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プロローグ

――午前5時30分。


少しずつ辺りが明るくなって来た早朝の時間。未だ多くの人々が眠りの中から戻らない時間帯に、ある一軒家の一室で動き出す七つの影の姿あった。


その七つの影は、その部屋の主である少年がベッドで眠っているいるのを確認すると、互いに視線を交わし合い頷く。


『――しめしめ、良く眠ってやがるぜ総一の奴。今のうちだ、行くぜお前ら』


言葉に何かを含んだように、一人の影が然も楽し気に周りの影たちへと言葉を掛ける。その声は女の声であるが、妙に男勝りな口調をしていた。


『――やはり私は気が進まぬ。このような所業、お館様に対し不敬にあたる。やはり結果を座して待つべきだ』


その男勝りな声の影に向かってもう一つの影が苦言を零す。その影も女の物であり、こちらは凛とした時代劇の武士口調であった。


『――何を言ってるのよ此処まで来て、本当に翡翠は固いんだから。良いじゃない、相談に乗ってあげたんだからこれくらい許されるべきよ。それにこんなに面白いこと見逃す手は無いわよ!』


その武士口調の影に、再び別の影が声を掛ける。何処か軽い印象を受けるその声は、やはりこちらも女の物。男勝りの影と同じく実に楽しそうに言い募った。


『貴様らやはり楽しんでいるではないか! 何がお館様の為を思ってこそだ、許せぬ! お館様の為にもこの行い、阻止させてもらう!』

『ちょ、ちょっと翡翠止めてってば冗談よ冗談!』

『んだぁテメェ? 此処まで来て怖気づいたのかよ。シラケる事抜かすんじゃねぇぞ』

『貴様ら下衆と同じと見なされる位なら、そう思われても一向に構わん』

『ああっ!? テメェやんのかぁ!?』

『ダ、ダイヤってば声が大きい! しーっしーっ! 総一が起きちゃうって!』


険悪な空気を纏いだし、それぞれ得物を取り出し対峙する二つの影に、その二つの影に挟まれた軽い口調の影が慌てて両方へと声を上げた。


『――はいはいお二人方とも落ち着きなさいな、此処で喧嘩など起こせば大変な事になりますわ』

『邪魔すんな紅玉!』

『紅玉殿、口出し無用』

『頭を冷やしなさいな。ダイヤ、此処で騒げば旦那様にバレてしまいますわ。それでも良いのかしら?』

『ぐ……!』

『それから翡翠。此処で騒げば旦那様の安眠を妨害するも同じですのよ? 毎晩夜遅くまで起きて、私たちの為に時間を割いてくださっている旦那様の安らかな一時を貴女自身の手で壊すおつもり?』

『ぬ……!』


その時一つの影が、今にも喧嘩を始めようとしていた二つの影の間に入って制止の言を告げた。それに二つの影が渋々ながらも、それぞれ得物を収める。


『パールも軽々しい発言はお止しなさい。言い出しっぺの貴女がそのような発言をすればどうなるか少し考えれば分かるでしょう? 此処にいる皆は、全員旦那様の事が心配だからこそ、貴方の提案に乗ったのです。これ以上迂闊な事を言うなら、私も翡翠と同じく反対側に回りますわ』

『うぐ……わ、悪かったわよ! もう余計な事は言わないわよ!』


鋭い視線を向けられたその影は、その視線から逃れるように顔を反らした。その姿に仲裁した影は小さく溜息を吐く。


『――うふふふっ流石紅玉ちゃん。お見事』


そしてその影に小さな拍手を送りながら、のんびりとした穏やかな声で別の影が近づいた。声を掛けられた影は、その声の主である影に視線を向けて口を開いた。


『ペリドット……貴方も静観などしてないで、少しは手伝ってくださいまし。何時もダイヤ達の仲裁をする役は私ではありませんか』

『あら? それでこそ紅玉ちゃんでしょう。せっかくの紅玉ちゃんの見せ場なのに、それを横取りなんてお姉さんには出来ないなぁ』


その影の言葉に、影達の仲裁をした影は再び溜息を吐いて、頭痛を堪えるように頭を抑えた。どうやら、色々と気苦労が絶えない様である。


『……無駄話は終わり? これ以上無駄な時間を過ごすなら、ボクは抜けるけど。もうすぐ6時だし』


新たに口を開いた六体目の影。その影のやる気の無い声に、話をしていた影の二つが顔

ごと視線を向けた。


『えぇ? それは駄目よサファイアちゃん。皆で総くんを陰ながら応援しようって決めたじゃない』

『他の皆だけで行ってくれば良い。ボクは最初から乗り気じゃないっていうか面倒くさい。結果だけ分かればいいし。外に出るの嫌い……狭くて暗い部屋の中でずっと過ごしていたい……』

『貴女。いい加減に引篭りは卒業しなさい、旦那様に呆れられてしまいますわよ』

『どーでも良いし……総一は手の掛からないボクが好きだって言ってくれてるし』

『はぁぁ……全く旦那様も甘やかすから、何時までもサファイアは変わらないんですのよ……少しは正妻である私の苦労もご理解して頂きたい物ですわ』

『……正妻』

『……ちょっと貴女、今鼻で笑いましたわね? 何か言いたい事があるのなら言ってごらんなさいな』

『もう二人共喧嘩しないの。仲良く仲良く、ね?』


小馬鹿にしたその影の物言いに、こちらもまた剣呑な空気を纏い始めたのを察して、今度はのんびりとした声の影が仲裁に入った。どうやらこの影はこの影で自分の役割を認識してるようだ。


だがその時、ふと男勝りな影があることに気づいてキョロキョロと周りを見回しながら、他の影たちに向かって口を開いた。


『あれ、オパールはどうした? 姿が見えねぇけど』

『先に入ったのではないか。一番張り切っておったからな』

『そうじゃないのー? ……一番チョロかったわぁあの子が、プフッ』

『パール?』

『な、何でもないわよー! あははははは』

『うふふふ、せっかちさんねぇ』

『……オパールなら彼処にいるけど』

『『『『『え?』』』』』


面倒くさそうに指を指した影の方向に、他の五つの影がその指先の方向に揃って視線を向ける。すると、其処に影達が探していた存在の姿があった。


『――総一。ガンバレ……ガンバレ……!』


その影は、この部屋のある少年の枕元に立ち。眠っている少年に向かって熱心にエールを送っていた。両手を握り締めて応援する影の瞳は、真剣その物である。


それを見て他の影達が小さく苦笑を浮かべた。


『くくくっ……おいおい気の早ぇ奴だな』

『それだけ真剣だという事だろう。貴様も少しは見習え』

『あぁ? ウルセェ時代錯誤の堅物女』

『ちょっと止めてってば! いやーでも本当にあの子は総一大好きっ子よねー』

『純粋な子ですもの。貴女と違って』

『な、何ですって!?』

『何か?』

『……いえ何でもございません……私は汚れた女です……!(泣)』

『もう紅玉ちゃんってばパールちゃんを苛めないの。本当の事でも可哀想でしょう?』

『……とりあえずこの中で一番綺麗な魂を持ってるのは確かだね』

『おいおい自分が汚れてるって認めてるぞ、それじゃ』

『汚れてない魂なんて、この世の何処にも存在しないんだよ……』

『出たよ厨二』

『厨二だな』

『厨二乙』

『厨二ですわね』

『厨二ねぇ』

『……こいつら面倒くせぇ』


妙なところで影達の気持ちが、二つの影を除いて一つとなったようだ。どうやら仲は結構良いらしい。


そこでふと一つの影――お嬢言葉を放つ影が時計を見て慌てたように声を上げた。


『――大変! もうすぐ6時ですわ!』

『うおっマジかよ! おい急ぐぞお前ら!』

『……むぅ、やはり気が進まん』

『此処まで来て何言ってんのよ! ほら行くわよ、早くしないと戻っちゃう(・・・・・)!』

『あらあら大変』

『……面倒臭いけど仕方ない……オパール行くよ』

『――うん分かった。……総一ガンバって、オパールいっぱい応援するから』


慌ただしく動き出した影達。時刻はもう午前6時手前まで迫っていた。それぞれが急いである場所へと向かって走り出した。


声を掛けられた幼い印象の強い影も、もう一度眠っている少年に一言告げると――その場で大きく跳躍し、軽やかに他の影達の元へと降り立つと同時にそのまま走り出す。


そして影達は、目的の場所までやってくるとその中へと急いで体を潜り込ませる。


『――うおおっ狭い! 翡翠もっと詰めろテメェ!』

『これ以上は無理だ戯け! ひゃん!? だ、誰だ! へ、変な所触るな!』

『ぐええぇ苦じい……ちょっ踏んでる! 皆私を踏んでるってば!』

『あらヤダ、通りで踏み心地の悪いカーペットだと思いましたわ』

『まず中身を出した方が良さそうねぇ、サファイアちゃんお願いできる?』

『この狭さ……最高……』

『お前リラックスしてんじゃねぇ! 邪魔だオラァ飛んでけ!』


男勝りな影の声と同時に、部屋の中に沢山の四角い形をした物体が宙を舞って行く。


それらは、そのまま床へと落ちて叩き付けられる――と思いきや。途中でピタリと制止すると、次の瞬間には飛び上がり、あるべき場所へと綺麗に収まり、大きな音が起つことはなかった。


『ちょっといきなり投げないで下さいまし、危うく大きな音が起つ所でしたわ』

『うおっ悪い悪い。サンキュー紅玉、けどこれで場所が取れたな』

『ごめんなさい……オパールのおっきいから』

『確かに一番大きいわよねぇ、お姉さんもビックリ』

『『……っ!!』』

『オパール……残念な二人が歯ぎしりしてるから黙ってた方がいい』

『誰が貧相よ!?』

『誰が絶壁ですって!?』

『怒るな二人共、そんな事誰も言っておらんだろう。それにこんなもの邪魔なだけだ』

『あーん? けど総一はデカイ方が好きだぜ? あいつの引き出しの奥にそう言うのが隠してある』

『お、お館様……卑猥です』

『でも嬉しそうな翡翠であった……つづく』

『な、何を言うか!?』

『やった。オパール一番おっきい。総一もオパールの事一番好き?』

『あらあら、お姉さんだって負けてないわよー』

『おいおい俺だって結構あるぜぇ?』

『あー……んんっ! お前たちそう言う話は……』

『……残念な二人には酷な会話だね。ボクはある方だから気にしないけど』

『うっさいわね!』

『黙らっしゃい!』


やいのやいのと騒がしい七体の影達。だがその騒ぎももうすぐ終りを迎えようとしていた。


時計の針が午前を6時きっかりに触れた瞬間――騒がしかった影達の声がピタリと止んだ。後に残ったのは、ベッドで眠る少年の静かな寝息の声のみ。


本来の静けさを取り戻した早朝の時間帯。この部屋が再び賑やかになるのは――今から1時間と50分後。


この部屋の主が朝日の光に顔を顰め、ゆっくりと起床し時計を確認。そして驚愕に目を見開き大慌てで高校の制服へと着替え始めるまでである。



「――うわああああっ遅刻だぁ! 今日は終業式だってのに何で目覚ましが止まってんだ!? ちゃんとセットした筈……さてはパールの悪戯だな!? お前またやりやが――って引っ込んでやがるし時間もねぇし。ああくそっ帰ったら覚えとけよ!? じゃあな皆行ってくる!!」



慌ただしく少年が部屋を出ると同時に、誰も居ないはずの部屋に向かって声を掛け、部屋の外へと飛び出して行く。



――そう本当に誰もいないのだから、彼のこの言葉は無意味なものなのである。



その事に少年――高橋総一が気づくのは、さらに時が必要となるのであった。


息抜きに書いた小説です。最近ファンタジー物の資料ばかり見ていた頭を冷ます意味で、少し違った内容の物語を書いてみました。お楽しみ頂けたら幸いです。

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