〜5〜
第二体育館から逃げ出して、みかげと日向は渡り廊下の縁に腰掛けた。どこの教室からも距離がある珍しく静かな場所で、部活で賑わう声も遠く聞こえている。
「やっぱり全国レベルだと架帥を知っていますね。既に本家を出た身で、あまり目立ちたくないんですけど」
「……」
由羽は正面に立って2人を眺めていた。
日向の様子が暗いことに気付いて、ぬいぐるみの口に手を突っ込む。ごそごそとぬいぐるみの体内を探って、お菓子のファミリーパックをずるりと引き出した。
ばりん、とパーティー開けをするとココアのクッキーを日向に差し出す。みかげは日向が受け取らないことを知っていて代わりに受け取った。
「その不気味なぬいぐるみ、鞄になってるんですか?」
「そう。御父様が、カントリーマアムは大抵の人が好きだから大丈夫って」
「そ、そんな万能なお菓子なんですか?!」
「うん。チョコでいい?」
「普通のがいいです……って、呑気にお菓子食べてる場合じゃないですよ!!部活はどうするんですか!!!」
2つ目を由羽から受け取ったみかげは、このままでは部活を決める前に下校時間になってしまうと気付いて立ち上がった。
「他の部活にも兄様の問題行動が見られていましたからね……第三体育館はないんですか?」
「ない。あと、バスケ部と柔道部はそれぞれの体育館の主と言われるほどの力を持つ。ので、今頃全運動部に手配書が回ってると思う」
「なんと?!最初に行ってくださいよ!!」
「ラスボスから片付けるタイプなのかと思って」
「兄様、どうするんですか!?1,500万ベリーの賞金首ですよ!!」
「体育祭では気を付けて」
「他人事ですか……!!狩刃!!なんでさっきからチョコしか渡してこないんですか!?バニラを独り占めするな!!!」
2人の小競り合いが盛り上がって来た所で、日向は顔を上げた。
「由羽は?」
日向が呼ぶと、由羽の手からファミリーパックがぼとりと落ちる。
由羽は赤い顔で硬直し、足元でばらばらと中身が散らばった。一体どうしたと日向は拾い上げた。
「わかりますよーこいつ意外と女子を下の名前で呼ぶんだなって思ったんですね!!」
「……御父様にしか、下の名前で呼ばれないから」
「ちょっと知り合った程度で図々しい奴ですよねー!」
日向が由羽を下の名前で呼んだのは、みかげが狩刃と呼ぶ時に明確に敵意を込めているからだ。
何やら自分が貶められていると理解しつつ、日向はみかげを無視して由羽に尋ねた。
「由羽の部活は?」
「私は、園芸部」
「えんげい?」
「そう。園芸。植物育てる部活。裏庭で活動してる」
由羽は日向が拾い上げたファミリーパックをぬいぐるみの口の中に戻して、こっち、と2人を招いた。
「サバ高入学のしおり」には裏庭の場所が記されている。学校の片隅にある庭にしては広く、畑やビニールハウスまで並んでいる。花よりも野菜が多く植えられていた。
「部員は?」
「部長と2人。部長は特進クラスだから忙しくてあんまり来ない」
「部長なのに」
「そう。部長なのに。朝と放課後に水遣りがあるから、誰か入ってくれると助かる」
由羽がやけに朝早くに犬の散歩をしていた訳がわかった。あのワガママな犬たちの散歩を終えた後に登校した後に広い畑の水遣りをしていると、いくら朝早くても授業ギリギリになってしまう。
そして、日向の方は早起きの習慣が消えずに朝の時間を持て余していたところだ。
「わかった。入部する」
「はぁ??!!ちょ、ちょっと待ってください!!」
横からみかげが突撃してきて、日向の襟首を掴む。
「本気で言ってるんですか?!園芸部って!運動部は??あなた架帥でしょう!!」
「もう違う」
「みかげを甲子園に連れてってくれるって約束はどうなったんですか???!!!」
「してない」
「そんなー!!花なんか育てたことないくせにー!!!」
みかげは地面に崩れて絶叫する。放課後になっても衰えないみかげの声の大きさに感心して眺めていると、由羽が日向の裾をそっと引っ張った。
「あの」
「何?」
「架……あの、日向」
「……」
「日向」
「ああ、俺か……何?」
「日向、でいいの?」
「いいよ」
そう答えたが、日向はまだその名前が自分のものだという自覚がなかった。しかし、由羽は無表情のまま満足そうに頷く。
「日向、水道はこっち」
「今日の水遣りか」
「そう。それで、自分のジョウロを選ぶ。たくさんあるから好きなのを選んでいい」
由羽がそう言って長い髪を軽やかに揺らして水道に向かって行く。その背中が何故か嬉しそうなのは日向でもわかった。
部員2人で水遣りをするのは相当大変だっだんだろう。日向はそう納得して、みかげを置いて由羽に着いて行った。
読んでいただきありがとうございます!
早起きできる人はすごいですね。次回はさっそく部活動&部長登場です!!
応援よろしくお願いします!!