第9話 「夜会と秘密のワルツ」
学院祭の夜。
煌びやかなシャンデリアの光が、ホールを照らす。
貴族子女たちの笑い声とワルツの音が、静かに混ざり合っていた。
セシリアは壁際で小さく息をついた。
(はぁ……なんとか今日も断罪されずに終わりそうです)
お兄様は会場の隅で腕を組み、警戒中。
王子リオネルは中央で社交の花形として踊り続け、
リリアは緊張気味にグラスを手にしていた。
完璧な平和。……の、はずだった。
「セシリア嬢」
「ひゃっ!? は、はいっ!?」
背後から現れたのは王子リオネル。
きらきらオーラ+微笑みの全力攻撃である。
「よければ一曲、私と踊ってもらえないかな」
「えっ!? だ、だめです!」
「どうして?」
「私、ダンス下手ですし……あと災害体質でして!」
「災害?」
「わたしが踊ると周囲がざわつく呪いが……っ!」
リオネルは困ったように笑った。
「君の冗談はいつも斬新だな」
「冗談じゃなくて真実ですぅ!!」
だが、もう遅い。
音楽が変わり、リオネルが彼女の手を取ってしまった。
(ああああああ! 触れられた! 触れた時点でフラグが!!)
彼の手は優しく、けれど迷いがない。
「君は思っていたよりも、軽やかだね」
「わ、わたし……いつの間にか歩いてました!?(逃げてるはずなのに!)」
「君と踊ると、世界が明るく見える」
「そ、それは照明のせいです!」
周囲がざわつく。
「殿下があのセシリア様と……!」
「まさか、まさかのペア!?」
(うわぁぁ……噂が量産されていくぅぅ……!!)
音楽が終わると同時に、静かな声が響いた。
「……楽しそうだな」
振り返ると、お兄様がいた。
笑顔だが、目が全然笑ってない。
「アーデルハイト殿、護衛任務中では?」
「護衛対象が王子と踊っていれば、監視対象も変わる」
「え、監視って言いました!? 今、監視って!!」
リオネルが少し挑むように微笑む。
「君の妹君は、本当に魅力的だ」
「……その言葉、撤回を」
「褒めただけだよ?」
「褒める対象を選ぶことをお勧めします」
(やめてぇぇ!! 静かな火花やめてぇぇ!!)
気まずい空気を察したのはリリアだった。
慌てて駆け寄る。
「セシリア様っ! お疲れでしょう!? こちらで少しお休みを!」
「リリアさん、救いの女神……!」
リリアはグラスを渡しながら、少しだけ頬を染めた。
「……今日のセシリア様、とても綺麗でした」
「ありがとうございます! でも、汗で前髪がはりついてて……」
「そういうところが、好き……じゃなくて! 素敵です!」
「えっ? いま好きって言いました?」
「言ってません!!」
(あ、リリア嬢、耳まで真っ赤になってる!?)
そんな平和な(?)やり取りのあと。
夜会も終盤、最後のワルツが流れる。
「セシー」
呼ばれて振り向くと、お兄様が立っていた。
「一曲だけ。俺とも踊れ」
「えっ!? お兄様まで!?」
「護衛の一環だ」
「それ護衛って言い張ります!?」
けれど——お兄様の手は、意外にも優しかった。
背筋を支えるその掌の温度が、静かに心臓を乱す。
「……お兄様?」
「お前は、本当に鈍い」
「え? なんの話ですか?」
「いや……なんでもない」
彼の笑みはいつもより穏やかで、少しだけ寂しそうだった。
(あれ……なんか、いつもと違う?)
ワルツが終わり、手が離れる。
その瞬間、セシリアは胸の奥がふっとざわついた。
けれど、理由は分からない。
「……お兄様?」
「気をつけて帰れ。風が冷たい」
そう言って踵を返す背中。
その姿に、ほんの一瞬だけ“寂しさ”を感じたことも——
本人はまだ、気づいていなかった。




