第8話 「学院祭と護衛任務、そして気づかぬ修羅場」
学院祭当日。
「……お兄様、まさか本当に同行されるとは」
「言っただろう。護衛だ」
「でもお兄様、黒い軍服に銀の飾緒って、護衛というより……舞台の主役です」
「目立つ護衛は抑止力になる」
「(完全に目立ち目的では……)」
セシリアは内心ため息をついた。
断罪回避のため、地味に過ごすはずが——
お兄様がついてきたせいで注目の的になっている。
「見て、あの方がアーデルハイト公爵家のご子息よ」
「お兄様って呼んでるあの美人、妹さん?」
「本当は義兄妹らしいわよ」
(やめてください、噂の火種が! 燃えてる!)
◆屋外広場・王子の出店前。
リオネル王子が爽やかに笑いながら手を振った。
「セシリア嬢、来てくれたんだね」
「えっ!? いえ、通りすがりです!!」
「通りすがりにしては見事なタイミングだ」
横からアランが低い声を差し込む。
「……殿下、妹を見つける嗅覚が鋭すぎでは」
「偶然だよ」
「偶然が多すぎますね」
(お兄様、言葉にトゲが! トゲが出てます!!)
リオネルは苦笑して、軽く話題を変えた。
「学院祭、楽しめているかい? セシリア嬢」
「はい! とても平和で、まだ断罪もされていません!」
「……断罪?」
「え!? な、なんでもありません!!!」
(しまった、つい口が……!)
王子は小さく吹き出した。
「君と話していると飽きないな」
(それ誉めてない気がします!)
アランの眉がぴくりと動いた。
「殿下、妹をからかうのはご遠慮願いたい」
「からかっていないさ。むしろ興味がある」
「……興味?」
「彼女の考え方に、だよ」
「(お兄様、めっちゃ睨んでる……! 怖い!)」
◆一方そのころ。
屋台裏でリリアが屋台の花飾りを整えながら小声で呟く。
「セシリア様……今日もすごく綺麗」
隣の友人がにやにやしている。
「また見てる〜! リリアちゃん、まるで恋する乙女だねぇ」
「そ、そんなつもりじゃっ……!」
(いや、でも……見てるだけで胸が痛くなるのはなぜ……?)
その時。
人だかりの向こうで、アランと王子が軽く火花を散らしているのが見えた。
「……あれ、もしかして、修羅場……?」
◆昼過ぎ、広場の中央。
セシリアは王子の出店でティーサービスを手伝う羽目になっていた。
「セシリア嬢、カップをもうひとつ」
「は、はい!」
(まさか護衛に来たお兄様の目の前で働かされるとは……!)
アランは少し離れた場所で腕を組み、無表情で見守っている。
(守っているというより監視している……)
客の笑い声の中で、セシリアの背後からリオネルがそっと声をかけた。
「君、笑うとき本当に嬉しそうな顔をするね」
「えっ? あの、笑ってましたか? 営業スマイルですが」
「……君に“営業スマイル”は似合わない」
(ちょっとドキッとする言い方やめてください! シナリオ外なのに!!)
その瞬間、氷点下の気配がした。
視線の先に——お兄様。
(お兄様が笑ってない!! 笑ってるけど目が笑ってない!!)
「セシー、そろそろ休憩だ。こっちへ来い」
「ひゃいっ!?」
お兄様に手を引かれ、観客がどよめく。
(え、手を取られた!? しかも自然に!?)
裏庭に避難して一息。
「まったく……お前はトラブル体質だな」
「違います! 殿下が勝手に絡んできただけです!」
「“勝手に”絡まれる時点で問題だ」
「うう……」
アランはふと目を伏せ、囁くように言った。
「……お前が笑うと、周りが騒がしくなる」
「え?」
「皆、お前を見てる。俺も含めて」
(な、何そのセリフ!? お兄様、今ほんのり乙女ゲームの台詞みたいなこと言いました!?)
顔を赤くして固まるセシリアを見て、アランはふっと笑った。
「……何を想像してる」
「な、なんでもありません!!!」
その少し後、リリアが花束を抱えて現れた。
「セシリア様! 差し入れを……」
「あら、リリアさん! ありがとうございます!」
「い、いえ……アラン様の代わりに見張りを……じゃなくて、お手伝いをと思って……!」
アランがわずかに眉をひそめる。
王子が遠くからこちらを見つめる。
セシリアは花を抱えながら笑う。
——そしてその瞬間。
まわりの三人の心拍数が、同時に上がった。
誰も言葉にはしない。
けれど確かにそこには、ひとつの“戦場”が生まれていた。




