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「それを着けたら100パーセント死ぬ」
鳥を模したスーツを見下ろす則夫に、真が抑揚に欠けた声で警告する。
睦月に復讐したいという則夫の望みを、純子はこのスーツを与えることで叶える形を取った。当然、命の保障無き実験台となる約定を交わしたうえで。
「装着して力を無理矢理増幅する有機装置だ。その中でもそれは雪岡が最近作ったばかりのもので、調整がまるでうまくいってない」
マウスの中の系統でも、ヒーロー系と呼ばれているものは、装着、もしくは体内に埋め込まれた肉体能力増幅器によって身体機能が格段に上昇し、物によっては超常の力を誰でも行使できるようになる代物が多い。あるいはその両方というパターンもある。
それらは大抵、純子によって正義のヒーローになったと言い聞かされ、うまいことのせられて実験台にされる。運良く生存できた場合も、放し飼いのマウスとしてストックの一つ扱いされる。
彼等はマウスの中でも強力な部類で、最も安易に強大な力を得られるが、その代償も大きい。生命力を酷使して強引に力を引き出しているために、加減を誤れば即座に死に至る。特に今則夫が渡されたスーツはまだ製作段階の初期もいい所で、安全面が全く考慮されておらず、装着者の全生命力を吸い尽くす代物であった。
「ヒーロー系マウス達の多くは、自分を正義のヒーローと信じて疑ってなくて、雪岡からお呼びがかかるのを心待ちにしている。その時こそ、正義の味方として悪を討つ機会だと信じきってな。実際は雪岡の都合でいいように使われるだけだが」
則夫は真が何を言っているのか全てを理解はできなかったが、真が自分のことを真剣に案じてくれているのだけは伝わった。
「復讐なんて馬鹿のやることだから、やめておけ」
「そ、そそ、それ、もも、ももう四回聞いた」
「言ったのは五回目だよ」
「ううう、とにかくいっぱいいっぱい聞いた。仕返しするのが馬鹿馬鹿しいのは、お、お、お俺もわかってる」
「心の中でお前の仲間達に聞いてみろ。そんなことを望んでいるのか? お前に対して、死んでまでも復讐して欲しいと願っているのか?」
昨日からうるさいくらいに則夫を思い留まらせようとする真。その気持ちは則夫には伝わっている。だが引き返す気は無い。
「お俺、ひひ人より劣るのわかってた。人ので出来損ない。人なのにひ、人じゃない。でで出来損ないの人。頭が出来損ない。だから人間の出来損ない。わかってた。ででででもとと父さんとか母さんは、う、うう生まれてきてくれてありがとうって言ってくれた。だだだから人に近づこうと頑張った。友達もおおお応援してくれた。ふ、普通になろうと。ふふふ普通の人になりたかった。でもダメ。高校まで出たけれど、だ大学は続かなくて、どどこも就職できなくて、俺が馬鹿だからって、頭が出来損ないで、ふ、普通よりずっとずっと下の人の出来損ないって見られて、ダメって言われた。でででも、『肉殻貝塚』には就職できた。裏通りの組織なのに、皆いい人ばかりだった。俺のこと馬鹿にしたりしない人達ばかりで、俺を普通の人と見てくれた」
真を見つめながら、則夫は必死に自分の想いを伝えようとする。喋るのは苦手であったし、どもりがひどく、話し方もおかしくて人に伝わないことがよくあることも自覚していたので、余計に焦って、何とか自分の想いを伝えようと懸命になる。
その間、真も則夫から視線を一瞬も逸らすことなく、黒目がちの大きな目でじっと則夫のことを見続けていた。ずっと無表情ではあったが、真摯に話を聞いてくれていることは、則夫にも伝わった。
「きききっと俺が仕返しするのをあの世で見て、皆は反対すると思う。思う。ででもどうしても許せない! と、特に愛ちゃんを殺したのが絶対に許せない! 愛ちゃんは俺と同じ。普通の社会にいられる場所がなくて、こっちに来てやっとよくなったのに、別に悪いこともしてないのに、殺したあいつが、ゆ、許せない!」
「その復讐で身を滅ぼして、お前の父親や、その愛ちゃんとやらが喜ぶはずがない。悲しむだけだろう」
タイミングを見計らって口を挟む真。
「自分の命までかけて復讐に臨むことは、お前の大事な人達が哀しむ行為だ。そこまでする必要は無い。お前がそんなことをしなくても、あいつは僕が殺す予定だしな」
「うっ、うーっ……。ででででも、でもダメ。頭の中で、黒い何かが叫んでる。暴れてる。それのせいでダメ。俺が俺が俺がやらないとダメ。真の言うことわかる。わかっているけれど、おお抑えられない」
苦しそうに顔を歪める則夫。
「僕もそれはわかる。でも、最後の最後まで考えてくれ。その暴れている黒い何かと戦ってくれ」
「どどどうして真、俺にそんなに親切?」
則夫の問いに、真は数秒ほど間を開けて、則夫から視線を外してから答えた。
「お前を見ていると昔のダチを思い出して、放っておけなくてね」
心なしか気恥ずかしそうな響きの声を出す真。
「そうなのか、で、で、で、その昔のダチはどうした?」
則夫は訊ねてから、表情こそ変わらないものの、真から明らかに悲しみのオーラが出ているのを見てとり、自分が聞いてはいけないことを聞いたことを悟る。
「ごごごご、ごめん」
「いや、いいよ」
今までずっと無表情だった真が、一瞬だが笑顔を見せる。
「お前のおかげで久しぶりに思い出せたからさ。もっとスマートだったけれどな」
「だだだダイエットは俺無理無理無理。体の中にぼぼぼぼ防弾繊維入れてるから」
則夫も笑顔を広げてみせる。
その笑顔の内側で、自分を気遣ってくれる真の言葉を聞き入れず、復讐と破滅の選択をとることに、後ろ髪を引く思いでいっぱいだった。