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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
30 継承者争いをして遊ぼう
1005/3386

3

 安楽市絶好町繁華街南部にある夜叉踊り神社。その隣に星炭家本家の邸宅はある。かなり大きな和風住宅だ。敷地面積は隣の神社に引けをとらない。


 星炭家に帰宅した輝明は、重い溜息をついた。


(一応……報告にはいかねーとな……)


 この一週間、唯一の家人と顔を合わせることが、とても気が重い。

 幼くして星炭流妖術の当主として君臨し、傍若無人の限りを尽くしてきた輝明であるが、この世に一人だけ頭の上がらない相手がいる。


「ババア……ただいま」


 気乗りしない顔で、トーンを落とした声と共に、居間の襖をそっと開く。


 居間には一人の女性が正座をしてテレビを見ていた。

 星炭綺羅羅。年齢は二十八歳。輝明の叔母であり、育ての親である。輝明にとっては、唯一人の家族と言える存在だ。


 一週間前、星炭の妖術師達を集めて、輝明が独自の方針を打ち上げて総スカンを食らってからというものの、この綺羅羅も輝明に対して明確な怒りを向けている。おかげでこの一週間、ほとんどまともに会話を交わしていない。

 それでも、襲撃を受けたという報告だけはするように言われていたので、その報告にきた。それに背くわけにもいかない。


「下校中に七人ほどに襲われて、四人は修が片付けて、三人は俺がブッ殺してやった。そんだけ」

「またただの殺し屋?」

「ああ……星炭の術師はいなかったぜ。何を意味するかはババアもわかるだろ」


 不審げな顔になる綺羅羅に、輝明は思わせぶりに言う。

 湯のみをとり、綺羅羅は茶をすすりながら思案する。その間、輝明も席を外さずに待っている。報告だけして立ち去ってよいという空気ではないと感じたからだ。


「多分あいつじゃねーかな。銀河。一番怪しいのはその辺でしょ」


 元々ハスキーな声をさらに潜めて低くして、極めて不機嫌そうな声を発し、綺羅羅は殺し屋を差し向けた黒幕候補を挙げた。


「ああ、あの糞虫なら納得だ。俺も何となくそうじゃねーかと思ってたよ」

「その糞虫が輝坊の従兄弟なのよ? 私にとっては輝坊と同じく甥っ子だけど」

「だから何だよ。同じ血引いていても、育てられ方が悪かったから、あんな欠陥人間になっちまったってだけの話だろ」

「その理屈だと、私もあんたの育て方を失敗しちまったって話になるさね」


 そう言ってにやりと笑う綺羅羅に、輝明は顔をしかめて鼻を鳴らす。


「真面目な話するのもアレだけど、俺はこんなんでもババアの顔に泥塗らないよう、精一杯頑張ってきたつもりだぜ。俺が出来損ないだと、それを育てたババアも白い眼で見られるからよ」

「そいつは私もわかってるよ。妖術師としての力量や、当主としての働きにおいては、申し分ないよ。それは星炭流門下の妖術師なら誰でも知っている。人格面がどーしょーもないから、その辺では白い眼で見られまくってるし、輝坊の知らない所で頭下げまくってるんだけどね」

「いや……知ってるよ。頭下げまくってることは。善治の父ちゃんに教えられた。ああ、善治の父ちゃん、多分ババアに惚れてるぜ」


 輝明の言葉に、綺羅羅は思わず茶を噴出しかける。


「ババアも動揺することあるんだなあ。流石は彼氏イナイ歴年齢を貫いてきたことはある」

「誰のせいで三十路過ぎても独り身だと思ってんのよ」

「ババアはまだ二十八じゃねーの?」

「あんたが成人するまでは、私はあんたの面倒を見るって決めたから、三十路過ぎまで独り身の予定なのよ。私なんかでもいいっていう物好きな男を、のんびりと探すわ」


 自虐的に言う綺羅羅だが、十分すぎるほど美人なのだし、貰い手になってくれる男はわんさか出るだろうと輝明は見ている。


「ババアも俺の敵に回るんだろ?」


 一週間前の集会で、星炭の妖術師達の前で宣言したことを思い出し、口にする輝明。あれ以降、綺羅羅も輝明もそれに関して触れていなかった。普段通りの生活を送っていた。ここにきてようやく輝明の方から触れた。


「ああ、そうよ。一体何を考えてあんたがあんな馬鹿なこと言い出したのか、半分は知っているし、同情もするけど、それでも見過ごせねー。星炭の多くの者は望んでいないことなのよ?」

「ババアはどうやって俺を抑える気だ?」

「さあね。皆の前ではガス抜きも兼ねてああ言っちまったけど、具体的なことは何も考えてねーし」


 そう言って綺羅羅は湯のみに新しく茶を注ぐ。


「ケッ……ババアだけは俺の味方してくれると思ってたのによ」

「私はあんたをそんな甘ちゃんに育てた覚えはねーけど。いや……正直そう言われると複雑だわ。嬉しい気持ちも、ちったあある」


 照れくさそうに微笑み、綺羅羅は茶をすする。


「小さい頃の輝坊は素直で可愛かったのにねえ」


 両親を失う前の輝明は、綺羅羅にとても懐いていたし、綺羅羅も散々可愛がっていた。

 輝明が両親を失ってから、綺羅羅は妖術師としての厳しい修行をつけた。まだ四歳の輝明は、両親を亡くした事と、綺羅羅が愛情だけでなく厳しく接するようになって、幼いながらにも何かを感じ取ったようで、綺羅羅には一切刃向う事無く素直に従い、修行に励んでいた。


「まるで今が可愛くねーみたいじゃねーかよ」


 輝明のその軽口に、綺羅羅はジト目になって輝明を見る。


「その小便色のハリセンボン頭といい、ピアスだらけの耳といい、耳から垂らした触手みたいな髪といい、不良丸出しの格好しくさりやがって、どこを可愛いと感じろっつーのよ」

「触手……」


 他のことはともかく、その表現だけは軽くショックを受ける輝明だった。


***


 善治は今日も自室でニュースを見て憤る。

 ニュースを見るのは憂鬱だ。大抵が悪いことばかり流す。人々は悪い事件を喜んで見ているのだろうかと疑う。あるいは他人の不幸などいちいちかまっていないのかと疑う。善治はいちいち気にしてしまう。考えてしまう。


 その時に流れていたニュースは、政治家が不正隠蔽のために、データが詰まった指先携帯を証拠隠滅のために検察の前で口の中に放り込んでそのまま飲み込んでしまい、その結果、食あたりを起こして手術に至ったという珍事だ。不正資金取引のデータは破壊されていたが、罪を犯していなければこんなことはするはずがない。

 しかし専門家の話では、証拠不十分でとても立件にはもっていけないという。


(この政治家は逮捕されるべきだ。今の法律では立件すら難しいが、悪なのは間違いない。それなのに堂々と証拠隠滅を図り、それでまたのうのうと政治家を続けていられる。その事実も国民は知っているっていうのに。これは絶対におかしいだろう)


 絶対に許せない、許してはならない、不条理な話。こんなことがまかり通っていいはずがないと、善治は怒りに打ち震える。


(俺が検察だったら……いや、俺がこの国の総理大臣だったら、こんなこと絶対に見過ごさない。断固として糾弾するのに。いや、それ以前に法改正を進めるっ)


 正義感が病的に強い善治は、常に自分の考えが正しいと信じている。この世の中は狂っている。それが認識できる自分こそが正しいと、善治は疑っていない。ニュースを見る度に世の中の構図がこうであれば――と夢想にふける。


 何故自分は神ではないのだと、善治は常日頃から真面目に考えている。この世界の神はろくでなしだ。自分が神ならもっと善い世界にするのにと、真剣にそう思って悔しがっている。

 妥協して神とはいかなくても、力が欲しい。権力が欲しい。権限が欲しい。今の自分の力と権限といったら、学園の風紀委員長というだけだ。しかも注意しても従わない者が多い。それがまた悔しい。


 ニュースが終わった頃、善治に電話がかかってくる。相手の名を見て、不審に思う。


『よう、突然の電話済まないな』


 明るい声がかかる。相手の名は星炭銀河。星炭の分家の者だが、非常に野心が強く、いろんな所で輝明に対する不満や陰口を常日頃から叩いていた男だ。空気を読めない発言も多く。アスペルガーそのものの振舞いを行う。

 そのため、一族の中でも鼻つまみ者として嫌われているが、その自覚が無いほど愚からしい。もちろん善治も嫌いな男だ。


『ストレートに言うぞ。君も輝明には不満を抱いていたはずだ。私もだ。あれを引きずりおろすために、手を組もう』


 組まないか――と伺うのではなく、躊躇いなく組もうと勧誘してくるノリの時点で、神経質な善治は激しい拒絶反応を示す。


「考えさせてくれ」


 曖昧に答えると、善治は銀河の反応も待たずに電話を切った。

 無愛想で失礼な対応であることは承知のうえだ。しかし完全に断らなかったのは、善治にも思う所があってである。


(あの痴れ者は本気で継承者になろうとしているのか? いや……ただ輝明が嫌いで、引きずりおろしたいだけなのか)


 銀河のことを思いながら、善治の中でむくむくと野心が膨れ上がってきた。


(輝明を不当な方法で殺しても、当主の座には就けない。しかし当主の座が空けば、誰かが当主に就く事にはなる)


 自分が星炭のトップとなった時のことを夢想しだす善治。それもこれまでに何度も望んだことだし、夢想してきたことだ。とにかく善治は権力と力に固執する。人を、世界を、自分の思い通りにしたいために。善い世界にしたいがために。

 善治は、自分こそが星炭流を背負う継承者に相応しいと、信じて疑っていない。星炭の継承者になることは足がかりでしかなく、力を得て、いずれこの世の支配者になろうと真面目に考えてすらいる。そうすれば必ず良い世界になるし、自分が支配者に最も相応しい人物だと信じて疑っていない。


(そうだ。今が……チャンスなんだ。神が俺に与えた試練なのかもしれない。輝明が亡き者になれば、次に俺が継承者になれるかもしれない)


 そう考えてしまった直後、善治は猛烈に己を恥じる。例えあんな輝明でも、殺したいとまでは思わない。


(馬鹿者め。いくら普段からいがみ合っている嫌いな奴でも、誰かに殺されて死んでラッキーなどと思うような、そんな卑ことを考えるような人間は、悪しき心を持つ者だ。俺がそんな人間になっていいわけがない。俺は常に善でないといけないんだ)


 自分に強く言い聞かせると、善治は目を大きく見開いて、部屋の壁の角を見る。


「戒ッ!」


 小さく叫び、善治は己の頭を強く角に頭を打ちつけた。邪な心を抱いた己への制裁。涙ぐみながら頭を押さえると、たんこぶが盛り上っていくのがわかった。

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