〜4〜
部の備品を壊すな!と吾妻に一喝され、3人は体育館を追い出された。
「ボール1個くらいでケチぃですねー!!」
「サバ高運動部の予算争いは、過酷」
ブーブーと文句を言うみかげに対し、とばっちりで叱られた由羽は無表情を崩さずにバスケ部を庇う。由羽は1年間通っただけあってサバ高の部活の空気感には慣れていた。
日向もみかげが言うのだからボール1個くらい破裂させてもいいだろうと考えていたが、由羽に冷静に言われると悪い事をしたような気分になってきた。
「みかげが、歩いたらダメって言うから」
「はぁー???みかげのせいにするんですか?!まったく!!これだから常識の無い奴の子守は疲れるんですよ。兄様、ドリブルって知ってますか?」
「ボールが床に着いたら負ける球技があった」
「それ、違うやつ」
由羽が言って、当てもなく歩いていた3人は一度足を止めた。
由羽は黒髪を揺らして日向の顔を覗き込む。
最初から飽きて心ここに在らずの日向だったが、黒く大きな由羽の瞳に自分の姿を映されて少し意識がはっきりした。
「何なら、壊さないで遊べる?」
最低限しか唇を動かさない由羽の話し方は、透明で不思議な響きがある。しかし、内容は己の力を抑えきれない赤子をあやすような言葉だった。
「無理ですよー!兄様はボウリングの玉でも壊しますから!」
「架帥だど、武道の方がいいのかな」
「そうですね!人間だったら少し手荒に扱っても案外壊れませんし!」
「第二体育館で活動してるはず」
「兄様、殺しだけは止めてくださいね!!学校で殺られると隠せるものも隠せないですから!!」
由羽は無意識なのか逃がさないためなのか、日向の手を握って歩いていた。
細く冷たい指が絡まって、こんな風に女子に手を握られるのは生まれて初めてかもしれない、と日向は考える。
流石にそれで照れる程純情ではないが、都会でみかげと2人で暮らすことになったり自称殺し屋と出会ったり。たった数日で今までの人生で経験して来なかったことが立て続けに起こっている。
校舎の北側にある第二体育館は、先ほどの体育館と同じくらいの広さだった。部活動中で掛け声が飛び交っており、こちらも賑やかだ。
先程のようにみかげが大声で呼びかけるのかと思いきや、投げ技の練習をしていた生徒が先に3人に気付いた。そして、由羽が声をかける前に大柄な体格に見合わないスピードで駆け寄って来る。
「3年、部長の仙石だ!架帥って本物か?」
日向の2倍は厚みがある体格の生徒は、日向の手を掴むと無理矢理握手をしてぶんぶんと腕を振った。日向の手から、細いガラス細工のような由羽の手の感触が一瞬で消える。
「部長、こいつ有名なんですか?」
他の部員は部長が興奮している理由がわからずに怪しげな顔をしていた。
部長は日向の手をがっしり握ったまま瞳を輝かせて頷く。
「前に代表合宿に行った時、1日だけ架帥流が稽古をつけてくれたんだ!すごかったんだぞ!全然勝てなかった選手が次の日に決勝まで行けたんだ」
「有名なコーチってことですか?」
「武術ならなんでも見てくれるって聞いている。しかも、その中で優秀な選手だけが架帥流に入れるんだ!えっと、日向だっけ?君は架帥流に入ったのか?」
仙石の熱い質問を冷ますように、日向は「いや」と小さく答えた。
「俺はもう架帥じゃないから」
その声の暗さは、みかげですら日向の顔を窺うほどだった。しかし、仙石は全く気にせずに片手は日向の手を握ったまま、日向の背中をぐいぐいと押していく。
「まーまー、ちょっとだけでいいから!!試しに組むだけでいいから!!」
「素人相手にしたらマズイですよ!」
周りの部員が慌てるのは、仙石が日向など簡単に潰せそうな体格をしているからだ。
しかし、実際の問題は別の所にある。道着を無理矢理着せられている日向に由羽が「ルールわかる?」と小さな声で囁き、日向は曖昧に頷いた。本家に上がる前、仙石のような代表合宿の練習に何度か付き合ったことがある気がする。
一礼後、仙石が日向の襟を掴んで力を籠める。力は充分強いが、それ以上に技術がある選手だと日向はすぐにわかった。架帥流が指導するのを好む力のある人間。
つまり、日向にとってやりやすい相手でもある。日向は仙石が力を込めているのと一部の狂いもなくきっかり反対側に、仙石の力を少しだけ上回るように力を籠める。
仙石は日向に投げられる前に気付いて、すぐに力を抜いた。
「部長、どうしたんですか?」
「早く投げちゃってくださいよ」
「いや、なんか、気持ち悪い……」
早めに気付くとは、仙石は荒々しい言動の割に案外勘が鋭い。日向は仙石を少し見直した。
「あのさ、架帥、今のって……」
「はい!!!ありがとうございました!!!」
仙石が尋ねて来る前に、みかげが日向の襟首を掴んで逃げ出した。