表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

その他

――食欲の悪――

作者: 魔桜

「あの女は……もう手遅れだよ」

 ひしゃげた黒縁眼鏡を未だに掛けている男は、血だらけになりながら仰向けに倒れている。男の腹部の傷口から溢れ出る大量の血は、アスファルトを赤く染めていく。

 普段は無表情で氷のように冷徹な判断ばかり下す男は、死の淵に立たされているが故に表情豊か。今まで策謀のために沈黙を守ってきた反動故か、自分の胸中を、傍らにいたもう一人の男に饒舌に語る。

 その男以外の人間は、軍人や一般人を問わず倒れている。

 苦痛に訴えるうめき声を訴える奴もいれば、泣き叫ぶことすらできなくなった奴もいる。誰もが立ち上がれないそんな状態で、

「君だって分かっているんだろう? 長かった我が軍の歴史も、もはや終焉の時だ。……もっとも、暴走した彼女が、今後どんな行動をとるのか分からない今。全ての人類が終末を迎える日はそう遠くないだろうけれどね」

 その男だけは、心を折られていなかった。

 全ての《classA》が戦闘不能になっても、絶望していなかった。

 起こるはずのない虚構の奇跡に、縋ってなどいなかった。

「――俺は、」

 沈黙を守っていた男はようやく口を開く。

 黒髪で整髪料の類は一切使わず、顔貌もこれといって良し悪しはない。強いて特徴を挙げるなら、裂傷した頬と、着ている軍服だけが目を引くぐらい。

 その辺の道路を徒歩していても、何の違和感もない凡庸な見た目をした人間だった。

「お前ほど頭はよくない。お前ほど舌が回らない。お前ほど強くはない。……だけど、だからなんだ」

 戦闘最弱レベルの《classE》にカテゴライズされる男が、《classA》の策略家にすら叶わなかった化け物に勝てる道理は存在しない。

 一瞬で八つ裂きになるのは、火を見るより明らかで、誰がどう見ても確定事項で、立ち上がった男自身もすらも分かりきったことだった。


「――俺がここで自分の意思を曲げる理由は、何一つないんだ」


 ギリッと奥歯を噛み締めながら、男はただ前へと歩み始める。『過去』の過ちをなかったことにせず、それでいて不確定な希望的観測に浸れる『未来』という逃げ道を甘受することなく。

 ただこの今を――刹那を――生きたいと願った。

「お前がそこで何もせずに、朽ち果てるのを待つのならそれでも俺は構わない。だがな、冥土の土産にお前のその目に焼き付けておけ」

 のたうちまわるように苦しんでいる女。

 あれだけ陽気に振舞っていた彼女の見る影もない。

 ここにいる、誰もがこの惨状生み出した『化け物』だと恐れ慄いていた。

 だが、真っ直ぐな目をした男は知っていた。

 女の正体はそれだけではないということを。

「この世に都合のいい神様なんて存在しない。救いを求めれば誰もが幸福になれるわけじゃない。どれだけ足掻いてもどうしようもないことだってある。だけどな――」

 八悪人。

 《暴食》《色欲》《強欲》《憂鬱》《憤怒》《怠惰》《虚飾》《傲慢》において、最も世界から異端とみなされ、忌避され続けてきた男の力、それは――不幸を糧に、神をも嘲る能力だった。


「それでも俺は、この世全ての絶望を――食い尽くしてやる」


 大罪を犯したその男は、たった一人の女を救うために全力で不可能に挑んだ。

反響あれば、長編化しますよ。

ええ、たぶん。

設定だけは練りこんでます汗

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 読みきりという形ですね。 最初に試す形で読者に見せるのは賢いやりかたです。 ただ、連載になると、どういう風に転ぶかわからないですね。 期待値はありますが、なかなか難しいです。 個人的には…
2012/11/30 07:53 退会済み
管理
[一言] ぜひ長編化を!面白いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ