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〜1〜

 三派、三家、三人。

 各々が好きに呼称しているが、ともかくこの国には古くから人を殺めることを許された存在がある。

 架帥流はその中の一つでありながら、最も異端の存在だった。

 架帥流は、金のためではなく、主への忠義のためではなく、名誉を得るためではなく、稽古の一つとして行っていた。悪人退治を国から依頼されても断ることもあれば、頼まれてもいないのに善人を殺めたこともある。

 兎を捕らえる力を得るには兎を捕らえなければならない。

 熊を倒す力を得るには熊を倒さなければならない。

 獅子を殺す力を得るには獅子を殺さなければならない。

 人を殺す能力を得るには人を殺さなければならない。

 そうしていつしか架帥流は最強の武術となっていた。


 +++++


「兄様、テレビを買いませんか?」


 日向が朝食を食べていると、台所で弁当を作っていたみかげが声をかけた。

 早朝、5時過ぎ。

周囲のタワーマンションの住人はまだ寝ている時間だ。外からはカラスの鳴き声と新聞配達のバイクの音だけが聞こえて来る。

 山の中とは違う静けさも喧騒も日向は既に慣れていた。


「何に使うんだ?」


「ニュースを観たりドラマを観たりバラエティを観たりするんです。間違っても筋トレの負荷に使うんじゃないですよ」


 それくらい知っている、と日向は言い返そうとした。しかし、みかげに口では勝てないと数日で思い知らされたので黙って朝食を食べ続ける。


「市井から隔離された所で長く暮らしていましたから浮世離れしているんですよ。特に兄様は、自覚が無いのは致命的です。この状況にいち早く気付いたみかげのことは高く評価していただくとして……ともかく!世間の常識を知ることが大事だと思うのです。無害平凡誠実な一学生として生きるのに必要なことでしょう!!!」


「……」


 日向はみかげがこれ以上盛り上がる前に、食事を終えて席を立った。

 みかげがいる台所を素通りして、玄関でそっと靴を履く。


「あと、最新のオーブンレンジが必要です!なぜなら!!SNSでバズっている時短レシピには電子レンジが欠かせないので!!それから、フライヤーも欲しいです!!揚げ物が簡単に出来るって夢みたい……あれ!?兄様、どこに行くんですか?!?!」


「散歩」


「えー!ちょっと待ってください!!今から大手家電量販店のどこで買うか考えましょう!!テーマソングのメッセージ性の強さでランキング付けしましょうかね……」


 日向は話し続けるみかげを封じ込めるようにドアを閉めて家を出た。

 長年の習慣をいきなり変えるのは難しいもので、稽古が無い今は朝5時に起きるのは早過ぎる。しかし、二度寝も出来ずに日向は朝の時間を持て余していた。

 架帥を破門されてもう鍛錬の必要はないとわかっていても、歩くだけの散歩は出来ずに軽く走ろうと通りに出る。

 日向本人は小走りのつもりでも、架帥のランニングは常人の短距離走のスピードになる。幸いにも早朝の人がいない時間帯で人や車と衝突する危険はなかった。

 コンクリート舗装された平坦な道に飽きた頃、緩やかな坂道を見つけて試しに進んで行った。

 坂を上がって高度が上がるにつれて周囲の家々も高級住宅に変わっていく。土地を贅沢に使った住宅が充分な間隔と立派な塀を装備して並んでいた。

 その中心に憩いの場として使われるような公園がぽつんとあり、日向は足を止めた。

 朝早い時間ならいい運動場に使えるかもしれないと日向が見回すと、公園の中ほどに白い毛玉のような犬が3匹並んでいた。

 3匹はそれぞれ別の方向を向いて地面に座り込んだり寝そべったりしている。

 そして、その犬のリードを握っている飼い主は、ジャージにTシャツ姿の狩刃由羽だ。学校で見る制服姿よりもラフな格好だが、相変わらず不細工なぬいぐるみを腰に付けている。


 浮世離れしているとみかげに評された日向でも、リードを付けて犬を散歩させることは常識として知っていた。

 しかし、由羽は動こうとしない犬たちを宥めたり説得したりお菓子で釣ろうとしたり、犬たちに舐められ切っているのが明らかで日向が知る犬の散歩とは大きく違っていた。

 どうやら散歩から帰るのを嫌がる犬たちに主導権を握られ、由羽は動けなくなっているらしい。

 これから学校なのにいつまでも帰れなかった大変だろう、と日向は少し視線に力を込めた。両手が塞がっている時に山の中で猪を相手にするのと同じだ。

 野生を忘れた飼い犬でも日向の気配に気付いたようで、怯えた鳴き声を上げると尻尾を丸めて由羽の胸に突進した。

 由羽はその勢いに後ろに転がった後、震える3匹を抱えて立ち上がる。日向がいるのに気付いていた由羽は、犬を抱えて近付いて来た。


「ありがと」


 3匹の犬が顔に抱き付いて、毛玉なのか顔面なのか区別が付かない状態で由羽は日向に短く礼を言った。

 殺戮人形だとか意味のわからない自己紹介をしてきたわりに常識がある、と日向は由羽の様子に関心した。


「でも、この子たちを怖がらせないで」


「悪かった」


 日向の返事を聞くと由羽は背を向けた。そして坂を進んで高級住宅の方に帰って行く。

 金持ちだ、と日向は気付く。日向のような古い木造一軒家でもなくタワーマンションでもなく、この辺りの住宅は本当の金持ちが住む家だと日向ですら雰囲気で感じ取っていた。

 殺し屋が金持ちなのは当然のような気もするが、何故なのかは知らない方がいいだろう。

 日向はそう考えて、元来た坂道を引き返した。

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