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エピローグ スーパースピード・フロントライン

 写真の中の神崎は、いつもの無表情に近い顔で、わずかに口元だけをゆるめていた。


 祭壇の白い花と線香の匂いの中、その写真をまっすぐ見つめているのは、甲斐玲央だった。


「……えーと。減速支援隊スロー、甲斐です」


 原稿用紙の切れ端をぐしゃぐしゃに握りしめたまま、甲斐は小さく咳払いする。


「隊長は、その……口うるさくて、愛想もなくて、正直、上司としては面倒でしたが」


 会場の空気が、ほんの少しだけ揺れる。


「それでも、俺たちがバカやっても、最後には必ずケツを拭いてくれる人で。前に出るなって怒鳴りながら、自分が一番前に出る、そういう人で」


 言葉が途中で途切れた。甲斐は目を伏せ、ぐっと顎を引く。


「……ありがとうございました。以上です」


 乱暴にそう締めくくると、頭を下げる角度だけは、不器用に深かった。


 列の後ろから、佐伯 光太がそっと甲斐の肩を叩く。


「おつかれっす、ウォール先輩」


「うるさい。お前、次だぞ」


「分かってるって」


 光太は、泣き笑いみたいな顔で、祭壇の前に立つ。


「佐伯光太です。隊長には、ほんとに世話になりました」


 彼は長く話さなかった。ただ、最後に一度、ピシッと踵を揃える。


「……佐伯ダッシュ、敬礼」


 右手を額に当て、神崎の写真に向かって、きっちりと敬礼を送る。


 会場の少し離れた場所で、水瀬 柚希は静かに手を合わせていた。

 オペレーション室のヘッドセットもない。ただ一人の参列者として、目を閉じる。


(隊長)


 心の中で呼んでも、返事はない。


(見ててくださいよ。あなたが拾ったあの子たちが、どこまで行くのか)


 薄く目を開けると、最前列の端に座る新堂 蓮の横顔が見えた。

 喪服の襟元を指でいじりながら、じっと写真を見据えている。


 葬儀は、淡々と進んだ。

 その裏側で、別の「結論」が、別の部屋で読み上げられていく。


     ◇


「以上が、今回の総括だ」


 DPA本部、ガラス張りの会議室。

 スクリーンには、巨大フラクチャー事案の被害報告が並んでいる。


減速支援隊スロー隊長 神崎司 殉職』


 その一行が、場の空気を冷たく締めていた。


「スロー部隊は、これまで一定の成果を挙げてきた。しかし――」


 上層部の一人が、資料を指先で叩く。


「大きな権限と裁量を現場に委ねすぎた結果、シャドウブリンガー問題は長期化し、今回のような暴走も招いたと見るべきだろう」


「暴走、という表現は行き過ぎでは?」


 誰かが形だけ反論する。だが、その声には力がなかった。


「いずれにせよ、個人のアザー能力に過度に依存した組織運用はリスクだ。

 減速支援隊スローは、他部隊への統合と人員再配置という形で縮小する。名称も、近く見直す」


 壁際の席に、ファルコンが静かに座っていた。

 マスクは外し、黒髪を無造作に撫でつけている。左側の頬から首元にかけて、薄く黒い紋様が浮かんでいたが、誰もそこには触れない。


「今後の主力は、上級レベルの能力者を中心とした装甲戦士アーマード・ヒーローだ。

 市民が求めているのは、分かりやすいヒーローだろう?」


 冗談めかした言い回しに、乾いた笑いがいくつか漏れる。


 ファルコンは何も言わない。ただ、テーブルに置かれたペットボトルのラベルを親指でなぞり続けていた。


(スロー部隊が、消える)


 会議室の外側の廊下で、蓮は貼り紙に目を落としていた。


減速支援隊スロー運用見直しのお知らせ

 所属隊員は追って再配置先を通達する』


 紙面の言葉は丁寧だったが、意味はひとつだ。


 スローは、終わる。


(居場所、無くなるんだな)


 神崎の机が、さっき片付けられていた光景が頭に浮かぶ。

 あそこにあったマグカップも、書類も、全部ケースに詰められて、どこか見えない倉庫へ運ばれていった。


 自分も、その一部になる。


 胸の奥が、変なふうに空洞になった。


     ◇


 夜の風が、冷たかった。


 病院の屋上は、簡易フェンスと、吸い殻の残る灰皿と、自販機がひとつ。

 蓮はそのフェンスにもたれ、街の灯りをぼんやり眺めていた。


「こんな時間に未成年が屋上は、あまり褒められた行動じゃないな」


 背後から声がして、振り返る。


 そこに立っていたのは、スーツ姿の男――いや、スーツの上に、見慣れたスピードスーツのジャケットだけを引っかけた男だった。


「ファルコンさん」


「名前で呼んでいい。ここにはカメラも記者もいない」


「そういえば俺、本名知りません」


「―—生駒飛鳥いこまあすかだ」


「はい」


 ファルコンは、片手に持っていたマスクをベンチに放る。

 露わになった顔の、左側。


 以前見たときよりも、黒い紋様が濃く、鋭くなっていた。

 皮膚と装甲の境目が、もうどこなのか分からない。


 蓮は、一瞬だけ息を呑む。


「……それ、進んでるんですね」


「まあな。スピードを上げた分だけ、身体も置いていかれる。割の悪い仕事だ」


 軽く言って、ファルコンは自販機に小銭を滑り込ませた。


「コーヒーでいいか?」


「あ、ありがとうございます」


 二本の缶が落ちる音がして、ひとつが蓮の手に放られる。

 ぬるい温かさが、指先に広がる。


「スロー部隊は、実質的に解散だ」


 ファルコンは、缶を開ける前に言った。


「お前の再配置先は、まだ決まってないらしい」


「……はい。どこ行っても、浮きそうですけど」


 Speed Lv2・Shield Lv2に、時間操作のアザー。

 数字だけ見れば、一級品だ。だからこそ、どこの枠にもはめづらい。


「浮くのは悪くない。前に出るやつは、たいてい浮いている」


 ファルコンは、ようやくプルタブを引いた。


「お前の力は、もう一般隊員の枠じゃ収まらない」


 その言葉は、慰めでも持ち上げでもなかった。

 ただの事実として、静かに告げられる。


「……俺、スロー部隊だからここまでやれたんだと思ってました。

 神崎さんがいて、ウォールとダッシュがいて、後ろでOW1が見ててくれて」


「それは間違ってない」


 ファルコンは短く肯定する。


「だが、そこで止まるには、お前はもう見過ぎた」


 蓮は黙る。頭の中に、何度も繰り返し見た死ぬ瞬間がフラッシュバックする。


「光で道を切り開く側に、来い」


 風の音の中で、その一言だけがはっきり響いた。


「――《ライトブリンガー計画》の話だ」


 聞き慣れない単語が、夜空に浮かぶ。


「ライト、ブリンガー……」


「詳細は、今は言えない。上もまだ手探りだ。

 ただひとつだけ確かなのは、もう通常戦力は間に合わないってことだけだ」


 ファルコンは、蓮の横に立ち、同じように街を見下ろす。


「お前はどうする?」


 選択を迫る声ではなかった。

 それでも、蓮の心臓はうるさいほど鳴っていた。


 神崎の顔。

 東条――シャドウブリンガーの絶叫。

 トリトライで何度も見た、壊れていく世界線。


「……すぐには決められません」


 ようやく絞り出した答えは、それだけだった。


「それでいい」


 ファルコンはうなずく。


「生き残ったやつにしか選べないんだ。ゆっくり迷え」


 そう言って、手元の缶を軽く掲げる。


「神崎隊長に」


「……はい」


 二人分の缶が、かすかに触れ合った。


     ◇


 モニタールームは、いつもより広く感じられた。


 理由は簡単だ。

 中央のオペレーター席のひとつが、空いたままだからだ。


「……おつかれさまです」


 交代の隊員が出ていき、部屋にひとり残された水瀬は、深く息を吐いた。


 モニタに映っているのは、すでに終わった戦闘のログ。

 複数のカメラ映像と、生体反応のグラフが時間軸に沿って並んでいる。


「新堂 蓮、スロー部隊所属――アザー能力・三度試行トリトライ


 タブを切り替えると、彼のログが前面に出る。


 心拍数、脳波、筋電、位置情報。

 そして、その上に細かく刻まれた赤い線。


 0.数秒単位の「空白」が、連続して並んでいた。


「……やっぱり、おかしいよね、これ」


 スローの不具合でも、通信の途切れでもない。

 他の隊員のデータには、こんな歯抜けはない。


(彼は、時間を戻したんじゃない)


 神崎の言葉が、報告書の末尾に残されている。


『新堂 蓮のアザー能力は、巻き戻しではなく運命の選び直しの系統と推定』


(何度も、何度も、自分で選び直して――)


 そのたびに、死ぬ未来を見て、別のルートに踏み出して。

 最終的に、神崎の死ぬルートを、選んだ。


 モニタの端に、小さく映っている。

 あの瞬間、神崎が身を投げ出し、シャドウブリンガーの進路を逸らせた映像。


「……本当に、性格悪いですよ、隊長」


 ぽつりとこぼして、水瀬は笑う。

 泣いているのか笑っているのか、自分でもよく分からない声だった。


(それでも前に進むっていうなら)


 彼女は、空いた席に視線を送る。


(私は、その先を見届けるしかないですね)


 新しいログフォルダに、タグをひとつ追加する。


『Re-play suspected』


 仮のラベル。

 正式な名称が決まるその日まで、ここに置いておく。


     ◇


 深層ダンジョンの奥は、音が死んでいた。


 重力が斜めに落ちる通路。

 壁と床の境目が分からないホール。


 その暗がりのどこかで、黒い影がひとつ、こちらを振り向く。


 シャドウブリンガーの外骨格に似たライン。

 だが、あれほど洗練されてはいない。まだ、人間の形を残した歪な鎧。


 影の向こう側に、別の影がいくつも立っている。


 かつて東条 迅とともに姿を消した、初期世代の能力者たち。

 彼らの一部は、寄生型エネミーと深く結びついた「人型エネミー群」へと変わりつつあった。


 どこか別の街角。

 コンビニのショーウィンドウに、一瞬だけ黒いシルエットが映る。

 通り過ぎた時には、もう誰もいない。


 そのシルエットの肩と腕のラインは、どことなくシャドウブリンガーに似ていた。


 狭いワンルームの中、若い能力者がベッドの端でうずくまっている。

 汗ばんだ腕に、薄く黒い紋様が浮かんでは消え、また浮かぶ。


「……なんだよ、これ」


 本人は、ただのストレスか何かだと思おうとしている。

 それが、寄生型エネミーの「芽」であることを、まだ知らない。


 画面の片隅で、ニュースのテロップが流れていた。


《小規模フラクチャーが各地で連鎖的に発生――

 シャドウブリンガー以外の人型エネミーの目撃情報も》


 東条自身は、もういない。

 だが、彼が守ろうとしたもの。

 彼とともに深層へ消えた影たち。

 寄生型が残した種。


 それらは、静かに、確実に、街全体へと広がり始めていた。


     ◇


 DPAの会議室。

 先日の喧騒とは打って変わって、今は数人の幹部だけが集まっている。


 テーブルの上に、新しい資料が積まれていた。


 表紙には、大きくタイトルが記されている。


《LIGHT BRINGER計画》


 その下、候補者欄の最上段に、ひとつの名前。


『新堂蓮』


 さらに小さな文字で、『その他候補:複数名』と添えられている。


 資料に手を伸ばす者もいれば、視線をそらす者もいた。

 誰もが、この計画が「次の時代の最前線」を意味していることだけは分かっている。


     ◇


 シティの夜景へとカメラが切り替わる。


 高層ビルの屋上に、ひとりの白いヒーローのシルエットが立っている。

 スピードスーツの光が、街のネオンを反射して、細いラインを描いた。


 少し離れた別のビルの影から、その姿を見上げる影がひとつ。

 新たな人型エネミーの外骨格が、わずかに揺れ、夜風に黒い紋様をなびかせる。


 光と影が、同じ夜空の下で、互いの存在を認め合うように。


 白のヒーローは言う。

外獣エネミーはすべて倒す―—ここからは……」


 正体不明の影が言う。

異形エネミー化は人類進化エボルバーのカギになる、この先は――」


 減速スロー部隊の時代は終わった。

 だが、迷宮災害ダンジョンディザスター外獣エネミーの脅威は去っていない。


 ここから先は、光と影が正面からぶつかり合う、ヒーローと人型エネミーの戦争の時代――。


『スーパースピード・フロントラインだ』

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

もしよろしければ、感想欄に一言だけでも感想をいただけると、今後の改稿や新作の参考にさせていただきます

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