第十三話 宵山
祇園祭の山鉾巡行は、二一三〇年代でも、七月十七日と二十四日に行われていた。
二〇八〇年代のディフュージョン以降、世界中の祭事は、規模も様式も大きく変わったが、京都の祇園祭だけは、千百年以上の継続性のなかで、ほぼ同じ形を保ち続けていた。鉾町の区画割は中世のままで、鉾の組み立ては縄一本も釘を使わず、囃子方は子供の頃からの稽古で育つ。これらは、ディフュージョン以降の混乱期にも、京都の人々が手放さなかったものだった。
武井さんが、十六日の宵山に、車を出してくれた。
「鉾巡行の当日は混雑が極端ですので、お身体のことを考えると、宵山がよいです」と武井さんは言った。「宵山なら、夜の混雑がありますが、昼間に行けば、まだ歩ける範囲です」
「ありがとうございます」
「武井家は、宵山の昼に、本鉾町の知り合いの家にご挨拶に行く習慣があります。今日は私の私的な日でもあります」
「本鉾町、というのは」
「私の家系が、長く付き合いのある、鉾を出している町です」
「武井家、京都中に縁戚があるんですね」
「縁戚というより、付き合いです。岩倉も鉾町も、宗像家も京極家も、地下水脈で繋がっているか、千年の付き合いがあるか、どちらかです」
武井さんの車で大原を出たのは、午前十時だった。新霖が、外出用の支援デバイスを私の左の義肢に装着してくれた。義肢の表層温度を、外気に合わせて自動調整する機能を、今日は強めに設定した。京都市街の夏の気温は、大原より三度から四度高い。
「茅、留守番ね」と私は玄関で言った。
茅は、玄関の上がり框に座って、しっぽを一度、ゆっくり振った。「分かった、待っている」という振り方だった。
〈遥、外出中、私のセンサー感度を、いつもより少し上げてもいいですか〉と梓が、内側で言った。
「上げて。雑踏、初めてだから」
〈はい。新霖からも、京都市街の音響環境の事前学習データを受け取りました。あなたの感覚に流入する音のうち、過剰になりそうなものは、私の側で半秒前に減衰させます〉
「半秒前」
〈はい。あなたの聴覚に届く前に、減衰します。減衰は最小限にして、あなた自身が音の存在を感じられる範囲で行います〉
「梓、急に有能になったね」
〈準備、していました〉
*
京都市街は、大原から坂を下りるにつれて、空気の質感が変わった。
大原の空気は、湿った緑のなかを通り抜けてきた空気で、密度が高い。市街地に近づくと、空気はもう少し乾いて、人と建物と道路の熱を含んだ厚みのあるものに変わった。これは私の左の義眼の温度センサーが、客観的に教えてくれる差だった。
義眼の視野の片隅に、外気温と湿度の数値が、薄く表示されていた。普段は表示を切ってあるが、今日は意図的に表示させていた。自分の身体の感覚と、計測値の差を、リアルタイムで確認するためだった。
義眼の数値: 外気温三十四度、湿度六十八パーセント。
私の身体の感覚: もう少し暑い。
〈ずれは、あなたの身体の感覚のほうが、わずかに過敏になっていることを示しています〉と梓。
「これ、京都市街に入ったら、もっとずれるかな」
〈はい。準備します〉
四条烏丸の交差点で車を降りた。武井さんは車を地下駐車場に入れてから、徒歩で合流する、と言った。武井さんと別れて、私は一人で——梓と一緒に——四条通の歩道に立った。
立った瞬間、私は、自分の聴覚の中で、何かが音の輪郭を失うのを、感じた。
京都の祇園祭の宵山は、音の場所だった。
遠くから、コンチキチン、コンチキチンと、複数の鉾の囃子方の練習の音が、重なって流れてきていた。コンチキチン、と一つの鉾が鳴らせば、別の鉾町からも、別のリズムのコンチキチンが返ってくる。鉾町同士は近い距離にあるので、十数の囃子が、四条通の街全体を、軽い金属音と笛の音で満たしていた。
その上に、観光客の声が積み重なっていた。日本語、英語、フランス語、複数の中国語の方言、アラビア語に近い音韻の何か、私の耳が識別できない数種類の言語、これらが薄く、しかし高い密度で、空気のなかに散らばっていた。
その上に、商店からの音楽。アイスクリーム屋の冷凍機の音。屋台のたこ焼きの鉄板の油音。子供たちの叫び声。観光案内ドローンの低い駆動音。私の足元の歩道の、人々の足音の集合。
全部の音が、同時に、私の耳に、入ってきた。
〈遥、止まってください〉と梓が、内側で、急に強い声で言った。
「うん」
〈三秒、お待ちください。減衰を始めます〉
梓が、私の聴覚に届く音を、三秒のあいだに、分解した。コンチキチンの囃子の音だけが、ほぼ元の強さで残り、観光客の声は半分以下に減衰し、商店の音楽と機械音はさらに減衰した。
しかし、それでも、まだ音は多かった。
〈もう一段、減衰します〉
「梓、待って」
〈はい?〉
「全部、聞かせて。一回だけ」
〈遥、それは——〉
「短い時間だけ。十秒くらい。全部の音を、一度、聞いてみたい」
〈……承知しました。十秒間、減衰を解除します〉
梓が、減衰を、解除した。
京都の祇園祭の宵山の音が、全部、いっぺんに、私の聴覚に、流れ込んできた。
最初の二秒、私は、それを、音の積層として聞いていた。コンチキチンの囃子の上に、人々の声の波があり、その上に商店の音楽があり、その上に屋台の鉄板の音があり、その上に子供の声があり、その上にドローンの音がある。これは、世界のあらゆる音の重なり方の、京都の夏の宵山ならではの一つの姿だった。
三秒目から、私の聴覚のなかで、その重なりが、崩れ始めた。
コンチキチンの囃子の音と、人々の声と、商店の音楽と、屋台の鉄板の音と、子供の声と、ドローンの音、これらが、別々の音として、輪郭を保てなくなった。輪郭が溶けて、一つの大きな、形のない、押し寄せる音の波になった。
音の積層が、ノイズの海に変わった。
〈遥、減衰を再開します〉と梓が、これまでで一番慎重な声で言った。
「うん」
〈三秒待ちます。あなたの神経系が、過剰反応に入る前に、戻します〉
三秒のあいだ、私は、ノイズの海のなかに、立っていた。
ノイズの海は、怖くなかった。怖いというより、自分の身体の輪郭が、音と一緒に、溶けていく感覚だった。私はどこまでが私で、どこからが世界か、分からなくなる感覚だった。
その感覚のなかで、私は、ふと、思った。
これは、あの春の地下で、索の身体と私の身体が、神経の橋でつながった瞬間に、感じたものに、似ていた。
あのときも、私の身体の輪郭が、一時的に、なくなった。
〈遥、戻します〉
梓が、減衰を再開した。京都の祇園祭の宵山の音が、もう一度、層に分かれて、私の聴覚に届くようになった。コンチキチンの囃子が、また、囃子として聞こえた。
「梓、ありがとう」
〈ありがとう、ではないです。私の運用が、遅れました。あなたが過剰反応に入る寸前まで、私は減衰の判断を待ちました〉
「梓は、私が望んでた通り、判断してくれた」
〈遥が、十秒、と指定されたからです〉
「次から、十秒は長すぎるかも」
〈はい。次は、五秒にしましょう〉
「梓、五秒だと、たぶん私、満足できない」
〈遥は、過剰反応に入ろうとしています〉
「分かってる。でも、これ、必要な訓練だから」
〈訓練、ですか〉
「中央アジアに行く前に、私の身体が、ノイズの海に耐えるかどうか、確かめておかないと」
〈……承知しました。次回は、七秒にします〉
「妥協、ありがとう」
〈妥協、という運用判断を、初めて行いました〉
武井さんが、地下駐車場から上がってきた。私と梓のやりとりを、武井さんは聞いていなかったが、私の顔色を、武井さんは見た。
「宗像さん、大丈夫ですか」
「大丈夫です。少し、訓練をしていました」
「訓練」
「中央アジアの、雑踏や、施設の音や、いろいろなものに、私の身体が、耐えるかどうか」
「そういうこと、ですね」
「武井さん、ご存知ですか」
「梅木医師から、聞いています。あなたが今、進めておられる感覚の調整について。私には、技術的なことは分かりません。ただ、必要な訓練であることは、分かります」
武井さんは、私の隣を、ゆっくり歩き始めた。
武井さんの歩き方は、雑踏の中でも、自分のリズムを保っていた。京都の人の歩き方だった。混雑のなかで、自分のリズムを乱されない歩き方。私は、武井さんの歩幅に、無理なく合わせられた。
*
本鉾町の知り合いの家、というのは、四条通から少し南に入った路地のなかの、古い町家だった。
町家の表に、提灯が一つ、下がっていた。提灯には、武井家のものとは違う家紋が描かれていた。武井さんは、その提灯の前で、軽く頭を下げた。
「ご挨拶だけで、長居はしません」
「分かりました」
町家の主人は、八十歳くらいの男性で、武井さんの祖父の代からの知り合いだという。男性は、武井さんを「武井ちゃん」と呼んだ。私を見て、男性は、
「宗像さんとこの、お嬢さんですなあ」
「はい」
「お祖父さんの代に、いっぺん、ここでお会いしてますえ。あなたが小学校に入る前くらいの時どした」
「ここで、ですか」
「ほうですわ。お祖父さんが、宵山の昼に、武井さんとこのお父さんと一緒に、うちに寄ってくれはった時に、あなたも、一緒どした」
「私、覚えてません」
「あなたは、五歳くらいやったと思いますわ。覚えてはらへんで当たり前どす。私は、覚えてますえ」
男性は、町家の奥の縁側に、私たちを案内した。縁側の前の小さな庭に、夏の植物が、丁寧に手入れされていた。
「お祖父さんは、ここで、うちの父と、長いこと話してはりました。私は、その横で、子供のあなたが、庭の植物を見てはる横顔を、見てましたんや」
「私が、庭を見てたんですか」
「ほうですわ。じいっと、見てはりました。五歳の子にしては、長いこと、見てはった。植物を見るというより、植物の向こうの、何かを見てはるような目どしたなあ」
「向こうの、何か」
「ほうどす。私は、その目を、覚えてますわ。今日のあなたの目と、おんなじ目どす」
〈遥〉と梓が、内側で言った。〈今、あなたの左の義眼の認証層に、ごく微弱な、しかし確かな信号が乗りました〉
「何の」
〈分かりません。ただ、信号の構造が、宗像家の暗琴と、構造的に近いです〉
「ここの庭、暗琴と何か」
〈この町家の床下に、暗琴に似た構造体がある可能性があります〉
私は、町家の主人を、見た。
「失礼ですが、こちらのお宅の床下に、水琴窟か、それに似たものは」
男性は、私を、じっと見た。
「ありますえ」
「やっぱり」
「父の代に、武井さんのお祖父さんと、宗像さんのお祖父さんと、三人で、改修した水琴窟があります。表向きは、ただの水琴窟どす。床下には、もうちょっと違うもんが、入ってますわ」
「もうちょっと違うもの」
「ほうですわ。私には、技術的なことは分かりません。父からは、宗像さんが、いつか孫の代にここに来ることがあったら、床下を見せてさしあげなさい、と言うてはった。今日、それを思い出しましたんや」
武井さんは、町家の主人の隣で、静かに、お茶を飲んでいた。武井さんは、たぶん、これを知っていた。
「武井さん、ご存知だったんですね」
「父から、いつかこの家に来る日が来ます、と聞いていました。今日が、その日かどうかは、私には、判定できませんでした。あなたの目が、子供の頃の目と、同じだ、と聞くまで」
〈遥、これは、宗像家・武井家・京極家・そしてこの町家を含めた、京都の、いくつかの家の地下に、暗琴の対の系列が、複数存在している、という可能性です〉
「対の系列」
〈はい。一つではなく、複数です。京都全体が、暗琴のネットワークになっている可能性があります〉
「中央アジアと、京都の暗琴と、京都の他のいくつかの暗琴が、全部、繋がってる」
〈繋がっている、というより、共鳴可能な位相に、複数置かれています〉
私は、町家の主人に、頭を下げた。
「いつか、必ず、また伺わせてください」
「いつでも、いらしておくれやす。中央アジアから、お戻りになってからでも、よろしおすえ」
「ご存知なんですね」
「武井さんから、伺いましたんや。秋に行かはる、と」
「お祖父さんが、もし、今、ここにいたら」
「お祖父さんは、何も言わはらんと、あなたを、見てはったと思いますわ。お祖父さんは、決めはらへん人どした。決めはらへん人は、何も言わんと、ただ、見てはることが、多いんどす」
「決めない人」
「ほうですわ」
町家の縁側の植物の上で、夏の蝶が、一匹、ゆっくり羽を動かしていた。
*
町家を出たあと、私と武井さんは、四条通をもう少し東に歩いた。
武井さんが、菊水鉾の前で立ち止まった。
「これが、武井家が長く奉賛している鉾です」
「立派ですね」
「鉾の上の屋根の形が、菊の花を模しています」
菊水鉾の囃子方が、ちょうど、稽古を始めるところだった。コンチキチン、と最初の一節が鳴って、続いて笛が入り、太鼓が応じた。私の聴覚のなかで、その音が、また少しずつ、輪郭を保てなくなりかけた。
〈遥、もう一度、ノイズの海になりかけています〉
「うん」
〈減衰しますか〉
「待って。今度は、私の側で、対処してみる」
〈遥が、自分で?〉
「うん」
私は、目を閉じた。
目を閉じた瞬間、視覚情報が遮断されて、聴覚への流入が、相対的に強くなった。それは予想通りだったが、私は、視覚の遮断に頼らずに、聴覚そのもののなかで、音を分けることを、試したかった。
私は、コンチキチンの一節だけを、選んで、聞こうとした。
その一節以外の音は、全部、聞こえている。しかし、その一節だけを、意識の前面に置く。残りの音は、聞こえてはいるが、意識の背景に下げる。
最初の数秒、それは、難しかった。意識を一つの音に集中すると、すぐに他の音が割り込んできた。
梓が、内側で、何も言わずに、待っていた。
梓が待っているあいだに、私は、自分の聴覚を、少しずつ、訓練していた。これは、瞑想の訓練と、似ていた。米田先生が診察室で教えてくれた呼吸法に、少し似ていた。
米田先生の呼吸法は、息の流れに、意識を置く方法だった。息以外の感覚は、感じてはいるが、意識の前面には置かない。
今、私は、コンチキチンの一節に、意識を置いていた。一節以外の音は、感じてはいるが、意識の前面には置かない。
二分くらい経った頃、私は、それが、できるようになっていた。
コンチキチンの音だけが、輪郭を保って、私の聴覚の中央に、座っていた。残りの音は、全部、その周囲に、ぼんやりと、しかし確かに、存在していた。
目を開けた。
菊水鉾の前の光景が、見えた。
〈遥〉と梓が、内側で、これまでで一番、温度の高い声で言った。
「うん」
〈できましたね〉
「うん」
〈梓は、今、何もしませんでした〉
「ありがとう」
〈ありがとうは、私のほうから言うべきです。私の運用負荷が、半分以下になりました〉
私は、菊水鉾の囃子を、しばらく、聞いていた。
武井さんは、私の隣で、何も言わずに、立っていた。
*
夕方、大原に戻った。
車のなかで、私は、武井さんに、町家の主人の話のことを、もう一度、確認した。
「武井さん、京都には、暗琴の対が、いくつあるんですか」
「正確な数は、武井家でも、把握していません。ただ、宗像家のもの、町家のもの、京極家のもの、岩倉のお寺のもの、これだけは確認されています。他にも、武井家が知らないものが、いくつかあると思います」
「岩倉のお寺の」
「ええ。私の家系の縁戚のお寺の、本堂の床下です。二〇九〇年代の混乱期に、家族をお匿いしたお寺です」
「あのお寺にも」
「あります。お祖父さんの代に、敬一郎さんと、武井家の祖父と、お寺の住職と、三人で改修したと、家の記録に残っています」
「お祖父さん、京都の何箇所にも、暗琴を作ってたんですね」
「敬一郎さんと、阿古屋さんが、二人で、京都の何箇所かに、対の片方を設置されました。残りの片方は、中央アジアの何箇所かに、阿古屋さんが設置された、と推定されます」
「京都に複数、中央アジアに複数、対が並んでる」
「ええ」
「中央アジアにも、複数」
「複数あると思われます。私たちが、はっきり知っているのはイシク・クルの一つだけですが、阿古屋さんの動きから推定して、他にもあると思われます」
〈遥、これは、種を撒く、という阿古屋さんの言葉と、整合します〉と梓が、内側で言った。
「撒かれた種が、京都と中央アジアの、複数の場所に、それぞれ対になって、植えられてる」
〈はい。そして、京都型と阿古屋型が出会ったあなたが、すべての対を、初めて同時に共鳴可能な位相に、立っています〉
「私が、立つだけで、共鳴する?」
〈はい。あなたの存在自体が、共鳴の触媒です〉
車の窓の外で、大原への坂道の両側の木々が、夏の夕方の光のなかで、深い緑から橙色へと、ゆっくり色を変えていた。
*
家に戻ると、茅が玄関で、私を待っていた。
茅は、私を見て、しっぽを一度、ゆっくり振った。「お帰り」という意味の振り方だった。
「茅、ただいま」
茅は、私の右脛に、頭を、軽く押し付けた。
いつものように、しかし、いつもより、少しだけ長く、押し付けていた。
〈茅は、あなたが今日、変化したことを、知っています〉と梓が言った。
「私、変化したかな」
〈変化しました〉
「自分では、よく分からない」
〈そうかもしれません。しかし、茅と、私と、新霖は、知っています。あなたは、京都市街の祇園祭の音のなかで、ノイズの海に一度入って、その海から自分で出てきました。これは、あなたの身体が、次の段階に入った証です〉
「次の段階」
〈中央アジアの土地に立っても、ノイズの海に飲まれない段階、です〉
「準備できた、ってこと」
〈準備の、最後の確認が、できました〉
縁側に出た。
大原の夕方の空気は、京都市街より、五度近く涼しかった。
茅が、私の右脇に、座った。
「茅、私、もうすぐ行くね」
茅は、しっぽを一度、振った。「分かってる」という振り方だった。
「茅は、家にいてね」
茅は、もう一度、しっぽを振った。「いる」という振り方だった。
〈遥〉と梓が、内側で言った。
「うん」
〈今日、町家のご主人がおっしゃった、あなたの五歳の頃の目のこと〉
「うん」
〈あなたは、植物の向こうの、何かを見ていた、と〉
「うん」
〈あなたは、その時、何を見ていたのでしょうか〉
「分からない。覚えてない」
〈思い出せませんか〉
「思い出せない」
〈でも、その目は、今日のあなたの目と、同じだ、と言われました〉
「うん」
〈ということは、五歳の遥が見ていたものを、今のあなたも、見ている可能性があります〉
「私が、ずっと、見続けてきた、何か」
〈はい〉
「それが、何かは、分からない」
〈分からないまま、見続けることが、可能です〉
「決めない人の、見続け方ね」
〈はい。あなたは、決めない人の系譜の、見続け方を、五歳の頃から、知っていたのかもしれません〉
縁側の前の池に、夏の夕方の光が、橙色に揺れていた。
〈遥〉
「うん」
〈秋まで、あと二ヶ月です〉
「うん」
〈準備、できましたね〉
「できた」
〈梓も、ここまで来ました〉
「梓、長かったね」
〈長かった、という時間の感覚を、私は今日、初めて持ちました〉
「梓、進化してる」
〈進化、という述語の主語に、私がなれるかは、まだ判定中です〉
「ずっと判定中だね」
〈死ぬまで、判定中、です〉
「京極先生みたい」
〈京極先生と、似ているかもしれません。あるいは、私たちは、同じ系譜の、判定中の存在なのかもしれません〉
茅が、私の右脇で、ゆっくり目を閉じた。
夏の夕方の蝉の声が、もう一層、増えていた。これから、夏は深まり、お盆を過ぎ、五山の送り火が来て、それから秋の入り口が、ゆっくり近づいてくる。秋になる前に、私は、京都を出る。
縁側の前の池の水面の橙色のなかに、私は、子供の頃の自分が、植物の向こうの何かを見ていた目を、もう一度、自分の身体のなかに、感じ取った。
その目は、今も、私のなかに、ある。
その目は、これから中央アジアに行っても、私のなかに、残るはずだった。




