第1章「無知な傲慢」
「単刀直入に言うぞ、アルト。お前はクビだ」
ギルバートの言葉は、安酒の匂いと共に俺の顔面に吐きかけられた。
王都最上位、冒険者ギルドのVIPルーム。
豪奢な革張りのソファに深々と腰掛けた男──Sランクパーティ『雷光の牙』のリーダー、ギルバートが、侮蔑の色の濃い瞳でこちらを見下ろしている。
(……ああ、やっぱりか)
胸の奥で、冷めた鉛のような納得感が落ちる。
怒りよりも先に、諦めが来た。
テーブルの上には、先ほど攻略を終えたばかりの戦利品と、彼が愛用する雷魔法剣『雷切』が乱雑に置かれている。
俺は視線を剣に向けた。
刀身の表面を走る微細な紫電。その奥で、金属疲労による悲鳴が「キシ……キシ……」と聞こえるようだ。俺の視界には、その剣の耐久値が赤色で点滅しているのが見えていた。
「おい、聞いてんのか荷物持ち。お前みたいな無能、これ以上養ってやれねぇって言ってんだよ」
ギルバートがテーブルを叩く。
隣に侍る魔導士の女が、クスクスと意地の悪い笑い声を漏らした。
「そうねぇ。今回のダンジョンでも、アルトはずーっと後ろで箱を持って突っ立ってるだけだったじゃない? 私たちの華麗な連携の邪魔なのよね」
「全くだ。俺様の神速の剣技についてこれねぇノロマが、Sランクパーティにいること自体が恥なんだよ」
言いたい放題だな。
俺は小さく息を吐き、乾燥してひび割れた唇を舐めた。
喉が渇いている。
それもそうだ。ダンジョン潜行中の六時間、俺はずっと『魔力』を垂れ流し続けていたのだから。
「……ギルバート。俺がただ突っ立っていたわけじゃないことは、知っているはずだろ」
「あぁ? アイテムボックスの管理か? そんなもん、市場で売ってる『収納鞄』がありゃ誰でもできる雑用だろ」
「違う。メンテナンスだ」
俺は『雷切』を指差した。
「お前のその剣、出力が高すぎるんだ。普通に使えば三撃で刀身が融解する。俺が常に【状態固定】を掛け続けて、時間を『振る前』の状態に巻き戻し続けているから、お前は全力で戦えているんだぞ」
一瞬、場が静まり返る。
次の瞬間、VIPルームは爆発的な嘲笑に包まれた。
「ぶっ、あはははは! 聞いたかよ今の!」
「ジョークのセンスはあるみたいね! 何それ、自分が俺様たちの武器を守ってるって? 寝言は寝て言えよ!」
ギルバートは涙を拭いながら、俺の肩をバシバシと叩く。痛い。加減を知らない暴力的な掌だ。
「いいかアルト。勘違いすんな。武器が壊れねぇのは、俺様の魔力コントロールが完璧だからだ。天才剣士の俺様に、お前みたいな落ちこぼれの細工が必要あるわけねぇだろ?」
「……魔導士の杖もだぞ。冷却処理を俺が肩代わりしているから、連続詠唱ができているんだ」
「はいはい、もういいわよそういうの。惨めになるだけじゃない?」
魔導士の女が、まるで汚い物を見るような目で俺を一瞥し、手でシッシッと払う仕草をした。
(駄目だ。言葉が通じない)
こめかみの血管がドクンドクンと脈打つ。
技術屋としてのプライドを、土足で踏みにじられた感覚。
だが、同時に憑き物が落ちたような気もした。
もう、いいか。
限界まで張り詰めていた糸が、プツリと切れる音がした。
「……分かった。抜けるよ」
「おう、やっと理解したか。だがまぁ、長年の情けだ。退職金代わりのゴミ(・・)をくれてやるよ」
ギルバートが足元の木箱を蹴り飛ばした。
ゴロリ、と床に転がり出たのは、泥と錆にまみれた『鉄屑』だった。
いや、よく見るとそれは人の形をしている。古代遺跡の最深部で拾った、壊れた自動人形だ。
「鑑定したら『修復不能なガラクタ』だとよ。お前みたいな無能整備士にはお似合いだろ?」
「…………」
俺は黙ってその人形を見下ろした。
銀色の髪は煤で汚れ、左腕は欠損し、胸部のコアは砕けている。
だが、俺の目には違って見えた。
┏ UI ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃ 対象:古代殲滅兵装 Type-001
┃ 状態:深刻な破損(機能停止中)
┃ 構造解析:……完了
┃ 修復可能性:【状態固定】の応用により可
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
(……直せる)
直感ではなく、確信だった。
こいつはゴミなんかじゃない。俺の技術があれば、かつての輝きを取り戻せる。
俺自身と同じだ。
「ありがたく貰っておくよ」
俺は鉄屑──いや、彼女を背負い上げた。ずしりと重い金属の冷たさが、背中に心地よい。
「あばよ、ギルバート。忠告しておくが、次のダンジョンからは予備の武器を十本は持っていけよ。……十秒も持たないだろうからな」
「負け惜しみ乙! 野垂れ死ぬなよ、雑用係!」
背中に浴びせられる罵倒を聞き流し、俺は部屋を出た。
ドアを閉めた瞬間、俺はスキルの発動を解除にした。
フゥゥゥゥ……ン。
微かな音と共に、俺の手から離れた彼らの装備──壁越しに感じるその気配から、魔法的な輝きが失われていく。
無理やり固定されていた時間が動き出し、蓄積されていた負荷が牙を剥く準備を始めたのだ。
(知らないぞ、もう)
俺は背中の人形を抱え直し、夜の街へと歩き出した。
足取りは、ここ数年で一番軽かった。




