は痛みと衝撃に顔を歪め、再び片膝をつく格好になる。
善治がさらに術を唱える。片方がやられ続け、そこに連続でもう片方が術を繰り出す、術試しのハマリパターンになったと、術師達は見た。
呪文の詠唱を聞き、ギャラリーがどよめく。
「雷軸の術だぞ」
「あの歳であの術を使えるのか」
「そりゃ当主になろうというなら、そのくらいの力を示さねば……いや、それ以前に、術試しでそこまでやるか?」
「我々も巻き込みかねない。後ろの人下がって。詰めて」
ギャラリーが全体的に後退した所で、善治の術が完成し、紫電の渦が放出された。
(派生する紫電の数が少ない。まあこの歳でこの術を使えるだけでも、大したもんだけど)
善治を中心として渦状に発生する紫電の束を見て、術としては及第点レベルだと、綺羅羅は思う。
善治より放たれた紫電を纏った生体エネルギーの渦は、輝明に届く前に、一直線に切り裂かれ、消え失せた。
輝明の足元から地を走るようにして、鮫の背びれのような形の光の刃が迸り、雷軸の術の生体エネルギーを切り裂いたあげく、善治の体を跳ね飛ばした。善治の体が宙を舞い、空中で回転して、うつ伏せに地面に打ち付けられる。
誰も見たことのない術であった。輝明のオリジナル術であることは間違いない。
「斬り逃げシャーク。てめーとの戦いが決まってから、わざわざてめー用に作った術だ。光栄に思えよ」
うつ伏せに倒れている善治に向かって嘯く輝明。
(手加減する方がしんどいぜ……。当てる直前に威力を殺すコントロールをしたけど、それでもちょっとキツかったか?)
加減する方で気疲れした輝明である。本来は斬撃エネルギーであるが、刃は最初から潰しておいた。加減しなければ、打撃だけでも殺しかねない威力だ。
「一週間でこれほどの術を編み出しますか……」
累が呻く。今の術の性質を見た限り、威力は相当なものであるし、術の威力に比べて輝明はさほど消耗もしていない様子で、コストパフォーマンスにも優れていそうだ。
(新術作りの天才とは聞いていましたが、現時点でもその部分だけで、僕や弦螺よりはるかに優れた才を持つと、言わざるをえないですね)
その筋で輝明が注目されているのが、累にもよく理解できた。
「善治、ヤバくね? 善治は小粒な攻撃をこまめに輝明に当ててたけど、輝明の今の一発で、思いっきり引っくり返しちまったよォ~」
倒れたまま動かない善治を見て、みどりが言う。
「善治、根性だ。さっさと立て。まだお前が用意した手を見せきってないだろう」
真が声をかける。
「そうですね。せめて切り札くらいは見せましょう。一週間の努力を無駄にしないように。輝明もダメージの蓄積がありますし、善治に勝機は十分に有りますよ」
「イェア、全体的な流れとしては善治が押してるんだぜィ。でも輝明の術一発食らえば、あっさりひっくり返るから、できるかぎり食らわないように」
累とみどりもアドバイスを送る。
「おい、そこのてめーら、揃って何なんだよっ。何でこいつに肩入れしてるんだよっ。うるせーから口出しせず黙ってろよっ」
輝明が真達三名の方を向いて、不機嫌さ丸出しで喚く。
「いや、善治の面倒見てた立場だって言ったろ。アドバイスするのも、ボクシングのセコンドみたいなものだから、当然有りだろ」
「ふえぇ~……何か嫌なデジャヴが……」
真の言葉を聞いて、みどりが表情を歪める。
「うるせー死ね。有りかどうかのルールは俺が決めるんだよっ。部外者入れてるだけでも……」
「そうだ、善治! 頑張れ!」
「立てよっ! 善治! まだ手があるのなら出しきれよ!」
「あの天才の牙城がもう少しで崩せるんだぞ!」
「正直お前がここまでやるとは思わなかった。だからもっと頑張れ!」
星炭の術師達からも応援の声が飛び、輝明の言葉を遮った。
正直な所、善治では勝機が薄いと誰もが思っていた。善治サイドについた者ですら、善治では勝てないと思っていた者が多かった。何しろ相手は千年に一人の天才とまで呼ばれ、将来は雫野累や白狐弦螺に並ぶほどの大妖術師になるとまで、見なされている逸材だ。その輝明相手に、善治は善戦している。
才能という理不尽な壁は崩せない。誰もがそう思っていたのに、その壁が今揺らいでいる。凡才が天才を凌駕するかもしれないとう、ありえない出来事への期待に、彼等の胸は激しく高鳴り、かつてない興奮に酔い、昂ぶりを抑えられずに声援を送っていた。
「善治ーっ! 善治ーっ!」
「負けるな善治! あと少しだ!」
「輝明を打ち砕け! お前が当主になれ!」
「食らいつけ! 善治! 限界突破せよ!」
自分に一斉に送られる声援の数々が、善治には信じられなかった。キモがられ、疎まれ、小馬鹿にされてきたばかりの自分に、熱のこもった声が幾重にもかかっている。こんなことが起こるなど、全く信じられない出来事だった。
(もしかしたら、善治が勝てるかもしれない)
(私は輝明と同じ考えなのに……それなのに、今は善治が勝つところを見てみたいと思っている)
声を出さぬ者達の中にも、善治を心の中で応援している者も沢山いた。中には輝明派だった者さえ、善治の姿に胸をうたれていた。
判官贔屓と単純な一言で済ませられない、言葉にして表してしまうのがチープな熱狂。天才と無才の戦いという先入観と、勝利者予測への裏切りがもたらした、今目の前にある奇跡の構図。
(いやいやいや……輝明勝ってくれよ。そうでないと困る)
一方、玉夫はあくまで輝明を応援するのであった。
(ふん、どっちも負けて死ねばいい)
一方、銀河は冷笑を浮かべながら、投げやり気味にそんなことを思っていた。
(こんな俺なんかに声援なんて……)
善治は涙が溢れるのを堪えられなかった。同時に、これまでの人生で一度としてありえなかった程に、底無しとも感じられるほどの闘志も溢れ出た。
こっそりと涙をぬぐい、善治が立ち上がると、一際大きな歓声があがる。
(いろんな手を考えてきたけど、もう……あと一発くらいしか余裕は無い)
体の芯に響くダメージは深刻だった。小さい頃、バイクにはねられて病院に運ばれた経験がある善治だが、あれと似たような衝撃だ。今立っていられるのが、自分で不思議なほどだ。
(最後の一発だ……。あれしかない)
善治はこの最後の一発に、雫野の術を選んだ。気持ち的にはフィニッシュを星炭の術で決めたかったが、最早そんな余裕は無い。
善治が一種間の間に会得した雫野の術は二つ。一つ目は最初に披露した、善治と奇跡的に相性の良かった人喰い蛍。もう一つは、触媒に大きく依存するため、習得がさほど難しくない術。
「黒蜜蝋」
人喰い蛍同様、呪文の詠唱は術名一言で済む。みどりが編み出した術であり、雫野の妖術師
の中でも、これを会得しているのはみどりと、彼女に教わった累と綾音しかいない。
黒ずくめの善治の衣服の全体から、そして善治の髪と瞳の芯から、コールタールのような黒いドロドロした液状のものが溢れて、地面へと落ち、善治の影と混じる。
影が地を這うようにして伸びていくが、夕闇のおかげで視認はしづらい。しかし輝明は妖気の接近を感じ取っていた。
(下か)
輝明が目を落とすと、濃い妖気が黒い平面状に凝縮され、接近してくるのを視認した。
「星屑散華」
接近する黒蜜蝋に、金平糖を弾丸にして浴びせる術を用いる。
蠢く影のような漆黒のそれは、無数の金平糖に撃ち抜かれて、動きを止めた。
さらに輝明は、善治にも金平糖の弾丸を放つ。しかし数は極力抑えておいた。もう放っておいても善治は倒れそうなくらい疲弊している。あと一押しすればいいだけだ。
金平糖弾丸を何発か食らい、善治はあっさりと崩れ落ちた。
終わったと、誰もが思った。善治もそう思った。虚脱感と共に、善治は己の敗北を認めた。もう根性でどうにかなる領域ではない。体が言うことを聞いてくれない。
(悔しい……。でも……心地いい……)
うつ伏せに倒れて、地に頬をつけた善治は、未だかつて感じたことのない、不思議な感覚に包まれていた。
輝明がゆっくりと善治に近づいていくと、倒れている善治の間近でしゃがみこむ。
以前の善治なら、輝明が見下して嘲り煽ってくると反射的に身構えていた所だが、今の善治にはわかる。この場面で、輝明はそんなことをする奴ではないと。
何故それがわかってしまったのか、善治にもわからないし不思議だったが、そう感じた。何も言う前から通じてしまった。
「ケッ……俺はてめーが大嫌いだが、今は……称えてやりたい気分だよ」
輝明が笑顔で告げる。いつもの彼特有の笑み。牙のように目立つ犬歯をちらつかせて、不敵だが愛嬌に満ちた笑顔。以前は見る度に苛立った輝明の目立つ八重歯が、今の善治はそう感じることもなく、妙に爽やかに見えて、気持ちが和んだ。




