第2話 「お茶会と勘違いだらけの一日」
「——セシー、お前、緊張しすぎだ」
馬車の中、アランの低い声が響いた。
窓の外には王都の春。花びらが舞い、陽光がきらめいている。
「そ、そんなことありません!」
セシリアは背筋を伸ばし、手にした扇をぎゅっと握る。
(今日のお茶会で、ヒロインと出会うはず……。断罪イベントの発端、ここで回避しなきゃ!)
「顔が真っ白だぞ」
「き、気のせいです! 本日は清楚な色味のパウダーを選んだだけです!」
「……ふーん?」
アランが面白そうに口の端を上げた。
「清楚って言葉を選んだ割に、ずいぶん戦にでも行くような顔をしてるけどな」
「これは決意の表情です!」
「決意、ね。……誰と戦うつもりだ?」
「運命、です!」
あまりにも真顔で言い切る妹に、アランは思わず小さく吹き出した。
「お前、ほんとに面白いな」
(お兄様、何が面白いのかわかりません……)
紅茶会の会場は花々に囲まれた庭園。
絹のドレスと香水の香りに満ちた空気の中、セシリアはきょろきょろと周囲を見回した。
(いた……! あの子が、ヒロインのリリア・ハートフィールド!)
ふわりとした栗色の髪に、可憐な笑顔。
原作では、セシリアが「庶民の分際で」と嫌味を言ってしまうイベント。
だが今回は、絶対にそんなことしない!
「ごきげんよう。セシリア・フォン・アーデルハイトと申します」
「まあ……あのアーデルハイト家のご令嬢が、私に?」
「ええ。お話しできて嬉しいですわ。もしよければ、一緒にお茶を——」
リリアの瞳がぱっと輝いた。
(よし! 原作のフラグ、回避成功! 私、えらい!)
——と、その瞬間。
「セシー、ずいぶん社交的じゃないか。
いつから“庶民の娘”とも親しくするようになったんだ?」
「っ!!?」
周囲の視線が一斉に向く。
セシリアは青ざめて、慌てて扇を閉じた。
「お、お兄様っ!? 誤解を招くようなこと言わないでくださいませ!」
「誤解?」
アランがわざと首を傾げる。
「俺はただ、お前が誰にでも優しいのが不思議だと言っただけだ」
「それを“庶民”とか言うから角が立つんですっ!」
「じゃあ、どう言えばいい? “可愛らしい娘”か?」
「そ、そういう問題ではなくてですねっ!」
セシリアが真っ赤になって抗議する。
その様子を、アランは頬杖をついて眺めていた。
どこか楽しそうで、そしてほんの少し、柔らかな表情をして。
リリアがくすっと笑った。
「とても仲の良いご兄妹ですね」
「……そ、そう見えますか?」
「ええ。少し羨ましいくらいに」
セシリアが照れ笑いを浮かべると、アランの指先が軽くテーブルを叩いた。
——小さな、音。
誰も気づかないくらいの。
(お兄様? なんか今、ちょっと不機嫌そう……?)
紅茶会が終わり、馬車の中。
「お兄様、今日の私、上手くやれたと思いません?」
「上手く……?」
「だって、あのヒロインの子と仲良くなりましたし! 断罪フラグ、ひとつ回避です!」
「ふぅん……仲良く、ね」
アランが小さく笑う。
その笑みが、少しだけ意地悪く見えた。
「お前、あの娘のこと、そんなに気に入ったのか?」
「もちろんです! とても可愛い方でしたし、きっと優しい子で——」
「……そうか」
声のトーンがわずかに低くなった気がした。
でもセシリアは気づかない。
「お兄様も仲良くしてあげてくださいね!」
「……考えとく」
「まあっ! 珍しく素直ですね!」
「お前がそう言うならな」
アランは窓の外を見つめる。
春の陽が、横顔を淡く照らしていた。
セシリアはにこにこと笑う。
その笑顔が、まったく悪気なく眩しくて。
彼はそっと目を細めた。
(ほんと……お前は鈍いな、セシー)




