〜3〜
帰りのHRが終わり日向はすぐに立ち上がったが、その瞬間には既に目の前にみかげが来ていた。
「今、帰ろうとしました?」
「してない」
逃げるのは無理だ、と日向は観念する。
部活に入ると決めて、みかげは体育の授業からずっと燃えている。次の数学の授業でもサバ高入学のしおりの部活紹介のページを読み込んでいた。
「青春ですよ!!兄様、汗と涙を流し、強敵と殴り合い、何らかの大会で優勝するのはどの部活がいいか希望はありますか!!!???」
「特にない」
「よし!!!部活紹介がスベっている順から回りましょう!!兄様と気が合いそう!!!そうなるとサッカーと卓球部が熱いですね……」
どういう基準だと疑問に思いつつ、日向は黙ってみかげに引きずられていた。
教室を出て廊下を歩いていると、ぬいぐるみを抱えた由羽が追いかけて来る。
「何か探してる?手伝う」
「狩刃に頼るようなことはないです!!なんで着いて来るんですか!!!」
「お友達には親切にしてあげなさいって御父様に言われたから」
「狩刃なんかと友達になった覚えはありません!!!」
みかげは怒りを露わにして由羽を威嚇したが、由羽は気にせずにぬいぐるみに「そうでしょう?御父様」と話しかけていた。
『そうだね、由羽』
前と同じようにぬいぐるみから声が返って来る。スピーカー越しの電子音声だが、由羽が御父様と呼んでいるから男性の声のように聞こえた。
「それ、どこで手に入るんだ?」
日向が由羽に尋ねると、みかげはドン引きした様子で身を引いた。
「え……この不細工なの欲しいんですか?!何で?!!」
「……」
みかげの話に相槌を打つのが面倒臭い時に使えそうだなと思ったのだが、2人のどちらにも失礼だと思って黙っていた。
由羽は日向に取られると思ったのか、ぬいぐるみを両腕で固く抱きしめる。
「自分で、作った」
「自分で?へー!!狩刃のわりにすごいじゃないですか!」
自作となると謎の生物の不気味さが愛嬌に見えてくる。
針と糸をまともに持ったことがない日向からすると、布が立体になっているだけでも驚くべきことだ。
由羽は変わらず無表情だったが、こくりと深く頷く。
みかげに褒められて喜んでいるのは明らかだ。感情がない云々という自己紹介は忘れようと日向は考えた。
みかげは由羽の単純な様子に警戒心を緩めて、サバ高入学のしおりを開いて見せる。
「我々は部活動を探しているのです!青春を謳歌できて、努力!友情!勝利!を実感できる80年代の少年漫画のような部活がいいです!!可能なら存分に尺を使って地方大会を優勝する所で最終回を迎えて、全国大会の優勝は最後のページの写真とトロフィーで察させるようなコスパの良い部活を希望します!!!」
日向はみかげの言っていることが半分も理解できなかったが、由羽はなるほどと頷いた。
「その後の読み切りの続編が否応なく世界大会編になるタイプ、てこと」
「……」
何故、由羽とみかげの方が話が合うのだろうと日向は腑に落ちない。みかげは自分よりも長く本家で世間から隔離された生活をしていたはずなのに、どうしてこれほどまでに俗っぽいのだろう。
みかげと由羽の会話に参加することを諦めて、日向は一人考えていた。
「しかし……架帥流はその場にあるものをなんでも使うとはいえ、あくまで体一つで戦う武術。一般的なスポーツと呼ばれるもののレベルは保障できないのです!!」
「それなら、バスケットボールは?ボールの滞空時間が、比較的短い」
由羽がそう言った所でちょうど体育館に着いた。
体育館の半分を使って男子バスケットボール部が練習をしている。
「失礼しまーす!!!!!入部希望です!!!!!!」
みかげが得意の爆音で呼びかけて、騒がしい体育館が静まり返った。日向はこれ以上話が進む前に体育館を出ようとしたが、みかげが日向の背中をぐいぐいと押してバスケ部員の正面に立たせる。
一人の部員が日向の前に出てきた。短髪でバスケ部の割に身長が低いその部員は、練習を邪魔されて面倒臭そうな顔をしている。
「入部希望って……?スポーツ推薦以外は入学オリエンテーション終わってからだろ?」
「いいえ!!転校してきた2年生です!!やる気だけは誰にも負けません!!!」
「2年かぁ……」
部員はあからさまに嫌そうな顔をする。
道場では入門が1日でも早ければ兄弟子になるが、3年しかない高校の部活だと道理が違う。2年生が1年遅れで途中入部すると、部内の上下関係が崩れて面倒なことになる。
嫌がっているようだし諦めようと日向は帰ろうとしたが、みかげは日向の背中を押すのを止めない。強制的に部員とにらみ合うことになり、まるで日向が売られたケンカを血気盛んに勝ってしまったように見える。
「お前、名前は?」
「架帥日向!!高校2年生!!!特技は早寝早起き!!!希望のポジションはえっと、たくさんシュートを打って目立てる所です!!!」
「俺は副部長、2年の吾妻。わかった。そこまで言うなら特別に入部テストしてやるよ」
俺は何も言ってない、と日向は呟いた。みかげが日向の背中から勝手に答えているだけだ。
この状態に疑問を持たずに大真面な顔をしている吾妻は、それほど賢くないのかもしれない、と日向は2人に挟まれながら考えた。
吾妻は日向にボールを押し付けて、部員を2人呼ぶ。
「この2人はスポーツ推薦の1年だ。入学前から練習に参加してる。この2人を相手にしてシュート決められるくらいじゃないと、途中入部はさせられないなぁ」
1年生2人は突然入部テストに駆り出されたわりに、好戦的にディフェンスを務めようとしている。スポーツ推薦だけあって体格が良く、日向の体が覆い隠されるほどだった。
シュートどころかドリブルを数秒保持するのも難しい状況で、端から入部させる気がないことがわかる。
自分は試されているらしいと気付いて、日向はボールを抱え直した。その様子を見て、みかげはコートの外からそっと囁く。
「兄様、バスケのルールわかりますか?」
「……」
日向は曖昧に首を横に振った。
日向は架帥流に入ってから学校に通っていない。普通の体育の授業を受ける機会がなく、球技にも縁がなかった。
ここまで来て引くのはまずい、と由羽とみかげが小声で日向に教える。
「あっちのカゴにボールを入れるの。左手は添えるだけ」
「兄様、ボールを持ったまま歩いちゃダメですよ!!ルール違反ですからね!!」
「おいおい、そこからかよ!」
吾妻は日向を指差して笑おうとした。
が、その瞬間に体育館に一陣の風が吹く。
日向が投げたボールは、1年生が気付く前に空を切り裂いてコートを一直線に横切った。音もなくリングを通ってネットが跳ねる。
そして体育館の床に突き刺さったボールは一度高くバウンドすると音を立てて破裂する。
多分あっているはずだ、と日向は静かになった体育館で頷いた。