第3章「崩壊の序曲」
灼熱の溶岩が流れる『赤竜のあぎと』。
Sランク指定の高難易度ダンジョンであるこの場所を、ギルバートたちは我が物顔で闊歩していた。
「おい、遅ぇぞ新人! もっとキビキビ歩けねぇのか!」
ギルバートが苛立ち紛れに怒鳴る。
背後では、新しく雇った荷物持ちの男が、大量の荷物に押しつぶされそうになりながら青息吐息でついてきていた。
「は、はいっ……! すいません、でも、荷物が重すぎて……」
「チッ、使えねぇな。前の奴はもっと涼しい顔で運んでたぞ」
ギルバートは舌打ちをし、愛剣『雷切』の柄を握り直した。
……妙だ。
ダンジョンに入ってまだ三十分。なのに、腕が鉛のように重い。
いつもなら羽のように軽い剣が、今日は鉄塊を引きずっているかのように手に食い込む。
(昨日の酒が残ってんのか? クソ、調子が出ねぇ)
彼は首を振って違和感を振り払った。
隣を歩く魔導士のミリアも、不機嫌そうに杖を持ち替えている。
「ねえギル。なんかこの杖、熱くない?」
「あぁ? 火山だからだろ」
「違うわよ。グリップが熱を持ってるの。手袋越しでも低温火傷しそうなくらい……あーもう、イライラする!」
ミリアが杖を振ると、先端から火の粉がパラパラと零れ落ちた。
魔力制御が上手くいっていない証拠だ。
「雑魚のお出ましだぜ!」
通路の奥から、マグマで構成された『ラヴァ・ゴーレム』が現れる。
硬度はオリハルコン並み。だが、Sランクパーティである彼らにとっては、準備運動程度の相手──のはずだった。
「ミリア、援護しろ! 俺様が一撃で沈める!」
「分かったわよ! 《アイス・ジャベリン》!」
ミリアが詠唱と共に杖を突き出す。
しかし。
ボシュッ。
情けない音と共に、杖の先から放たれたのは、氷の槍ではなく、ぬるい水飛沫のような魔力の残滓だった。
「は……? 嘘、なんで!?」
「何やってんだ馬鹿野郎!」
「違うの! 杖が……魔力を吸い込んでくれないの! 回路が詰まってるみたいに!」
ミリアが悲鳴を上げる。杖の宝石部分が、どす黒く変色し、不気味な煙を上げ始めていた。
冷却処理を失った魔導杖は、ただの「暴走する発熱体」でしかない。
「ええい、役立たずめ! 見てろ!」
ギルバートは地を蹴った。
接近戦で決める。いつものように、紫電を纏った神速の居合いで、敵の核を一刀両断にする。そのイメージは完璧だった。
(──遅い)
踏み込みが浅い。
剣を振りかぶった瞬間、手首に激痛が走った。
剣の重心が狂っている。いや、刃こぼれや摩耗によって、空気抵抗が以前とは別物になっているのだ。
「おおおおらぁっ!」
気合だけで無理やり剣を振るう。
雷を帯びた刃が、ゴーレムの肩口に直撃した。
ギャギィイイイイイインッ!!
鼓膜を引き裂くような金属音。
ゴーレムの身体を両断するはずの刃が、表面で弾かれ、激しく火花を散らす。
「な、に……!?」
手に伝わる反動が、骨を軋ませる。
今までなら、バターのように斬れていたはずだ。なぜだ。なぜ斬れない。
ギルバートの視界の端で、愛剣『雷切』の刀身に、ピシリと亀裂が走るのが見えた。
(ヒビ……だと?)
その瞬間、アルトの言葉が脳裏に蘇る。
──『お前が全力で戦えているのは、俺が【状態固定】を掛け続けているからだ』
──『十秒も持たないだろうからな』
「まさか……あいつの話は、本当だったのか……?」
背筋を、冷たい汗が伝う。
だが、現実は待ってくれない。
攻撃を弾かれた硬直だらけのギルバートに向かって、ゴーレムの灼熱の拳が振り下ろされる。
「ひっ……!」
回避が間に合わない。
本能的に剣で受けようとした、その時だった。
パキィンッ!
限界を迎えた『雷切』が、魔力負荷に耐えきれず、自ら砕け散った。
飛び散った刃の破片がギルバートの頬を切り裂き、鮮血が舞う。
「あ、ぐあああああああっ!?」
武器を失った彼は、無防備な肉塊として吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
右腕が、ありえない方向に曲がっている。
「ギル! いや、こないで!」
ミリアが杖を構えるが、杖は既に赤熱し、触れることさえできない温度になっていた。
ゴーレムがゆっくりと、絶望的な足取りで彼らに近づいてくる。
「くそ……くそくそくそッ! なんでだよ! 俺様は天才剣士だぞ!?」
ギルバートは血反吐を吐きながら、地団駄を踏んだ。
痛い。熱い。怖い。
今まで自分が振るっていた「強さ」が、実は借り物でしかなかったという事実が、骨折の痛み以上にプライドを苛む。
アルトがいない。
ただそれだけのことで、彼らのSランクパーティは、文字通り「ゴミ以下」に成り下がっていた。
(死ぬ……!)
ゴーレムが拳を振り上げる。
死の影が覆いかぶさった、その瞬間。
──ズドンッ!
轟音と共に、ゴーレムの巨体が真横に消し飛んだ。
粉塵の向こうから、二つの人影が歩いてくる。
「……やれやれ。予備を持っていけと言ったのに」
聞き慣れた、しかし以前とはどこか違う、自信に満ちた声。
ギルバートは霞む視界で、その姿を捉えた。




