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星炭邸で二度目の集会のあった二日後。雪岡研究所。
すっかり傷が癒えた修は、訓練場でみどりと累の二人を相手に、対雷軸を想定しての特訓に
励んでいた。
見た目は小学生高学年程度の雫野流の二人組だが、武術だけでも修を大きく上回っている。修としてはよい師のもとで稽古に励めるというものだ。
流石に空を高速で飛ぶことはできないので、累、みどりの二人がかりで、修の周囲を駆け回り、時折空間移動などを行っている。
そして雫野二人組は、首から緑の照明装置を下げていた。二人がこれを任意のタイミングでスイッチを入れると、自分の照明がつき、もう片方の照明が消える。
修は照明がついた方だけを敵として認識し、狙わなければいけない。雷軸の高速移動に少しでも追いつくための、反射速度を上げるための訓練だった。
「結構……キツいですね。ちょっと休みましょう……」
真を見習って朝のジョギングを始めて、結構体力がついてきた累であるが、それでも真っ先に根をあげる。
「ごめんなー。僕なんかに無理矢理つき合わせちゃってさ」
「いえ……修行に付き合うと申し出ておいて、この様なのが情けないです。こちらこそすみません」
愛想のいい笑顔で謝る修に、累は疲れきった顔で謝り返す。
「みどりの方はまだ元気みたいだね。大丈夫? キツかったら無理はしなくていいんだぜ」
「あぶあぶあぶあぶ、あたしゃ御先祖様みてーに軟弱じゃねーし、以前からちゃんと体鍛えてっから、こんくらい余裕っスよォ~」
修の気遣いに対し、奇怪な笑い声をあげて胸を張るみどり。
「でもさあ、相手はシューティングゲームの戦闘機を模倣して、空飛んでるんでしょ~? そのうえで飛び道具も豊富、バリアーまであるとか、近接武器じゃどうやっても勝ち目なくね? そもそも攻撃が届かないから、バリアーどうこう以前の問題だけど」
疑問に思っていたことを口にするみどり。スピードに反応できるようになりさえすればいいと修が言うので、仮想雷軸として特訓に付き合う旨を了承したが、修ではどうやっても、勝ち目が無いような気がしてならない。
「あたしの術が当たったのも、たまたまあいつが止まっていたのと、不意をつけたからだぜィ。あいつは飛び道具を持ってなければまず攻略不可能だけど、例え銃や術なんかの飛び道具があろうと、あんだけ高速で空を自由に飛びまわるんだから、当てるのは至難だよォ~?」
純子曰く、雷軸は相当強めのマウスに仕上がったとのことだが、みどりも実際に目の当たりにして、純子が自信をもって言い切るのがわかった。
「僕達が力を貸せば、どうにもでもなりますけどね。水子囃子や人喰蛍など、あれを迎撃できそうな術もそれなりにありますし。まあ、それでも簡単にはいかないでしょうけど」
累が言う。
雫野二人がかりで、手強い手強いと言われても、修は爽やかな笑顔のままだった。空元気ではなく、何か手があるように、みどりと累の目には映る。
「僕からの攻撃には、虹森の究極秘奥義を使う。いつか必ず止まって、隙を見せると思うんだ。でもそれまでにあいつの攻撃を凌ぎきらないといけない。あいつのあのスピードに、体がついていけないようにしないとね」
「とっておきの秘策があるうえで、困難な部分の訓練を要求しているってわけかい。最初からそれいいなっての。あばばば」
「いや、だって最初は聞かれなかったじゃん。あ……」
変な声をあげて笑うみどりに、修も笑顔のまま言ったその時、訓練場の扉が開き、見知った顔が現れた。
「雪岡から聞いたぞ。負けたそうだな」
帰宅した真が、修の顔を見るなり口にした台詞はそれだった。
修と輝明の二人とは、真が傭兵生活を終えて帰国して雪岡研究所に住むようになり、裏通りの住人として活躍するようになったばかりの時に、純子経由で知り合った。純子との、輝明と修二人組の付き合いは、真よりもずっと長い。
戦闘に意欲的な真と修は、相性がよく、一緒に訓練することも多かった。かつて真と修で手合わせをして、惨敗した修であるが、真剣に戦って負けたのはそれが初めてだった。
「ああ……君とやりあった時以来だぜ。あんなひどい負け方はさ」
笑顔のまま言い、誤魔化すように汗をタオルで拭う修。
「僕より強い奴だって世の中にはいっぱいいる。僕も負けず嫌いだし、自分より強い奴に何度も痛い目に合わされたから、今のお前の気持ちはわからないでもない」
「いやあ……その口ぶりだと、真て結構負けてるのか? そういうイメージ無かったけど」
真の話を聞いて意外に思う修。
「わりと負けた経験は多いな。でも負けてない」
「どっちだよ」
わけのわからないことを言うと、修は笑う。
「生きていれば負けじゃないだろ。死ぬことが絶対的な負けだ。でも戦闘そのものには結構負けてること多いよ。しかし……僕はそれって物凄く幸運なことだと思う。命の奪い合いのはずなのに、明らかに負けて、それでも命を繋いでいるってことは、強運であり幸運だ。敗北は大きな糧になるからな」
そこまで聞いて、修は真が何を言いたいか理解できた。敗北は糧になるが、スポーツ他の勝負事とはワケが違う。命のやりとりでの敗北だ。
「修は自分より格段に強い奴と戦った経験が足りない。ま、普通はそんな奴と戦うと、死ぬ可能性が高いし、今言ったように、僕みたいにそういう経験をして生き延びるってのは難しいからな。上から目線な言い方で悪いが、僕の言いたいこと、わかるよな」
「うん、わかる。敗北だけじゃない。自分より強い奴に揉まれるのも大きな糧になる。今みどりや累に稽古をつけてもらっても、つくづく思ったよ」
苦笑いを浮かべながら言う修。
(相変わらず……絵になる奴だな。苦笑いしてても爽やかで絵になる。ええかっこしいな所もあるけど)
感情を表情として表に出すのが下手な真からすると、修のような表情豊かな美男子に対して、羨ましいと感じる部分はあるし、コンプレックスをちくちくと刺激される。
「真、僕が休んでいる間に、修の稽古の相手をしてあげてください」
そう言って累が照明装置を真に渡し、どういうコンセプトの訓練かも説明した。
「なるほど、手強そうだな。高速で空を飛びまわり、飛び道具持ちという時点で、攻防揃っている」
雷軸の話を聞いて、真は自分ならどう戦うか、頭の中であれこれシミュレートする。
「それに対して修は、避ける訓練を集中か。流石だな。いいチョイスだ」
「お褒めに預かりどーも」
真の言葉を受けて、修は嬉しそうに微笑む。
「ふえぇ~? どこが流石でいいチョイスなのよ? 真兄がわかってて、あたしにわからないとか、悔しいわ~。御先祖様はわかってんの?」
不満げにみどりが言い、累に尋ねる。
「ええ、一応は……。みどりは修の奥の手を知らないから、わからないんですよ」
と、累。
「ああ、さっき言った秘奥義とかいう奴ね。それに全てをかけるからこそ、いい選択ってことかァ。でも真兄や御先祖様はその口振りだと、修兄の秘奥義とやらを知ってるわけだよね。全然『秘』奥義じゃなくね?」
「一応は秘密だし、見せた時は相手を殺す時って決まりなんだけど、まあ……わりと知ってる人は多いんだ、これが」
みどりの指摘に、頭をかきながら笑う修。
その後、真とみどりの二人で、修の訓練にしばらく付き合う。
途中でみどりが累と交代した所で、訓練場にさらに訪れる者が現れた。
「ケッ、早速真と仲良く脳筋交流会か。しかも雫野まで混ざってるとはね」
輝明だった。
「うっひゃあ、来やがった。真兄、迎え討てーっ」
真の背後に隠れて盾にして、みどりが輝明を指す。
「俺が来て悪いのかよ。つーか何で敵扱いなんだよ。修が改造されて怪人になってないか心配で来たんだ」
冗談を口にする一方で、修が元気に動いている様を見て、安堵する輝明。
「輝明が、星炭を国家と――霊的国防と距離を置きたいのは、真実を知ったからでしょう?」
「ああ」
累の問いに、真顔になって頷く輝明。
「輝明が星炭門下に全て話せば納得し、騒動も収束するのではないですか?」
「言えねーよ。きっちりと口止めされちまったし。第一、その口ぶりからすると、累だって知ってんだろ? あんな話をほいほいと大勢にできるんでもないって、常識的に考えてわかるだろうが」
「人の口に戸は立てられないって言いますしね。輝明一人が知るのと、流派の全ての妖術師が知るのでは、確かに話が違ってきます」
累はそれで騒動が収まると言っているが、みどりは懐疑的だった。
(収まらないんじゃね? それでもなお国に従うって奴も結構いると思うな)
みどりは霊的国防の真実とやらが何であるか聞いた時から、輝明が何故それで国に背を向けたのか、そこからして理解できなかった。だからこそ、例え真実を知っても、輝明と同じように受けとる者ばかりではないと見ている。輝明や累の考え方や感じ取り方が、みどりには理解も共感もできない。
「でさ、修……。訓練終わったら付き合って欲しいことがあるんだ」
言いづらそうに言う輝明。
「何だ?」
きっとろくでもないことだろうと思いつつ、修が尋ねる。
「ババアの見舞い……。一応純子も一緒に行ってくれるって……」
修から、視線どころから顔さえ逸らして、輝明はさらに言いにくそうに、ぼそりと言った。




