第1話 「破滅の令嬢に転生しました」
——まぶしい。
目を開けた瞬間、真っ白な天蓋が視界を覆った。
金糸の刺繍、薄絹のカーテン。どこかで嗅いだことのある甘い香り。
「……え?」
鏡に映った自分の姿を見て、私は固まった。
銀色の髪に、透き通るサファイアの瞳。
乙女ゲーム『恋華の王冠』の悪役令嬢、セシリア・フォン・アーデルハイト。
「うそ……断罪される子じゃない……!」
泣きそうになっていると——。
「セシー?」
扉がノックもなしに開く。
入ってきたのは長身の青年。
艶のある銀髪に、涼しげな青の瞳。——アラン・フォン・アーデルハイト。
私の“お兄様”……ただし、正確には従兄弟であり、養子として迎えられた義兄。
「お、お兄様……!」
思わず立ち上がる私に、アランは片眉を上げて笑った。
「どうした? そんな怯えた顔して。まるで断罪でもされるような顔だな」
(言わないで、そのワード!)
心の中で悲鳴を上げながら、私は無理に笑う。
「な、なんでもありません。少し変な夢を見ただけです」
「夢、ね……。お前の“変な夢”はたいてい面倒ごとを呼ぶからな」
「ひどいです、お兄様!」
アランは笑いながら、私の額に軽く指を当てた。
「本当のことだろ? この前なんて、夜中に“婚約破棄される夢を見た”って泣きついてきたくせに」
「い、今はそんな話してません!」
からかうような声。
けれどその瞳は、私の体調を気遣うように優しい。
……そうだ。この人、ゲーム本編では“妹をかばって全ての罪を被り、国外追放される”んだった。
私がこのまま原作通りに動けば、彼は不幸になる。
絶対に、そんな結末にはさせない。
「お兄様」
「ん?」
「私、決めました。未来を変えます」
アランは片手で頬杖をつき、面白そうに笑う。
「未来、ね。お前、また小説の読みすぎか?」
「本気です! 破滅なんて、もう絶対に嫌なんです!」
「……ふむ。じゃあ、その“破滅”とやらから俺も守ってくれるのか?」
「もちろんです!」
すると彼はわざとらしくため息をついた。
「頼もしいな。ま、どうせ放っておいても首を突っ込むんだろう。……好きにしろ。ただし」
彼は軽く私の顎を指で持ち上げる。
その仕草に、心臓が一瞬だけ跳ねた。
「無茶をしたら、俺が怒る。……覚悟しとけよ、セシー」
「……っ、は、はい……!」
(なんで最後だけちょっとドキッとする言い方するんですかお兄様!!)
優しいけれど、どこか掴みきれない人。
少し意地悪で、でも誰よりも私を見てくれている人。
——私はこの人を、破滅の未来から絶対に救ってみせる。そして、彼の微笑みを守るために。




