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〜2〜

 みかげに先導されて3回の乗り換えを終え、電車を降りて改札を出た時には日が落ちかけていた。

 みかげはスマホで地図を開いて道を確認しながら進んで行き、日向は後ろから黙って付いて行く。

 車が絶え間なく行き交ってコンクリートの地面が見えないくらい人、人、人が行き交っている。

 日向は都会の空気にうんざりしていたが、みかげに悟られないように顔には出さなかった。


「着きました!ここです!!」


 みかげが指差したのは、高層ビルとマンションの隙間に肩身が狭そうに建っている古い木造住宅。

 悪い意味で歴史を感じさせるくすんだ色の外壁。猫の額のような狭い庭は雑草で覆い尽くされ、折れた物干し竿が放置されている。


「うーん?ちょーーっとだけ掃除が必要そうですね!」


「こんなボロ屋じゃなくて、こっちの高そうな家がいい」


 日向はこのまま従っているとみかげに流されるばかりだと気付いて、形だけ反抗心を見せた。

 日向が指差した高層マンションを見て、やれやれと首を横に振る。


「高い所はもういいでしょう!今まで標高何メートルの所に住んでいたと思っているんですか!さ!入って入って!」


 みかげは渋る日向を引き摺って、家のドアを開けた。冷たい湿った空気が充満していたが、日向が恐れていたほど黴臭くも埃っぽくもない。


「まーずーはー!!荷物を整理しましょう!!えーっと、確か……調理道具と調味料は出しやすい所にお願いしたんですけど……」


 みかげが家の中を見回している間に、日向は靴を脱いで荷物を玄関に捨て置いた。


「あれ?どこに行くんですか!?」


「寝る」


「もー!!自由ですね!!お部屋は奥の和室を使ってください!畳の部屋じゃないと寝られないだろうから、譲ってあげたんですからね!!気が利くみかげに感謝してくださいよ!!」


 みかげの声を背に浴びつつ、日向は奥の襖を開けた。真新しい布団にちゃぶ台、備え付けのクローゼットと生活出来るだけの家具が準備されている。

 限界が来て日向は布団に寝転んだ。毎日の稽古に比べれば体力は有り余っていたが、これだけ長時間体を動かさずにいたのは久しぶりで全身が凝り固まっている。

 そして、みかげの止まらないお喋りを無理矢理頭に流し込まれたせいで無駄に疲れていた。

 布団に敷かれた真新しい白いシーツを撫でて日向は考える。

 この家もみかげのスマホも、昨夜から準備をしても間に合わないものだ。日向が当主に破門を言い渡されて放心しているずっと前から、当主とみかげは日向を追い出す計画を立てていたということだ。


「もう、どうでもいいか」


 日向は目を瞑った。

 このまま一生目覚めずに全て終わってしまえばいいのに、と願いながら眠りに落ちる。


 *****


 しかし、長年の習慣で10時就寝5時起床を続けていた日向は、時計が無くても翌朝きっかり5時に目を覚ました。

 朝の稽古も道場の掃除もない。このまま寝直そうかと布団をかぶり直したが、すぐに耐えられずに部屋を出る。


「みかげ」


「兄様!!おはようございます!!!」


 多分起きているはずだと居間に向かうと、予想通り朝の仕事をしているみかげが大きな声で挨拶をした。

 隣の高層マンションに暮らしていたら、間違いなく隣の家から苦情が来ていただろう。


「なんだ、その変な呼び方」


「お兄様とかお兄ちゃんとかの方がいいですか?変更可能ですから、早めに言ってください!!みかげの黒歴史になる前に!!さ、少し早いですが、朝ごはんにしましょう!!」


 みかげは小さな折り畳み机に朝食を並べていた。居間の壁一面に段ボールが積み重なっていて、ダイニングテーブルにも荷物が乗っている。急拵えの食卓だ。

 味噌汁とおにぎりと卵焼き、ほうれん草のおひたしと、御影の仕事にしては質素な品だったが、荷ほどきが終わっておらず調理器具が足りない中で作った朝食にしては十分だった


「今日は初登校ですから忙しいですよ!!兄様、食べたらお風呂に入って、早く学校の準備しましょう!!」


「学校?」


「はい!!我々が通うのは桜橋高校!!地元ではサバ校の名で知られる今時珍しいマンモス校です!!!生徒数が多いので学年の途中から入学しても目立ちませんよ!!兄様は高校2年生で、このみかげも同学年という設定で行きますのでご安心ください!!」


「高校なんて今更行きたくない」


「おっ!ナイス平凡!!学校に行きたくて行っている人なんて滅多にいませんよ!!兄様も案外普通のことを言いますね!それじゃ、ご飯食べたら制服と、多分鞄もあると思うのでこの辺りを探しておいてください!!」


 みかげは自分の分を食べ終わると片付けに台所に向かった。

 日向は「この辺り」と示された方に目を向ける。大量の段ボールが壁を築いている所だ。

 日向は何も持たずに屋敷を出て来たのに、日向の自室にあった私物全てを合わせた以上の荷物が山となっている。

 何が詰まっているのかわからない中から制服と鞄を見つけるのは重労働のはずだ。


「あ!!ついでにお弁当箱も!明日から使うので!大丈夫です。1時間もあれば全部見つかりますよ!!」


「……」


 食器を洗っているみかげに追加注文をされて、日向は諦めて段ボールの山に向き合った。

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